商人たちは海千山千。経験不足を思い知る… (第79話)
ブリア領のコブルー港は敵国グリダッカルに狙われ、何度か侵略の憂き目に遭っている。そこでミナは、コブルーを国際的自由港にして、各国の力で守ることを提案した。
しかし、コブルーはまだ小さく宿が少ない。そこで、大きな宿の提案を入札させることにした。
しかし、それはミナが予想した以上に困難に思えた。海千山千の者たちがそれぞれの主張をする…。
初めてお読みになる方は、下に用語集があります。
「よろしい。1番区画の入札者は以上である。では、次に2番区画に移る。入札番号1の商会、歩みでよ」
セグリオが次を促す。すると、黒いケープを頭に巻いた一団の中から、一人の小柄な男が歩み出た。
「はっ。アーガリアのバンサラーからまいりました、クッシャリエ商会でございます。
わたくし共が提案しますのは、バンサラーの専用宿でございます。2番区画はあまり大きくございません。ですので、バンサラー専用にしていただきたく存じます。
と申しますのも、ご存じの通り、バンサラーにはヨーカイダとは異なる宗教、ヒーズリー教がございます。これはアーガリアの一部に広がっております。
ヒーズリー教の経典に従うため、宿舎には礼拝などの儀式を執り行う場所の用意、禁忌の食べ物を扱わない台所、部屋には小さなアルコーブの礼拝棚などが必要なのです。
ヒーズリー教徒にとって、禁忌を考慮された快適な宿は、喉から手が出るほど貴重なものです。
アーガリアにはバンサラーのみならず、ヒーズリー教徒の国は他にもございます。
もし、コブルーにヒーズリー教専用の宿舎が建てられたと聞けば、多くのヒーズリー教国がコブルーに喜んで取引にやってくることでしょう。これはコブルーの利益にかなうものと存じます」
(う~ん。これもまた理にかなっている…)
最初は治外法権を心配したが、ヒーズリー教国がみんなコブルーに取引にやってくると聞くと、「これはもしかすると、幸運なことではないか」とも思えてくるのだった。
(いやいや、待て。また「ミナは天然だから」と言われるわよ。また何か見逃していることがあるに違いない)
「はぁ~…。いやはや、なんですかな、この案は」
とセグリオは腕を組んであきれ顔だ。
「まったくですな。一棟丸ごと治外法権ですかな。あからさますぎますな」
とバラントンも「あきれた」と言わんばかりだ。
(やっぱり…?)とミナは二人の意見を待つ。
「ヒーズリー教国を誘致するためというならば、なぜバンサラー専用なのか。どう思われる? バラントン卿」
「まったくですな。騙されませんぞ。一度認めれば、二度と追い出せません。追い出そうものなら、バンサラー専用と言いながら、『ヒーズリー教国全部を敵に回すのか』と言い出しかねませんぞ」
「おっしゃる通り。自由港の法律よりも信仰上の教義が上に来れば、それはもはや自由港とは言えませんからな」
(あ、そうか…)
ミナのような経験不足の者は、海千山千の外交上手たちに手玉に取られそうだ。
人が良い性質だと、すぐに「この人たちは本当は良い人たちなんだわ。最初悪く思ってごめんなさい」とばかりに信頼してしまい、罠にかかるのだ。
人は罪悪感に弱い。そして、「良い人になろう」として過分な譲歩をしてしまうのだ。
ビジネスにおいて、「人の良さ」はマイナスにしかならない。「すべてを疑ってかかれ!」と前の世界でも先輩に教わったではないか。法の抜け道などいくらでもあるのだから。
(いやいや、法の抜け道どころか、あからさますぎる罠もある。私が侮られているんだわ)
自分の無邪気な無知ぶりにまた涙目だ。意地悪なくらい厳しくなければ守れないものがあるのだと知った。
(お二人、頼りにしております…)
ミナは心の中で仏様に手を合わせるごとく、二人に手を合わせていた。
その日の午後遅くまでかけて、入札者全員の話を聞き終わると、いったん休憩し、ミナたちは小さな応接室に移り、お茶を飲み、打ち合わせをする。
「はあ。本当に疲れました。わたくし、あのような方々とお話をすることに慣れておりませんので、緊張いたしました。セグリオ卿が進行してくださって助かりました」
とミナが内心を吐露しながら礼を言うと、セグリオは笑った。
「何をおっしゃいますか。ミナさんは国王陛下とも、レオスト殿下とも親しくお話しなさっているではありませんか。あのバンリオルも、皆が恐れる国際的大商人ですよ」
バラントンも笑っていた。
「えっ…」
(ああ、そうか。そう言われてみれば…)
王家とは親しいとは言えないけど、国王と一対一で長く話す機会は普通はないのだろう。
ミナは、この二人がミナの意見をよく聞いてくれる理由がわかった。ミナを侮りがちなイソールズと違うのは、ミナと王家との距離を知っているかららしい。
「で、ミナさんはどのように思われますか?」
「いや。わたくしは自分の無知を痛感いたしました。お二人がいらっしゃいませんと、わたくしなどは手玉に取られそうです。ぜひ、お二人のご意見をもっとお聞かせいただき、そのうえで検討したく存じます」
本当に心の底からそう思った。
(イソールズの言う「官僚の矜持」というのはこういうことなんだ)
と、彼が言っていた言葉を思い出す。
彼の考え方は、こういう海千山千の人々を牛耳ってきた自信なのだろう。…村人相手ではその矜持も役に立たないのかもしれない。
「ははは。年の功ですかな。伊達に年を取っておりませんよ」
とセグリオは笑う。
ミナはまだ20代で、彼は40代なのだ。バラントンは50代である。
「まず、彼らの言葉に嘘はないか、もう一度設計図や提案書をよく読んで精査しませんとな。それはこちらで文官を使って行います」
とバラントンが言った。
「はい。よろしくお願いいたします。
わたくしとしましては、自由都市は法で支配する港ですので、確かに宗教の教義がその上に来るという考え方をする者を歓迎するわけにはいきませんが、かといって、国際港にするには多少の緩和も必要かと思います。
ですので、教義よりも法が上という条件を呑ませるとか…」
「ふむ。それは良いかもしれません。
ヒーズリー教のみならず、他にも法よりも宗教の教義が上だと考える宗教を持つ国は多くございますからな。それらを排除しては、人が集まりません。
そういう条件を明記して、それに同意した者が港湾を利用するのは許可しても良いかと」
セグリオが意見を述べる。
「ふむ。さまざまな人が集まるから、逆に守られるという港にするのですからな。いたし方ありませんな。
『いや、教義が法よりも上だ』と言い張るならば受け入れない、とはっきり言えば、向こうも譲歩するかもしれませんな」
とバラントンも妥協が必要なことを認める。
「では、3日ほどいただいて条件を決め、それから各者と協議を行い、その後に判断する、ということにいたしましょう。落札者の発表は入札会から7日目となっておりますので」
こうして、その日は参加者にそのように発表し、解散となった。
ミナは、自分の無知や甘さを思い知った。
(いったい、どうやって対処すればいい?)
平和のために作ろうとした自由港コブルーを、逆に自分が危険地帯にしてしまっているのではないかと、だんだんと怖くなるのだった。
誰が落札するのか?! コブルーの安全は守られるのか? モーカドールのたくらみとは…?
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用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。ブリア侯行政顧問
コブルー アラゴンキア国ブリア領にある港
セグリオ … ミナと共に働く官僚
バラントン … ミナと共に働く官僚
カイル … ミナの恋人、諜報員で、元冒険者
アラゴンキア…ブリアのある国の名
スリマラビヤ … アラゴンキアの東隣の国
アーガリア … 対岸の大陸の名
バンサラー…アーガリア大陸にある国の名
ヨーカイダ … ミナがいる国の大陸名
レオスト殿下 … 王弟
イソールズ … ブリアの官僚




