それぞれの主張と隠された罠 (第79話)
コブルーを自由港にして繫栄させ、各国の商人を呼び込むことで侵略から守ろうと、ミナはコブルーに宿を建てる計画を立てた。そして、入札会を開催すると、思いもよらぬ入札者ばかりが…。とまどいを隠せないミナ。MBAではこんな体験をしたことがなかった…。
第79話 隠された策略
ミナの挨拶のあと、セグリオが立ち上がる。
「では、まず1番区画の入札者から始める。入札番号1のコーハラル商会、発表するがよい」
ミナはほっとした。あとはセグリオに任せられる。セグリオを向いて感謝を込めてニッコリした。セグリオも察したようで、微笑みを返す。
「はっ。では、発表させていただきます」
コーハラルはアラゴンキアの大商会の一つである。バンリオルほどは大きくないが、建設業から発した商会なので、建設の入札には絶対に現れるだろうと予測していた。
「我が会のご提案は設計図に示してあるとおりで、部屋数は200の規模です。4階建てとなります。大商人が安全に泊まるための工夫が各所になされています。
まず、他の商人とむやみに顔を合わせることがないように、二階以上の建物が小ブロックに分かれ、階段が別になっております。最上階には会長が泊まれる大部屋があり、応接間、会議室付き、お茶などを入れられる簡単な設備も付いております。
その下の階は護衛たちの部屋、そして、その下に使用人たちの部屋となっております。
その階には、料理ができる専用の台所がございます。
厩は合同となりますが、馬車止めは2階から階段を降りていけるようになっており、馬車の安全を保ち、また一階を通らずに直接出入りすることが可能になっております……」
ミナはこれを聞いて、なかなかの案だと評価した。
一般の人とは交わらずに大商人が専用のスペースを確保できるのは、常に命を狙われる危険のある人々にはかなりのメリットだろう。自国の料理人を連れて歩く大商人や毒を心配する王族には専用の台所はありがたい。
コーハラルは1番区画、3番区画、4番区画に入札している。
しかし、セグリオとバラントンは渋い顔をしている。こそこそと内輪で話し始める。
「これはまるで領事館ではないか。1棟の領事館は建てられぬような小国が、ここを領事館にする可能性がありますぞ」
とバラントンが言うと、
「ですな。これは注意しませんとな。建物内で問題を起こし、治外法権を主張されたらたまらない」とセグリオが受ける。
(え…?)
ミナはまったく考えていなかった危険性に冷や汗をかいた。
「コーハラルは意図したわけではあるまい。建設業者としては経験豊富だが、国際関係となるとまだまだ思慮が足りぬ」
バラントンの見る目は厳しい。
「そ、そうなのですね…」
ミナは「良い案だ」とうれしくなっていた自分を少し落ち着かせる。
「よかろう。ご苦労であった。では次の者。入札番号2のトガリア商会、発表いたせ」
入札番号2はあの元海賊だ。
商会本部はコブルーにあることになっているが、実質は多国籍の商会員を持ち、多国間で活動している。大男は、そばに頭の切れそうな目の鋭い男を従えて、前に進み出た。
「俺は船乗りたちの心理はよく知っている。そして、海賊の心理もな。さらに、この港の天候もよく理解している。歴史を見ても、栄えていく港は必ず侵略を受ける。だから、この港に必要なのは――防衛力だ」
ミナは目を見開いた。この元海賊は、今まで自分が想像していた港とは異なる絵を見ている。
「この1番区画の土地は、一番港に近い。そして、広い。ここを港の防御拠点とすべきだ。だから、この宿舎単独で砦となるように設計した。
侵略者が襲ってこようものなら、この鉄の門を閉じて、弓で防衛する。井戸も宿舎内の中庭に作る。嵐にも強いように建物の形状は基本、ただの四角い箱状だ。
だが、美観は考えてあるぞ。レンガの色や組み方で、幾何学模様をつくり、遠くからも美しく見える。船乗りたちは、船からこの鮮やかな色を見て、『ああ、コブルーに戻ってきた』とわくわくするんだ」
ミナとバラントン、セグリオは顔を見合わせた。
ミナには元海賊の言い分は、聞く価値のあるものだと思えた。港を利用する船乗りの視点はコーハラルのような建設業者にはなかったものだからだ。
最初は軍事拠点を作ろうとしているだけだと疑った自分が間違っているような気がした。侵略ではなく防御を真剣に考えているように思われる。
トガリアは3番区画にも入札していて、そこには塔を建てる予定になっている。それは防衛の物見のためだろう。
海から見える高い塔は、ヴェネツィアを思い起こさせる美しいものになるに違いない。船から見えるカラフルな建物と聞くと、ムラノ島のようではないか…とミナはそれを想像してワクワクしていた。
しかし、セグリオは二人に向かって、顔を突き出す。
「いやいや。弓矢で応戦とか。宿屋の使用人にできるわけがなかろう。これは私兵でも雇うつもりですかな?」
「う~む。ここを侵略の軍事拠点にされてはたまらない」
とバラントンが頷きながら言う。
「ご覧ください。設計図には武器庫まで用意されておりますぞ」
とバラントンは設計図をトントンと指で叩いた。
「それに…嵐にも耐えるようにと言っているが、戦争の嵐のことではないか? コブルーには建物が崩壊するような、そんなにひどい嵐は来ませんぞ」
「うむ、バラントン卿。トガリアは多国籍商会。他の国の思惑が絡んでいるかもしれませんぞ」
とセグリオが同意する。
(そ、そうか…。やっぱり?)
ミナは自分の無邪気ぶりにあきれた。良いことを言われるとすぐに信用してしまう。
「ミナは天然だから…」と言っていたカイルの言葉を思い出す。
(いけない、いけない。しっかりしなきゃ…)
と、気を引き締めるのだった。
そして、プレゼンは3番目の隣国イルマランの番になった。
西の隣国イルマランとアラゴンキアは一応友好的な関係である。
とはいえ、やってきたのは銀行だ。大銀行モーカドール商会は現代で言うコングロマリット企業だ。
たくさんの業種の異なる企業を統括する銀行である。下手すると、あっという間にブリアの商会が買収されかねない。いわゆるM&Aで巨大化した商会なのだ。
「我が商会は他国との深いつながりを持っております。
このコブルーはスリマラビヤとの国境線近くにあり、アーガリアとの距離も比較的近い。しかも、アラゴンキアの首都まで川で行き来できるという便利さです。
ここに呼び寄せたいのは、各国の金融業者です。それらの大商人たちが望むのは、金融の中心点となる拠点なのです。
宿舎に必要なのは…多国間の交流の場です。大きな広間、宿舎内には両替商、壁には各国の商品を発表できる展示ケース。
そして、それらをその場で商談できる場所。それらを備えた構造で、地下には長期滞在者専用の倉庫を用意し、不在の時にはそこに荷物や資産を収納し、宿側が責任をもって管理できるようしています」
ミナと二人の官僚は、互いに顔を見合わせた。
コブルーを自由都市にするためには、スイスのような金融ハブの機能が必要だ。
このモーカドールはそれを知ってか知らずか、推進するような案を出してきた。
ミナはちょっと明るい予感がした。最初は札束で顔をはたくイメージがあったが、意外と良い案かもしれないと思われた。宿舎のあとは、金融について進めなければならないからだ。
それが同時に進むなら…。
「なんという痴れ者だ。今は宿の入札であって、外国の両替商を入れるのは別の許可がいる大事業ですぞ。勝手に貨幣でも発行された日には…」
バラントンがぷりぷりと怒りをあらわにする。
(え、痴れ者?)
ミナは自分が痴れ者だと言われた気がした。思わず「すみません」と言いたくなる。
モーカドールの案に喜んだのは自分だけだ。
「ふむ。これは、どさくさに紛れてうっかり許可を出させるという作戦でしょう」
セグリオも頷く。
(えっ、そんなに危険な…?)
ミナは心の中で素っ頓狂な声を上げる。
(私ならうっかり許可を与えそうだったわ…)
「我々を侮っているのでしょう。一応国際港とは言え、所詮地方の港であると」
セグリオは不快そうだ。
「まったくですな。さらに、長期滞在者の資産を守る地下の倉庫というのも、結局は銀行の貸金庫業務ではないか。これは自由港の根幹をなす、かなめの事業ですぞ。それをどさくさに紛れて…」
バラントンが眉をひそめる
(そ、そうか。つまり、貸金庫と同じものか…)
ミナも気づいた。金融ハブの事業をかすめ取られるところだったということだ。
(あぶない、あぶない。私みたいな経験不足の者には、便利な案としか思わなかった…)
「おっしゃるとおりですね。これは注意しませんと…」とミナも冷や汗をかきながら同意する。
三人で顔を見合わせ、頷いた。
(私、やっぱり無知すぎる…)
また涙目になりそうなミナであった。
異国の者を採り入れなければ港は守られない。しかし、よりにもよって、怪しい入札者ばかり…。
自分の手に負えるのか?と今更ながら、自分の経験不足に青ざめるミナであった。
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用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。ブリア侯行政顧問
コブルー アラゴンキア国ブリア領にある港
セグリオ … ミナと共に働く官僚
バラントン … ミナと共に働く官僚
カイル … ミナの恋人、諜報員で、元冒険者
アラゴンキア…ブリアのある国の名
スリマラビヤ … アラゴンキアの東隣の国
アーガリア … 対岸の大陸の名




