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カイルを感動で震わせたバンリオルの勇気(第76話)

ルーガン商会の安い材木は奴隷を使った国のもの。それが許せないバンリオルは大商人たちの会合「エビーナの集い」で、国王の前で演説をする。


初めてお読みになる方は、下に用語集がありますので、ご覧ください。

「皆様もご存じの通り、アーガイル大陸にはいまだに他国を征服し、その国民を奴隷にして酷使するという国もございます…」

 バンリオルはよく通る声で100人以上の大商人たちに訴える。


 会場はざわついた。観客席にいるたくさんの商人たちがこれは何の話だといぶかっている。


 劇場にはボックス席がいくつかあり、そのうちの一つにルーガンがいた。彼は身を乗り出して、不快そうな顔をしてバンリオルが言おうとすることに聞き入る。


「そして、その奴隷が生み出した商品、たとえば材木などは、普通に生産するよりもはるかに安いでしょう。皆様はこれを買ってくれと言われたとき、どうお考えになりますか?」


 バンリオルは観客を見回す。中央のひときわ豪華なボックス席には、国王アルーストがバンリオルをみつめている。

 一方、ルーガンはみるみる真っ赤な顔になり、バンリオルをにらみつけていた。


「俺は買うぞ~!」というヤジが観客席から上がると、周りから笑いが起きた。


「ええ。確かに安い。商人にとっては、喉から手が出るほど魅力でしょう。しかし、その商品の裏には、奴隷となった人々の嘆きと苦しみがあるのです。商品が何も知らない民衆に渡れば、それはもう関係がないと言えるでしょうか?」


 観客は静まり、バンリオルの言葉を静かに聞いている。


「かつて、我々の先祖も奴隷にされたことがございました。

 しかし、今、我々はどこの国も侵略しようとは思わない。いくら安く商品が作れるとしても、奴隷を使ってまで作ろうとは思わない。


 そして、心ある商人は奴隷を使って作った商品も買わないでしょう。


なぜなら、奴隷が作った商品を買うことは、奴隷を酷使する国を豊かにすることであり、それは侵略を肯定することだからです!」


 バンリオルは声を大きくして、さらに続けた。


「しかし、商人としては、奴隷が作ったものであろうが、他の商会によって市場に安く出されれば、それに対抗せざるを得ない。


 それに対抗できる安い商品を作らなければ、奴隷が作った商品に市場を占有されるのです。ではどうする? こちらも奴隷を使うしかないのでしょうか?」


 バンリオルはもう一度観客席をゆっくりと見回し、国王を正面に見た。


「商人ならば、このように考えざるを得ないのです。それが侵略戦争を招くのです。


 しかし、私は、自分の国を奴隷を使う国にはしたくありません。


 奴隷を使う他国を肯定したくもありません。ですから、…商業は倫理に従うべきではないでしょうか?」


 そう言って、しばらく黙り、聴衆を見渡す。

 ルーガンはもう我慢ならないとばかり、額に青筋を立て、げんこつを握りしめる。


 バンリオルは続けた。

「商業は人を豊かにするものです。人を脅かすものではないはずです。ですから、私はここに提言したい。


 奴隷を使った商品を購入することは、奴隷を作り出すことと同じ。それは商人の道ではないと。


 国王陛下には、この点をご理解いただき、なにとぞ、我が国にふさわしい商人の道をお示しくださいますよう、お願い申し上げます」


 そう言って、バンリオルは国王に向かって深々と頭を下げた。


 静まりかえった会場で、ゆっくりと国王は立ち上がり、バンリオルに向かって、パンバンとゆっくりと拍手をし始めた。すると、会場からは、思い出したように大きな拍手が沸き上がる。


 バンリオルはほっとして、大きく息を吐き、にっこりとして再び一礼し、舞台を降りた。


 ルーガンは怒り心頭の様子で側近を呼んで、何かを言いつけている。

 それをちらりと見たが、バンリオルは静かに自分のボックス席に戻っていった。


 カイルはその一部始終を見て、心の底から感動し、バンリオルを称賛した。


(この場で、あんな演説ができるとは…)

 なんという勇気だろう! 自分には到底できないとてつもない勇気。


 この男はただの商人ではなく、次元が違っていた。

 ボリック・バンリオルはただ先祖の財を受け継いだ五代目の商人ではない。

 商人の魂を持った、進化した男の姿だとカイルは思った。


 商いで人を豊かにする。人に仕事を与える。そして、陰で国を守り、民を守る。これもまた、戦いに命を懸ける男の姿なのだ。


「世界が自分に望むことをする」

 ミナの言葉を思い出す。


(そう、この男こそ、進化する世界が自分に望むことをしているのだ…)

 カイルはバンリオルの真価を初めて知った。

 それは大きな感動だった。



「旦那様…。あのようなことをおっしゃって…」

 番頭のニキールはおろおろしている。バンリオルは彼に向かって、にやりと笑う。


「すまんな。私は辛抱ができん性分でな」


 ニーボルンが近づいてバンリオルにささやく。

「旦那様。ルーガンはなにやら側近に指示を出していました。必ず報復するでしょう。お気をつけください」


「ああ。君たちが守ってくれるだろう? 私たちは皆ひとつのチームなのだ。私があんなことを言えるのも、君たちがいてくれるからだよ」

 そう言って、バンリオルは笑う。


(一つのチーム…)

カイルはその言葉に感動を覚えた。


(ああ、そうか…)

 彼の心の中に、今まで体験したこともない衝撃的な気づきが生まれた。


「はい。必ずお守りします」

 カイルは思わず言った。こんなに素直に誰かを守りたいと思ったことはないだろう。


 今までカイルがバンリオルの仕事をしているのは、彼に恩義を感じていたからだったのかもしれない。

しかし、今は違う。


 バンリオルの姿こそが、人のあるべき姿だと思った。

(正しいことを貫こうとする力。まだ存在しない価値観を作り上げようとする力…)


 それはカイルが今まで知らなかった本当の強さなのだ。

 それが、ミナの言う「進化した姿」だと思えた。


 ミナを守りたいのは本能だ。バンリオルを守りたいのは進化した未来への情熱だ。

(この人を死なせてはならない)


 それは、彼自身が進化した自分になるための道を自ら歩み出した瞬間だったのかもしれない。



現代でも起きている強制労働問題。それを許すとどうなるのか? 

一つの問題を見逃すと、いつかは大きな問題に…。安ければいいのではなく、将来を見据えて商売をする。これが大商人としての矜持。


バンリオルの不屈の魂に感動したカイルは、これからどうする?


用語集

ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。

ボリック・バンリオル … 大商人にして、諜報部を持つ

ルーガン … 奴隷を使う安い材木を輸入する商会

アルースト … アラゴンキア王国国王

カイル … ミナの家族兼恋人、バンリオルの諜報員

ニキール … バンリオルの番頭

ニーボルン … バンリオルの護衛隊長


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