大商人バンリオルの揺るがぬ決意 (第75,76話)
新規事業に当たって、役人が足りない。ミナが考えたそれを解消する策は、退官した官僚たちをパートタイマーのように使うことだ。生粋の官僚であるイソールズ卿は、仕事を分割するやり方は役人の矜持が守れぬと怒り心頭…。それをアンドリオンがとりなして…。
初めてのかたは、下に用語集がありますので、ご覧ください。
領主アンドリオンは言う。
「イソールズ。そなたの懸念は正しい。しかし、領地が回らぬほうが問題だ。ミナにはこの問題を解決せよと命じた。役人の矜持を守れと私は言っておらぬ。解決したのであるから、それでよしとせよ」
あまり肩を持つと、私的な感情を疑われる。それはアンドリオンも不本意だ。
「かしこまりました。領主がそうおっしゃるのであれば…」
そう言って、イソールズは引き下がった。
アンドリオンは心密かにホッとする。自分が領主といえども、イソールズは自分よりもずっとベテランの官僚だ。怒らせてはまずいからである。
「ミナ、ご苦労であった。では、それを進めるための打ち合わせに入ろう…」
「はい。かしこまりました」
ミナにとっては、これは役場の改革であった。
仕事を細分化し、マニュアル化する。チェックリストで管理する。
そうすれば、教育に時間がかからない。
そして、臨時職員やパートタイマーでも仕事ができるようにするのだ。すると、人件費は下げられる。
(役人が賢すぎると、村人に対して威圧的な態度になる者もいるしね…)
そのこともミナの心配ごとだった。
カイルが役人を嫌っていたのを思い出す。
(そして、一対一でずっと対応すると、わいろや脅しが横行する余地が生まれる。分業すれば、その恐れがなくなるわ)
そこまでは言葉にしないが、この策は、それらを一挙に解決する策なのだ。
「では、さっそくこの条件で、引退した役人に声をかけることから始めさせていただきます」
(支えがあれば、まだ働けると言う人たちは、きっといっぱいいる…)
ミナはその人たちの希望に満ちた表情を思い浮かべて、自らも笑顔になるのだった。
会議のあと、アンドリオンはミナとエカーリアを別室に呼んで、お茶に誘う。
「ミナ。すまぬな。苦労をかける」
「まあ、領主様。とんでもございません。結局、案を通していただきましたこと、感謝申し上げます」
そう言って、ミナはお茶をいただきながらニッコリした。
「エカーリアもよく頑張っているな。いろいろ緊張することもあるであろうに」
アンドリオンはエカーリアをねぎらった。しっかりしてきた妹がまぶしく見える。
「わたくしはミナさんにくっついているだけですわ…。でも、こないだは、初めて外でシチューをいただきましたの。おいしかったですわ」
「なに? そなたはミナと外で食事をしたのか?! 私も行きたかった…」
最後の言葉は小声過ぎて、聞こえなかったかもしれない。
「そして、おもしろいお話をお聞きしましたの。あのバンリオルが、飯屋の店主のようにふるまって、ミナさんを調査していたのですって」
「なに?! バンリオルが?! それはいつのことだ?」
アンドリオンがミナに詰め寄る。
「去年の10月のことですわ。わたくし、バンリオルさんはうちの最大の顧客ですのに、そのかたとは知らず、ずいぶんと失礼な態度をしてしまったのです」
そう言いながら、うふふと笑う。
「それにしては楽しそうに言うではないか…」
アンドリオンは怪訝そうだ。
「だって、もう時効ですから」とミナはお茶をすすった。
「もう他に秘密はないのか? さっさと全部話すがよい」
「ございません。あっても、申しませんわ」
ミナは相変わらず、アンドリオンにつれないのであった。
それから数日後、若草宮に戻ると、侍女がミナに声を掛けた。
「ミナ様のお留守に、カイル様がいらっしゃいました。お渡しするものがあるとおっしゃいまして…。お二階のテーブルに置いて帰られました」
「まあ! そうなの?!」
(なんで待っていてくれなかったのかしら…)
そう思って、スカートの両端をつまんで二階に駆け上がる。
テーブルの上には、布に包まれたビンがあった。それはユーリカ油だ。
そして、小さな紙の切れ端に書かれた手紙が添えられていた。
「最愛のミナへ。ミナがここに来てから丸2年経ったよ。一緒に草原に行きたかったけど、明日から王都に行くことになった。バンリオルの仕事だ。しばらく留守をする」
それだけ書かれていた。
(最愛のミナへ…)
その言葉を何度も目で追う。その文字をなんどもたどるたびに、ミナは胸が熱くなるのを感じていた。
(最愛のミナへ…)
うふふ…と笑顔が浮かんでくる。
(カイル、無事に帰ってきてね…)
そう祈ると、両手のひらで手紙を包んだ。
第76話 商業と倫理
バンリオルはヤツデと麦3本の焼き印を押した材木を満足げに見る。
2カ月前にミナが提案したとおりに、さまざまな改革が一通り終わった。これでなんとか、ルーガンに勝てる見込みだ。
(それにしても…)
バンリオルは我慢がならなかった。
(奴隷を使って切った材木を輸入するだと…?)
それは聞くだけで胸に痛みが走る。商人として許しがたいことだった。
誰が奴隷になりたいだろう?
かつて、この国の先祖たちも、侵略者に国を奪われ、一部の民が奴隷と化したこともあった。
それを克服して、300年前にアラゴンキアを建てたのだ。
その苦しみを思えば、奴隷を使う国を許したくはなかったし、それを利用する側にもなってはいけないとバンリオルは思った。
しかし、奴隷を否定せずに安く材木を輸入する商会がある限り、その対応に追われる。
そして、せっかくミナが考えたこのシステムも、いずれはルーガンも真似るだろう。
そうすれば、再び価格競争に追い込まれるのだ。
その前に手を打たなければならない。
バンリオルはある決意をもって、王都に行く馬車に乗っていた。
今回は執事と番頭と、カイルが乗っている。
王都にも護衛はいるが、もしかすると、危険な目に遭うかもしれないと思い、護衛を増やすのだ。
馬車の中ではほとんど番頭とバンリオルの細かな打ち合わせがあったので、カイルは執事とともに黙って座っているだけだった。
しかし、カイルはこういう商いの知識が今後必要なのだろうと思った。
以前、エレミアの鉱山の件で書類を奪ったとき、正直、その書類の意味が分からなかった。それでは諜報員として役に立てないのだ。
だから、馬車での会話にも耳を傾け、何かを学ぼうとしていた。
9月23日には、アラゴンキア中から有力な商人たち100人以上が集まる大行事がある。
「エビーナの招き」と呼ばれる会合だ。
中心はいわゆる大商人たちで、海外との交易をする豪商たちだ。
年に一回、この大きな会合でその年の傾向を共有したり、今後の方針を話し合ったりすることになっている。
有力な者たちが集まる年に一度の機会なので、国王も臨席する。
バンリオルはこの機会を利用して、商人仲間や国王に訴えたいことがあったのだ。
普段は劇場として使われるすばらしい建物の舞台で、商人たちが一人ひとり持論を発表したり、新しい制度を提案したりする。この発表会は1日のみだ。
バンリオルは午後の3人目の発表者であった。番頭のほかに、カイルともう一人の諜報部員ニーボルンが護衛として付き添っていたが、舞台では一人である。
「本日は、国王アルースト陛下にご臨席いただき、光栄に存じます。この機会に、わたくしの私見ではございますが、『商業と倫理』についてお話をさせていただきます」
バンリオルはその言葉から演説を始めた。
人を説得する話術は大事…。
さて、バンリオルは国王陛下の前で、いったい何を言うつもりなのか…。
次回、商業と倫理は切っても切れないものだということを知る…。
用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。
アンドリオン … ミナが住むブリア領の若き領主
イソールズ … アンドリオンの官僚
エカーリア … アンドリオンの妹。元引き込もり。
ボリック・バンリオル … 大商人にして、諜報部を持つ
カイル … ミナの家族兼恋人、バンリオルの諜報員
若草宮 … ミナの住むブリア城内の小さな宮殿
ユーリカ油 … カイルが育てている万能の薬草オイル
ルーガン … 奴隷を使う安い材木を輸入する商会
アラゴンキア … ブリアのある国の名
エレミア … ブリアの北にある領地
エビーナ … 商いの女神の名




