第9話 カイルの特殊スキル
新しい仕組みができると、失業者も生まれる。
これは社会の新陳代謝。
でもね、それは新しい自分になれるチャンスなんだ!
村人に説明をした3日後のことだ。
返事の締め切りにはまだ7日もあった。
ミナの住む家に、一人の女性が訪ねてきた。マティアに取り次がれて、ミナはその女性とテーブルで話すことになった。マティアはお茶を出してくれ、そのまま下がっていった。
「私はこの村の南3区に住むカミラと言います。ミナさんね。あなたのお話、先日聞かせていただいたわ」
カミラは70歳くらいだろうか。ゾーラよりもずっと年上のようだった。
「ああ、聞いていただいたんですね! うれしいです。それで…」
「ええ、私、ぜひあなたのお話に入れていただきたいの」
「えっ、本当ですか?!」
ミナは心の中で大喜びした。見かけは落ち着いた様子を心がけてはいたが、喜びは隠せていなかった。
「市場にもう行かなくていいっていうのが、その…。本当にうれしくなって…」
そう言うと、カミラは少しうつむいて、目を伏せた。
「うちはもう、若い男手が2人しかいないの。後はみんな年老いて…。女ばかりでね。もともとは21人もいた家族が、一人減り、二人減り。もう12人しかいないわ。子供が6人と、若い男たちが2人、その妻の女たちが2人。そして、私と夫。
夫はもう72歳だから、街へはきつくてとても無理。で、市場へは男がいくしかないでしょ? それで、結局畑仕事の男手は一人しかいないのよ。それだと税が払えない…」
ミナは、きのうカイルから聞いたばかりの「女は一人で村を出られない」という話を思い出していた。だから、市場に行くとしたら必ず男が行くことになる。
「だから、市場へ行かなくても野菜が売れるって聞いて…。本当にありがたいわ。そしたら、もっと麦を育てられて、税を払える。うちは家族も減ったし、野菜は余るの。それをお金にできるなら、4掛けでもかまわない。だから、ぜひ参加させてほしいのよ」
「ほんとですか! ありがとうございます! 本当にうれしいです!」
「でね、今日は私だけで来たんだけど、うちの近所のダインさんのところも、同じような状況でね。若い男の数が少なくてね。
だから、うちが委託販売を頼まれていたんだけど、うちと一緒に定期便に参加したいって言っているの。あそこは9人家族でね。うちと一緒なら、十分な量が出せるって思うのよ。どうかしら?」
「ええ、もちろん! お二人とも大歓迎です!」
「助かるわ…。根菜だけって聞いているけど、そのほかの野菜はそんなに多くないから、週に一回くらい、市場に行く程度で済むし。うちはそれで困らないわ」
「それはよかったです! ああ、本当にうれしいです。きっとお役に立てます!」
ミナは大感激していた。
すると、奥からマティアに呼ばれて、ゾーラとクリムラが出てきた。
「まあ、久しぶり! カミラおばさん!」
二人が挨拶する、カミラは立ち上がって、二人とハグをした。
「久しぶりね、ゾーラ、クリムラ」
全員座ると、カミラがミナをちらりと見て、二人に言った。
「一昨日、このお嬢さんが集会所でいい話をしてくれたの。街に定期便が出て、もう市場に直接野菜を届けなくっていいって。本当に驚いたわ。そうできたらいいのにって、ずっと思っていたんだもの。でも、誰も動いてくれなかった…」
「おたくはもう、だいぶ家族が減っちゃったものね…」
ゾーラが寂しそうに言う。
「アレーザが亡くなってから…」
カミラも俯いて悲しそうに言った。アレーザはゾーラとマティアの友で、よくカミラの家に遊びに行っていたのだった。
そんな昔話をひとしきりして、カミラは帰って行った。
カミラを送った後、ゾーラはテーブルに戻って、微笑みながらミナに言った。
「あなたがやろうとしていること、村の誰かのためになっているみたいね」
「はい! 私、村の役に立ちたいんです! 頑張ります!」
ミナは褒められたようで、うれしかった。
「うちも参加するわよ。で、考えたんだけどね。葉物は定期便には載せられないから、ときどき市場に直接出そうと思うんだけど、そう考えている村人は他にもいる。だから、日が重ならないように、互いに情報交換して、曜日を決めておくといいんじゃないかしら?」
「わあ、それはいい考えだと思います!」
ミナは驚いた。新しいやり方になって、自らこういう取り決めをするというのは、新しいやり方を大いに受け入れてくれた時なのだ。
「重い野菜は定期便に載せられるから、自分で持っていく分には多彩な野菜を運べるわ。今まで市場に出さなかったようなものもね。それもまた、楽しいでしょ?」
「はい! すごく良い考えだと思います! 育てる野菜に変化が出ますね」
「私はね、儲けるのも大事だけど、やっぱり楽しくないと長続きしないと思うのよ。儲ける8割、楽しい2割ってところかしらね。そしたら、仕事は長続きするでしょ?」
ミナは目を輝かせた…。
「それは至言ですね! 素晴らしい考え方だと思います!」
「じゃ、よろしくね」
そう言って、ゾーラとクリムラは奥へ戻っていった。
ミナは感動していた。これで二軒は確保できたのだ。しかも、ゾーラがあんなに柔軟で賢い人だとは知らなかった。カイルがいつもお母さんを大切にしている気持ちがよく分かった気がする。
村人の返事の締め切りの日、結局、11軒が参加することになった。レイが委託販売を頼まれていた家はみんな参加してくれたので、半分はその関係者だ。
まだ試験運行の段階としては、まあまあだろう。全員が毎日出荷するわけではない。できれば、最終的には市場に売りに行っている農家のほとんどが参加してほしいものだ。
少なくとも、30軒は参加しなければ、運営側の十分な経費はでない。つまり、ミナはほぼ無償奉仕になってしまう。
最初のうちは仕方がないのだが。スタートアップというのは、数年赤字というのもめずらしくない。だからこそ、投資家を募るのは重要な仕事なのだ。今のところ、この事業に投資家はいない。
「でさ…」
夕食のテーブルでめずらしくレイがすねた様子で、ヨーカに言う。
「俺、これから何をするわけ?」
「なんでもすれば?」
「つったって、遊んでいるわけにもいかね~し!」
「誰が遊べって言った?」
「じゃ、何すんの?」
「とりあえず、畑仕事でしょ」
「ええ~、またそれか…」
つまり、試験運行がうまくいったらレイは失業してしまうので、仕事を探さないといけないのだ。
「冒険者、やれば?」
マティアがからかうように言う。
「俺、兄貴みたいな特殊スキル、ねーし!」
すねてるレイもかわいいが、ミナとしては少し責任を感じる。新しいシステムを導入すれば、失業者が出て来る。今も昔も変わらない。この家ではレイが犠牲になった。
「ねえ、レイは馬車を操れる?」
「やったことねえ」
むすっとしたままレイが答える。
「そっか…」
17歳だから、まだできることが少ないのだ。
「お前、御者の訓練しろよ」
カイルはミナが何を思っているのかを察してくれた。
「えっ、俺が御者やるの?」
「荷馬車だからゆっくりでいいんだ。すぐに覚えるだろ。いつも馬を引いてるんだし」
「御者かぁ…」
レイの表情が少し明るくなった。この世界では、畑で働くよりも御者のほうが魅力的なようだ。
「最初は5日に一回だし、畑しながら、定期便の御者もできるだろ」
「おめえ、他人事だと思って、適当に言ってるだろ」
兄貴を「おめえ」呼びだ。
「お前ならやれる。お前は器用だし、頭もいいからな。頑張れ!」
「んん…」
カイルにおだてられて、レイは少しやる気が出たようだ。
(カイル、頑張れ!)
と、カイルを心の中で応援しておいた。レイが御者をしてくれれば、初期経費がかなり浮く。
「おうし! 俺、御者になる! …で、荷馬車、どこにあんの?」
元気を取り戻したようで、よかった…。で、まだ荷馬車を借りる算段をしていないのだ…。
翌日は、カイルとまた街に行くことになっていた。材木商人のコーダがまとめてくれたプレゼンのミーティングが入っているのだ。それに合わせて仮縫いをすることになっている。
朝からミナとカイルは街に向かって歩き始めた。朝日を背にして歩き出す。
「そう言えば、思い出したんだけど…」
「なに?」
カイルが先に話し出すのは珍しい。
「ミナってさ。最初会ったとき、魔物を投げ飛ばしてただろ?」
「えっ…」
そうだったっけ? なにしろ、頭が真っ白だったから、もう自分が何をしたかなんて忘れていた。ミナは必死に思い出す。そう、何かに襲われたっけ。そして、投げ飛ばしたような…。カイルがどう助けてくれたのかも、もう忘れてしまった。
「そんな気もするわ…」
「いや、確かに投げ飛ばしてた」
「アハ…。それがどうかした?」
「ほら、体術を訓練したいって言ってたろ? それのこと?」
「あ、うん。私、合気道っていう体術をずっと習っていたの」
「なんで? 冒険者にでもなりたかったの?」
「うーん…(ぐぐぐ…)」
その質問に答えるのは難しい。
「私の世界の大学にはね、ときどきおかしな魔物が出るの。魔法をぶっ放したり、突然覆いかぶさってきたり…。魔法は無理だけど、覆いかぶさったりするような魔物は、合気道で対処できるでしょ。だから、子供の頃から習っていたの」
うん、これは嘘じゃない。
非人間的なものは魔物と呼んでいいだろう。魔法とは銃のことだ。アメリカの一部の大学では銃乱射事件はよくあるし、女の子が襲われる事件は口に出せないほど多い。
だから、ミナの祖母が心配したのだ。実際にはミナはそんな恐ろしい大学には行かなかったのだが。
「大学…。それって、貴族とか大商人が行くところだろ?」
「いや、ま、身分はなくても、成績が良ければ行ける…かな?」
(お金はすごくかかるけど…)
それを思うと、本当に父や母に悪いことをしたと思う。自分たちが自由に使うお金を我慢して、一所懸命お金を貯めてくれたのに…。
(おばあちゃんにも悪いことをしたな。魔物の対処法を12歳の頃から教えてくれたのに、いきなり死んでしまった…。少し無理な働き方をした私が悪いんだ…)
暴漢はすっかり魔物呼びになってしまっていた。
「ふーん。ミナは魔法は使えないんだな」
「うん。魔法なんて使えないわ。カイルは使えるの?」
「使えないけど、剣はあるし」
カイルの剣は、いわゆる名剣ではない。柄に宝石もなく、鍔も簡素な十字型だ。刃は両刃で、長さは腕を伸ばしたとき、ちょうど地面につくかつかないか程度。だが、その刃には無駄がなかった。斬るためだけに存在する形をしている。
何度も研がれ、光を反射する刃先には、わずかな欠けすら残っていない。それは戦場で生き延びてきた証であり、同時に、無駄な殺しをしない男の剣だった。
「それに…魔法じゃないが、ちょっとだけ未来が見える」
「ええ~?! ほんと~??」
「戦いの時だけだけどな」
「それ、教えて! どうやるの?」
ものすごい食いつきようで、カイルが身を引くほどだ。
「うーん。たとえば、大の魔物と小の魔物の集団に同時に出くわしたとする。どう対処すべきかって考えるだろ?」
「うん!」
ミナはすっかり横向きになって歩いている。真剣に聞いていて、カイルから目が離せない。ついにはカイルの左腕を掴んで歩き出した。
「そしたら、いくつかの絵が見えて来る。まず大きいやつに対処したらどうなるかとか、小さいやつの集団に対処したらどうなるかとか。いくつかの絵が見えて、自分が死ぬ絵が続く。それは決して選ばない。そして、辛抱づよく待っていると、死なない絵が出て来る。それを選ぶんだ」
「そしたら必ず勝つってこと?」
「そういうこと」
「すごい!! それ、きのうレイが言っていたカイルの特殊スキル?」
「そう」
「すっご~い!!」
ミナは心底驚き、震えるくらい感動した。スキルの内容もすごいが、それだけではない。
それは、ミナが尊敬する大投資家の言葉と似ていたからだ!
その大投資家は言ったのは、確かこんな言葉だ。
「成功するという道筋を考えるのではない。あなたが成功しない道筋を考えなさい。そして、それを一つ一つつぶしていきなさい。そしたら、あなたは成功するだろう」
―― チャーリー・マンガー ――
(すごい! 冒険者の戦い方と、現代の大投資家の考えが一致している!)
ミナはまだ、この世界を理解するのに、自分の今までの知識の中でしか評価できなかった。前の世界と同じ考えをみつけただけで、この世界と自分が親和性があるような気がして、うれしくなる。
カイルはミナの食いつきがあまりにもすごいので、少したじろぎながら、ミナの背中を押して歩かせた。
カイルの能力はチートだけど、これは実際に、投資の世界でやっている人たちがいるってこと。
それって、すごくない?
伝説の投資家ウォーレン・バフェットの右腕として有名なチャーリー・マンガー。
ぜひ、あなたもマネしてね! そしたら、特殊スキルゲット。
次回はミナのチート能力(?)について。
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