深窓のエカーリア、市場で働く人々を見る (第74話)
ミナが始めた、野菜の直接買い取り事業。
それを領地全体に広げるには、役人や検査官が必要だ。それをどのように調達するか…。
領主アンドリオンに役人不足の問題を解決せよ、と言われて、ミナは解決策を考えた…。
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
ゾーラのような野菜の検査官は、年齢が上なほど、経験があるから好まれる。そのような老年層は喜んで参加するだろう。問題は役場で働く文官なのだ。
「今までの役人で、引退した人々を戻すのはいかがですか?」
と、ミナは提案した。
「いや…」
イソールズが口を出した。
「文官の引退者というのは、だいたい、もう文字が良く見えないとか、膝が痛くて歩けないとか、指が動かなくなって文字が書けないとか。なんらかの支障が出たために引退を申し出ております。ですから、あまり役に立たないかと…」
ここでも老齢化問題が出て来る。
「あるいは、まったく熟練していない若者ですとか…。そのような者しかおりません」
人口が全体的に減っているわけではないので、仕事を求める若者はいる。しかし、教育や経験のあるものが十分にいないのだ。
「かしこまりました。では、解決策を検討いたしますので、後日ご提案させていただきます」
そう言って、その日の会議は解散し、後日、その方策をまた発表することとなった。
「ミナさん、何かお考えがあるのですか?」
エカーリアが心配そうにミナに尋ねる。
「そうですね…。わたくしはまだ働けるような高齢の人々に仕事を与えたいと思います。それと同時に、若い人を育てたいですね」
「でも、どちらも一人前の仕事ができないと言っておりましたわ」
「そうなのですよ。そこを解決しなくてはいけませんね」
ミナはふふっと笑って、エカーリアを見た。
「エカーリア様。たまにはお城の外の庶民の集まる場所を見にまいりませんか?」
「え、庶民が集まる場所?」
「ええ。市場とか、商店街とかですわ」
一般の人々がどのように働いているのか、エカーリアはまだ見たことがなかった。
ミナはエカーリアの行動範囲を広げる計画を立てていた。その練習だ。
次の日、ミナとエカーリアは目立たない服を着て出かけることにした。二人ともスカーフを顔にかけている。ミナの護衛としてついてくるゾーイと、エカーリアの護衛にも庶民風の服を着るように言ってある。
「ミナさん、わたくし、初めてですわ。歩いて市場まで来るなんて…」
「おほほ。アンドリオン様には許可をいただきましたから、お咎めはございませんわ。タンブリーの街なら危険はないだろうと」
実は、離れたところにも護衛がもう二人ほどいるのだが、それは気にしないでおいた。
たくさんの人が行きかう市場を歩いて、エカーリアはいろいろなものを観察した。
「いろいろな人々がいますのね。外国人と思われる人も…」
「ええ、そうですわね。エカーリア様、市場で働く人々をご覧ください」
ミナの指示で、エカーリアは市場で働く人々をきょろきょろと見る。
今までに見たことがないような人たちがいっぱいいる。だらしない服装の男たちや、太った女、年老いて腰の曲がった老人たち。城ではそんな人たちは今まで見たことがなかったのだ。
それから、ミナは前にレイと入っていった飯屋に行った。
「ここで食事をしましょう」
「えっ?!」
エカーリアは素っ頓狂な声を上げた。今まで、こんな場所で食事をしたことなどなかった。
護衛の2人も顔を見合わせている。
「さあ、おふたりもご一緒に参りましょう」と護衛も誘う。
4人で入って、テーブルについた。すると、店主が足を引きずりながらやってきた。
「いらっしゃい…」
違和感のある4人組に少したじろいだ。ミナはこの店に来たのはもう1年前になるから、まさか店主は覚えてないと思っていた。
「ありゃ? もしかして…。前に一度来た嬢ちゃんかい?」
テーブルにいた3人が、その言葉遣いに顔をしかめた。
「そうよ。おやっさん、よく覚えてくれていたわね?! もう1年前よ。すごい記憶力じゃない?」
ミナも庶民に戻って言葉遣いを変えた。
「あはは。覚えてるさ。あんたのきれいな黒髪と、リックの動く八百屋の話をしたことはな」
そう言って、少し笑って、後の3人を見た。
「あ…。すまねえ。あのときの兄ちゃんとはちょっと違うお仲間だな」
遠慮がちに言い、テーブルからちょっと下がった。
「あ、シチュー2つと、マロのステーキ、2つね」
「あ、あいよ」
店主はおっかなびっくりで下がっていく。
エカーリアの貴族っぽい雰囲気と、護衛の怖い顔におそれをなしたのだろう。
そのあと、隠れてついてきていた護衛二人も店に入ってきて、店主はそっちに向かった。
「ミナさん、あのかた、足がお悪いのですね」
エカーリアが小声で言った。
「そうなのです。普通は店主が仕入れをしなければなりません。でも、あの足ではそれが困難になって、店主は困っていたのです。もう店を閉めるしかないかと…。そこへ現れたのが、バンリオルの野菜の移動販売馬車なのですわ」
「移動販売馬車…ですか?」
「そうです。野菜のほうが移動して、店に野菜を届けるのです。そのおかげで、店主は難なく店を続けられるようになったのですわ」
「まあ! それはすごいですね!」
「そうなのです。バンリオルの仕事はたくさんの人を助けています」
「そうなのですね。…商売というのはお金儲けだとしか思っておりませんでした」
「商売というのは、人に仕事を与えることだとわたくしは思っているのですよ。…エカーリア様は、市場の労働者をご覧になりましたね?」
「はい。けっこう、お年を召したかたとか、足が不自由なかたがいらっしゃいましたけど、みんな働いていましたわ。椅子に座ったままとか、棒を使ったりして」
「そうなのです。工夫次第で働けるのですよ」
「なるほど…」
そこでゾーイが口をはさんだ。
「警備兵も、戦いで怪我をして足や手を失うことがあります。それでも働ける場所があるとありがたいですね」
「ええ。本当に」
ミナも同意した。
「ミナさんはこんなふうに、ときどきこっそり調査をなさるのですか?」
「そうです。この店は野菜の移動販売を利用しているのをみつけたので、わたくしの家族を連れて二人で入って、客を装って、店主に話を聞いたのです。そして、移動販売がバンリオルの運営だと知ったのですわ。
わたくし、そのときまで、ボリックさんがバンリオル商会の偉い方とは存じませんでした。
その前にボリックさんとはお会いしていましたが、あの方も身分を隠してこっそり調査なさるのですよ。ですから、わたくしはあの方をこのあたりの飯屋の主人くらいに思っていたのです」
クスクス笑う。
「まあ! そうなのですか?! あのかたがそんなことを…」
エカーリアも思わず笑い出した。
そのあとでバンリオル邸ですごく恥ずかしい思いをしたことを思い出して、またミナはクスクス笑った。
「ま、それは良いとして…。エカーリア様、人材不足はどのようにすればよいと思われますか?」
「そ、そうですね。引退した者をまた呼び寄せて…。若い人たちがそれを補うようにする? …でしょうか」
「はい。それでよいと思います。経験のある人たちについてもらい、若い人を教育するのです。これを…」
「OJTと言います」…と言いたかったのだが、この言葉はまずいと思った。
「これを、初心者実地訓練と申します」…と慌てて訳語をつくって言っておいた。
「わ、わかりました。つまり、最終的には若い人を育てるのですね」
「そうなります。引退者には忙しいときの臨時職員として時々働いてもらおうと思います」
「なるほど…」
そのうちにシチューとステーキが来て、みんなで食事にする。
エカーリアも初めての城以外の料理人のシチューをおいしそうに食べたのだった。
役人の使い方も、今と昔では違う。
さあ、人数が圧倒的に足りない役人不足問題を、ミナはどう解決するか…?
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用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。
ゾーラ … 野菜の検査を担当する村人
イソールズ … アンドリオンの官僚
エカーリア … アンドリオンの妹。元引き込もり。
ゾーイ … ミナの護衛の騎士
アンドリオン … ミナが住むブリア領の若き領主
レイ … ミナが住んでいた村の住人
リックの動く八百屋…ミナが提案して、バンリオルが実行した移動式八百屋
ボリック・バンリオル … 大商人にして、諜報部を持つ
マロのステーキ … 肉のステーキ




