エカーリアの心の扉を開く (第69、70話)
コブルー港で襲われたミナ。カイルは重傷を負う。しかし、見舞いでそばについていることはできない。
もどかしいが、ミナはコブルーのために前進する…。
次の日、ミナはアンドリオンを説得してカイルの見舞いだけのためにコブルーを往復した。
ミナもいちいち護衛の騎士たちを一緒に動かすのは申し訳ないので、それ以上のわがままは言えない。
カイルが順調に回復しているのを確認すると、タンブリーに飛んで帰った。
その次の日、また若草宮に次の訪問者が現れる。
「ミナさん、コブルーで襲われたのですと?!」
バンリオルが血相を変えてやってくる。連絡を受けて、王都から飛んで帰ってきたのだ。
「ええ、ボリックさん。ご心配をおかけしました。でも、護衛騎士たちや、ボリックさんが付けてくださったカイルたちのおかげで事なきを得ました。…カイルは怪我をしましたが、手厚く治療をしていただきましたので、順調に回復しております」
ミナはボリックの準備していた医療体制にお礼を言った。
「ええ。カイルは無事なようで、よかったです。しかし、領主様はかなりお怒りで、ミナさんがコブルーに行くのを禁止なさっているとか」
「はい。そうなのです。そこで、今後の仕事の進行について、ご相談できればと思います」
そこで、後日、アンドリオンは自由都市事業についての打ち合わせをするため、担当者を招集した。
王都からはセグリオ、ブリア側が現在、ミナだけなので、アンドリオンはカリディオンの領主補佐官の1人であったバラントン卿を自由都市担当官に任命した。
ミナはタンブリーで指示し、コブルーで動くのはバラントン卿、王都との連絡役がセグリオということになる。バンリオルも参考人として同席した。
「自由都市構想は、第二段階に入ります」
ミナはアンドリオンのすぐ右に座り、資料を指し示しながら説明を始めた。
「現在のところ、税率と輸送の形を変えたところまでです。これで港湾の利用者は増えました。標準輸送箱は次々製造されていますし、専用馬車も造られています。アラゴンキア内での標準輸送箱の利用は進んでいます。
コブルーを利用している大商会は、ほとんどがこの新しい輸送形態に移行しつつありますので、あと半年もすれば、完成するでしょう。
監察官を増やしたことでわいろをねだる官吏がいなくなったことも好感されています。
次の問題は、宿泊施設やそれに伴う上下水道などのインフラ…基礎的な設備の充実です。
それと同時に、不正や暴力の取り締まりが重要となります。セグリオ卿とバラントン卿にお願いしたいのは、この段階の進行です」
「ふむ。順当ですな」
バンリオルが頷く。
「設備の建設と不正や暴力の取り締まりですか…。それなら、新しいことではないので、我々にも進行できますな」
担当官となって一抹の不安を持っていたバラントンも、少し安心したようだ。
「はい。この段階は、新しい仕組みを守り、支えていくために必要です。人が増えれば、それだけ治安は悪化しますし、何よりも大切なのは、二度とわいろの要求などの不正が行われないことです。また、詐欺や暴力も許しません。
そうでなければ、商人は荷を失ったり、命を失う可能性があります。商人が恐れるのは税率ではなく、不確実性です。ルールが守られない港は、どれほど安くとも信用されません」
「それはそのとおりですな。その予算はどのようにお考えで?」
バラントンは周りを見回す。誰がどのように予算を負担するか、見通しがつかない。
「宿泊施設の建設は入札制としましょう。その分の土地の取得税を免除するなどの特典を用意します」
「つまり、商会や請負人を募るのですね?」
「はい、そういうことになります。上下水道の整備はブリア側の負担でおこないます。治安に関しては、王府の協力をいただきたいと思います。王府から一定数の兵や法官を派遣していただき、巡回や調査をしていただきます。なにしろ、コブルーは国際港ですので、ブリアだけの問題ではございません」
「ふむ。それは一理あります。その論理ならば、国の予算をつぎ込めるでしょう」
セグリオは同意した。
こうして、領地、国、そして商人たちのそれぞれの負担と役割が割り振られる。
バンリオルは黙って聞いていたが、ミナの指示の的確さ、バランス感覚の良さ、視座の高さにはいつも驚かされるのだ。
(いったいこの人はどこでこのような知識を身につけたのだろう?)
彼にとって、ミナは商いの女神エビーナの知恵を持って生まれたようだった。
後日、セグリオからレオストに上申され、兵や法官が派遣されることになった。
第70話 心が凍りついた日の真実
バラントンを交えた会合を終えたあと、ミナはエカーリアを訪れた。前回の訪問からほぼ2週間ぶりだった。
「ミナさん、危ない目にお会いになったのですって…?」
エカーリアはミナの姿を見て、真っ先にそう言った。顔はいつもよりも不安げだ。
「え、ええ。まあ。でも、みんなで守っていただきましたので、大丈夫ですわ」
「そ、そうなのですか?……」
エカーリアは他人ごとではないくらいに心配そうだった。
「わたくし、危機に対する耐性を身につけておりますのよ。お教えしましょうか?」
「えっ、それはどんなことをするのですか?」
「そうですね。では、今日はそのことをお教えしましょう。エカーリア様にもきっとお役に立ちますわ」
ミナは、前回の訪問時にエカーリアが心の不安を取り除いてほしいという望みを言い出したことから、 良い機会だと思った。
ミナは侍女たちを人払いし、カーテンを引いて少し部屋を暗くした。そして、ハンカチを数枚用意しておく。
「これから何をするのですか?」
エカーリアは不思議そうだ。
「イメージングと言いまして、心の中で絵を描くことをするのです」
「い、いめえじんぐ…?」
エカーリアとミナは長椅子に隣合わせに座る。そして、ハンカチを何枚か、二人の膝に置いた。
「いいですか? わたくしはここに座っております。エカーリア様はその隣にいらっしゃいます。
ここには二人しかおりません。外には侍女たちや護衛が立っていて、守ってくれています。
ですから、安心いたしましょう」
「は、はい」
「では、目を閉じましょう」
そう言って、ミナは目を閉じる。
「そして、ゆっくり呼吸します。ゆっくり、ゆ~っくり…」
ミナはそれをやって見せた。
エカーリアはしばらくミナがそうするのを見ていたが、自分もそれをやってみることにした。目を閉じて、少しうつむき、ゆっくりと呼吸をする。
目を閉じたままミナの耳に、エカーリアの吐息が聞こえる。
「そう。いつもの呼吸をただゆっくりするだけです。簡単ですよ。もし何かあったら、わたくしの手を握ってくださいね」
そう言って、ミナは手を動かして、エカーリアがすぐに触れるようにした。
「はい…」
ゆっくり時間を置いた後、ミナは次の言葉を続けた。
「ゆっくり呼吸をしていて、安心していられるはずの場所なのですが、な~んとなく、心の中に『でも、でも…』と言っている、小さな自分がいるのを感じるかもしれません…」
「あ、…はい」
「その小さな自分を見つめるのです。な~んとなく、でいいのです。姿が見えなくても構いません。『でも、でも…』と言っている小さな自分です」
「はい…」
しばらくおいて、またミナは続ける。
「その小さな自分を抱きしめましょう」
「はい…。抱きしめます」
「そして、こう言います。
――そうなのね。怖かったのね…。そうよね…。怖いわよね…」
それはミナがつい最近したイメージングだ。カイルが見えない相手と戦っていた時の恐怖。自分が殺されるかもと思ったときの恐怖。そして、カイルが怪我をして、死ぬかもしれないという恐怖。
それを感じて泣いているもう一人の自分がいる。それを癒すのだ。
「よしよし。大丈夫よ。もう大丈夫。わたくしがあなたを助けに来たのですからね…」
ミナはまだ十分に癒されていなかった。そのときの恐怖は表面上ではほとんど消えているが、心の奥深くにはまだ潜んでいる。
それは、初めて自分が人を殺めたという恐ろしさだ。
自分とカイルを殺そうとした相手だ。後悔はない。
しかし、それは心に大きな衝撃を与えた。心の中の小さな自分は罪の意識に怯えているのだ。
(大丈夫。あなたは正しいことをした。誰もあなたを罰しないわ…。大丈夫…)
これをこうして、ときどき癒すのだ。
隣で、エカーリアがしずかに泣き始めた。ミナはその声をじっと聴いている。
「つらかったわね。苦しかったわね。でも、もう大丈夫なのですよ。その気持ちを抑えなくてもいいの。泣きたかったら、泣いていいの。大人のわたくしが抱きしめていますからね」
そう言うと、エカーリアは声を上げて泣き始めた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
次回は、エカーリアとアンドリオンに、14年前、何が起きたのか…。
感謝、感謝です!
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用語集
ミナ … MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。
アンドリオン … ミナが住むブリア領の若き領主
カイル … ミナの家族兼恋人(?)諜報員
タンブリー … ブリア領の中心都市
コブルー … ブリア領内の港で、ミナが開発中
ボリック・バンリオル … 大商人にして、諜報部を持つ
セグリオ … ミナと共に働く官僚
バラントン … ミナと共に働く官僚
カリディオン … 前ブリア領主でアンドリオンの父
アラゴンキア … ブリア領のある国の名
標準輸送箱 … ミナが考案したコンテナ
エカーリア … アンドリオンの妹でパニック障害を持つ
レオスト… アラゴンキアの王弟殿下




