第8話 野菜の卸値っていくら? 高いの? 安いの?
スーパーで売られている野菜。その卸値について、考えたことある?
ないよね~。
でも、すっごく安いんだろうなって想像したことはあるかも。
この小説では、まだマシ。一応4~5割にしておきました。
だって、真実を知ると、ショックだから…。
ミナは家に戻るとベッドに横たわって、ふて寝していた。寒いので布団をかけてすっかり寝る姿勢だ。枕に顔を押し付けたまま、ぶつぶつ言う。
あのあと、布地を三つ選んで(カイルが!)デザイン帳もカイルが見て、採寸して帰ったのだ。
ミナが来ていた若草色に似た生地があり、それはすぐに決まったが、店員が他にも勧めるので、カイルは淡いピンクと淡いオレンジの生地も選んだ。
結局3着も買ってくれたのだ。
「商人たちと話すのに、安物の地味な服じゃだめだ」と彼は難しい顔をして言っていた。
(そうか。振興会で話すには、あの地味な農民の着る古ぼけた服ではアンバランス過ぎたんだわ。うん、ビジネスに服は大事だ)
それはミナも同意する。
(でも、いかにも若いお嬢さんみたいな服はどうよ?! セリナみたいなきりっとした服ならビジネス風って言えるけど…)
なんのかんの言いながら、結局カイルはミナにおしゃれをさせたいようだった。
――ま、そんなとこで――
カイルが言った言葉が頭の中でよみがえった。カーッと顔が熱くなる。
(絶対に、説明するのが面倒くさかったに違いない!)
これは確信しているのだ。それがまた悔しいような気がするし…。
レイとイーロイのことも思い出す。
(嫁さん候補でもそうでなくても、どうでもいいんだよね?! みんな適当なんだよね?!)
何に腹が立つのか不明なのだが…。
(別にカイルが嫌いなわけじゃないけど…)
ミナは逡巡していた。
(だって冒険者よ…)
冒険者をさげすんでいるわけではない。ただ、命をかけている仕事をしていれば、いつ死ぬかわからない。そんな夫を持ちたいなんて、現代人にはありえない。
そう、ミナはまだ現代人感覚なのだ。
(でも、カイルは頼りになる…)
枕を抱きしめて揉みながらミナはカイルを思った。
(で、どこかかわいいところがある…)
あんながっしりとした男なのに、かわいいと感じるのはそのストレートの髪の毛のせいだろう。黒い髪の毛に黒い大きな瞳。
なんだか懐かしくかわいいと感じるのは、日本の男を想起させるからかもしれない。
「ミナ~。ごはんの時間だよ~」
スージャがドアを軽くノックして呼びに来てくれた。
「はあ…」
やめた、やめた。そんなこと、どうでも良いのだ。嫁さん候補でもそうでなくても、確かにどうでもいい。
今は、この村の農産物定期便のことが大事だ。ミナは気分を切り替えた。
その3日後。今日は村の農家の会合に顔を出す予定だ。ドナオンが手配してくれたのだ。
買い取りの商人と細かく交渉する前に、いったいいくつくらいの農家が参加するのを確認しなければならない。
会合に顔を出して事業計画を説明して、参加を促すのだ。会場にはたくさんの男女が集まっていた。みな農家の責任者たちだ。
「…ということで、一括買い取りをお願いした場合、買い取り価格はおよそこのくらいを考えています」
壁に掛けられた板に水で濡らした筆で買い取り品とその価格を書いていった。
ミナは、2カ月の市場の売り上げから平均の販売価格を割り出し、その4掛けを買い取り価格とした。買い取ってもらえば、あとはもう考えなくても良いので、他の仕事に専念できる。廃棄のことも考えなくていい。
日本での農協の買い取り価格は、だいたい2~4割だ。
ここに輸送費、販売コスト、保管費、廃棄のリスクなどが載り、スーパーでの価格となる。
それでも、農家にとっては一括で買い取りしてもらえるのはありがたいことなのだ。
この村で4掛けというのは悪くない売値だ。
「季節ごとに多少変わりますが、直接市場で販売する価格の4掛けとお考えください」
「バカを言え! そんな価格で売ったら、みんな飢え死にだ。売りたいやつなんかいねえよ」
そう言うだろうと思った。流通や保管、廃棄分にお金がかかるという発想がないからだ。
「そうだ、そうだ」と大きく頷く人たちが大半だ。
「去年は天候が悪くてな。借金返すのに必死なんだ。わざわざ収入を減らすなんて考えられねぇ」
「うちはよそに委託しているけど、それは7掛けよ?」
ざわざわとあちこちで話し始める。
「皆様のご心配はわかります。でも、よく考えてください。一人の男性が市場に毎日野菜を運び、それを売ります。
そして、月に200ポル稼ぐかもしれません。それが80ポルになります。確かに少ないです。
しかし、その人はもう市場に行かなくて良いので、他の仕事ができます。
すると、他の仕事で200ポルを稼ぐかもしれません。ということは、280ポルの収入になるということです」
ミナがそう言うと、「えっ?!」という表情をしている。
そして、黙り込んだ。頭の中で計算しているのだろう。
「なんか騙されていないか?」という顔の人もいる。
「委託販売のかたも、委託したからといって必ず売れる保証はありません。
売れなければ廃棄となり、収益はゼロです。
一括購入では売れなかったからゼロということはありません。出荷分は保証されるのです」
その言葉に村人たちは黙った。頭の中で売れなかったときのことを思い出しているのだろう。
「もちろん、すぐに決めてくれということではありません。
それぞれの事情がありますし、他の仕事をしようにも仕事がないという人もいるでしょう。
でも、市場に行かない分、畑の作物を増やすことができる人もいるかもしれません。
また、一括買い取りされた以外の野菜を、もちろん自分で市場に行って売っても良いのです。
ですから、後はみなさんでよくお考えください。
最初は試験的に動かす仲間を募集しています。お返事は10日後までにいただければと思います」
みんな、ちょっとホッとした顔をしている。
ミナはそこに付け足した。
「なお、どんな野菜でも買い取ると言うわけではございません。一定の基準に達したものに限ります。
その見本をここに並べておきますので、それをご覧になって、それぞれ、どのくらいの量の野菜が出せるのかをお考えください。
以上です。ご清聴ありがとうございました」
農民たちは、みな呆けたような顔でミナを見た。
あまりにも手際よく説明が終わり、自分たちが煙に巻かれているのではないかというような気もしている。
あんぐりと口を開けたまま、ミナが部屋を出ていくのを見送った。
あとに残された各種の野菜の見本には、次のように書かれていた。
1.見本と同じくらい傷や虫食いの少ないもの
2.見本と同じくらいの大きさのもの
3.腐りかけは除外
(ふう…。なんとかできた…)
家にたどり着いて、食堂のテーブルに座ってほっと息をつく。
戸惑っている村人たちの顔を思い出して、うなった。
(う~ん…それでもやっぱり4掛けは印象的に厳しいかな…)
今まで手にしていたものが減る。
それがどんな理由であっても、人は「奪われた」と感じるのだ。これは心理の常識だ。
それが別の利益を生み出すまでは、そういう感情的な反応が、理性的な理解を妨げる。
その感情の部分を処理するには、成功事例が必要なのだ。
ミナはその「成功事例」を捻出できないかと考えるのだった。
それも、誰かの理屈ではなく、自分の目で見える成功が。
そこへヨーカとマティアがお茶を運んできてくれて、3人でお茶となった。
「で、どう思う? この家は参加したいかしら?」
なにしろ、買い取り価格を計算することに時間がかかり、まだこの家の意見も聞いていなかったのだ。
「う~ん…。まあ、4掛けは厳しいけど、でも、私は賛成だな。レイにはもっと稼げる仕事があると思うからね」
ヨーカは言った。ミナがレイとともに働いたときの月平均売り上げは1000ポルだった。
だが、もともとレイが一人で売っていた時は、良くても300ポル程度だったということだ。
それでもうまい方なのだ。しかし、カイルに比べると、レイにはもっと稼いでほしいのだろう。
「レイがカイルみたいに冒険者になれば、その方が儲かるってことね」
マティアが言うと、ヨーカは笑っていた。「ムリムリ」と言いたいのだろう。
たとえレイが冒険者をすると言っても、家の若者が二人とも冒険者になるのは危険すぎる。
食堂の暖炉の前では、二人の男の子が積み木のようなおもちゃで遊んでいる。
「ルーイも冒険者になってくれると、うちはもっと豊かになるんだけど」
「私はレンドには学校に行って、商人にでもなってもらいたいな…」
ルーイはマティアの5歳の息子で、レンドはヨーカの4歳の息子だ。
「あなたのところはもうカイルがいるからね」
マティアが言った。家族に一人冒険者がいれば、収入がかなり違う。
(私もカイルに上等の服を買ってもらったし…)
この家に時計があったり、窓にガラスがはめこんであるのは、収入がいいからなのだろう。
(でも、自分の息子が危険な仕事に就くのは、自分だったらいやだな…)とミナは思った。
商人の返事はまだ来ない。しかし、それはこちらも好都合。参加する村人がまだいないからだ。実際に動き出すのは春先からなので、しばらくは時間がある。
ミナは細かくシミュレーションをして、いろいろなケースでの収支を計算していた。
荷馬車や野菜の集積所、一時保管庫、それに定型の木箱。
これらはみな借り賃がかかる。
それらの経費の管理や農民への収益の分配など、いろいろな仕事が生まれる。
この人件費も経費だ。抜けのないようにしっかりとすべてのケースを想定しなければならない。
もちろん、その間も家事を手伝っている。
しかし、心ここにあらずで、ときどきぶつぶつ言いながら頭をぶつけていたり、どこかに何かを置き忘れたりしていた。
「訓練に行ってくる」
カイルがそう言って、母のゾーラをハグして出ていこうとするところを見ていたミナは、「訓練」でハッと思い出した。
(そうだ。私は合気道ができるんだった。おばあちゃんに言われていた。「合気道の訓練はちゃんと続けなさい」って…)
アメリカでも合気道の教室があり、ミナはちゃんと訓練を続けていた。異世界に来て3カ月ちょっと、一度も訓練をしていないのだ。というより、異世界にきたショックで合気道のことをすっかり忘れていた。
前回、街に行った時もカイルについてきてもらった。一人で行動できないというのは不便なのだ。もう少し自分に護身力があれば…。街までの道くらいなんとかならないか?
「ね、カイル。何か訓練する場所ってあるの?」
「う~ん。ま、あるぞ。ちゃんとしたところじゃないけど…。見てみるか?」
「うん。連れてって」
なぜミナが訓練する場所を見たいのかわからなかったが、そんなに遠くない場所なので、カイルはミナを連れていくことにした。
それは、村の周辺の林のあたりで、まるでアスレチックフィールドのように、いろいろな仕掛けがあった。
「ここは、昔からみんなが少しずつ、自分のために作った仕掛けが残っているところなんだ」
(な、なるほど…)
ミナが思ったのとまったく違っていた。
もっとも、畳が敷かれた合気道や柔道の訓練所を期待するほうが無理である。
ここはどちらかというと、サスケのような、飛んだり跳ねたりする訓練や、剣の訓練をするような木切れの仕掛けがあちこちに作られていた。
(違った…)
がっかりしている様子のミナを見て、カイルが聞いた。
「何があると思ったんだ?」
「うん、武道を学べる場所みたいな…」
「ブドー?」
またミナの意味不明語が出てきた。
「体術って言うか…」
「つまり、身体での戦闘ってことか?」
「うん、そんなかんじ」
がっかりしているので、適当な答えである。
「なんでそんなものを見たいんだ?」
「ううん、見たいんじゃなくて、自分が習いたいのよ」
「え?! なんでだ?」
めずらしくカイルが突っ込んでくる。
「だって、今のままじゃ、街まで一人でいけないじゃない? カイルかレイがついてきてくれないとダメでしょ? それじゃ困るから、自分が強くなれば一人で行けるかな?って」
(………)
カイルがミナを見つめたまま、黙ってしまった。
「また何か変なこと、言った?」
「女が一人で街道をあるくとか、基本的に誰もしないから」
「えっ?!」
またまた現代人をやってしまったらしい。女は一人で村を出られない? それが基本?
「どこの世界だ~?!」…と言いたいが、異世界だった。
そうか。女が男に守られて移動するのが、この世界の基本なのか。
(え? だとすると…)
ミナはあることに気づいてしまった。
村から街には行ける。それはカイルやレイがいるからだ。
しかし、もしミナが街に住んでいたら、街から村にはいけないということになる。
(ギャ~!)
これはまずい! 思わず頭を抱えてしまった。村と街をつなぐ定期便の仕事をしようとしているのに、肝心の自分が自由に動けない?
なんて不便なんだろう!
そのうち、街に引っ越そう思っていたのに、この村から出られない?
そんな~!!
(いやいや、お金で解決できる方法がある! 冒険者を常に護衛に雇えばいいんだわ!
それにはお金が必要。
……やっぱりこの事業を絶対成功させて、小金持ちにならないと本当にやばい…)
ミナは将来、街に移り住んだときのことを思って、冒険者を雇う計画を立てた。
……目の前に、きょとんとしている冒険者が一人いるのだが。
ミナは、女性が安全に街道を歩けないことにやっと気づきますが、これは、現代でも同じこと。
真夜中に女性一人がルンルン歩ける日本が…特別なんですよ…。
それって、つまり日本女性は自由な時間が外国の女性よりも3割増しに多いってこと。
なにせ、中世では街灯もないからね。
次回は、カイルの特殊スキルと、投資の極意の整合性…?について
ぜひぜひ、ブックマーク、よろしくお願いします。それが今のところ、生きがいです(*‘∀‘)




