吊り橋効果とアンドリオンの不安 (第67、68話)
襲われたミナを守るため、カイルは自分の身体を盾にした。そして重傷を…。
ミナは初めてピッターでとどめを刺した。
カイルが目を覚ますと、部屋は明るかった。
わき腹が強く痛む。
しかし、ベッドの上にいるところを見ると、治療は受けたようだった。
右手を動かそうとしたが、誰かに掴まれている。首を右に回して見ると、ミナが自分の手を握って、そばに座って、そのまま眠っていた。
安心して、思わず頬が緩む。
「ミナ…」
ミナはハッと目を覚ましてカイルに気づく。
「よかった! 気がついたのね?!」
ミナはひどい顔をしていた。目の周りの化粧が落ちていた。カイルは思わずクスッと笑おうとしたが、痛みが襲ってグッと顔をしかめた。
「なに? 今笑ったでしょ?」
「ああ…。ミナ、化粧が落ちてるぞ」
笑いを抑えてなんとか言った。
「えっ?! そうか…」
ミナはそばに置かれた水盆にハンカチを浸して、顔を拭いた。
そんな様子を見ていると、カイルは安心して幸せな気分になる。ずいぶん泣かせたのだろうと思った。
「これでいい?」
「ああ、きれいになった」
「ボリックさんのおかげで、いい手当をしてもらえたわ。だから、1週間も寝ていれば治るって」
「そうか…」
「カイルったら。未来視できるのに、こんなに危ない目に遭うなんて…」
「ああ…」
カイルはわかっていた。未来視のおかげで敵がいるのがわかった。しかし、未来視では自分を守れても、ミナを守れない。自分が無事な絵を選ぶわけにはいかなかった。
ミナを守れなければ、自分が無事なことになんの意味がある?
(ファルクに感謝だな…)
ふとファルクのことを思い出した。未来視は自分さえ守ればいいというときしか役に立たないと教えてくれたのは、ファルクという犠牲のおかげだ。
「騎士団が戻ってきて、私たちをみつけてくれたの…。そして、ここに運んで、医者も呼んできてくれたわ」
カイルの右手を自分の頬に当てながらミナは説明した。
カイルは心配そうな表情のミナをしばらくみつめて、それからまた言った。
「ミナ、髪の毛が乱れてる」
「えっ?!」
ミナは目を丸くした。
(カイルが私の髪の毛の乱れを指摘するなんて?! そんなこと、前は言わなかったくせに…)
今にも泣きだしそうな顔。乱れた髪。
カイルはミナが最初に現れたときのことを思い出していた。
(こんなふうに、くしゃくしゃの髪の毛で、天然のままだった…)
笑いたいのに、痛くて笑えない。
「髪の毛、直してくる」
「いいから、ここにいろよ」
「うーん…。じゃ、ここで直す」
そう言って、ミナは髪の毛を下ろして、指で梳いた。
前にも見たミナの長い黒髪。少し子供っぽくなるのを見るのが好きだ。
「へんなの。何がおかしいの?」
ミナはうれしそうなカイルを見て、不思議な顔だ。
「べつに…」
そう言いはしたが、きょとんとしているミナを見ると、さらにおかしくなってしまう。
「いでで…」
カイルは痛みをこらえるのに苦労した。
第68話 吊り橋効果
ミナはカイルをコブルーにおいたまま、若草宮に帰ってきた。半日の距離なので、またあさってあたりにも様子を見に行こうと思う。
戻ってゆるい服に着替え、カウチに横たわってゆっくりと休んでいると、侍女が慌てて訪問者を告げた。
「領主様がお越しです!」
先ぶれなので、まだしばらくは時間がある。ミナは急いで着替えて、侍女にお茶を用意させ、アンドリオンを待った。
(なんだってうちに来るのよ。城で呼び出す方がまだマシ…)
ミナは不満たらたらである。
アンドリオンはあっという間にやってきた。
「ミナ! ミナ!」
自分で玄関を開けて、ミナが迎えるのを待たずに階段を上がってきた。護衛の騎士が3人、慌てて後を追い、玄関広間で待つ。
「なんですか? 領主様。いくらなんでも…」
(無作法でしょう)と言いたかったが、アンドリオンはミナを見つけると、また抱きしめた。
「あ、あの…」
「君は襲われたそうじゃないか! コブルーで!」
一緒に帰ってきた騎士団から連絡が入っているのだ。
「もうコブルーには行くな! 他の者を行かせる!」
とりあえずミナを放すが、腕をつかんだままだ。
「はあ…」
(まったく、何を言っているんだか…)とミナはあきれた。
「では、誰を行かせるおつもりですか?」
「セグリオに行ってもらう」
「はあ…」
(あの人、商人の気持ちはわからないみたいなんだよね。まあ、別の仕事をやってもらうか…。少しは行く回数が減るかな。私が危険な目に遭うと、カイルが怪我すると嫌だし…)
「でも、騎士団の皆さんもバンリオルの諜報員も、みんな助けてくださいましたので、わたくしはそんなに苦労しておりません」
ちょっと強がった。
「嘘つくな。カイルが怪我をしたんだろう? ゾーイが報告したぞ。君がボロボロ泣いていたと!」
(ぐぐぐ…。ばれてたか)
実際、今までの人生であんなに泣いた覚えがないほど、泣いた。でも、無事でよかった。それを思うとまた泣けてきそうだった。
「…わかりました。コブルーへの訪問回数を減らします…」
侍女がお茶を運んできたので、そこでとりあえずテーブルについた。
「その分、定期便のほうの仕事をせよ」
「定期便ですか? 他の村にも広げるということですよね?」
「そうだ。だが、一つ一つの村に行って農民を説得するのは時間の無駄だ。なんとかならないか?」
それはそうなのだ。一企業が推進するときと、国が推進するときではやり方が異なる。
「それならば、領地の事業となさればよいのではございませんか? 今まではエルノー村の事業でしたが、アンドリオン様は領主となられたのですから、領地全体の事業として、役所に事業部をおつくりになればよろしいでしょう」
「役所に事業部? それでどうするのだ?」
「そのお話は後日、行政棟の会議室でお話しさせていただきたく存じます」
ミナは「疲れてます」という、恨めしそうな表情で言った。
「むむ…。そうだな。わかった…。しかし…」
歯切れの悪いアンドリオンであった。
「君は……」
「はい?」
アンドリオンは何か言いたそうで、なかなか言えないような様子を見せる。
ミナは彼が何を言おうとしているのか、わからなかった。
吊り橋効果とは、危険な橋を男女が一緒に通ると、その二人は恋に落ちやすくなる、というもの。
まして、自分を助けるために死にかけた男に女が魅かれないはずもなく……?
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