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第7話 前代未聞のプレゼン

人前でしゃべるって、恥ずかしい…。


でもね、それは練習しないから。

人前でしゃべる練習を100回やれば、誰だって、しゃべれるようになる………はず。


ホームとアウェイでは、人前の意味、全然違う! ミナは全方向アウェイです。

どうしよう…、どうしよう…」


ミナは自分の部屋にこもったまま、うろうろと歩き回っていた。あさってには商業振興会に出て、挨拶をしなければいけないのだ。


今までも練習してみたが、どうも決まらない。あと正味1日しかない!


「ええと…。私はちゃんとスピーチの単位も取ったんだから…。Bだけど…」

 ほとんどAの成績を取ったミナの、数少ないBのひとつがスピーチだ。


「できる、できる。できるったらできる…」


呪文のように唱えながら、ミナは震えていた。

部屋が寒いのももちろんあるのだが、今は毛布を巻いて歩いている。それでも震える。


何度も練習をしてみた。紙がもったいないから原稿は書けない。何度も何度もしゃべってみるしかない。


「ええ~、皆様、本日はお集まりいただき…」


日本風な挨拶になってしまう。


「…じゃなくて、…ええっと…」

アメリカ式だとこうだろう。ジョブスのように両腕を広げて、足を開いて立つ。


「今、村は困っているのです! 丹精込めて作った作物。これを多くの人に食べてもらいたい! 村から運ぶには若者が必要だ…。でも、村には村の仕事がある。どうしたらいいでしょうか?」


 …と言ってみた。ダメだ。乗りが悪い。


 前の世界ではTEDもさんざん見た。そこで、どのように発表すればいいかを学んだはずだ。しかし、いざとなると自信がない。


「……もし、商人の皆様に村一括で買い取ってもらえたら、村は安泰です! そして、商人の皆様は、大量の野菜を安く仕入れることができるでしょう。


計画的に農産物を売りさばくことができ、食べ物の無駄がなくなります! それは、それだけ生産量が上がるということ。それは、我が国の力を高めることにつながるのです!」


と、高らかに言った…つもり。


「はぁ~…」


精魂尽き果てたように肩を落として、ミナはため息をついた。

何が障害となっているのか?


はっきり言って、ここはミナにとってアウェイなのだ。白い目で見られたらどうしよう。


西海岸の企業家たちにプレゼンするほうがよっぽどマシだ。西海岸にはエンジェル投資家と呼ばれる優しい人たちが存在するのだ…。


「異世界なのよ! 異世界!」

毒づきたくなる。


「『我が国の』なんて言ったけど、そもそもこの国の名前、なんだっけ? アラゴンキアだったかな。で、敵対する国ってあるんだっけ?」


自分のアウェイぶりに、さすがに焦る。

「うわ…、そこ、突かれたらどうしよう…」


 思わず頭を抱える。アウェイでいじめられるような妄想が始まった。


(妄想、やめ~い!)

心の中で叫ぶ。


ドアがドンドンとなる。冬だから、ガラスのない窓は全部閉めていた。


「は、はい~!」


 うるさかっただろうか。慌ててドアを開けたら、カイルが立っていた。


「なにしてんだ?」

「え? あの…、なんか聞こえた? アハ?」


 恥ずかしくなって、照れ笑いした。きっと聞こえてたのだろう。ノックにしては大きすぎる音だった。カイルはバカ力らしい。


「はあ…」


ミナはベッドに座って、ため息をついた。

カイルは鏡の前の椅子に逆向きに座って言った。


「あさって、街に行くんだろ?」

「うん」

「俺、一緒に行くから」

「え、ほんと?」


「ヨーカが『ミナは放っておくと、一人で行ってしまう』って…」

「うん、一人で行くつもりだった」


カイルは絶句したように目を見開いて、そのあと斜め下に目を落として、しばらく黙っていた。


「…ま、商業振興会の中まではついて行かないけどな。道中が心配なだけだから」

「あ、そうなの?」


(なんだ、道中だけか…)


カイルがプレゼンのときもそばにいてくれるのかと思ったら、違ったようだ。道中が心配というのはそうかもしれない。レイと行き慣れた道だけど、女一人で2時間歩くのは確かに不安だ。


「ね、カイル。聞きたいことがあるんだけど…」


ミナはカイルに足りない情報を聞くことにした。カイルなら聞いても大丈夫だろう。ミナがこの世界の異物だと知っているのはカイルとヨーカだから。


ヨーカに聞いたら、「ええ~、そんなことも知らないのぉ~?!」といちいち突っ込まれそうだ。

その点、カイルは無口なので、あきれたとしても口には出さないだろう。

ときどき怪訝そうな顔はするけど。


しっかりとカイルに不明点を聞き込みをして下準備をしたあと、ミナは振興会の会合に臨んだのだった。


ちなみに、カイルが生まれてから20年の間に、二度、北東の隣国グリダッカルに侵略されそうになったり、一度ひどい飢饉が起きたことがある、ということだった。


うーん、おそろしい…。



「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。エルノー村に住むミナと申します」


商業振興会の広い会議室には、40人ほどの商人たちが集まっていた。


もちろん、ミナのために集まったのではなく、定期会合のためだ。そこにお邪魔して、プレゼンをさせてもらう。正確にはプレゼンのプレゼンだ。


「今、村から街へ農産物を運ぶのは個人個人の人力に頼っていて、運べる量は決まっています。また、みな小さな荷車なので傷みも生じますし、雨にも弱いです。


わたくしの提案はひとつ。商人の皆さまに、村の農産物を一括購入していただきたいのです。

もちろん、売値はかなり安く設定することとなりますから、商人の皆様にはかなりお得な買い物となるはずです。


村は無駄な行き来の時間がなくなり、売れ残りが減りますから、売値が低くても利益はあります。


また、商人の皆様には、安く買えるだけでなく仕入れの量が安定しますから、市場で売るのはもちろんのこと、貴族のお屋敷や宿屋、飲食店などの大口の顧客の獲得も可能でしょう。


今考えているのは日持ちする農産物です。まず根菜だけを対象にすれば、廃棄量も少ないでしょう。


最初は、5日に一度定期便を作る予定で、シミュレー…いえ、実際の作業の流れを想定し、経費や売り上げの予測を立てています。


ご興味のある方には、必要な初期費用、回収見込み、損が出る条件まで、紙にまとめてありますので、それをお見せできます」


一気に話したが、聴衆は棒立ちで、特になんの反応も見せないように思われた。一息ついて、一同を見回して、ミナは言葉を続けた。


「これはこの村のためだけでなく、将来の大きな可能性のあるお話です。将来はこのような一括買い取り一括輸送を中心とした農業となるでしょう。


農業が発展することは、国が発展することです。皆様が農業に貢献なさることは、国を守ることと同義です。


ぜひ、一度詳しい説明をさせてください。ご希望の方はコーダさんにご連絡いただければ、わたくしが参上し、説明をさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」


ミナは力強くスピーチをしたつもりだが、帽子をかぶって黒っぽい上着を着た商人たちは、なぜか唖然とした顔をしている。何か言い足りなかったのだろうか。


間違った言葉を言っただろうか。…「シミュレーション」はうっかりしたが。


「ご清聴ありがとうございました」


用意した言葉はここまでだ。ミナはお辞儀ではなく、スカートのすそをちょっと持ち上げる礼をして、壇上から降りた。


拍手もなく無反応のように見えるが、何人かはきょろきょろとしている。何かを探しているようだ。何か足りなかったのだろうか。ミナにはよくわからなかった。


ミナは材木商人コーダとともに会議室から出た。


玄関ロビーに続く廊下で、コーダがミナに話しかけた。


「すごいお話でした…」

「え、そうですか?」

ミナは意外に思った。


「でも、…皆様は特に質問もありませんでしたし、興味がないような…」

「いやいや。興味はあったと思いますよ。でも…」

「でも…?」


「まさか、ミナさんお一人でこの提案をなさるとは思いませんでした。みんなもそう思ったのだと思います。きっとどこかの大商人が陰にいるのではないかと…」


「えっ、そうなんですか?」

 それできょろきょろする人がいたのだろうか。


「若いお嬢さんがあんな商売の話をするなんて、前代未聞ですよ。いつ、『これは誰々の考えたことで…』と大商人の名前が出るのかと思っていたら、最後までお嬢さん一人でした。


いや~、恐れ入りました。私なんかよりずっと商売人のようですな」


コーダが笑いながら言う。


つまり、ミナはどこかの大商人の代理人としてきたのだと思われていたようだ。

いつまで経っても、黒幕の名前が出てこないので、みんなは煙に巻かれたように唖然としたらしかった。


聴衆は話の内容より、場の違和感に意識が行き、種明かしがあるのではないかというほうに気が行ってしまったようだった。


(はぁ…。ダメじゃん…)

ミナはがっかりした。理由はどうあれ、聞いてもらえなかったのなら、意味がない。


玄関ロビーで待っていたカイルが二人の会話を聞いていた。


ミナに近づくと、預かっていた防寒のマントをミナに着せて、少し笑っていた。


「どうせまた、わけのわからない言葉を並べたんじゃないか」と面白がっているに違いない。


コーダにお礼を言って、二人は商業振興会館を出た。


外に出るとカイルはミナに改めて「どうだった?」と聞いた。

「うん、とりあえず…。できた」


少し微笑んで答えた。

コーダがあんなふうに言ってくれなかったら、今頃もっとがっくりとしていただろう。


二度と挑戦なんかするものか、と思ったかもしれない。


でも、聴衆が唖然としていた理由がわかって、少しうれしかった。これなら一人くらいは興味を持ってくれたかもしれない。


「そう。よかったな。これからグリエンダルに行くぞ」

「どこ? それ」

「レイと行っただろ? 魔石や素材、買ってくれるとこ」


前に入ることができなかったあの店だった。グリエンダルと言うのか。

カイルはマントの下でバッグを斜め掛けしている。そこに何か売るものが入っているのだろう。


水晶玉を踏むグリフォンの絵柄のあるサインのある店にやってきた。大きな両開きの扉の右側を押して、中に入った。カイルは慣れているらしいが、ミナは初めてである。


広々としたロビーの正面に木製のカウンターがある。

ロビーは吹き抜けになっていて、天井が高い。丸いランプをいくつも組み合わせたような大きなシャンデリア。


壁には腰板がつき、その上は上品な縞模様の壁紙だ。

木製の小さな彫刻の装飾が壁の四隅にあり、カウンターの左手にはつややかな手すりを備えた階段が二階へと続いている。


日本で言えば、明治時代の洋館のような様式だ。


カイルは誰もいないカウンターに近づいて、ベルを鳴らした。奥の部屋から女性が一人出て来る。


「こんにちは、カイル。買い取りをご希望ですか?」

「こんにちは、セリナ。そう。いくつか持ってきた」


そう言って、カイルはカバンからいくつかの素材を取り出してカウンターに並べた。いくつかの魔物の内臓の天日干しと、薬草3種、それに少し大きめの黄金色の魔石だった。


「ちょっとお待ちくださいね」

そう言って、セリナはカウンターの下から、大きな帳簿のような本を取り出した。


セリナは赤茶色の髪を後ろで丸くお団子にまとめた40代の女性で、この店のベテラン店員だった。丸顔で優し気な雰囲気で、襟の立った薄い紫色のブラウスときっちりとしたベルベットの黒っぽい上着がとてもよく似合う。


仕事のできる雰囲気だ。


ミナは大人の雰囲気のセリナにしばらく見とれていた。


「ああ、ちょうどよかったわ。ロックベアの肝臓は注文が入っています。あとは…」


セリナは注文票をチェックして、すぐに売れるか売れないかを考えているようだった。

「この魔石はかなり質が良いですね。ロックベアの今の相場はグラムで5ポル。これは…」



セリナははかりに魔石を乗せた。

「362グラムですから、…1810ポルですね」

「わかった。それでいい」

カイルはぶっきらぼうに言った。


ミナはすぐに計算できなかったが、1ポルは確か、1000円くらいの価値があったはず。とすると、1810ポルは約181万円相当? 


(うーん…相場がわからない。カイルとしては、命を懸けているんだから、それじゃ安いよね?)

 うん、安すぎる。


 とはいえ、命がかかっているとかじゃなくて、価格は需要と供給で決まるわけだから、そんなものなのかもしれない。


 結局、もろもろ売って、カイルは2300ポル以上を手に入れた。230万円というところだ。カイルは月に一度くらい売りに来るから、相当収入があるようだ。通常の10倍の稼ぎだ。

と言っても、冒険者が儲からないなら、誰もなりたくないだろう。


 二人で店を出る。

 しばらく、カイルは無言だった。そして、カイルはミナの知らない道をどんどん進む。


「どこへ行くの?」

「うん、この街の中心街」

「中心街?」

「店が並んでいるところ」


つまり、西海岸で言うところのビバリーヒルズか、東京で言うところの銀座だろうか。


「何か買うの?」

「そう」

カイルは相変わらず言葉が少ない。ま、いっか。


「ここだよ」

カイルがミナを連れてきたのは、婦人服の仕立屋だった。

「えっ、ここ?」


なんでカイルがこんな店に用があるんだろう? まったくわからなかった。ヨーカに何かを頼まれたのかな?


「いらっしゃいませ」

 おしゃれな服を来た店員が出てきた。いわゆるハウスマヌカンだろう。着ている服が商品なのだ。


「こちらのお嬢様の服でございますか?」

 店員はミナを見た。


「え、いえ。違います」

と言ったのだが、同時にカイルが言った。

「そう。薄い草色の生地はあるかな? それで服を作りたい」


「えっ?」

 ミナは今聞いた言葉が信じられなかった。

(カイルが私に服を?)


ミナは、自分がぼさぼさの山姥のような髪をしているのをカイルが指摘しなかったことを忘れない。この人は人の恰好に注意を払わない人なんだと思っていたのに、なんで私の服を買ってくれようとしているのだろう?


「できれば艶のある生地。色は薄い草色に限る」

とカイルが注文を付けた。


「薄い色は汚れが目立ちますよ。よろしいのですか?」

「ああ、かまわない」

「冬物ではつやのある生地は…」

「ああ、春ものでいいんだ」

「かしこまりました」


店員は奥の倉庫に行って、布地を探しているようだ。


「…カイルったら…」

 ミナは小さな声でカイルに抗議した。(なんで買うんだ)って言いたいのだが…。


「ミナはずっとヨーカのお古ばかり着てるだろ。それ、やめた方がいい」

「えっ…」


 そんなことをカイルが気にしているなんて、思いもしなかった。最近は寒いので、厚手の服をヨーカからもらったが、確かに何度も洗って色があせた、地味な茶色の服だ。農村では汚れが目立たない服を着るのが普通だからだ。


「ヨーカのお古は似合わない。最初に着ていた薄い草色の服。あれはきれいだった。スカートはアレだけど」

「えっ…」

「ミナには、つややかな草色の服が似合う」


(えっ…)

3回目は声も出ないくらい驚いてしまった。


(私が最初に着ていた服、まだ覚えていたんだ…)

 ミナの人生でこんなに驚いたことはないと言えるかもしれない。


店員が二人がかりで布をいくつか持って戻ってきた。

「お嬢様、いえ、奥様でいらっしゃいますか?」


ミナは真っ赤な顔になって、何も言えなかった。

「ま、そんなとこで…」


カイルが信じられないセリフを言ったのが、気が遠くなりそうな耳に聞こえていた。

自分が見慣れていないものを見ると、頭、働きません。

そこで「ハッ」として、頭を再起動させものが勝ち。


次は、参加する農民たちを集めてプレゼンします。

企業家は礼儀があるけど、村人はそういう礼儀、ないです。

ミナ、困りそう…。


ブックマークしてくださると、涙を流して喜びます。よろしくお願いいたします(*^^*)


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