自由都市をつくるという一大計画の始まり(第61話)
王都から帰ってきて、ミナがブリア侯行政顧問として、正式に働き始めます!
自由都市をつくるという、自分でも驚くほどの大計画を担うことに…。
第61話 古い自分の死
タンブリーの冬の空は重かった。12月も終わりに近づき、冬ごもりの準備に入る街は、思いのほか静かだった。王都の喧騒と比べてしまっているのかもしれない。
ブリア城の中も冷え冷えとして、行きかう官僚や騎士たちも葬式に行くような重い空気だ。さもありなんとミナは思った。
「ただいま帰りましたわ」
ミナは城のアンドリオンの執務室に行き、帰郷の挨拶をした。
「ミナ!」
アンドリオンはミナを見て、すぐさま駆け寄り、抱きしめる。
「やっと帰ってきたな…」
アンドリオンはミナの肩に顔をうずめた。
すっかりハグが定番になってしまったのが、ミナとしては少し居心地が悪い。
「ミナ、王都から正式な使者はまだ来ておらぬ。本当に、ブリアは取り潰しを免れるのか?」
「ええ。…アンドリオン様、ご安心ください」
アンドリオンはどんなに心配しただろうか。自分が殺されそうになったことで、父カリディオンがアルーストを憎み、暗殺をレオストに約束したという話はすでに聞いている。
そして、それが失敗し、父が王室から咎めを受けることは必然だった。普通なら、ブリア侯爵家は取り潰しとなる。悪くすれば、領地はそのままグリダッカルに割譲されるのだ。
それは大失敗と言えるだろう。
しかし、国王軍や正式な使者が来る前に、ミナからの手紙が届き、アンドリオンは少し安堵したのである。別便でバンリオルからも事情を説明した手紙が届いていた。
「まったく…。君がもし、王都にいなければ…。父上は投獄され、処刑されるところであった」
アンドリオンの声はかすかに震えていた。それは恐ろしい想像だろう。侯爵が王太子暗殺未遂で処刑されて侯爵家取り潰しとなれば、嫡男の自分も処刑、フィルベラもエカーリアも路頭に迷う。
その恐怖をミナは理解した。この恐怖にはかなり怯えたことだろう。父カリディオンはショックで引きこもってしまった。アンドリオンは自分も処刑される恐怖に怯えながらも、父の代わりに家臣たちの動揺を抑え、一人で気丈に立っていなければならなかったのだ。それが為政者としての責任だ。
アンドリオンはまだ24歳だ。この若さでそれに耐えたのだ。
(それをやり遂げたのだから、抱きしめて慰めてあげるくらい、なんでもないな…)
ミナは彼の背中に手をまわして、ぎゅっと彼を抱きしめた。アンドリオンはそれに反応して、ミナを強く抱きしめる。
「アンドリオン様。ご立派でございました。おつらい思いをなさったのですね。でも、ちゃんとみんなの動揺を抑えて気丈にふるまっていらっしゃったのですね。本当にご立派です。本当に大変でしたね…」
子供をなだめるように、彼の背中をトントンと叩いた。
ミナは、彼の心の中は意外にも繊細で心もとないのだと知っている。彼を強く見せているのは、その役割と責任感なのだ。強いから責任感があるのではない。責任感があるから、強くふるまっているのだ。
「…でも、ご安心くださいませ。もう大丈夫ですわ。そして、これからが大変なのです」
アンドリオンは顔を上げて、ミナをみつめた。
「ブリアを自由都市にするというお役目を罰として与えられることになっております。ですから、それを推進することを考えなくてはいけません」
そう言いながら、アンドリオンをソファに座らせる。
「そうか。私にはいったい何をどうすればいいのか、想像もつかぬ」
アンドリオンは顔を両手で覆う。
「わたくしもわかりませんが、バンリオル商会のボリックさんの協力をいただけることになってございます。ですから、バンリオル商会とわたくしと、アンドリオン様の3人でやってまいりましょう」
「バンリオル商会か…。あの商会の力を借りるしかないのだな」
「今回、ブリアがお取り潰しにならなかったのも、バンリオルのおかげでございます。
自由都市も、力を借りるどころか、バンリオルが大喜びでブリアを自由都市にしてくれるのですよ。こんなにありがたいことはございません。アンドリオン様は、わたくしとバンリオルのすることに一つひとつ許可を出せばいいだけです」
「なに…。それはバンリオルにすべて任せろということか?」
「はい、そのとおりです」
(…実質は私かもしれないけど。ちょっとはバンリオルに感謝しなさいよ…)というつもりで大げさに言っておいた。
「う~む…」
アンドリオンはプラチナブロンドの髪の毛を両指でかきあげて、広い額を見せながら唸った。
「ところで、アンドリオン様、わたくしの屋敷のほうは、もう準備ができておりますか?」
アンドリオンはハッとして顔を上げる。
「そうであった。君に紹介せねばな。護衛と侍女たちが決まったぞ」
アンドリオンとミナは、ミナに与えられた小さな屋敷に向かった。それには名前が付けられ、若草宮となった。
そこでは、すでに侍女たちが控えていた。
「侍女頭のフリーゼ、侍女のカエラ、それにシオーヌだ」
「ミナさま、お初にお目にかかります。しっかりとお勤めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」
そう言って、3人の侍女たちは膝を折って、頭を下げた。
「それからこれが君の護衛兼御者となる騎士、ゾーイだ。騎士だが御者もできるので、君の護衛にした。騎士団所属のままなので、普段は騎士団で訓練を受ける」
「は、ゾーイです。お役目をいただき、光栄に存じます」
ゾーイは右手を胸に当てた騎士風の挨拶をした。
「ミナ・クロエです。よろしくお願いしますね」
こうして、ミナはこの小さな宮殿、「若草宮」に住むことになったのだった。
騎士ゾーイは30代の男で、ミナよりも少し背が高いくらいの中肉中背だ。黄色っぽい茶色の長い髪を後ろで束ねている。本来は平民のミナよりも身分が高い。
騎士団では中堅だったが、先日のフレスタの件もあり、妻子が「危ない仕事をやめてほしい」と言うので、配置転換を願い出ていたということだった。ゾーイとしては騎士団員という地位は誇りであるため、それを捨てるのは躊躇したが、騎士団員のまま領主の補佐官の護衛になることが決まり、大喜びでそれを受けた。
「行政顧問の護衛とお聞きしておりましたが、女性とは思いませんでした…」
と、ゾーイは女性の行政官の護衛だと知った時の驚きを語る。でも、それで嫌な顔はしない。
「あはは…。そうですよね」
ミナは笑った。ゾーイの前では「オホホ」と貴族風に笑う必要がなかった。ゾーイがミナの身分や女性であることを気にしないでいてくれることが嬉しかった。
まずは馬車でエルノー村に行き、定期便の仕事の打ち合わせをしてから、馬車で荷物を運び、引っ越しをする。荷物と言ってもわずかな衣類だけだ。カイルが買ってくれた服しか持っていかない。
城にはすでに、侯爵夫人が作ってくれたものが数着あり、後から、バンリオルがくれたものも運ばれてくる。
行政顧問として自由都市関係の仕事をするならば、ミナはたくさんの商人や他領、他国の行政官たちと会うだろう。そのためには、衣服を整える必要があり、そのような準備もしなければならなかった。もう十分に自分で服が買えるだけの収入が約束された。
(本当によかった。馬車があれば、もう不自由はないわ!)
ミナにとって、御者付きの馬車は最高のご褒美だった。
ヨーカの家ではヨーカやマティアとハグをして別れの挨拶をした。そして、1年3カ月ものあいだ住まわせたくれたことに感謝した。レイ、ゾーラ、クリムラは仕事で会うし、ドナオンは役場で会うから別れの挨拶は必要なかった。
「カイルのこと、よろしくね。ちょくちょく会ってちょうだいよ」
とヨーカは同じくタンブリーに住むことになったカイルのことを心配していたが、どちらかというと、カイルに心配されるのは自分のほうだろうとミナは思った。
…ヨーカの思惑はほかのところにあったのだが…。
すべてが整うと、ミナはエカーリアのところに行く。エカーリアは泣かんばかりに喜んで、ミナの手紙を大切に持っていると言った。
「ミナさん、お父様が…。お兄様が…」
ふたりが処刑されるのではないかと思うと、エカーリアは恐ろしくて泣き明かしたようだった。そこに届いたミナの手紙は、エカーリアの希望となった。
「エカーリア様もおつらい思いをなさいましたね。でも、もう大丈夫でございますわ」
ソファに並んで座って、ミナはエカーリアの手を握り締めた。
「わたくしは今回の件で、自分が無力ではいられないと思いました。侯爵家がお取り潰しになったらと思うと恐ろしくて…。お父様やお兄様が処刑されてしまったら…。何もできない自分が悔しくて…。
今の自分では、まったくお兄様のお力になれません。結局のところ、わたくしは甘えていたのです。私も変わらなければ…」
エカーリアは、彼女なりに今回のことで古い自分を止める決心をしたようだった。
それは良いことだとミナは思った。こんなことでもなければ、人は自分に与えられているもののありがたさに気づかない。そして、変わろうとしないのだ。
ミナは、これからブリアを強くするために、自由都市を作るのだと言った。それがブリアを救い、二度と侵略や割譲に怯えない街となるのだと言った。
「ミナさん、自由都市について、もっとお聞かせくださいませ」
「かしこまりました。まずは、私の世界でも、一番古い時代の自由都市のお話をしましょう」
そう言って、ミナはヴェネツィアについて話し始めた。
やっと、ミナが官僚として働き始めます。
ビジネスのさまざまな課題をこれからどんどん解決していきます。
のちにブリアの天才官僚と呼ばれるミナの本格的活動、ここから始まります。
読んでくださって、ありがとうございます!
あなたの脳もビジネス脳になりますように!
よかったら、ブックマーク、評価など、お願いします!




