ブリアへの帰還とミナのお礼(第60話)
初めて、諜報員として成果を出し、情勢を変えることができたカイル。やっとブリアに帰ることができることになり…。
第60話 ブリアへの帰還
ミナは、なかなかブリアに帰れなくなってしまった状況に焦っていた。
「アンドリオン様の予測通りに、王都が楽しすぎるから帰れないわけじゃないわ。ちゃんとブリアのために働いているんだから…」
そう、自分で言い訳をして、アンドリオンに手紙を書く。
アンドリオンも父の領主がしたことで、領主がどのような目に遭うかを心配しているに違いなかった。
幸い、軍がブリアに着くまで、すぐに王都を出たとしても、3日かかる。もちろん、すぐには出られないから、少なくとも4日は猶予があるはずだ。
自分がエカーリアに間違われて、思いがけず王太子と話すことができたこと。
そして、ブリアを救う第三の手について王太子に提案したこと。
領主ができる限り、罪が軽くなるように自分も努力すること。
バンリオルもフライアやカイルを使って努力している。
だから、焦ってとんでもないことをしないようにと手紙を書いた。
書きながら、アンドリオンが今どんな気持ちでいるかを想像してみた。それはミナが思うより、恐ろしいことだろう。家臣たちに糾弾されているかもしれないのだ。
そう思うと、今自分ができることはなんでもしてあげたいと思うようになった。
今までは面倒な上司だと思っていたが、あの若さで何十万人もの人々を支えているのだ。それを思うと、彼は尊敬に値する上司なのだと思った。
(ちょっとバカにして見てたかも…)と少し反省するのだった。
そして、エカーリアにも手紙を書く。王太子に会い、ブリアを救うために仕事をしていることを書いた。そして、王都の華やかさも書き添える。
バンリオルに託すと、早馬で2日半で手紙が届くらしいので、少し安心した。
そして、エレミア事件の次の日の夕方に、バンリオルと共にモガル宮殿に参上することとなった。
「王太子殿下、ミナ嬢を連れて参上いたしました」
ボリックとミナは一礼した。
「ああ、よく来てくれた」
王太子は二人を小さな丸テーブルに誘う。王太子はかなり疲れた顔をして、上を向いたり、俯いたりして、苦悩の表情をしていた。
「私のやりかたは間違っていたようだ…」
「王太子殿下、何が正しかったのか、誰にもわかりません…」
ボリックも悲痛な表情をして、王太子に寄り添った。
「そなたらが言う、第三の道というものしか残っておらぬ」
ボリックはミナと顔を見合わせた。
先日、ミナは自由都市構想を王太子に奏上したが、ボリックが大興奮するほどには、王太子はなんの感動もしなかった。二人ともそれが気になっていたのだ。
「しかし、レオストが私の暗殺を企てたのは事実。それを許すことはできぬのだ。罰は罰として与えねばならぬ。ブリア領主もな」
「はい、理解しております」
ボリックは目を伏せた。
「あの…」
ミナは遠慮がちに口を出す。
「わたくしの考えを述べさせていただいてもよろしいでしょうか…?」
恐る恐る言った。
「ああ、何か良い考えがあるなら、述べるがよい。そなたの自由都市構想は良いと思う。しかし、私にはどのようにすればそれが実現できるのかが、想像できぬのだ」
「もちろん、自由都市を作るのはとても難しいことでございます。だからこそ、レオスト様やブリア領主をお使いになってはいかがでしょうか?」
「なに? 彼らを使うと?」
「はい。残りの命をいただくのです。罰として自由都市の成立のために命を懸けていただきます。自由都市のかなめは、どれだけ多くの国や都市の商人をこの計画に参画させるかなのでございます。
それには、並大抵の努力では進みません。
死ぬ気で、近隣の国々に声をかけ、死ぬ気でリスクを負い、死ぬ気で頭を使い、まったく新しい仕組みを作り上げていただかなくてはいけません。
それができる人は、なかなか存在しません。ですから、自由都市を作ることは難しいのです。レオスト様とブリア領主には罰としてそれをお命じになってはいかがでしょうか」
ボリックは黙っていたが、しばらくして頷いた。
王太子もじっと考えている。
「そなたのいう自由都市。話はおもしろいと思った。だが、私には商人の気持ちがわからぬ。そんな商人の理想郷が、そこまで力を持つであろうか。…これは、私が王族に生まれたからこそ、わからぬものなのであろうな」
それを聞いて、ボリックが奏上する。
「王太子殿下。…畏れながら、おっしゃる通りだと思います。商人には商人の考え方、為政者には為政者の考え方がございます。しかしながら、それを組み合わせることはできるのではございませんか?」
「組み合わせる?」
「はい。人を信頼し、任せていただければよいのです。僭越ながら、私も尽力させていただきます。
私はこの商人の理想郷である自由都市を見てみたいのです。そして、それをレオスト様と共に働けるならば、心強い味方を得ることになるでしょう。
ブリア領主も、後がないと知れば、全力で取り組むでしょう。
武力ではなく、経済が支配する世界。それはなんとおもしろい世界でしょうか。それは進化した社会のありかたのように思えます。ぜひ、その仕事を私とレオスト様にお任せいただけないでしょうか」
ボリックは王太子に頭を下げた。
王太子はミナの提案を受け入れた。
レオストをしばらくのちに幽閉から解放し、新しい命令を下す。
それはブリア自由都市構想を実現することだ。
そして、ブリア領主にも使いを出し、罰としてブリアを自由都市にするために全力を尽くすことを命じる。実際にはカリディオンではなく、アンドリオンが領主として尽力することになるだろう。
その2つを約束した。
王太子がそれを約束した後、ミナはブリアに戻ることにした。バンリオルは今回の王都滞在で自分の仕事ができなかったため、王都にもうしばらく残ると言う。
そこで、ミナはカイルと二人でバンリオル商会の連絡用馬車に乗り、ブリアに帰ることになった。
カイルはバンリオルの私兵として、ミナの護衛を任された形だ。
バンリオルは言った。
「カイル。もう心配しなくていい。バンリオルの私兵として、君が領地を救う一助となったことをブリア領主に報告しておこう。ブリアはもう君を咎めることはない」
すべてが丸く収まったことに、カイルは心の底から安堵した。
バンリオルのおかげで、暗殺事件から逃れられた。そして、ブリアにも堂々と帰ることができる。それは、王都に来る前の自分から見れば、奇跡だった。
カイルはバンリオルに深く頭を下げた。
「ありがとうございます…」
心の底から誰かに感謝する。それはもしかすると、カイルにとって初めてのことかもしれなかった。
行きよりも多い荷物を使用人に持たせて、ミナが馬車にやってきた。カイルは馬車の入り口にきちんと立ち、手を添えてミナを馬車に乗せた。自分としては初めての紳士らしい行いだ。
ミナはそうされることに慣れているらしく、そんなカイルの照れには気づいていなかった。
「ふふっ。今回は素晴らしい旅だったわ~」
とミナが、馬車の座席に座って嬉しそうに言う。王都で手に入れた上等なドレスを着ていた。
カイルはその顔を見て、おかしくなった。
「同じ王都にいても、ミナは天国、俺は地獄だったな」
「え、そうなの?」
ミナは無邪気に言う。
「ああ、俺は死ぬかと思った」
「まあ。私は素敵なドレスを着て、豪華な宮殿でお茶を飲んでお菓子を食べて、好きなことをしゃべったわ」
(そこは、俺に同情してくれよ…)
カイルはミナの「まあ、かわいそうに!」の一言でも期待した自分がバカだと思った。
「ふふん。日頃の行いってやつね」
「なに、それ?」
「教えてあげない。自分で悟りなさい」
「うう…ん」
「でも…。カイルはとても役に立ってくれた。エレミアの領主の裏切りは、王太子殿下にはとてもショックな出来事だったみたい。自分が領地を売ろうとするから、領主も売ろうとするということを理解して、目が覚めたのね。
ブリアが助かったのは、カイルのおかげよ。それに、割譲案を話し合うはずの密使が粛清されたから、しばらくは割譲案は進まないわ」
「ミナは王太子の考えが間違いだと気づいていたのか?」
「ううん。全然」
「なんだよ、それ…」
「何が正しいかっていうのはわからないって言ったでしょ。目の前のことを見るんじゃなくて、ただ自分が進化することだけを願う。それ以外は選ばない。それがすべてなのよ」
ミナは知っている。カーナビは最終目的地を入れればよい。それを入れていれば、今、右に進もうと左に進もうと、いつかは目的地にたどり着くのだ。人生もそれと同じだと。
一番愚かなのは、今進む道がわからないからと言って、立ち止まることなのだ。
(その境地にはなれねぇ…)
カイルは心の中でため息をついた。
ミナは王都に行く前の夜、カイルに王都に行く話はしたが、行政顧問として城内に住むことはまだ話していないことに気づいた。それを簡単に説明する。
「そうか。本当に街に住むんだな。御者つきなんて、すごいな。ミナの夢が叶ったってことか」
着々と夢を叶えるミナの不思議な力に、カイルは憧憬を感じた。ミナの見る未来は広がりを持っている。それは、冒険者として生きているときには、感じたことのないものだった。
「まあね。とにかく、これでブリアの領主様も助かったし、自由都市構想も国家レベルで進む。これは全部カイルのおかげね。カイルは私を喜ばせてくれた。お礼をするわ。何がいい?」
「えっ…」
「抱きしめたい」は成就した。ひとつ手に入れば、次を欲しがる。それが欲望の本質だ。
思わず「キスしたい」と言いかけたが、ぐっとこらえた。どうせミナに怒られる。
(「そんなの、お礼でするもんじゃないと思う!」って、絶対怒り出す…)
「か、考えとく…」
今のところ、それしか言えないカイルであった。
(5日間、ふたりだけで旅をする。それで今回は満足しよう…)
それはバンリオルがカイルに与えた、粋な計らいだった。
「ねぇ、見て! あそこに湖があるわ!」
無邪気な笑顔で風景を楽しむミナを見るだけでも、カイルは不思議な高揚感を覚えるのだった。
…しかし、ミナの自由都市構想はまだ形も見せていない。提案したミナ自身も、自由都市をつくったことなどないのだから。
ブリアの安寧はまだ遠い先の未来なのだった。
第一部 第三章 終わり
第一部、完結しました!
ここまでは、ミナが村娘の立場でできる限りのことをしたお話。
第二部はいよいよ、ブリア侯行政顧問として、バシバシと改革を進めていきます。
ある意味、ここからが本番です!
第二部も、ぜひお楽しみに!
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