カイルとフライアのテーブルの上の攻防(第57話)
カイルは一人でブリア領を助けるために何かをしようとする。いったい何をどうしたらいい?
ただ、北の領地エレミアも、グリダッカルの脅威にさらされていると推測して…。
カイルは宿の受付に行き、女性の従業員に質問をする。
このあたりで、エレミアの者が集まる地区はないかと。
領地の者が王都に来れば、そのコミュニティーができる。そこに行けば何かがあるかもしれないと思った。
エレミアを優先したのは、バイクレンを狙っているとしても、国境を接するエレミアがグリダッカルの通り道になるからだ。
「エレミアの王都出張所があるのは、この地区です」
従業員は地図を指さした。
「この周りにはたくさんのエレミアの者が集まっていますよ」
そう言って、彼女はそこまでの道順をカイルに教えた。
こうして、カイルは少なくともその日の活動を始めたのだった。
エレミア地区は王都の北寄りにあった。まずエレミアの出張所の建物にやってきた。石造りの二階建ての建物で、どこか煤けている。手前が領民の来る事務所で、奥は役人の仕事場、そしてさらにその奥は出張事務官の宿舎となっているようだ。それで1区画を占めている。
こんな地味な地方の一都市の出張所のまわりなどにぎわっているはずもなく、パラパラとたまに歩行者がいるだけだ。
カイルは寒いフリをしてマントのフードを深くかぶり、ただ周辺を歩いた。その地区は端から端まで歩いて5分くらいの範囲の街で、その中の通りを何度か歩いてみたが、特に何も思いつかない。
何をしていいかまだわからない。ただ、自分がすべきことが何かあるはずだ。
(進化した世界が俺に望むことをする)
その言葉を唱えながら周りを観察していた。
そんなことをして1時間も過ぎたころ、ガタガタという音が聞こえてくる。
カイルはその音のほうに向かった。
それはこの場所に似合わない重厚な造りの二頭立て馬車だった。それは出張所の裏手に停まった。そこから、少し太った小柄な男が一人降りてくる。
降りるときに従者が馬車から先に出てそばに立つことで、その小柄な男がある程度の地位にあることがわかる。そして、その男は宿舎に一番近い門から中に入ろうとする。
(誰だろう?)
立派な馬車なのに、正面から入らず、裏に停めたことが気になった。
馬車には紋章がなく、番号のみだ。しかし、自分は中に入ることができない。
カイルは胸にしまっていたトーチを思い出した。騎士団の一員の間はトーチを胸にしまっていた。フライアを警戒していたからだ。トーチはナスコムの天敵なのだ。
それをマントの内側で起動し、その男にマーカーを付けた。
その男は宿舎から入っていったが、トーチを見ると、止まった場所はカイルから見ると左手。つまりそれは役人の宿舎と仕事場の間の位置だった。そこでしばらく動かない。
(ここに執務室があるような男なのか? それとも客なのか? 馬車が停まったままなのだから、客の可能性が高いが…)
とりあえず、カイルは歩道に座った。王都には道路に座り込む労働者たちは少なからずいる。そんなフリをして、そこにとどまった。
この男をつけても、何も出て来ないかもしれない。そもそも単なる自分の憶測で動いている。カイルは迷った。ここで働く男なら見張る必要はないからだ。
(ん…?)
トーチにもう一つの点がつく。今通りを歩いている。しかし、それはカイルの視界にはなかった。
(なんで? フライア? いや、違う。フライアなら、俺に気づく)
もし気づいたら、カイルに近づいて確かめに来るだろうと思った。フードをかぶっているから見間違いかもしれないと思って。しかし、その「点」は特にカイルに興味を持っていないようだった。
(ということは、別の人物か)
なぜこんなところにナスコムを使う者がいる?
カイルは二つ目の点をじっと観察した。建物のすぐそばで停まったままだ。なぜ外にいるのだろう? 外にいるなら、ナスコムは不要なはずだ。
(そうか。そいつは門の中に入れなかったから、次に誰かが出て来るのを待っているのだ)
そう思い当たった。
つまり、中に入るチャンスをうかがっている。なんのためか?
カイルは疲れた浮浪者のように俯いてしばらく待っていると、マーカーが動き出した。そして、それが建物から出て来る。すると、ナスコムを使う者と思われる点が動き出した。
なんとそれは、馬車につかまったらしく、馬車と共に動き出したのである。
カイルは飛び起きて、その馬車を追う。しかし、それは無理だった。さすがに二頭立て馬車には追い付けない。
距離が離れると、男が馬車にしがみついているのが見えた。ナスコムの範囲外になったのだ。トーチも100メートル以上を追えない。
馬車の番号は記憶した。それが何かの手掛かりになるだろう。しかし、成果は怪しい男が二人、エレミア出張所にいることがわかったということだった。
(これじゃ、王都の無駄な滞在が長引くだけだ)
カイルはため息をついた。自分独りでは無理だと知った。
宿に戻ってしばらく考えていた。すると、夕方近くにフライアが戻ってきた。また屋台の食べ物を持ち帰っている。
「ただいま、坊や」
「ああ…」
ムスッとしたまま返事をした。「坊や呼び」を止めさせるには、実績を作るしかないことはわかっていた。
また焼き鳥かと思ったら、今度はパタだった。パタは野菜と小麦粉を混ぜて焼き、四角いパンのように成型した食べ物だ。カイルはパタが好きだった。母がつくってくれたときは、レイとの争奪戦だった。3歳も下の弟と争っていた。
「坊や、1日何してた?」
一瞬殴りたいと思ったが、やめておいた。心の中でブスリと串を肉に刺す。
フライアから見ると、カイルはエサを待っているひな鳥に見えても仕方なかった。
「散歩」
「ふうん…」
そのまま二人で黙ってパタを食べた。カイルは昼飯を食べていなかった。
「なあ、…馬車の番号から、その馬車が誰のものか、特定できるか?」
「なんでそんなこと、聞くの?」
「できるかって聞いてんだ。できるのか?」
「まあ、できるわね。有力な人ならね。あんたには無理」
憎たらしい言い方だった。だが、フライアには何人かの有力者がついているが、自分には一人もいない。それを認めるしかなかった。
「じゃ、あんたに頼みたい。番号をやるから、調べてほしい」
「なんのためよ? 私だって忙しいの」
「ああ、わかってる。でも…」
パタを口に入れて、しばらく黙ってた。その様子を見て、フライアがイラつく。
「まったくはっきりしない子ね。やってほしいんでしょ? ちゃんとお願いしなさいよ。そしたらやってあげる」
まったくむかついた。「もういい!」と言いたいが、そういうわけにはいかない。深呼吸をした。ミナが言ってた呼吸法だ。大人になるってこんなにも難しいのかとカイルは心の中で毒づいた。
「……お願いします」
「何を調べたいのか言いなさい」
「エレミアを調べたい」
「えっ……」
フライアが止まった。
「エレミア? なんで?」
「俺はグリダッカルがブリアだけじゃなく、エレミアにも手を出していると思っている。それで、今日、出張所を調べたら、怪しい馬車がいた。それがこの番号だ」
そう言って、カイルはテーブルに水で番号を書いた。
「そう…」
フライアはその番号を記憶したようだ。
「あんたも少しは働いているのね」
「悪かったな、少しで。外に出るなって言ったのはあんただろ。勝手に出たけどな」
「そっか…」
「腹減った。これじゃ足りない。昼飯食べてない」
カイルは腕組みをしてイスを揺らし、不満気に言った。フライアは顔を上げて、カイルを正面から見た。「またすねてる」とでも言いたげだ。
「じゃ、おいで。たくさん食べさせてあげる」
カイルは拍子抜けした。
そして、フライアは、カイルを連れて外に出た。
魔物狩りの冒険者だったカイル。もう数年もバンリオルのところで諜報員として働いているフライアのほうが、はるかに世界が広く、まわりが見えていることに気づく。それでも、自分にできることがあると、いろいろと頭を巡らす。頭を下げるのは悔しいけど…ここは素直に頼むしかない…。
カイルの努力は報われるのか…。
フライアがそんなカイルを連れて行った先は…なんと…。
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