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ブリア領をいかにして救うのか? カイルとミナの選択 (第56、57話)

ミナとカイル。別々に動いているように見えて、実は…。


「くそ!!」 


 第二王子レオストは壁にこぶしを打ち付けた。ここは王族が捕らえられる塔の中だ。

 一見、部屋はりっぱに設えてあるが、どこにも逃げ場がなく、見えるのは高い塔の窓からの眺めだけだ。


「なんということだ! 兄上はなぜ目を覚まさない…?!」

 レオストは悔しくてたまらない。


「グリダッカルは和平を装った侵略者だ」

 それは何度も言った。なのに、誰も自分の言葉を聞こうとしなかった。


「兄上は愚かすぎる! グリダッカルがブリアだけで満足すると思うのか? 10年もすれば、次はその隣、またその隣と言い出して、アラゴンキアを食いつぶそうとする。なぜそれがわからぬのか?

 ブリアを割譲する意味がどこにある? それでグリダッカルが満足するとでも?! 

 兄上…。だから、亡き者にするしかないではないか…」


 レオストは声に出して怒鳴った。こぶしを何度も壁に打ち付け、手が腫れ上がるのに気づきもしない。

「私が兄上を殺めることに躊躇がないとでも?! 私が王になりたいだけだとでも?! ぐぐぐ…」


 レオストはアル―ストの子供時代のことも思い出していた。

(兄上はいつでもまわりに大切にされ、穏やかにほほ笑んでいれば、なんでもうまく行くと思っておいでだった。そんなことで国がまわるか…! 他国はそんなに甘くない)


 思わず涙がほほを伝う。

「戦わずしてどうする? 『これ以上の犠牲は必要ない』と兄上は言うが、犠牲は命だけではない。誇りだ。アラゴンキアは命を失わないが、誇りを失う。

 誇りなき人間に、なんの価値がある? ただ生きているだけの人形と変わらぬ…。そんな国の王族になど、私は絶対になりたくない…」


 レオストの嘆きは、もうどこにも届かない。この分厚い壁の向こうには誰もいなかった。


                 * * *


 ミナは再び、バンリオルに連れられて、モガル宮殿にやってきた。バンリオルも王都では大量の仕事があるのだが、今はそれどこではなかった。ミナと王太子との話し合いのほうが最優先だ。


 そもそも、バンリオルがわざわざ月の半分をブリアで過ごすには理由があった。ブリアは国境の領土であり、有力な港を持つ地なので、各地、特に外国のさまざまな情報が入るのだ。


 バンリオルはいままでも王家に寄り添ってきた。だから、アルーストの考えを支援する立場だ。

 とはいえ、アルーストが完全に正しいかどうかは疑問の余地がある。


 たとえグリダッカルと合意したとしても、「国の約束」だからと言って守られる保証はない。50年も経てば世代が完全に変わり、そんな約束があったことも忘れられるだろう。


 この点に関してはレオストの懸念は正しいが、かといって、レオストの考えでは解決に至らないことも事実。武力で国を守ることは今まで300年もしてきた。それでは何かが足りないのだ。


 グリダッカルが二度とアラゴンキアに手を出さない保証となるものをどのように構築できるかが、バンリオルの課題となっていた。


「あらためまして、ご挨拶をさせていただきます。ブリア領行政顧問、ミナ・クロエでございます。本日はお時間をいただきまして、ありがたく存じます」

 そう言って、ミナはアル―ストの前に着座した。隣にはバンリオルがいる。


(アンドリオン様は私を城内に住まわせるために行政顧問の地位を焦ってお付けになったけど、これが功を奏してる)

 ミナは下を向きながら、思わずくすっと微笑まざるを得なかった。あのときは「小心なんだから…」としか思わなかったのだが。


「では、話を聞こう。武力でも交渉でもない。第三の方法とはなにか?」

「それは、ブリア領を誰から見ても価値のある都市にすることでございます」


「なに?! それはおかしいであろう。そのような価値のある都市なら、誰もが欲しがる。余計に奪い合いになるではないか」

 アル―ストは思わず声を荒げた。バンリオルもさすがにおろおろしている。


「はい。ご懸念はごもっともでございます。しかし、誰かのものになってしまってはその価値が失われる、という仕組みを付ければ、誰も手を出さないということになります」

「……そのようなことができるのか?」

「はい、できます」


 ミナの頭の中には、実例がいくつもあるのだ。


 しかし、アルーストとバンリオルは、思考が止まってしまった。

(価値があればだれでも手を出す。しかし、手を出したら価値がなくなる…?)

 バンリオルはこのなぞなぞのような存在が理解できない。


「ミナさん、それはいったいどのような仕組みなのですか?」

「はい、それは、先日ボリックさんにお尋ねした、商人の理想郷でございます」


「商人の理想郷…。確かにお話ししましたね。あれはただの理想論ではないのですか?」

「理想論ではございません。わたくしは実際に、そのような都市や港を存じております」

「な、なんと…」


 バンリオルが驚愕するのを見て、アルーストもこれはバカにできない話なのだと悟る。

「ミナ、私にはわからぬ。詳しく説明せよ」


「はい…。まずはたとえ話からお話ししましょう…」

そして、ミナは砂漠で水を出すツボの話から始めるのだった。



第57話 カイルの諜報



 カイルは次の日の朝から考え始めた。

 フライアは今日も朝からどこかに出かけた。情報収集か報告に行ったのだろう。


(とりあえず、命は助かったし、王太子側から追跡されることもない。しかし、ブリアそのものがなくなる可能性は増した)


 これからは自分の身の安全ではなく、ブリアのことを考えるのだ。どうすればいい? 

(領主を助ける…? するとどうなる? 領主はあきらめ、息子を助ける? するとどうなる?)


 カイルは自分の知識があまりにも少ないことに自分で失望していた。今まで自分のことしか考えておらず、外に目を向けなかった結果がこれだ。


(グググ…。俺には考えかたがわからない)

 諦めかけたが、(いやいや、ミナなら「考えなさいよ!」と言うだろうな)と思い直す。


 カイルは、ミナが部屋で一人で怒鳴っていたことを思い出す。野菜の品質が悪くてプライクから苦情が来た時のことだ。ミナは一人で考えて、解決策を見出した。あの根性をまねるのだ。


(そもそもなぜグリダッカルはブリアが欲しいのか)

 まずそこから考えることにした。


 なぜかそこで、唐突にエルンを思い出す。あの「男に何かを求めている目」だ。

 頭の中で、「そもそもなぜエルンはカイルが欲しいのか」に変換されたようだ。


 カイルは春にエルンにうるさく付きまとわれたことを思い出した。ミナが魔物に襲われた後の頃だ。エルンに振り向きもしないで立ち去ったら、ミナが「人づきあいが悪い」って言ったっけ。


 カイルはなぜエルンが嫌いなのかを考えてみた。

「かわいいフリをすると、何かがもらえると思っている」

 声に出して言葉にしてみた。言葉にするだけで、「チッ」と舌打ちしそうだ。


(そうか。グリダッカルはブリアの割譲条件を決めるための調査をしていると言っていた。だが、本当は条件を渋るふりをして、結局は金を出すつもりだ。

 そして、王太子には良い交渉相手と思われたあと、さらにつけこむのだろう)


 カイルはそう感じた。男から何かを欲しがる女が、一つもらっただけで満足しないように。一つもらって喜んで見せて、好印象を与えて、そのあと、さらに要求してくるのだ。


(つまり、グリダッカルは次の手を用意している?)

 カイルは「う~ん…」とうなった。

(その次の手はなんだ? それはどうしたらわかる?)


 カイルはまたエルンを思う。

(あいつ、交流会に参加してたってレイが言ってたな)

「エルンはもう、兄貴には興味なさそうだよ」とレイがバカにしたように報告しにきた。小生意気な弟がうざかった。


 つまり、可能性のある男になら、とりあえず声をかけて、ある程度の保険をかけるということだ。グリダッカルもそうなのだろう。

 だったら、前の侵略戦争以降のこの10年で、グリダッカルが手を出しているのは、実はブリアだけではないだろう。


 ブリアは王太子が3年前に実権を担い、割譲案を言い出したから、目立つようになった。しかし、他にもグリダッカルが手を出しそうな場所はある。その北隣の領地エレミアも鉱山を持つ良い土地だ。そして、西隣のバイクレンにも港は二つある。


 もし、グリダッカルの欲望がブリアだけにとどまらないことが確定すれば、少なくともレオストが正しいことになり、暗殺を企てたとはいえ、殺されはしないだろう。そして、領主もおそらく助かる。


「つまり、その証拠を探せということか」


方向性はわかった。次はどうする?


カイルの頭脳がいよいよ働き始めます。


カイルがしているのは、フラクタル分析。


構造が同じ事象を2つ並べて、片方の情報からもう片方を補うやり方です。


カイルの諜報能力が開花します!


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