お姫様気分のミナと、絶望のカイル (第53話)
王都に着いた二人。ウキウキ気分のミナと、お通夜気分のカイル…。
第53話 優雅なる散策
「ミナさん。今日は王都の一番の繁華街、ギンゼルにお連れしましょう」
朝食の席で、ボリックが提案する。
「え、繁華街ですか?」
「ええ。王都をご案内するお約束ですよ。王都の商品をご覧になりたいのではありませんか?」
「え、ええ。そうですね! ぜひお連れくださいませ」
昨日の夕食のときにも、今日は王都を案内すると約束していたが、まだ場所を決めていなかった。
あまりにも見どころがあるのでボリックも決めかねていたが、やはり商人には劇場や美しい教会よりも、商品が並ぶ繁華街であるとボリックは考えたのだった。
ミナはボリックが用意してくれた高級品のドレスを着て、手袋をつけて扇を持ち、布の造花の付いた帽子をかぶって馬車に乗った。メルサが付き添いにつく。貴族の女性は一人で歩かないからだ。
ギンゼルはボリックの住む地域からは近いのだが、まだ時間が早いため、ボリックはわざわざ馬車を街に走らせ、ミナが街を見学できるようにした。そして、馬車の窓から説明してくれる。
「あれが王都一の劇場です。素晴らしい演劇を毎晩上演しておりますよ。そして、こちらが音楽堂。歌姫ビリオラは王都の宝と言われています。そして、こちらの建造物は300年前に建てられた建国門で…」
ボリックは楽しそうに案内する。
「そして、こちらがうちの銀行…バンリオル銀行です」
それはりっぱな石造りの優美な建物だった。それはミナが馬車のなかで聞いた話にも出てきた、二代目がつくった両替商から発展したものだ。
「素晴らしい建物ですね…」
建国門のある中央通りにあり、劇場の並びにある文句のない立地で、国際商人バンリオルにふさわしい威風堂々とした建物だった。ミナはうっとりしながらその建物を見送った。
この世界の銀行はまだほとんどが専業ではなく、普通の商会が窓口を設けて代行している。いくつかの大きな商会は両替商としても機能する。しかし、王都の銀行は専業なので「銀行」と呼ばれている。
街を一回りすると、ギンゼル内の広場に馬車を停めた。
ボリックはミナの手を貴婦人にするように自分のてのひらに載せ、馬車から降ろす。その手を取ったまま、二人で街を歩く。そのおかげで、ミナは前を見ず、ウィンドウを見ながら歩けた。
金銀宝石を使ったネックレスや指輪の宝飾店。銀細工のカトラリーの店。繊細なレリーフの施された家具の店。螺鈿細工の小物入れの店。剣や鎧などの武具の店。革製品の店。いろいろな店を眺めながら優雅に歩く。
「この家具はアーガイルの工芸品ですね」とか「あの武具にはめ込まれた赤い色石はスリマラビヤの特産品です」などと説明してくれる。
そして、ボリックが一つの店の前で止まった。
「ここが王都で一番の服飾店です」
「ま、まあ…」
店名は「ルーンの吐息」だ。ルンとは月の神の名である。王族や貴族、豪商たちだけが訪れる店だ。表に立つドアマンが認めた者にだけ、ドアが開けられる。
店に入ると一斉に店員がお辞儀をし、奥から気品高い、少し年配の女性が歩いてくる。
「これはこれは、ボリック様。お久しぶりでございます。またご来店いただけるとは、光栄でございます」
優雅に一礼した。
「やあ、クリオーレ。母のお供はともかく、妻のいない私には用がない店だろう? だが、今日はこちらのレディに何かを見繕ってもらいたくてね」
(え…?)
ミナはちょっと覗きに来ただけ、と思っていたが、ボリックは買う気満々だ。ここで「いいえ」などと言っては、逆にボリックに恥をかかせるので、ミナはボリックと店長にされるがままにすることにした。
「こちらが王都で最新流行の色でございます」
クリオーレが指示したのは、明るいエメラルドグリーンのドレス、つややかな肩掛け、帽子、扇、バッグなどだ。
(カイルの好きな若草色に似てる…)とミナは思って、微笑んだ。
「お気に召しましたか?」
店長はミナの反応をすぐに嗅ぎ取った。
「良い色ですわね」
とミナは答えた。
「もっと豪華なデザインのものはあるかな? 宮廷の晩餐会に出られるような…」
「はい、ございますとも。ですが、晩餐会にお出になるのでしたら、流行の色はお勧めいたしません」
「ほう?」
「何しろ、若いお嬢様がたは、皆さま流行の色をお召しになります。すると、逆にそれと補色になる色の方が映えるのでございます」
「なるほど。それは道理だな。補色と言うと?」
「はい、こちらのオレンジ色になります」
そう言って、店長は奥のひときわ豪華なドレスを見せた。
それはつややかなオレンジに金糸と銀糸で唐草模様を織り込んだ、とても豪華な布で作られた舞踏会用ドレスだった。
「まあ…美しい布ですこと!」
ミナは思わず気持ちがこもってしまった。
「こちらはスカート部分がベル型に広がるデザインとなっており、このように、両横にはサテンの生地の隠しプリーツが入ってございます。ダンスなどでクルリと回ると、ふわっと広がります」
(あの、私、踊れないのですけど…)
ミナはちょっと困ってしまった。言いたいが、言えない。この雰囲気では言うべきではないだろう。
「これはいつ仕上がるかな?」
ボリックはプリーツを広げてみて、とても気に入ったようだった。
「はい。拝見いたしますところ、こちらのお嬢様はとても美しい体形でいらっしゃいますので、こちらの見本のドレスでしたら、少し調整して、明日の夜にはお納めできます」
「明日の夜か…。とすると、あさっての夜以降だな。いいだろう」
(ええ? あさっての夜にはなにがあるの? 私、いつ帰れるのよ?)
ミナは目をぱちくりさせながらも、表向きは人形のように微笑んで黙っていた。
「では、これを頼む。そして、これに合う小物も用意してくれ」
「かしこまりましてございます」
そう言うと、店長はボリックを優雅な椅子に座らせた。そして、居並ぶ店員たちを指図して、小物を持ってこさせたり、試着室の用意をしたりした。
「では、お嬢様、こちらにおいでくださいませ」
「はい…」
借りてきたネコとはこのことで、ミナは言うとおりにするだけだった。
* * *
カイルは宿の部屋から出るなというフライアの言いつけを守り、部屋の中でミナがときどきやっている呼吸法をまねていた。
そして、あの言葉を唱える。
「俺は進化した世界が俺に望むことをする…」
ときどき逆立ちをしたり、腕立て伏せをしたりして、部屋の中で筋トレをする。昼はやどの食堂で軽く食事をして、他の客が話すのを聞いたりして過ごした。
そしてまた、午後にも呼吸法をしながら、心の中で言葉を唱える。
「俺は進化した世界が俺に望むことをする…」
不思議と、この言葉を言うと心が落ち着く。
「切り捨てられた」のかもしれないが、なんとでもなるような気がしてくる。
そして、夕方にフライアが戻ってきた。
「ただいま。いい子にしてた?」
完全に子供扱いだ。フライアはカイルよりも1歳年上なだけだというのに。
(ま、仕方ない。俺は経験がなさすぎる)
フライアは屋台の串焼きの焼き鳥を二人分買ってきた。テーブルにおいて、カイルを誘う。
「きのう、あんた、一言もしゃべらなかったじゃない」
焼き鳥を食べながら、フライアが言う。
「ああ…」
「すねてるの?」
カイルは顔を上げてフライアを見た。
(すねてるもなにも、これから切り捨てられるんだろ?)と言いたかった。
一人で言葉を唱えていた時にはイライラしなかったが、フライアが戻ると、途端にイライラする。
「どうやったら、すねないでいられるかわからない」
ぼそっと言った。
「まったく坊やなんだから」
(はぁ…ほんと、そうだ)
一瞬でも自分を大人だと思った日があったのに、全然自信がなくなってしまった。
次回はいよいよ、フライアと仲間と活動を…。どうなる? カイル…
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