商人の天国と、ミナの令嬢暮らし (第51、52話)
自由都市をつくるって…いったいどうやって? まずは情報収集から。
「で、表向きの交渉のゴールと、落としどころはなんでしたか?」
落としどころを「交渉のバトナ」という。
「ふふふ。ミナさんは最高の聞き手ですね。
私はナボンネルの会長バザスをとても評価していました。
彼は、情報戦に負け、市場を読み取ることができませんでしたが、人徳があり、使用人たちも多くて、皆彼を尊敬していました。
もちろん、人脈もあります。ですから、彼を残すことが最優先です。
とはいえ、会長も商会員も素直に残って働いてはくれますまい。表向きは会長を追い出して厳しく買い叩くふりをして、最終的には、会長を残すことで商会員も譲歩したのです」
「なるほど…。でも、買収の後は、商会員たちの反発が来たのではありませんか?」
「そのとおりです。そんなとき、ミナさんならどうしますか?」
「う~ん…、インセンティブ設計、ええと、報奨の設計です。報奨を掲げて、頑張ればここに達するという目標をつくります」
「さすがですね。その通りです。その報奨はバラキア領の復興に寄与したという名目で、広場中央にオベリスクを立て、そこに名を刻むと言ったのです。すると、皆やる気を出して、あっという間にナボンネルは立ち直りました」
「すばらしいです!」
ミナは思わず手を叩き、目をキラキラさせて、ボリックを称賛した。
まるで大河ドラマを見たときのような興奮だ。何度そんなふうに興奮して称賛したことか。
ボリックの話は、隅から隅までミナを魅了した。彼こそ真の天才商人なのだと確信した。
そして、最終日。
「今日、お聞きしたいのは、商人の理想郷についてです」
「ほう、理想郷…ですか?」
「はい、商人にとって、理想の国とはなんでしょうか?」
実はこれがミナのインタビューの核心だ。自由都市をつくるには、商人が引き寄られるような魅力がなくてはならない。それを聞き出すことこそが、この旅の目的なのである。
その目的さえ果たせば、王都観光は1日で十分で、あとはタンブリーに帰ろうと思っていた。エカーリアやアンドリオンには半月と言っているが、ミナの頭の中では、できれば往復で10日、それにプラス1日、2日くらいで帰るつもりだった。
「そうですね…。まずは、お金を借りても利息がない、ということでしょうな」
とボリックは笑った。
「それは確かですね。利息は少なければ少ないほど、商人には有利ですね」
ミナは大いに同意した。
「それから、顧客が多いこと。これは当たり前ですね」
「なるほど。では、そのためにはどのような状態が良いでしょうか」
「人口が多いことはもちろんですが、交流が多いというのも大きな利点です。そこに商品を持ち込めば、誰かが買ってくれるというハブの役割を持っている、ということですね」
「確かに」
ブリアがすべての商品の取扱業者になるというプラットホーム戦略をミナは想像した。見本市のようなものが常設できれば良いだろう。
「それから?」
「そうですね…。できれば、税金を安くしてもらいたい。アハハ。これはどうでしょうか」
「もちろん、それを夢見るのは商人の権利ですわ」
ミナはそう言って頷いた。
そして、ドバイを思い出す。ドバイも税金が安いから、企業がどんどん集まり、発展したのだ。
「まあ…、欲を言えば、あとは倉庫を持つためには地代が安いとか、運搬にかかる保険料が安いとか、インフラが整っており、運搬しやすいとか。各国の通貨を扱う時に便利なように両替商が充実しているとか…。
ついでに言ってしまうと、後は情報交換の場がある…とかですな。情報は命ですからな。そんな国があれば、商人天国です。世界中の商人が集まるでしょう」
とボリックは声を上げて笑った。
「なるほど! そうしたら、商人は儲かるのですね!」
「ええ、儲かりますとも。そしたら、そこから離れたくはないでしょうな」
ボリックも理想郷を思い描いて、楽しそうに笑った。
「ということは、全商人たちが守りたくなるような国になる、ということですね」
ミナは思わずこぼれる輝く笑顔で、その都市の未来の繁栄する姿を思い描くのだった。
第52話 王都の魔力
五日目の午後、馬車は巨大な城門につき、そこで検問を受ける。これが王都フリストルの城門だ。高い城壁の上にはたくさんの旗がはためいている。ミナは馬車の中からその大きさに目をみはった。
城門を越えると、その中は非常に整った、同じ高さの石造りの建物だ。入り口付近は商人たちの集まる商業地区で、あちこちの高い窓から店の紋章入りの旗や広告のような幟が掲げられ、はためく。店の看板はカラフルで凝った工夫があり、中には風を利用して動くものもある。
石畳の通りの幅は広く、四頭馬車がラクラク離合できる。寒い季節なので、歩く人々は皆、厚い生地のローブやマントなどを着ており、そこそこ裕福な様子だ。
城門からの大通りは途中、いくつかの場所でロータリーになっており、その中心となる円形の広場には市場が立つのだという。しかし、今の時間はすでに市場は撤収しており、真ん中にオベリスクがある広い広場だけが見えた。
馬車が進むと、遠くに塔のある建物が見えて来る。
「ミナさん、あれが王宮ですよ」と、ボリックが身を乗り出して指さす。ミナも馬車の反対側から身を乗り出して王宮を見た。
それはだんだんと大きくなっていく。中央にはいくつかの塔のある城、その周りにドームを持つ建物が4つあり、周囲にはそれを取り囲むように4階建ての建物が円形に立っていた。
「まあ…なんて大きいのでしょう!」
ブリアの城も大きいと思っていたが、全然違った。その6倍くらいの大きさがあった。
馬車は王宮前のロータリーを右に曲がり、豪邸街に入っていく。そして、巨大な鉄の門を持つ白い邸宅へと向かう。鉄の門は男たち4人がかりで左右に開けられ、そこを四頭立ての馬車が悠々と通る。
「ここがうちですよ。お疲れさまでした」
馬車がお屋敷の車寄せに停まり、執事、番頭、ボリックが先に馬車を降りる。そして、ボリックはミナの手を取り、馬車から降ろした。そのまま、手のひらにミナの手を取ったまま歩く。
周りには使用人たちが集まり、並んでお辞儀をしている。
(ブリアとは全然格が違う…)
ミナは驚きを隠せなかった。使用人たちが見守る中、ミナはロビーに入った。すると、女性の使用人が一人、前に進み出る。20代のしっかりした表情の女性で、紺のドレスの胸には丸いバッジを付けている。何かの役職を示しているのだろう。
「メルサ、こちらは大切な客人、レディ・ミナだ。おもてなしを頼む」
ボリックがミナの手を自分の手のひらに置いたまま、紹介した。
「かしこまりました。メルサでございます。お世話を担当させていただきます」
そう言って、ミナに膝を折り、一礼した。
「ミナです。よろしくお願いしますね」
ミナも軽く首を傾けた。
「では、お部屋でしばらくお休みください。夕食時にはお迎えに上がりますから」
ボリックはそう言って、ミナの手を放した。
「はい。ありがとうございます」
「お部屋にご案内いたします」
そう言って、ミナを案内して階段を上っていく。ミナはボリックを振り返ったが、彼は微笑みながら首を前に動かして、着いていくように促した。ミナの荷物はあとで運び込まれるようだ。
ミナは中庭に面した素晴らしい部屋に通された。ピンクのベルベット生地で作られたふかふかの猫足カウチがベランダに向いておかれ、冬の日差しがガラス窓に点々とはめ込まれた赤や緑の小さな丸い色ガラスを輝かせた。
右手にはテーブルセットが、左手には天蓋付きのベッドがある。絨毯は花の模様で女性向きの柔らかいパステル調の色合いだ。
「素敵なお部屋ですこと」
ミナは感嘆した。メルサは左手奥の扉を開け、洗面室を説明する。壁に取り付けられたクローゼットには、すでにいくつかの着替えのドレスや寝間着が置かれていた。
「こちらはご自由にお召しくださいませ」
「えっ…」
なんて用意がいいんだろう。ここまでしてくれるなんて…。
(どこのお姫様扱いなのよ…?)
そう感動していると、別の女使用人がワゴンでお茶とお菓子を運んでくる。男性の使用人がミナのカバンを持ち込み、クローゼットの中に入れた。
ミナはこんな処遇を受けるとは思いもよらなかった。
「お夕食のお時間まで、まだ3時間ございますので、ご自由にお過ごしくださいませ」
そう言って、使用人を呼ぶためのベルの位置を教えてくれ、二人の使用人は下がっていった。
ミナは優雅にお茶を飲みながら、窓を通して中庭を眺めていた。冬なのであまり花はないが、泉がある。
(ぐぐ…、明日帰りますって言いにくい…)
「ほら、言っただろう? 王都から帰れなくなったらどうするって」と言いそうなアンドリオンのしかめっ面が浮かぶ。
(なるほど。王都とバンリオルの桁外れの魅力を計算していなかった…。う~ん…これが王都の「帰れなくなる魔法」か…)
ミナはうなりながらお茶を飲むのだった。
王都がどれだけ大きいか。どれだけ華やかか。
アラゴンキアにとって、ブリアがどう見えるか…。ミナもだんだんわかってきます。
一方、カイルとフライアはまったく違う王都を体験して…。
次回をお楽しみに!
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