決意という心の宝石と、バンリオル一族の軌跡 (第50,51話)
まるで死にに行くようなカイルの言葉にぞっとするミナ。
でも、ミナは不幸な言葉を深堀りしない。そして、カイルに進化した未来を見せようと…。
「カイル、もう未来がないみたい…。まだ未来、あるでしょ? 」
「…たぶん。あるといいな…」
カイルはしばらく黙る。外はもう真っ暗で、風のかすかな音が聞こえる。
すごく長い間、カイルは黙っていた。
ミナはときどき、囲炉裏の火をかき混ぜる。
「私は、カイルと一緒に進化する未来を選ぶよ。そしたら、ずっと一緒に暮らせるよ」
とミナは木切れを足しながら言った。
カイルが死に向かっていることを想像したくなかった。
「一緒に暮らせないとしたら、それはカイルが進化しないとき」
「そうか…」
カイルは少し顔を上げた。
「ミナ、さっき、『進化することを決めて、それでふるい落として、残ったものを選ぶ』って言ったな。そして、それが難しいのは当たり前だって」
「うん。言った」
「どれが進化かわからない。でも、進化を選ぶって決めればいいんだって」
「そう」
「わかった。やってみる」
「うふっ。そう?」
カイルが少し積極的になって、安心した。
「…俺も明日から王都へ行くんだ。そして、きっと帰ってくる。そしたら…」
「え、王都に行くの?」
「ああ、仕事でな。難しい仕事だ。でも、進化するために行く。難しくても、進化して帰ってくる。そしたら…」
カイルは顔を上げた。
「ミナにご褒美もらってもいいかな?」
「なにそれ。それじゃ進化にならない」
「なんでだ?」
カイルはちょっとがっくりした。
「進化っていうのはね、人に感情的に依存しない方向なの。これを自己完結って言うの。だから、ご褒美は自分で与えるのよ」
「そうなんだ…」
ムスッとして、また顔を伏せる。カイルにはよくわからなかった。
「でも、私を喜ばせてくれたら、ご褒美じゃなくて、正当なお礼をするよ?」
「お礼とご褒美はどう違うんだ? ミナがすることは同じだろ?」
「全然違うよ。ご褒美は、上げる人が上で、もらう人が下。お礼は対等なのよ」
「……ふうん……そうか」
上とか下とか、よくわからなかった。
そして、しばらく黙って考えた。
「わかった。じゃあ、ミナを喜ばせばいいんだな?」
カイルは再び頭を上げた。
「うん。そうして」
「わかった。きっとそうする」
「だから、ちゃんと帰ってきてね」
「うん。約束する」
「ううん。私と約束するんじゃなくて…。決意して」
「決意?」
「うん。ちゃんと帰るって決意して」
「…わかった。決意する。ちゃんと帰ると決意する…」
カイルはやっと微笑んだ。
第51話 天才商人の系譜
馬車はガタガタと音を立て、タンブリーの街を離れていく。左右に静かな田園風景が広がる街道を走っていく、長い旅だ。
「では、質問させていただきます」
ミナは紙と木炭のペン、紙ばさみ代わりの板を持って、馬車の中でボリックにインタビューを始めた。ボリックが言ったように、この馬車の乗り心地はすごくよかった。
「これから質問させていただきますのは多岐にわたりますので、お答えにくいことがございましたら、お答えいただかなくても結構です。では、まず最初の質問…」
ボリックはおもしろそうににやにやしている。馬車にはボリックとその執事、番頭ニキール、そしてミナが座っていた。
ミナは最初、バンリオル商会がどのように発展したかを聞いた。なにしろ、5日間ある。最終的に聞きたいのは自由都市をどのように作れば商人たちが利用するかだ。しかし、そもそも商人とはなんぞや?というところから始めなければならない。
ミナにとってここはアウェイであるのはもちろんのことだが、そもそも、現代社会においても、企業の在り方は国によっても大きく異なる。
日本のように、何百年も続く企業が山ほどある国は少ない。多くは100年続かないのだ。それは企業が目指しているものが異なるからだろう。
「うちが創業したのはそもそも五代前の時代で、それは今から120年ほど前になります。創業者ハノーブはまず台所用品を扱いました。大型の鍋や釜。貴族の家では必須のものです。使いやすい柄や取手、それに鍋によってわかりやすいしるしをつけて、貴族に売り込みに行ったのです」
「なぜ台所用品なのですか?」
「そのときは、戦争が終わり、武器に使う鉄鋼が余っていたのです。それを安く卸してもらえたというわけです」
「つまり、手軽に手に入る材料ありきで、そのあとに必需品となる製品を考えた、ということでよろしいでしょうか」
「その通りです」
「なるほど。…で、それから次の発展は?」
「それから、一通り台所製品が普及すると、次は建築金具に進出しました。これも必需品です。
当時は、戦争のあとに仮住まい程度に建てた家を建て直す需要があったのです。そのためかなりの需要がありましたが、もちろん同業者もたくさんいました。
そのため、初代が導入したのは、分割払いという制度です」
「え、分割払いを導入なさったのですか?」
「はい」
「しかし、その保証はどうなさったのです?」
「当時はちょうど、教会による身分の認証が始まり…それはもともと軍役のためだったのですが、その認証があるので、分割払いではそれを利用しました。
つまり、分割払いを申し込んだものはどこまでも追いかけることができるので、逃げられないのです。もちろん、そんなに逃げるものを追うことは経費がかかるので、実際にはそのような例は少ないのですが、圧力にはなりました。ですから、分割払いを推進できたのです」
「す、すばらしいです!」
ミナはワクワクして話を聞いた。
「分割払いを始めてから、我々は“物を売る商会”ではなく、“信用を売る商会”になりました」
「なるほど。客にとっては、バンリオルで分割で買っているということが、自分の信用を証明することになる、ということですね! しかも商会側は利息が得られる。それは素晴らしい転換点ですね!」
ミナは最高の笑顔でボリックを称賛し、頬を染めた。ボリックはミナを見て、ニコニコしていた。
執事や番頭にも興味深い話であるらしく、頷きながら黙って聞いていた。
初日はそんな質問をしながら四頭立ての馬車で進む。2時間置きに休憩し、馬を変え、そして、ついに初日の宿についた。
それはとても豪華な宿で、まるで貴族の館である。早めについたその宿で、周辺のバンリオル商会の支店長たちがボリックたちを待ち構え、彼の部屋で報告を始める。
ミナはその間、その宿で与えられた一室で、ボリックに聞いたことを熱心に紙にまとめるのだった。馬車は揺れるので、メモ程度しか書けないからだ。
その後、4人で楽しい食事をし、その間、馬車での話を黙って聞いていた番頭や執事も、ボリックに質問したかったことを聞いた。彼らにとっては、このような機会は今までになかったのである。
そして、ミナはそれを聞くことで、彼らの視点も理解する。有意義な食事の時間となった。
そして、夜、高級なベッドで横たわり、カイルのことを思い出す。
(カイルは1日先に出発したはず。今どこかな? もう王都かな? まだかな?)
そして、心配するのではなく、こう唱える。
「カイルはきっと進化している。次に会ったときは、もっと進化している」
そう唱えると、クスクスと笑いがこみ上げる。そして、安心して眠りにつくのだった。
次の日も、ミナの質問は続いた。今日は、番頭もミナと同じようにメモの紙を持って、準備している。
「今日は、ボリックさん自身の商人としての活動の歴史について、うかがわせてください」
「はい、なんでしょうか?」
ボリックはニコニコして、うれしそうに答える。
「最初にこの世界に入られたときの仕事の内容を教えてください」
初日は先代たちの軌跡を聞いたので、やっとボリックの話になった。これは、彼自身の体験の話なので、深堀りできる。それが一番の楽しみである。
彼は12歳の時から父親について商売を学んでおり、16歳のときには父親の代わりにいくつかの交渉をまとめ、新規事業の立ち上げを経験したという。現在27歳、一流の商人だ。
中でもミナが興味を持ったのは、3年前のアラゴンキアの西部に本部のある大商会ナボンネルの買収についてだった。当時、バラキア領とルールズ領との武力衝突に巻き込まれたナボンネルは、大きな取引に失敗し、破産寸前となった。
逆に、バンリオルはその混乱に乗じて、ナボンネルの取引先を取り込み、最終的にナボンネルの息の根を止めることとなった。
「そのときの経緯や交渉のやりとりは、今でも思い出すたびに我ながら興奮します」
そう言って笑った。
「つまり、情報戦の戦いなのですね?」
「さすが、ミナさん。おわかりですか? 有事こそ諜報部の面目躍如なのですよ。うちは二代目の頃から諜報網をつくってあります。どの領地がどのようなことをしようとしているか、情報が集まるのですよ。ですから、ある程度の戦況が読めたのです」
情報の非対称性がバンリオルを優位にしたのだ。それに負けたナボンネルは破産寸前に追い込まれる。
「そうはおっしゃいますが、情報は目に見えないもの。確かとは言い切れません。それでも大金を掛けるのは、よほどの豪胆さがなければできないことですわ」
ミナは心からそう言い、そのときのプレッシャーを思い描いて何度も頷き、その勇気を称賛した。
「いや、ミナさんにそう言われるとうれしいですな」
ボリックは少年のようにはにかんだ。
口で言うのは簡単だが、誰が何百億円ものお金を、情報を信じて賭けられるだろうか。
どんなに情報部が戦況を読んでも、実際に莫大な金をかけることは、ある意味、かなりの博打なのだ。それに勝つのは容易ではない。
失敗すれば、自分だけではなく、何百人もの従業員が路頭に迷う。その責任が負える者だけが決断し、成功する。
だが、歴史を見れば、その大博打に勝ち続けた商人たちが存在する。戦争の行方を誰よりも早く知り、恐怖に沈む市場に巨額の資金を投じて財を築いた一族もあったという。現代でも有力な大商人と呼ばれるロスチャイルドも、まさにこの勝負で巨万の富を得たことを、ミナは知っていた。
(つまり、バンリオルは私の知っている世界で言うところのロスチャイルド家のような存在なんだわ)
ミナはだんだんと、「商人ならバンリオルを知らない者はいない」という本当の意味を理解した。それは、恐るべき豪胆さへの称賛なのだ。
未来がわからないとき、自分はどうしたいのか? それを決めて、決意すること。何度迷っても、そのたびに決意すること。
次回は、ミナが始めて見る王都の様子。そこには、人を引き付けて離さない魔力が…。
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