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世界が自分に求めることをする…(第49話)

自分が領地に切り捨てられたと知って、カイルは絶望する。

信じていた世界が、ガラガラと崩れ始めた…

 思わず振り返って、ラフカーンのところに戻ろうとした。その手をフライアは力いっぱい引っ張る。


「だめよ! ラフカーンに迷惑をかけないで!」

「迷惑? 自分が切り捨てられるようとしているのに?!」

 カイルはフライアに怒りを向ける。


「バカね! これが世界ってもんでしょ。あの8人だって、今頃牢の中なのよ? ラフカーンのせいじゃない。領主のせいでもない。私たちは一生懸命やった。でも、つぶされることもある。しかたないじゃない」


「これが世界…」

 カイルは膝の力が抜けていくのを感じた。

(これが世界…? ミナの言っていた「世界」?) 


 しばらくカイルは壁に頭をつけたまま動けなかった。


 幸運だと思っていた自分の世界があっという間にがれきと化したようだ。

 昨日までの自信は幻だ。今はもうどこにも希望がない。こんなにも世界はもろいのか…。


 フライアも壁にもたれたまま、黙って目を閉じている。


 どれくらいの時間、そうしていたかわからない。やっと、フライアがカイルを引っ張って歩き出す。

 カイルも力なく歩き始めた。こんな脱力感は初めてだ。


「この世界が自分の望むことをする」

 ミナの言葉を思い出す。

(違う。これは、ミナの言っていた世界のことじゃない…)


 頭がくらくらする。目の前にいるはずのフライアも、見えなくなった。



第50話 世界は進化する


 カイルはその日、宿舎には泊まらず、エルノーに戻ってきた。旅立つのは明日だ。その前に家族に会いたかった。

 ここで逃げることができないのはわかっている。騎士団長からの命令は領主の命令。それに逆らって逃げれば、家族に迷惑がかかるかもしれなかった。


 それに、そんなことをしても、自分の代わりに誰かが送られるだけだ。一度暗殺に失敗して、領主に疑いがかかれば、領主は暗殺をあきらめざるを得ない。その捨て駒なのだ。


 カイルは何も言わず、ただ夕食を家族と食べる。ほんの2週間離れていただけなのに、このにぎやかな風景が、涙が出るほど懐かしい。隣にはミナもいる。一人ひとりの顔をじっと見ながら、カイルは終始黙って食事をしていた。



 食事が終わって、カイルは黙って席を離れていく。ミナがテーブルを片付けていると、ゾーラがやってきた。

「ミナ」

「はい? なんですか?」

「カイルの様子、少し変だったでしょ?」

「えっ、そうでしたか?」


 ミナは何も気づかなかった。頭の中では王都行きの旅のことや引っ越しのことを考えていたからだ。

「変だったわよ。ときどき、泣きそうな顔をしていた。ちょっと、あの子の様子、見てきてくれない?」

「は、はい。わかりました」


 ミナは少し驚いた。自分は自分のことで頭がいっぱいで、カイルの様子には気がつかなかった。しかし、さすがに母親は何かに気づいたのだろう。


「カイル?」

 彼の部屋に行ったが、カイルはいなかった。納屋かもしれないと思って、納屋に向かう。

 もうかなり寒くなってきたので、温かい毛布を掛けて納屋まで歩いた。

 外から見ると、灯りが漏れている。やはりカイルはここにいるらしい。


「カイル?」

 外から声を掛けた。

 しばらくすると、内側から掛けられた鍵がカチャリと開き、カイルが出て来る。


「何かあった?」

 そう言って顔を覗き込んだ。

「入れよ」

 カイルはミナを入れるとまた鍵をかけた。


 囲炉裏には火が入っていて、そのそばのベンチに二人で腰かけた。

「ゾーラが、カイルの様子がおかしいって」

「そうか…」


 そう言って、カイルは膝を抱えて顔を伏せた。そのまま何も言わない。

「あのね…。私ね、明日から王都に行くことになった」

 すると、カイルは顔を上げた。


「なんで? 領主の息子と行くのか?」

「ううん。バンリオルさんよ。王都を案内してくれるって。こっちの目的は、王都よりも、あの人に聞きたいことがいっぱいあるからなんだけど」

「どのくらい?」

「うーん。半月くらいかな」


「そんなの、領主の息子が許したのか?」

「う~ん。まあ、許可はもらったわ」

「………」


 そのまままたカイルは顔を伏せた。

「なんで? アンドリオン様もすごく心配したけど、王都に行くってそんなに大変なこと?」

「いや…。きっとミナなら、大丈夫なんだろうな」


 カイルは下を向いたまま話す。

「うん。私もそう思う」

 そしてまた、しばらくカイルは黙っていた。


「カイル…。元気ない。どうかしたの?」

 ミナはその背中を少しなでた。こんなに元気がないことに、さっきまで気づかなかった。隣にいたのに…。

「難しい仕事でも依頼されたの?」

「………」


 また黙っていた。しばらく背中をなでることにした。カイルも分厚い毛布を掛けているので、あまり感じないかもしれなかったが。


「前にさ…」

「ん?」

「世界が自分に望むことをするって言ったろ?」

「うん」

「その世界って…なんだ?」

「世界?」

「その世界が正しいって、どうしてわかるんだ?」

「ん~。それは……」


 ミナは少し考えてから、続けた。

「それはね…。私の先生が教えてくれたんだ。でも説明、難しいな…」

 ミナは少し考えて、それから言葉を続けた。


「たとえばね、人類の長い歴史を考えるとね、人って進化する方向に進むでしょ?」

「進化?」

 カイルが少し顔を横にして、片目を見せた。


「うん。進化。人間がさらに人間らしくあること。精神的な成長ね。だから、進化が私に望むことをするって言い換えてもいいかな」

「進化が自分に望むこと?」


「そう。人間が生きている本当の意味がどこかにあって、それが満たされる世界。それが進化した世界。そういう世界があって、その世界が私に望むことをするってこと」


「ふうん……つまりそれは、今のこの世界じゃないってことだよな」

「そうね。少し先の世界かな? だから、簡単に言うと…」


 ミナはなんとか別の言葉をみつけようとした。

「古い自分をやめるってことかな?」

「古い自分をやめる?」


「そう。だって、進化のほうに進むなら、今の自分はいつか古くなるでしょ? それを脱ぎ捨てるのよ。それができないときに、人は滅びるんだと思ってる」


「ふうん。それ、どうやったらわかるんだ?」

「それよ。そもそもそれはわからないの」


「え? じゃあミナはどうしてるんだ?」

「私はね、いつもいつも、そう決めているだけ。『私は進化する』ってね。それを唱えているだけ。そしたら、世界は自動的に、進化の方向に道を開いてくれるのよ」


「へ~…」

 カイルはちょっとバカにしたように言った。


「カイルだってやってるでしょ。生き残るって思うから、生き残る絵しか選ばない。私は『進化するぞ』って思うから、進化する絵しか選ばない。


 カイルみたいに絵がパラパラ出てくるんじゃないけど、そもそもずっと前からそれを決めているから、それ以外の選択肢が自動的にふるい落とされる。


 そうやって、残った絵をそのとおり行動するの。それは、難しくて当たり前。だって、今までやったことがないんだもの。それが進化なんだもの。ね? カイルの未来視に似てるでしょ?」


「………」


「カイル、何かを迷っているのね。仕事が難しいの? 危険なの?」

「ん……。もしかしたら、もう帰ってこれないかもなって……思った」


「そう? …でも、カイルには未来視の能力があるから、死なないでしょ?」

「……未来視か……。そうだな。勝つための戦いなら、それは役に立ったけど、そうでなければ役に立たない」

「そうなの?」

 ミナにはカイルが何を言いたいかわからない。


「俺な…」

「うん?」

「ミナと…ずっと一緒に暮らしたかった」

 カイルはかすれた声で言った。


 それは、愛の告白だったのかもしれない。だが、ミナが気になったのはそこではなかった。

 まるで死が近づいているようなカイルの言葉にぞっとした。



人はどこに向かって生きればいいのか? 命令に従って生きるしかないのか?

生きる、死ぬを選べるとしたら、それはいったいどうやって?


ミナはカイルがどんな指令を受けたのか知らない。何と言って、カイルを励ますのか…。


次回は、バンリオルがいったい何者なのか、です。


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