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第5話 カイルの魔物戦略とミナの市場戦略

魔物退治と、投資マインドは似てる? それを知るための序章。


それと、ミナがこの世界で経済に生きると決めた、スタートの章です。

カイルが村を発ったのは、夜明け前だった。ミナが市場に行く前の日の朝だ。

「明日帰る」


 それだけ言って、剣を腰にまとい、野営の装備を背中に結び付けて、静かに村を出て行った。ミナは玄関で彼を見送った。


(魔物狩りか…)

カイルはパーティーを組んだりしないのだ。村にはカイルと剣の模擬線をする相手が何人かいたが、狩りになるとカイルはいつも単独だった。それがミナは少し気になった。


(なんでだろ?)


 こんどカイルに聞いてみようと思った。一人では、持ち帰れるものも少ないし、危険な目に遭ったときに助けてくれる人もいない。


(無事に帰ってきてね…)

心の中でつぶやいた。

(私の保護者なんだから、いなくなると困る…)



カイルは森の奥に進んでいった。一泊二日の旅でたどり着ける周辺の狩りの場は5か所くらいある。

ここはその一つだ。湿った地面に異様な臭気が漂っていた。カイルは足を止める。


視線を落とすと、地面が不自然にえぐれている。大型魔物――ロックベアが土魔法を使い、地下のモグラのような動物を掘り起こした跡だ。

硬い皮膚と巨体を持つ、単独討伐は危険な相手だ。まだ近くにいるかもしれない。カイルは装備を下ろして身構えた。


後方の木々が微かに音を立てる。

(小物が……7、いや8)

ファングモンキー。別名牙猿だ。集団で獲物を囲み、隙を突く小型魔物だ。獲物はカイルのようだ。


カイルがこのファングモンキーの集団と正面から戦えば、死ぬ。彼らは小物でも、その爪はとても固くて長い。囲まれて引き裂かれると大型の魔物でも出血大量で動けなくなり、やられるほどだ。


 カイルは剣を抜き、深く息を吸い、半眼となる。

 カイルの脳裏にくっきりとしたビジョンが浮かぶ。

(このまま進めば…)

(ここで下がれば…)

 ――どちらも死ぬ。


1枚1枚、カードをめくるようにそのビジョンは現れて、カイルにさまざまな未来を見せていた。これはカイルの固有スキルなのだ。カイルの身が危険にさらされる戦闘時だけに生じる未来視である。


次々とビジョンが流れていき、死につながる選択肢が次々と消えていく。


だが一つだけ、きらりと光るビジョンがあった。

(…よし…これなら…)

 

カイルは、しっかりと目を開け、周りを見回した。ファングモンキーは後方半円状にカイルを囲んでいる。だが、カイルは走らない。一匹がカイルの前方に入り込むまで待つ。

 

左手から1匹がスッとカイルの視野に入った瞬間、カイルは飛び出し、その猿に剣で切りつけ、倒れた猿の背中から首の後ろを掴んで、猿とともに前方に勢いよく駆け出した。残りのファングモンキーも追いかけるように走り出す。


すると、ロックベアがカイルと猿どもに気づき、振り向いて突進してくる。

 ――ドドドド…。


 巨体が突進してきたので、地響きが鳴る。その音に猿たちの動きが一斉に鈍った。カイルを襲うつもりだったので、猿どもはロックベアまで勘定に入れていなかった。猿どもが恐怖で飛びあがる。やつらはこういう急な状況変化に弱いのだ。


(今だ)

カイルは捕まえた猿をロックベアにめがけて投げつけた。甲高い悲鳴とともに、ファングモンキーがロックベアの頭にぶつかり、目つぶしになる。


その瞬間、カイルはロックベアに近づき、下からのど元に剣を差し込み、えぐるようにして剣を抜いた。そして、すぐさま半歩ずれて、横に避ける。土魔法を使う隙もなく、断末魔のロックベアが巨体をカイルの上に倒れようとする。


一歩間違えばロックベアを避けられず下敷きとなれば即死する。しかし、カイルはそれを回避した。

猿どもはロックベアの断末魔の叫びに恐れをなして、すべて遠くへ逃げ去った。


――静寂。


カイルは剣を収め、しばらく、その場に立ち尽くした。息が、遅れて荒くなる。

 

それから、装備を置いた場所まで戻り、ロックベアを持ち帰る準備をした。

一人では持ち帰るといっても限界がある。一番高価な部分だけを切り取って持ち帰るしかない。それでも重さは80キロほどになる。


装備の中には組み立て式ソリがあり、端に小さな車輪が二つついている。場所によってソリにも台車にも使えるように工夫してある。それを組み立てると獲物を載せた。残りは置いて行かざるを得ない。


しかし、カイルはあえて一人の狩りを選んでいた。


 * * *


カイルが狩りを終えて、納屋で素材の始末をして身体を洗い、裏口から家に戻ると、ミナとレイもすでに戻っていた。


レイとすごく仲良くなったのか、テーブルに座ってふたりで笑っている。カイルはその光景を見て、一瞬足が止まった。ミナがあんなに笑っているのを初めて見た。


「お、兄貴。お帰り」

「カイル、お帰りなさい。無事ね?」


ミナは少し心配していた。現代人のミナにとって、魔物を狩るなんて、聞いただけで怯えてしまう。無事な姿を見るとホッとする。


「ああ、大丈夫」

そう言って、彼は食堂の隅の揺り椅子に座って、椅子を揺らしながら、濡れた髪に風を当てていた。これはカイルの定位置だ。


その様子を見ながら、ミナはちょっと顔を赤らめていた。市場でイーロイとレイの会話を思い出したのだ。「兄貴の嫁さん候補」という言葉だ。


(いやいや、まだ私、ここに来たばかりだし)


そうは思ったが、そもそも他人の家に住んでいる時点で怪しい存在というのも認めざるを得ない。「未来の嫁」と思われた方が世間体も良いのだろう…と勝手に思った。


(いや、だからこそ、しっかりお金を稼がなきゃ! この家に貢献できるように…)


今、テーブルの上で、レイと今日の売り上げを勘定していたのだ。雨で早く切り上げた割には思いがけず売り上げがあったので、ふたりで喜んで笑っていた。


「ミナ、すごいよ。今日は天気の日よりも売れてると思うよ」

「ホント? 私、役に立ったかな?」

「うん、立ってる、立ってる。ミナがせっせと呼び込みしたから、客が多かったし、たくさん買ってもらえたよね。うちの野菜だけでなく、だんなのも売れてたから、だんなが喜んでたね」


そこに大皿を持って料理を並べに来たヨーカが話に入ってきた。


「へえ。ミナが呼び込みしたの?」

「そうなんだ。すごくうまくて、俺、驚いた」

「雨だから売れなかったかと思ったら、すごいじゃない!」


ヨーカがふたりを賞賛した。スージャがヨーカの手伝いをして、カトラリーを並べている。

2人の男の子たちも食堂の隅で遊び始めた。カイルが座ったまま適当に遊び相手をしている。


「ミナ、また市場についてきてよ。だんなもぜひまた来てほしいって言っていたし。天気の日ならもっと売れるよ!」


レイの誘いに、ミナはヨーカの顔を見た。ヨーカの仕事を手伝う必要があるなら、そちらを優先しなければいけないだろう。


「こっちは大丈夫よ。ミナ、今は野菜の一番の収穫期だし、売れるときには売ってちょうだい」

「わかった。じゃ、市場でしっかり働くわ! レイ、またよろしくね」


ミナはうれしくなった。畑仕事は苦手だが、市場で売るのはMBAのミナとしては望むところだ。期待されるのはありがたい。やる気が出る。


男たちが仕事から帰ってきて、次々にテーブルについた。


カイルは揺り椅子から立ち上がって、椅子に座っている母ゾーラを後ろから軽くハグした。ゾーラは微笑んでそのたくましい腕をポンポンと叩いて返した。


それからカイルはミナの隣の席に着く。ダンが小さな男の子たち二人を連れてテーブルに座らせると、一挙に騒がしくなった。皿が並び、いつもどおりのにぎやかな食事となった。


カイルからミントのような香りがした。そう、ユーリカ油だ。


「ねえ、カイル。ユーリカ油って市場で買えるのよね?」

「ああ、買えるよ。なんで?」

「私もそれ、使いたいの。化粧品になるかなって…」

「化粧品? なにそれ」


ミナはどうもときどきカイルの理解できないことを言うらしい。どれがNG語なのか、自覚がないから困る。


「う~ん…。傷の修復力があるなら、薄めて顔に塗れば、肌がきれいになるかなって…」

カイルはよくわからない表情をした。

(肌がきれいに? 別に傷なんかできてないみたいだけど…)


カイルはミナの顔に近づいて、首を傾けてじっと見た。ミナに傷はない。


「使いたいなら、俺のを使えばいい。いくらでもあるよ」

「え、ほんと? うれしい!」


ミナが本当にうれしそうにするので、カイルは本当に不思議そうな顔をした。顔にユーリカ油をつけるのがうれしい? 自分はいつも魔物の毒の消毒のためにしかたなくつけているのに…? その気持ちがまったくわからない。


カイルにとってミナは普通の娘ではなかった。初めてミナを見た日、草の中から生まれた妖精のような気がした。今でも半分妖精ではないかと思う。


自分の知らない世界から来たのは間違いない。そして、いつかフッと消えてしまうかもしれないのだ。だから、少し距離をおいて接しているつもりだった。


だが、レイはそんなことを気にしていないようだった。


「カイル、私、明日から毎日レイと一緒に市場に行って働くね」

「市場、おもしろかったのか?」

「おもしろいというか…。私、市場なら、きっともっと役に立てる気がするの。野菜もできるだけたくさん売りたいし、頑張ればカイルの素材なんかも高く売ることができるかもしれないし」


カイルはそれを聞いて、ふっと笑った。


「なんだっけ? ギルドとか言った? ミナはギルドをつくるつもり?」

「え、ギルドをつくる?」

ミナとしては思いがけない言葉を言われた気がした。そこまでの発想はしていなかった。

(いや、ありかも?)


ミナは急に頭の中で何かがはじけたように感じた。


今まで、この世界は流通ができていないとかデータがないとか、不満ばかり感じていたけど、逆に言えば何でも作れるのではないか?


インフラがないなら、逆にそれは可能性の宝庫ではないか? 


ギルドは高い目標だが、いくつかの小さな流通の仕組みなら、少しずつできるのではないか?


「うふふ…」

 ミナは自分の皿に配られた骨付き肉の塊をカイルの皿においた。


「あげる。いいヒントをくれたお礼ね」

カイルは目を見開いて肉とミナを見ていた。なんのことかわからなかったが、肉は遠慮なくパクリとかぶりついた。


ミナから見ると、カイルは無口だし、あまり表情が変わらないから、顔だけ見ているとおとなしい静かな男に見えるが、筋肉質の腕で肉にかぶりついているところはすごく野性的に見えた。

そのアンバランスがけっこう魅力的だとミナは思った。


(とはいえ、嫁さん候補になる気はないけどね…。いつかこの家を出なきゃいけないし…)

と、心の中で未来のことを考えていた。市場でお金を稼げば、未来が開けるだろう。


正直、いくら異世界とは言え、アメリカの大学でMBAを取るまでに勉強した自分が、市場の売り子で終わるなんて、許せなかった。


ただ頭がいいだけではあの大学は卒業できない。本当に、寸暇を惜しんで勉強したのだ。

(絶対にのしあがってやるんだ!)


その日から、ミナはレイとともに市場に通った。

それと同時に、野菜についていろいろと学んだ。教えてくれるのは主にゾーラだ。

どう調理するのか、いつが旬なのか。良い野菜の見分け方。日持ちはどれくらいか。効能はあるのか。


市場に行かない日はせっせと畑を手伝った。

どのように育てるのかを見て学んだ。手が土で真っ黒になるが、実地体験は大切なことだ。


ミナの呼び込みはなかなか効果があり、けっこう客が増えた。ミナに「お客さま!!」と呼ばれて悪い気はしない。男性客も女性客も、どこで買うのも一緒ならここで買おうと思うのだ。商品は同じでも、サービスが違う。マーケティングで言うところの差別化だ。


レイはミナが教えた抱き合わせ販売も板につき、販売がはかどった。オマケ販売も取り入れた。少し小さめの野菜をより分けておいて、最後におまけとして入れるのだ。


「ええい、1個おまけしとくよ~。毎度!」というやつである。

もちろん、大量に買ってくれる客に向けて、「5カゴで4カゴ分の値段」という大盤振る舞いもした。特に葉物は絶対に売り切る!


そのおかげもあって、初日は野菜を捨てるはめになったが、その後は順調に売れ、売り切って早々と帰ることもあった。特に、11月の祝祭の前の日はすごかった。市場中の野菜が売り切れたのだ。


もちろん、街のあちこちに八百屋の常設店はあるので、どうしても欲しい時には常設店で買うことになるが、市場よりだいたい2割は高くなるから、みな市場で買いたいのだ。


少し客足が途切れると、ミナは市場を通る人々を観察した。だいたいは庶民だが、ときには役人のような制服を着た人々もいる。ここはロータリーのある広場なので、周りを大きな馬車が走っていくのも見える。そのなかにはきっと貴族が乗っているのだろう。


ミナは、ちょっと変わったいでたちの人々をみつけた。この街の人々とは違う色合い、デザインの服を着ている。そして、頭にターバンのようなおしゃれなスカーフを巻いている。


「ねえ、レイ。あの人たちは何?」

 レイにこっそり小声で聞いた。

「ああ、あれはアーガリアの人たちだよ」

「アーガリア? それどこ?」


「この国の対岸にある大陸さ。ブリアはいろいろな国から近いんだよ。だから、いろいろな国の人が来る。……ほら、あそこにいるのは、隣国のスリマラビヤの人たち。ちょっと、足元が膨らんだズボンをはいているだろ?」


「へぇ…。ブリアって何?」

 聞いたことがあるような…。でも、忘れてしまった。


「このタンブリーがある領地の名前だよ! タンブリーのお城はブリア領主のお城なんだ」

レイはあきれたように言った。やれやれとばかりに首をすくめる。


(なるほど。最初にカイルが言っていた意味がわかった。エルノーはタンブリーの近郊の村で、そのタンブリーはブリア領の城主の街ってことか)


ミナはタンブリーがいったいどこにあるのかまったくわからない。だから、全体的な地理は想像もできなかった。


「対岸ってことは、どこかに港があるってこと?」

「そうだよ。ブリアの南は海に面しているから、そこにコブルーっていう港があるんだ」


レイはそう教えてくれたが、「もう面倒くさい」という表情だった。


ミナは頭の中にはっきりと地図を浮かべることができなかった。


(こんど、カイルに地図を描いてもらおう…。カイルは私が無知だってわかっているから面倒くさがったりしないはず…)


「そんなに知りたきゃ、教会の横にある図書室に行くといいよ。そこで読む分は無料だから」

「へえ。図書室があるの?」


それ以来、ミナは図書室にときどき通って、この国のことを調べた。


経済を理解するには、データが重要だ。少なくとも、この国がどれくらいの大きさで、どれくらいの人口で、どれだけの領地があって…ということくらい知りたかった。


少しお金に余裕ができると、ミナはレイに頼んで、書字板と紙を買ってもらった。

紙は高いので10枚ほどしか買えないが、それを大事に綴じて、小さな文字でメモを始めた。


データは必ず役に立つ! 今日は何が平均いくらで売れたか、1日の売り上げはいくらか。イーロイに払う場所代はいくらか、すべてを記録し始めた。

そして、野菜の旬がいつで、どのくらい獲れるのかを畑を見ながら予測する。これを繰り返せば、売り上げ予想が立てられるというものだ。

 

この市場で野菜を売るのは、レイの家だけではない。街までの街道を歩くと、何軒かの同業者に出会う。レイの話では、市場で野菜を売る家はだいたい80軒近くあるとのことだった。

みんなが毎日通うわけではないが、要は、かなりの人が毎日街道を通っているということだ。


それ以外の家は他の家に委託したり、常設店が買い取りに来るところもある。


それを考えると、レイとミナだけでこの2時間の距離を歩くのは無駄な気がした。

朝5時に起きて、2時間歩き、8時には開店。そして、2時ごろには片付けが始まり、2時半ごろに引き上げ、5時前に家に帰る。けっこうな労働だ。みんなそれを当たり前だと思っているようだ。


村に買い取りの組織があれば、あとはその組織が移動して、販売すればよいだけだ。

(う~ん、なんとかならないか…)


ミナがこの世界に来たのは、9月の半ばだった。それから3か月があっという間に経ち、季節はすっかりと移り変わった。


野菜が減り始め、朝の空気が痛いほど冷たくなった。


冬の2カ月ほどはレイも市場に行かない。ミナを含めて14人の家族が食べていくくらいの農産物の量しかないからだ。畑の仕事もないし、ミナの時間は空く。そこで、ミナは戦略を考えることにした。


「ええっと…。まずは、村の流通ルートを確立する」


1日4時間の移動はきつい。みんながバラバラに動くのではなく、中心になって農産物をまとめ、代わりに売る組織が必要なのだ。それは日本の農協のようなものだろう。


そう、農協はギルドへの第一歩だ。


ミナにはアイデアがある。しかし、ビジネスの世界で一番大切なのは、アイデアを実現する力なのだ。アイデアだけならだれでも言える。形にするのはその100倍難しい。ミナにはまだその実績はなかった。


(前の世界でもできていなかったこと。この世界でできるわけない…)

 そんな思いが出てきて、ミナのやる気をそぐ。

(ううん…。できないって言ってたら、一生このままで終わる…)


 ミナはこの世界で無力な娘でいることを拒否した。

(やるの。できないからやらないなんて、贅沢よ。やるったらやるの…)

 そう思うしかなかった。


起業って難しい?! 

しかも、ミナには資金がない。

そういうときって、どうやって、起業するの? 次回はそのお話。

異世界に来て、脳がバグりましたが、また徐々にビジネス脳を取り戻します。もうしばらくお待ちください。

ブックマークしていただけると泣いて喜びます。よろしくお願いします。


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