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第4話 MBA脳、役に立たず…

現代の経済では、データ収集が武器。

でも、ここではそんなもの、まったくなし…。値段も適当?! 

MBA(経営学修士)のミナの脳、使えない……ぐぐぐ…

朝8時頃になると、だんだんと客がやってきた。商品を並べ終えたところで、ミナは店全体を見回した。

(アレ? 値札が、ない)


ミナはきょろきょろと辺りを見回した。どの露店にも値札はなかった。


「レイ、あの……値札は?」

「え? 値札? あ、値段ね。聞かれたら言うよ」

「……聞かれたら?」


客が来て、野菜を手に取って、そこで初めて交渉が始まる。

どうやらそれが、この市場の“通常運転”らしい。


「今日は芋が多いから、芋は安めかな。他の店でも芋、いっぱい出てるしな…」

「“かな”?」

 ミナは思わず声を裏返した。


(価格が……不確定……!? それって、市場が計算不能ってことじゃない…)


データ慣れしていたミナには、計算不能な市場経済に混乱した。

自分が突然、バグり始めたAIになった気分だ。

今までの脳が止まってしまう。


「で、でも、だいたいの価格の幅って、あるんでしょ?」

「あるっちゃあるけど。ないっちゃない」


不思議そうな目で見ているミナに、レイは続けた。


「ほら、今日は曇りだろ? 午後になると雨が降るかもしれない。そしたら、大安売りだよ。この店は屋根があるけど、屋根のない店は投げ売りを始めるから、こっちも投げ売りになるからさ」


「そ、そうなんだ…」


ミナの世界でもレインチェックっていうのがあった。雨の日の買い物客には割引券が配られるのだ。その割引券のことだ。ところが、この世界では割引券どころか、投げ売りせざるを得ないということか…。


ミナが観察していると、あちこちから声が聞こえてくる。客が通るたびに、店から呼び声が上がるのだ。だいたい高い女性の声である。


「ミナっだっけな。ちょっとこっちこいや」

 イーロイがミナを呼ぶ。ミナを店の前に立たせて、背中から両肩をポンと叩いた。


「ここに立ってな。そしたら、客が引き寄せられるから」

(客寄せパンダ?!) 


 …まあ、仕方ないかとミナは思った。若い女性が市場にいることは少ない。しかも、ミナの品の良さはみすぼらしい服を着ていても、なんとなく目を引くらしい。


(ええい! 販売のプロのど根性を見せてやる!)


MBAは市場の物売りとは違うのだが、ここまでくれば些細な違いに見えて来る。

ミナは覚悟を決めて、両手に野菜を手に取った。他の店のおばさんたちがしているのを自分もやるのだ!


「今年一番のできのいい芋! いかがですか~?!」と怒鳴ってみた。

レイが驚いて目を丸くしている。今更、人にどう思われようが関係ないとばかり、ミナは声を張り上げる。


「今晩はおいしい芋のシチュー! うちの芋は最高ですよ~」


レイの「残ったら捨てて帰る」が心の傷になったらしい。「このかわいい野菜どもを絶対に捨てて帰るものか!」という気概で売り込みをかける。


客が何人か近づいて、レイと値段の交渉を始める。


「1カゴ、10アロだよ」

1000アロが1ポルだ。10アロは100円みたいなところだ。


「高いな」

「じゃあ、2カゴで16アロでどうだい?」

「……まあいい」


ミナはそれを聞きながら、イラッとしていた。


(18アロから始めんかい!)

…とレイに言いたいが、この世界のやり方がわからない。わからないうちは口を出せない。


1人の客が16アロで買って帰ると、品定めをしていた別の客が、「2カゴで14アロなら買ってもいいがな…」と言った。


ミナはレイを見ると、「いいよ」と言いそうに口を開けた。そこへミナが割り込んだ。


「お客さま! 今はこのトルトもおいしいんですよ。このトルトを1つお付けして、20アロにしておきます! いかがですか?」


ミナは思い切り笑顔で客に言った。しかも丁寧な言葉遣い。

トルトは大きなトマトのような高級品だ。


「お、おう…。いや、トルトはいらねえが…。そっちのオニルをつけてくれればいいかな…」


オニルは玉ねぎのように芋と合わせやすい野菜だ。客はミナの笑顔に押し切られそうになったが、ここで言いなりになっては男が廃ると思ったのか、条件を変えた。


しかし、トルトよりもオニルのほうが実は安い。だから、ミナはニッコリした。


「はい、お客さまのおっしゃるとおり、オニルをお付けして20アロで。ありがとうございました!」

最高の笑顔を見せて、ミナはさっさと取引を終わらせた。


「お、おお…」

客は少し顔をあからめて、支払いをして帰って行った。


(勝った…!!)

ミナはガッツポーズをして見送った。抱き合わせ販売は悪徳商売の…いや、賢い商売の基本だ! 


投げ売りになる前に、午前中に野菜を売り切るのだ。うちで作っている野菜だから、原価なんかないとはいえ、手塩にかけた野菜を少しでも高く売りたい。ミナはレイが売っていた値段を頭の中でまとめた。


 芋が1カゴ8アロ。

 トルトが1個5アロ。

 オニルが1カゴ4アロ。


つまり、ミナは芋の値段を下げずに、オニルまで売ることに成功したということだ。

それを確認して、腕組みをして「ふっふっ…」と思わず笑いが漏れた。


レイとイーロイが目を丸くして、ミナを見ている。


「ミナ、商売したことあるの?」


レイが聞いた。なにしろ、レイはカイルとヨーカから「ミナはさらわれてきた貴族のお嬢様らしい。かわいそうな子だから、やさしくしてね」と言われていたらしい。


それがまさか、市場で声を張り上げて売り子をするなんて思っていなかったのだ。

しかも、市場とは思えないくらいの丁寧なしゃべり方。どう見ても野菜売りじゃない…。


「えへっ…、ま、まあ、あるかな…、いや、ないかも?…」


自分ではあるつもりだったが、よく考えると実際には元の世界でも一度もない。ただ理論を机上で学んだだけだ。販売のプロでもなんでもなかった。


しかし、ここでは生きていかなければならない。ただ飯ぐらいになりたくないのだ。

 

市場は戦いの場。あちこちの商品を見て品定めをしてきた客を、どう射止めるか。戦略が必要なのだ!


(戦略…)


ミナは呼び込みしながらも、なんとか売れる方法を考えていた。場違いなお嬢様風の呼子が珍しくて、結構客が入ってくる。

だが、それだけではだめだ。


戦略についてはいろいろ学んだはずなのに、ここではどうにもならない。

まったく違う環境では、今までの知識が役に立たない。値段を聞かれても、いちいちレイに聞かなくてはいけない。


とりあえず、集客に徹するしかない。あとはレイ任せだ。


「あ、毎度! 今日はなんにしましょうか?」

レイが頭巾をまいた中年の女性に声をかける。お得意様なのだろう。


「今日はセチ豆を探しているの。あるかしら?」

「うっ、悪いっす。今日はセチ豆はちょっと…」

「ないの? 残念ね…」


「オンド豆はどうですか? 今日はいっぱいあります!」

「う~ん。オンド豆はもう向こうの店で買ったのよ」

「そっすか…。じゃ、今はオリバの実がお勧めですよ。旬なんで」


……

ミナはレイがせっせと客に対応しているのを見て感心していた。

末っ子はこういうやり取りがうまい。


それを見ながら、自分の知識のなさを痛感していた。なにしろ、ミナの知らない野菜は多いし、その野菜をどう使うのかもわからない。


自分が売る商品の特性がわからないのでは、商人失格だ。頑張りはいいが、そもそもの基本ができていないというただの若手の新人なのだ。


村から街まで2時間の移動の時間があったのに、ミナはそういう知識をレイから学ぶことを思いつかなかった。なんてこと! 自分のうかつさが情けなくなった。


そうこうしているうちに、午後になる前に雨がパラパラと降ってきた。濡れたら野菜がダメになってしまう。あちこちの店がたたみ始めた。


イーロイの店もまだ商品はかなり残っていたが、閉めざるを得ない。こうして、その日の市場は解散となったのだった。


荷車には屋根の代わりになる板がついているので、帰り道で傷むことはないのだが、日持ちしない葉物は捨てざるを得ない。


レイが捨てようとするのを見て、ミナは心が痛んだ。なんだか、自分が捨てられる気がして、悲しくなるのだ。かつて捨てられるヒューマノイドに心が痛んだミナだが、それが野菜に替わったようなものだ。


「ねえ、多少雨に濡れても、加工すればなにか利用できないかな?」

たとえば、ホウレントを使ったペーストとか、漬物とかにして売れないだろうか。


「すぐ腐っちゃうよ」

レイはひとこと言って、さっさと廃棄場で捨てた。


「そうよね…」

ミナもそう思う。冷蔵庫がない世界で無駄なことを言ってしまった。


「ミナ、ご苦労さん。雨が強くならないうちに帰るよ」

レイはそう言って、残り野菜を乗せた荷車を引いて歩いた。


「うん…。レイもお疲れ様」

ミナは、レイの割り切りの良さを少し尊敬した。この世界では割り切りが必要なのだ。いちいち野菜を捨てて、罪悪感に苦しむなんて、バカの極みなのだ。


「帰る前に素材の店によって、素材を売って帰らないとね」

「あ、素材ね」


(そう言えば、市場では素材を扱っていなかった)

カイルが獲った魔物の素材はイーロイの店には出していなかった。それは別のところで売るらしい。


ギルドはないと言っていたけど、ギルドに近いものがあるのだろうか? ミナはどんな店に行くのか、興味があった。


レイが連れてきたのは、教会の裏にある目立たない店だった。店の名前は表にはないが、店のマークはある。それは片足を丸い球に載せているグリフォンの絵だった。


ここが何の店かをわかっている人だけが利用する店のようだ。


建物は大きく、階段を三段上がったところに玄関があり、上にはアーチ形の屋根がついている。入り口の両脇に円柱が立ち、扉も大きな両開きだ。ちょっとしたホテルの入り口のようだ。


店の前に荷車を停めた。レイは大きな木箱を荷車から取り出して、それを抱えて階段を3段上がって、店の中に入っていった。


「こんちは~」

ミナはここで荷車の監視だ。ドアはそのまま閉められたので、ミナには中がどんなふうになっているのかわからない。屋根の下で雨を避けながら、荷馬車を見張った。


(入りたい…。せめて覗きたい…)

もし雨が降らなければ、お昼時に店を抜け出してここに来られたのだが、今日はそういうわけにいかず、残念ながらミナは店に入ることができないのだ。


荷物を見張っていなければ、誰かが盗むかもしれない。それがこの世界だ。


しばらくすると、レイが出てきた。

「どうだった? 高く売れた?」

思わずミナが尋ねる。高く売れればカイルが喜ぶ。


「うん。まあまあかな…」

歯切れの悪い返事が返ってきた。


歩きながら、レイが少し説明してくれた。


「素材ってさ、タイミングが難しいんだ。魔石とか爪とかは腐らないし、だいたいいつでも売れるんだけど、薬草とか魔物の臓器とかは難しいね」


天日干しにした動物や魔物の臓器は薬になる素材なのだが、長持ちはしないので、買い手がいないとそのまま腐ってしまう。

だから、本当は高価なはずなのに買い叩かれることもある。それが残念なようだった。


(つまり、需要と供給のタイミングが一致しないということね。ギルドがあれば、必要なときに依頼を出せるのに…)


ミナは道々黙って、いろいろと考えていた。


レイは市場利用者が馬や馬車を停める広場に戻り、つないでおいた馬を拾って、荷車につけて引く。

検問所を出るときには、葉物の野菜の残りを番兵たちに分けると喜ばれた。これも円滑な人付き合いのためということだろう。決してわいろではない。


城壁を出るとしばらく雨は降っていたが、村の手前で晴れた。振り返って東の空を見ると、大きな半円形のきれいな虹がかかっていた。


(よかった。雨が上がった)

傘がないので、このまま濡れていくのはつらい。ずぶぬれになるなんて、ほとんど体験したことはない。


ミナは鼻歌を歌い始めた。前の世界で好きだった曲だ。

「なに、それ?」

「ウフフ」


レイが不思議そうに聞いていたが、ミナは気にせず、だんだん大きな声で歌い始めた。元気の出る歌詞の歌だ。歌を歌えば、ずぶぬれで歩くのもまた楽しい。


異世界での初めての市場体験がこうして終わった。


(さあ、私ができることを探そう。きっとなにかある!)

ミナはちょっとだけ希望を持つことにした。



最強の職業は、セールス! これができれば、どこでも生きていけます! 

かっこつけてないで、売りまくれ!


次回は、カイルのチート能力と、ミナの市場の販売戦略について。


ブックマークしてくださると、心の中で土下座して感謝いたします。どうぞよろしくお願いします。


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