第33話 ミナ、令嬢となる
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、なぜか異世界に来てしまった。そして、なんとか生活力を身につけようと、野菜買い取り事業をする商会を作った。領主の息子、大商人を巻き込んで順調に進んでいた。しかし、領主の息子アンドリオンには悩みがあった。アンドリオンはミナの知恵を借りようと…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
再びアンドリオンに城に呼び出され、ミナはイライラしていた。
(まったく。こっちだって忙しいのに…。こんなに頻繁に呼び出されては面倒極まりないわ。またどうでもいい話だったら許さないから…)
ミナはプンプンと怒っていた。
そもそも、封建社会の支配者というのが嫌いなのだ。だから、つい反発してしまう。
「待たせたな、ミナ」
そう言って、アンドリオンは侍女を連れて入ってきた。
「君に頼みがある。今から私と一緒に河岸の工事現場に来てもらいたい」
「は? それはどのようなお仕事で?」
「仕事…。うむ、仕事だな。例の報奨の件だ」
「それで、なぜ河岸なのですか?」
「君は労役の様子を見たことがないと言っただろう? それを見てもらいたい」
「………それは正式なお仕事の依頼ということでしょうか?」
ミナは目を逆三角にしてアンドリオンを見た。心の中では(私の時間を無駄にするのは許さない)と大きな声で言っているつもりだ。
「うむ。…そうだな。仕事の依頼だ」
「では、その報酬はいただけると?」
「うむ。約束しよう」
ミナはしばらく黙っていたが、覚悟を決めた。こんなに何度も呼び出されてはたまらない。一度で終わらせてやる、と思ったのだ。
「かしこまりました。その依頼をお受けいたします。…で、どのようなことをすればよろしいのでしょうか?」
「まずは、着替えてもらいたい」
「は?」
アンドリオンが手をパンと叩くと、侍女が進み出た。
「この侍女についていき、着替えて来るがいい。服は用意してある」
「は、はい…」
何が何だかわからないが、とりあえず、着替えるのは受け入れることにした。なにしろ、ミナの服はどう見てもアンドリオンと共に歩くには不釣り合いだからだ。
侍女に連れられ、城の中の別の部屋に移動する。その豪華な部屋は応接間ではなく、奥に寝室がある居室で、衝立や鏡があり、椅子にはドレスが掛けられていた。
「こちらをお召しいただきます」
ミナは目が飛び出るほど驚いた。細やかな刺繍、金糸の入った織布。布の切り替え部分には細やかなフリル。それは侍女が着るような服でもなく、商人たちの奥方が着るような服でもない。どう見ても、高位の貴族のドレスだった。
「こ、これ…ですか?」
「はい。アンドリオン様がお選びになったドレスでございます」
(はあ~???)
ミナは言われるままにそのドレスに着替え、足を拭かれ、靴を履き替える。それから鏡の前に座らされ、化粧が始まる。
(化粧品、存在していたんだ…)
ミナはそこに感動した。お金持ちでなければ縁のないもののようだが、とりあえず存在するなら、いつか使えるだろう。
化粧が終わると髪の毛を整えられた。左右に長い髪を垂らして房をつくり、残りの髪はまとめ上げられて髪飾りをつけられた。それからピアスと指輪を付けられる。
最後に立ち上がり、手に扇を持たされる。
小一時間かけてミナの変身が終わった。
「どこから見ても、貴族のお嬢様ですわ」
と、侍女はむすっとしたまま言った。役目だから仕方がないが、なんで領主嫡男に仕える侍女の自分がこんな村娘の世話をさせられるのか、といった不満があるようだ。
「あ、ありがとうございました」
とりあえず、ミナは侍女に一礼をした。
それからまた、アンドリオンの待つ場所まで戻る。
侍女はミナがまともに歩けるのか、いぶかしそうに足元を見ていたが、靴はパンプスに近いものなので、ミナにとっては慣れた靴だ。
「アンドリオン様、準備ができました」
侍女がそう言って、一礼した。
アンドリオンはミナを見て、満足そうに微笑んだ。
「おお、よくやった。下がって良い」
アンドリオンはミナを上から下まで眺めて、ニヤッとした。
「ふむ…。悪くない」
それはかなり美しい貴族の女性と言って差し支えない。
「アンドリオン様。これはいったい…」
現場を見に行くだけなのに、これはやりすぎだろうと思う。ミナは抗議の目でアンドリオンを見た。
「ミナ、よいか。今日だけは、君は私の妹のエカーリアだ」
「ええ?!」
(今なんと言ったのぉ~??)
ミナは心の中で叫んだ。
(私が領主の娘の身代わりをやれって言うの~? どうしちゃったのよ、この男?!)
ミナは、心の中ではまだまだ現代人なのだ。
「まあ、馬車の中で説明しよう」
エカーリアとは、アンドリオンの4つ年下の妹で、ちょうどミナとはだいたい同じくらいの年頃だ。…見かけだけだが。
「母上にはエカーリアの名前を借りることの許可は取ってある」
「は、はあ…」
アンドリオンが言うには、河岸の工事が遅れていて、冬にかかってしまう。それを11月末までに早めたいが、どのように奮起させればいいかわからないから、ミナに手本を見せてほしいということなのだ。
「君は堂々としているから、貴族の娘と言っても村人は疑うまい」
「はあ。でも髪の毛の色とか、エカーリア様とは見かけが異なるのではありませんか?」
「村人はおろか、役人たちもエカーリアの姿を見た者はおらぬから、かまわない」
「はあ…(深窓の姫君なのか…)」
村人から見て、見るからに貴族の娘でなくては「領主の声掛け」の意味がないので、ミナをどこから見ても貴族に仕立てたということだ。
(この人、頭がいいんだか、悪いんだか…。私がどこまで演じられるか、考えたのかしら?まあ、行動力があることは認めるけどね)
「かしこまりました。報酬をいただけるならば、精一杯お勤めいたします」
さりげなく、報酬を強調しておいた。
「うむ。頼んだぞ」
河岸について馬車を降りる。ミナにとっては初めての場所だ。川にはいくつかの船が停まり、荷が下ろされていく。
その先に拡張中の工事現場があり、たくさんの労務者が働いている。
「ご領主様嫡男のアンドリオン様、ご領主様ご令嬢のエカーリア様のお通りである!」
監督官が先ぶれをして、二人が工事現場を歩いていく。後ろを護衛騎士が4人ついてくる。
労務者たちは一斉に立ち止まり、その場で頭を下げる。
「皆、大儀である」
アンドリオンは、偉そうに話すことには慣れている。
ミナはアンドリオンから離れて、前に進み出る。
これから貴族を演じるのだ。
ミナは現代社会で大富豪たちの前でプレゼンを行ってきたが、先輩からコツを教わったことがある。
それは「プレゼンでは女王のようにふるまえ」なのだ。
「皆様、ご苦労様です。…あなたがたはどちらの村からおいでになったの?」
と村人たちに進みより、貴族のような気品を醸し出して声を掛けた。
「は、はい! ミソン村でございます」
「まあ、遠いところからよく来てくださいました。……あなた方はどちらから?」
「は、はい。カオンデ村でございます」
「まあ、そうですか。皆、よく来てくださいましたね。ありがとうございます」
(どちらもどこだか知らないわ…)
ミナは扇で口元を隠しながら、オホホとほほ笑んだ。
「皆様のおかげで工事は進んでいるようです。ねえ、お兄様?」
「あ、ああ。そうだな」
突然振られて、アンドリオンはとりあえず相槌を打つ。
「でも…、もうすぐ冬が来ますわ。ですから、工事をできるだけ早く終わらせたいものですね。冬の工事は人夫の皆様も大変ですもの。川風は冷たいですし、風邪でもひいたら…」
とミナは少し心配気な顔をする。
村人たちは領主一族がこのように声をかけてくれ、心配してくれるということに驚きを隠せず、目を丸くして口をぽかんと開けていた。
「ですから、わたくし、お兄様にお尋ねいたしましたの。少しでも皆様が気持ちよく働いてくださるために、何かできることはないかと…」
そして、一人ひとりの顔を見ながら、村人たちの列に沿って歩く。
「すると、お兄様はこうおっしゃいました。この工事が11月中に終わるなら、その喜びを護岸に記そうと」
ミナは振り返るように身をひるがえし、村人に向かって言う。
「つまり、お兄様は皆様のお名前を書いた石を護岸に埋めて、名前を刻むのはどうかとおっしゃるのです」
「え…」
みんなあっけに取られた顔をしている。
「確かに、良いかもしれませんね。
何十年も、何百年も経った未来にも、河岸で働く者、護岸を散歩する者、釣りをする者、そして皆様の子孫たちがこの護岸の石に刻まれた名前を見て、『ああ、こういう村人たちがこの河岸を作り上げたのか』と思うでしょう」
自分の輝かしい未来を思わせるのは、セールスの最高の話法なのだ。
「…でも」
ミナはニッコリして、少し首を傾けた。垂らした左右の黒髪の房が揺れ、愛らしさを武器にする。
「わたくしは皆様のご意見を伺いたかったのですわ。それが逆に負担になってはいけませんから。いかがお思いになる?」
「は、はい。もったいないことです! そのような名誉なことをしていただけるなら…」
「は、はい、頑張ります!」
「大丈夫です! お任せください!」
村人たちは右手をぎゅっと握りしめ、奮い立った。
「まあ。喜んでいただけますのね。ようございましたね、お兄様」
ミナはアンドリオンに向かってほほ笑んだ。
「うむ。では、そのようにしよう。皆、ご苦労である。皆が頼りだ。急がせることになるが、皆の身体を案じてのことだ。体に気を付けて励めよ」
「はは~!!!」
村人たちは皆ひれ伏してアンドリオンとミナを見送った。
馬車に戻り、二人は帰路に就く。
「見事なものだったな…。問題解決が1日で終わってしまった…」
アンドリオンは呆けたように、口元に手を当てたまま、しばらく黙っていた。
護岸に埋め込む石にはそれぞれが名前を入れるので、1アロもかからない。それでいて、あんなに喜ぶのだ。
(魔法にかけられたように皆やる気を出していた…)
信じられないものを見たという驚きで、言葉が出ないのだ。
(これで人の働きが倍増するなら…)
それは、労力を増やすことであり、逆に言えば、経費を削減できるということだ。
(これをしっかりと学ぶ必要があるな…)
一方、ミナは、貴族のフリをしたことで村人を騙しているような気がして少しは罪悪感を感じている。
(ま、やる気を出してくれた方が村人の健康のためにもいいし。よしとするか)
そう納得した。
ミナはアンドリオンから報酬をもらい、ドレスももらった。
(でも、エカーリアはなぜ姿を現さないのかしら…?)
そんな不可思議な存在の身代わりをすることが、どんな結果を産むのか、ミナには想像ができなかった。
ミナ、初めて令嬢のドレスを着る。やっと村娘から一歩脱出か…?
ミナは次第に、ブリア領地運営のかなめに入り込んでいくのだった…。
用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。のちのブリア侯行政顧問
アンドリオン … ミナが住むブリア領主の息子
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