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第33話 アンドリオン、ミナに初めての相談

アンドリオンがミナに相談するくらい悩んでいるのに、ミナは…。

 夏の終わりの日、ミナとガナス、リントンの3人は、タンブリーの領主の城内の行政棟の中にいた。


「アンドリオン様、こちらがこの3カ月の報告書にございます」

 ガナスがしっかりと数字を並べた報告書をアンドリオンに差し出す。


「ふむ…」

 アンドリオンはじっくりとその報告書を読み込んでいた。

 今日は取り巻きの二人はいないらしく、代わりに侍従らしき人がいる。


「夏は収穫があったはずだ。それでも事業が伸びている? これはなぜだ?」

「は、それは…」

 ガナスが額の汗を拭きながら答えた。


「実は、村の若者を集めて手伝わせました。28人が集まり、手伝ってくれまして…。納税まで手伝ってくれましたので、いつも通りに野菜のほうも収穫できました。運搬はテンソルの専業の者ですので、そちらは問題ありませんでした」


 アンドリオンが報告書から顔を上げて、質問する。

「村の若者28人を手伝わせたと? 褒美でも与えたのか? その費用がここには書いてないようだが」

 と、また報告書に目を移し、前後に目を動かし、費用を確認する。


「いえ、褒美というか、金のかからない方法で報奨を与えたのでございます」

 すべてガナスが答える。

「なに? それはなんだ?」


「はい。騎士団の見学権ですとか、村の若者の交流会の参加権ですとか、祝祭の席の利用権などでございます」

「…そんなものが報奨になるのか?」


「はい。みな大喜びで…。まだ開催はしておりません。秋に開催の予定でございます」

「ふむ。それは誰のアイデアかな?」

 アンドリオンはにやりと笑いながらミナを見た。


「はい、ご推察のとおり、ミナさんのアイデアでございます」

 ガナスがミナを向いて答えた。


「君はおもしろいことを考えるな…」

 アンドリオンはおもしろそうに頷いた。


「恐れ入ります」

 ミナはそう言って軽く頭を下げた。


「まあ良い。バンリオルにも入り込んだとはなかなか順調ではないか」

 アンドリオンは報告書を満足そうに眺めた。


「次の3カ月もしっかりと事業を進めよ。良いな」

「ははっ、かしこまりましてございます」

 ガナスと共に、ミナもリントンも頭を下げた。



 緊張する報告を終えて、ガナスはそのまま財務部に戻っていき、ミナとリントンは共に村に戻ってきた。

 村役場の掲示板には、人が群がっている。

「あれはなんですか?」

ミナがリントンに聞く。


「おそらく、労役の募集でしょう。ガルベルトの仕事ですね」

「労役?」

 ミナは初めて聞いた言葉だった。


「農民は穀物で税を払うとともに、数日間の労役を提供しなければならないのですよ」

 リントンはミナがこの社会の仕組みに疎いことを知っているので、説明してくれた。


「そうなんですね。全員ですか?」

「いえいえ。出すのは一家に一人だけです。給料生活者は免除されますし、家畜を提供する家もありますよ」

「なるほど…」


 その日の夕食の時間、ドナオンがみんなに言った。

「うちは今年から労役は免除になった」

 役場からの情報だ。

 それを聞いて「おお~」という声が上がる。


「なんでだ?」とダンが聞く。昨年まではダンが労役に出ていたのだ。

「今年はミナが商会の運営をしていて税を払っている。義母さんとクリムラ叔母さん、それにレイも商会に雇われている。だから、十分な税を払っていると認められて、免除ということだ」

「おお~」

ダンが歓声を上げる。


「ミナのおかげだな!」

 ミナのほうを振り向いて、げんこつを力強く上げた。

 女たちもみんなホッとしたような、明るい笑顔になっている。労役免除という話は相当嬉しいことらしい。


「ねえ、カイル。労役ってどんなことするの?」

 ミナがこっそりカイルに聞く。カイルはミナを振り向いて、「さもありなん」という顔だ。ミナにはどうせわからない話だと理解したようだ。


「労役ってのは、たとえば、領主様の城の修復作業だとか、街や村の建築現場だとかで働くことだ。去年、ダンがしたのは村の集会所の建設の手伝いだったし、その前は…村の柵を直すことだったな」


「何日くらいするの?」

「ま、家によるけど、うちではだいたい10日くらいだったな。収穫量が少ない家は十分に税が払えないから、もっと多いんだ」

「そうなんだ…」


「ま、みんな労役は嫌なんだよ」

「ふうん…」


(あ、カミラさんの言っていた意味がわかった!)

 ミナはカミラを思い出した。カミラはミナの事業に最初に参加してくれた老婦人だ。野菜を自分で売らなくてよくなると、税が払えるから助かると言っていた。

それは、野菜が金を生み出すからではなくて、市場に行かなくてよくなると麦の収穫に力を入れることができ、穀物で税が払えるから労役に何日も行かなくて済むということなのだ。

麦と野菜では育てる意味がまったく違うのだ。


(なるほど…。本当に私って、この世界の仕組み、何も知らないんだわ)

 改めてミナは自分が無知であり、人の話が十分に理解できていないという事実に気づいた。もっと図書室に通って勉強しなければならない。


 カイルがミナと話しているのを見て、離れたところに座っているダンが少し大きな声で言った。

「おい、カイル。今年はお前に出てもらおうと思っていたのに、運がいいな。ミナに助けられたな」

 からかうようにダンが言った。カイルは「ふふん」とあしらった。


「カイルも出たことあるの?」

ミナがカイルに聞く。


「ああ、17のときに一度出た。あの時は軍の演習場の草むしりだったな。若いうちはたいした仕事じゃないんだ。でも、今だったらそうはいかない…」

「そっか…」


 でも、20歳になって身体もりっぱになった今なら、きっときつい仕事を回されるのだろう。だから、カイルはやりたくないらしい。


「ま、力仕事はいいんだ。体力づくりになるからな。でも、ときどき、嫌な役人がいるんだ。威張り散らすやつとか、意地悪なやつとかな」

「なるほど…」


 カイルは人を見下す役人とか貴族とかが大嫌いなのだ。ルータンのことも最初警戒していた。ミナは思わぬところでカイルの一家に貢献したようだった。

(一家に一人の労役従事…)


 村が大家族でまとまる意味もわかった気がした。もちろん、農家だからとか、家事の効率が良いから、というのもあるが、労役に出る人数が一家に一人と決められているからなのもあるのだろう。

5人家族のうちの1人では残された家族が困るが、15人に1人が出るならばなんとかなるからだ。


 ミナが気づかないいろいろなところに、農民の工夫や苦悩が隠されているのだと知った。



 定期便事業のほうは参加する農家も顧客も少しずつ増えていき、順調な伸びとなっていた。アンドリオンが投資した額は、しっかりと返せそうで、予定通り荷馬車の費用も回収できそうだ。

 冬には野菜が少なくなる。秋にしっかり利益を出さなければ、冬の2カ月はもたないだろう。プライク商会もそれは理解しているので、秋の注文取りに精を出している。

 ミナも野菜の集荷や検査でかなり忙しくしていた。時間があると、農家に定期便の参加を促す。

(今年の目標は30軒。あと少しなんだけどな…)



 そんな9月の半ばのこと。ミナはアンドリオンに呼び出された。ガナスの付き添いで城のアンドリオンの応接室に行く。


「お呼びでしょうか。アンドリオン様」


 ミナは少し不安だった。何のために呼び出されたのだろう? 要件は聞いていない。

「君に少し聞きたいことがあってね」

「はい。わたくしにお答えできることでしょうか…」

「ああ、君にしかわからぬだろう」

「はあ…」


「君も知っているだろう。今は労役の時期だ。今、城郭の西側の城壁を高くしようとしている。そのために人足が必要なのだ。しかし、人数が集まらぬ。タンブリーに日帰りできる近隣の村は12だ。各村から少なくとも5人が出なければ、人足が足りぬ」


「はあ…」

 それが自分になんの関係があるのか、ミナにはわからなかった。


「君は村の若者を集めて、働かせた。その方法で、人足を集め、働かせることはできないか?」

「は? わたくしにはわかりかねますが…」


「その報奨とやらだ。何か考えれば、金を出さずとも働くであろう?」

「報奨ですか…」


 ミナは黙って少し考えた。報奨…インセンティブは現代社会で社員を動かすためには必須の手法だ。しかし、この世界でできること、しかもお金を掛けずにできることとなると…。


 ガナスはおろおろと心配そうにミナを横目で見ている。


 ミナは日本のお寺の再建を思い出した。寄付をしたものは瓦に名前を書けるというあれだ。

「たとえばでございますが…、城壁の一部に、働いた者たちの名前を刻むことができれば、みな喜ぶのではないでしょうか」


「なに? 名前を刻む? それは名のある騎士や爵位のあるもののすることであろう? 農民が名を刻むと?」


「はい。わたくしの国では、人足というのはございませんが、寄付をした者の名前を建物の一部に刻むというのがございます。橋とか教会とかです。すると、金持ちではない一般の者たちから、たくさんの寄付が集まります。村人も自分の名前が城壁にあれば、それは名誉なことだと思うのではないでしょうか」


「ふむ。なるほど…」

「あとは…。多少の費用はかかりますが、参加した者には領主様にお声がけをいただき、参加した印のバッジ…、木札かなにかを与えるとか…」

「木札? それをもらって喜ぶのか?」

「家に飾ることができます。すると、家族に自慢できるのです。『父さんはあの城壁を作る手伝いをしたんだぞ。そして、領主様からお褒めの言葉をいただいたんだぞ。これが証明だ』と。子供たちも『うちのお父さんはすごい』と誇りに思えるでしょう」


「なるほど…」

「要は、労役を罰か嫌なことのように感じさせるのではなく、名誉なことだと感じさせるのが良いと思います。役人が村人を奴隷のようにこき使うのもいけません。名誉ある仕事をする人として扱えば、村人も良いことをしたと感じられ、参加することに誇りを持ち、しっかりと働こうと思うでしょう」


「う…む。それは一理あるな」

 アンドリオンは顎を右のこぶしに載せてうなっていた。

「ミナ、いろいろなアイデアを出してまいれ」

「え?」

 ミナはひそかにムカッと来た。


(この忙しいのに、こんな仕事まで振るな~!)

と言いたくなる。深呼吸をして息を整え、口を開いた。


「畏れながら、わたくしには荷が勝ちすぎていると思います。と申しますのも、わたくしは労役を実際に見たことがなく、どのような人が参加するのか、役人がどのような指示をするのかなど、まったくわからないのでございます。

 ですから、まずはそのお役目を担当する方々がお考えになったほうがよろしいかと思います。家族や村で自慢できるような名誉を与える、あるいは、めったに経験できない楽しみを与えるなどの方法を考えればよいだけです。もし、それをお考えになったあとにわたくしの意見をご所望でしたら、また伺わせていただきます」


 そう言って、ミナは礼をした。

「むむ…。そうか…」


 それはアンドリオンも正論だと認めざるを得ない。ミナがこの世界をまったく知らないというのは理解しているからだ。

 こうして、ミナはこの件に関しては、これ以上首をつっこまなくてよくなった。


(ああ、ほっとした…。定期便事業以外にはアンドリオン様と会いたくないのよね。肩が凝るし、どうしていいかわからなくなるんだもん…)

 これがミナの本音であった。



家に帰って着替えながら、まだ心の中で文句が続いていた。


(アンドリオンめ。何かと私を便利に使おうとしているんだから。何が「アイデアを出してまいれ」よ。簡単に言うんだから。で、アイデアに満足しなかったら、「手打ちにいたす~」なんて言い出しかねないわよ)


 ミナの妄想が半分入るが、権力者にマイナス評価されることほど悪いことはないのだ。

 ミナは「ふうっ」と息を吐き、心を落ち着けるために合気道の稽古を始めた。呼吸法から歩くだけの練習、それから想定稽古だ。


(誰かが襲って来ても、私は大丈夫。私は躱せる…)


「ミナ」

 部屋の外からカイルの声がした。

「なに?」

 ミナは部屋のドアを開ける。

「ちょっと出かけないか?」

「ん? どこへ?」

「いいから。付き合え」

「うん…。わかった」


 カイルが「ちょっと出かけよう」と言って誘うことなんて、今までになかった。畑仕事用の粗末な帽子をかぶって、黙ってカイルについていく。すると、納屋を通り越し、畑のあぜ道を通り、アスレチックの林を抜け、その向こうに広がる草原へとミナを連れて行った。


「あれ? ここって…」

ミナはこの草原に見覚えがあった。

 カイルはミナを見て「ふふっ」と笑っている。


「あ、私が転生したとこ!」

 カイルには意味がわからなかっただろうが、ミナが何かを思い出したことは理解した。

「ここ、カイルが私を助けてくれた場所ね?!」

 ミナはうれしそうにカイルを振り返った。


「そう。もうちょうど1年前だよ」

「えっ、1年前…」

 ミナはもう一度草原を見回した。

「もう1年なの…」


 感慨深かった。初めて魔物を見たし、襲われもした。そして、カイルが助けてくれた。

「カイル、ありがとう。助けてくれたから、今生きてる」

 カイルに向かって、思い切り笑顔を見せた。

「うん…」


 カイルが一歩前に出て、ミナを優しくハグした。(あ…)とミナがカイルのぬくもりを感じたと思ったら、カイルはすぐに離れて、手を差し出した。

「帰ろう」

「うん…」

 その手を取って、手をつないで帰り道を歩いた。


お貴族様との付き合いは面倒ください。そう思って遠ざけたいミナ。

それでも、なんとか解決したいアンドリオン。

最初はなかなかうまくミナを動かせないのであった。 


ところで、ミナがこの世界にやってきたのは、9/15です。

次回は、カイルの運命を変える、騎士団長との出会いです。


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