第26話 あやしい女
アメリカで働いていたミナは、なぜか異世界に来てしまった。そして、なんとか生活力を身につけようと、野菜買い取り事業をする商会を作った。領主の息子アンドリオンを巻き込み、官僚の補佐を得て、今、大商人バンリオルとの契約を進めようとしていた…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてのかたは、下に用語集があります!
カイルはタンブリーの街の中央教会に来ていた。この付属の建物の中に図書室があるのだ。ミナがときどき来て学んでいる図書室だ。
そこで、魔法についての書物を読んでいた。
(昨日の女…。あの足跡から見て、小柄な女だろう)
女を想像しながら、隠ぺい魔法について調べていた。
「ナスコム…認識阻害の魔法。半径30メートルから100メートルの範囲の人間の認識を阻害する。魔力量によって可能な範囲が異なる」
(昨日、俺はあいつから80メートルくらい離れていたから、かなりの魔力の持ち主ってことか)
「この魔法の対処法…神経に作用するので、神経を使わずに他者を認識する魔法で対応。または索敵用の魔道具トーチで対応」
(神経を使わずに他者を認識する魔法ってなんだよ。魔法には魔法で対応せよってか?)
昔は今よりも、魔法使いがたくさんいたという。しかし、今や、魔法使いはほとんどいなくなってしまった。この本自体は古い本なので、まだいろいろな魔法使いがいた時代に書かれたものだ。
トーチでは確かに見つけられるが、トーチを見ながら戦うのは難しい。みつけたら、すぐに近づいてあっという間に斬りかかるしかない。それには、そもそも相手が6,7メートルに入らないと一瞬で近づけないだろう。
「傷を負うなど衝撃を受けると集中力が欠けるので、隠ぺい魔法を切ることはできる」
(なるほど…)
「そのため、見えない相手がいると思われる方向に広域ピッターを撃つなどして傷を負わせることができれば、ナスコムは切れる」
ミナのピッターは広域型ではない。広域型に調整してもらうことはできるだろう…。
しかし、まだ相手が誰だかわからない。まずはそれを確かめたい。
殺意はないようだからこちらから危害を与えるのはまずい。
カイルは図書室を出た。そして、表に続く玄関扉を開けて、明るい太陽の下に出た。目がすぐに慣れず、まぶしい。そのとき小柄な女が一人、すれ違うように扉に入ろうとした。
「あ…」
女はなぜか、カイルを振り返った。
カイルは不審に思った。女は少し白っぽい茶色の髪をまとめて長く垂らし、白い生成りのすごくシンプルなドレスを着ている。すれ違っても覚えていないような存在感のない身なりだ。
「もしかして…エルノー村の人?」
「そうだ」
意外にも女が声を掛けた。
「何か用か?」
カイルは自分がエルノー村のものだとなぜわかったのかと不審に思った。
「ううん。用ってわけじゃないんだけど、その香り、なにかな?って」
「香り?」
「ほら、今エルノー村はこの香りがしてるでしょ?」
女はカイルの服を指さした。
ユーリカのことか、とカイルは思った。しかし、エルノー村でユーリカを育てているのはカイルの家だけだ。
(…ということは…)
この女はカイルの家の近くに来たということだ。
(あやしい…)
「あんた、エルノー村に行ったのか?」
「え、ええ。行ったわよ。届け物を頼まれたの。ご主人さまに」
「ふうん…。これはヨダン草だ」
適当な名前を言って、カイルは歩き出した。すれ違いざま、女の足元を見た。
(あやしい女…)
カイルはその女から少し離れると、トーチを起動して、その女の位置を捉えた。女を表す点に脅威となる存在に対してのみ付けるマーカーを付けた。そして、教会の裏に隠れて、その女を追う。
しばらくすると、女は教会から出てきた。そして、カイルには気づかず、歩き出す。
カイルはこっそりとそのあとをつけた。マーカーがあるので人込みでも女を追えるが、人込みではトーチの消費魔力が半端ない。魔石を交換していなければあっという間に魔力が切れていただろう。
女は市場や教会のある中央区域を抜けて、城郭の方へと向かう。城の門の前の通りを左に曲がり、大商人たちが住む高級邸宅街へと歩いていく。
そして、一つの館に入ったところまで見送った。
女は正門ではなく、横の通用門から入り、裏の勝手口から建物の中に入っていく。
カイルはしばらくしてから、何気ないフリで歩き、その家の紋章を見た。
それは大きな八つ手の葉が三本の麦を包んでいるもので、商人の紋章だ。
カイルは帰りにグリエンダルに寄る。そして、セリナに紋章が誰のものか聞いた。
「それはバンリオル商会のものですよ、カイル」
セリナはすぐに答えた。
「商人の1人として、バンリオル商会を知らないものはいません」
セリナはそう言ってほほ笑んだ。
(バンリオル…。商人がなぜミナを?…)
カイルは心に不穏な雲が広がるようだった。
* * *
「ミナ、あの女の正体がわかったぞ」
ミナが仕事から家に帰るとカイルが言った。
「バンリオル商会の手の者だ。この国で有数の商会だとさ。バンリオルって、知っているか?」
「知ってるわ! 今、そこと取引をしようとしているの。そこの魔法使いなの?」
「そこに雇われているか、仕事をもらったか、だな。魔法使いだから冒険者かもな」
「そっか。取引する相手をしっかり調べているってことね。プライク商会と村は身元が確かだけど、うちは確かじゃないから調べたのかも…。さすがに大商人ね。やることがいちいち細かい。たかが野菜の納入者ってことじゃないのね…」
「そりゃそうだろ。毒でも混ぜられたら大変だからな」
「ど、毒!」
現代だと、相手の会社が赤字ではないかと恐れて調べるが、この世界では毒を入れられるかどうかを考えるらしい。
ミナは改めてこの世界の本質を知った。どんな危険があるかわらかない。みんなそんな世界に生きているのだ。
「ま、少なくともミナに害をなそうとしているわけじゃないってことだけど。逆に言えば、何か疑われたら、報復されるぞ。気を付けろよ」
「そうね…。ありがとう、カイル! すごく助かった! またお礼しなきゃね」
ミナは笑顔でお礼を言った。
とりあえず、魔法使いに付け狙われているのではないとわかって、安心したが、それと同時に自分の無知を嘆いた。
(私、この世界の常識を、ほんとに知らないんだわ…)
* * *
次の朝、いつものようにリントンとミナが役場にいると、ガナスが入ってきた。
「ミナさん、リントン、喜んでください! なんと、バンリオル商会が野菜の納入を申し込んでくれました!」
ガナスははちきれんばかりの笑顔で報告した。
「え、ほんとですか?! それはすごいです!」
「これが注文の希望のリストです。3回ほどお試しいただいて、その後気に入れば正式な契約になるということです」
「あ、これは葉物が入っていますね」
リントンがリストを見て言った。
「そうなのです。でも、まだ荷馬車の上段は空いていますし、そろそろ葉物も出荷しては?」
ガナスは少し心配顔で聞く。
「そうですね…」
ミナもそれは考えていた。
「葉物は、必ず注文通りに出荷できるかは保証できないが、できる限り注文に応じる、ということで納得していただければ、可能だと思います」
専用の荷馬車で直接購入先に運ぶので、もう雨風に影響を受けない。ただ、葉物は朝の収穫になるから、朝の天候には注意だ。
リントンが答えた。
「そうですか。商会の館内での食堂の分ですから、それは納得していただけるでしょう。注文に応じて料理する宿とは違いますからね」
「あ、なるほど。では、葉物を出荷するには良い練習となりますね。で、この量は館全体の食糧のどのくらいでしょうか」
ミナもガナスに聞いた。
「だいたい、半分弱だと聞いています。その点は、最初は控えめで、徐々に増やしていただけるようにとお願いしてあります」
「それなら…とりあえず、既得権業者との摩擦は少なそうですね」
ミナも安心した。全部を一度に取り上げてしまったら、業者たちを怒らせてしまう。
とりあえず、定期便は新たな段階に入っていく。
そのあと、ガナスとリントンは、プライク商会を通してバンリオル商会にどれだけの野菜を提供できるかという将来的な見込みを立て始めた。
次回、あっという間に人手不足を解消する、ミナの策とは?!
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用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。のちのブリア侯行政顧問
カイル …ミナを助けてくれた冒険者。今は騎士団で訓練を受けている
トーチ … 索敵用の魔法具
ピッター … 銃のような魔法具
エルノー村 … ミナとカイルが住む村
グリエンダル … 素材買い取り屋
セリナ … グリエンダルの店員
プライク商会 … ミナの取引相手
リントン … ミナの補佐をする農務官
ガナス … ミナの補佐をする財務官




