第26話 カイルの父
最近、カイルが不機嫌だったわけ。あの子に言い寄られたりしてた…。
「カイル。ということで、あさって農産部から農学者の先生がいらっしゃるの。ユーリカを調べたいということで。だから、対応よろしくね」
「え…」
カイルは固まっていた。
「しかたないさ。ユーリカのことはお前が一番知ってるし」
ドナオンが口を出した。ドナオンは役場にいるから、だいたいの流れを知っている。
「えっ…。母さんでもいいだろ」
「何を言っているの。私をこれ以上働かせる気?」
ゾーラは半分笑いながら、不満気を装って言った。
「あなたは生まれたときから、ユーリカと一緒に育ったようなもんでしょ。だから、あなたが適役よ」
「え…」
「ね、カイル、お願い!」
ミナはカイルに手を合わせた。これはお願いの日本式ポーズだが、カイルに通じているかわからない。
「なに、それ」
やっぱり通じていないようだ。
「ミナが言うんだから、やってもいいけど…。ミナは何くれる?」
「え? 何か上げるの? 私が?」
「そう。ご褒美をくれたら、やる」
(やっぱりこいつはまだ子供だ…)
ミナは斜め下をにらみながらうなった。
「じゃ、街に行って食事をおごってあげる。どう?」
「ええ~?! 俺は?」
レイが口出した。
「俺だってミナと一緒に街に行くのに、一度もおごってもらったことねえ!」
「お前、給料もらっているんだろ?!」
レイの不満をすかさず却下したのはカイルだ。
「う、まあ…もらってる。領主の息子のおかげで、俺の給料、結構よくなった」
レイは思い出したようにニマッとした。
「アンドリオン様…でしょ。何、その言い方。壁に耳ありよ」
ヨーカが眉をひそめてレイを叱る。
「ま、いいか。それで手を打つ」
カイルがにこりともせず、ミナの案を受け入れた。
「そ? うれしいわ! じゃ、お願いね」
(はあ~。わがままな子の親の気分だわ)
ミナはカイルのやる気のなさにイライラしたが、とりあえず協力を取り付けたので良しとする。
2日後、ゾーラの家にリントンと共に学者がやってきた。
「はじめまして。私は農産部研究室の室長、ルータンと申します。お見知りおきを」
ミナとカイルに丁寧な挨拶をした。背が低く、丸っこい体形をしていて、愛想が良い。農民と学者なのに、偉そうな態度をしない男だ。年のころは50代半ばといったところだろうか。
カイルはちょっとホッとしたようだった。
ミナは、カイルが嫌がった理由が少しわかった。
(そうか。この時代なら、学者はだいたい貴族か裕福な平民。農民は貧しい平民だから、どうしても見下しがち。だからカイルは嫌がったのか。でも、このルータンさんはいい人みたい…)
ミナもホッとした。
「この農村の定期便事業に関わっております、ミナでございます。こちらはユーリカを育てているカイルです。よろしくお願いいたします」
ミナは草色のドレスを着ていた。カイルのそばにいるときには、できるだけこの色を切るようにしている。
「ええ、ミナさんのことは聞いていますよ。なにしろ、アンドリオン様が特別に目を掛けていらっしゃる事業の発案者だとか。…で、その事業に役に立てるなら、私もとてもうれしいですね」
そこを喜んでくれているなら、好意的な立場だろう。ミナは安心した。
「だいたい、害病を防ぐにはハーブを使うことが多いのですよ。だから、この村にも以前指導に来たことがあり、カマリの使い方を教えました。しかし、ユーリカというのは今まで検討したことがありませんでした」
カミラがカマリを植えていたのは思い付きではなく、農産部の指導だったのだろう。
ユーリカは紫色の小さな花をつける。高さは60センチ前後だ。
「ユーリカが虫よけや害病除けになるのはわかっていますが、ブリア領ではユーリカはあまり育たないので…。もっと北に生えるものなのですが、ここを見ると、ブリアにも生息できるようですね」
そこでカイルが答えた。
「ユーリカはそのままではブリアに生えません。水はけが悪い雨季には枯れてしまいます。だから、水はけがよくなるように土に小石を混ぜています。そして、できるだけ夏に日陰になるような場所に植えています。そうでない場所は、真夏はわらで少し太陽を遮ります」
「なるほど。ユーリカは暑さに弱いですからな。手間をかけて育てていらっしゃるのですね」
ルートンは畑のあちこちを見て回った。畑の角々には木が植わっている。それは、夏の作業で、暑さをしのぐために植えられたものだ。その周りには必ずユーリカが植えられている。
「このユーリカの配置ですが…」
ルータンは学者らしく、深く分析をしようとした。
「どこから風が吹いても、畑にユーリカの香りが漂うように計算されているようです。たいしたものですな。野菜の生育も良いようで、大変りっぱな畑です」
カイルは少し目を見開いて、ハッとしたようだった。
ミナはドナオンが「うちの野菜は良いものなんだよ」と言っていたのを思い出した。
「特に、雨季には南風が強くなりますが、ユーリカが南側に少し多めに生えているので、その分、雨季には十分な香りが漂うでしょう。しかも、ここは北側が山になっているので、香りが溜まるようですな」
そう、この畑の北側は訓練場があり、その先は山なのだ。
「ばらばらと、何も考えていないように植えられているように見えて、実はかなり計算された配置に植えられています。これはかなり賢いやりかたと言えるでしょう」
「そうですか…。父は何も説明しなかったけど、このままにしておけって…」
カイルは少し感情のこもった返事をした。このユーリカはもともとカイルの父が植えたもので、カイルはそれを受け継いだだけだ。
「ははは。そうなのですね。お父上はかなり賢いかただったようですね」
ルータンはうれしそうに褒めた。農学者としては農業の工夫をする人は好ましいのだろう。カイルはルータンの言葉に目を見開き、それから少しニッコリした。学者が父を褒めたのが嬉しかった。そして、心の中で父親の愛情を深く感じたのだった。
それは、カイルが生まれる前の出来事による罪の意識に触発された知恵と愛なのだろう。
学者ルータンはそのあと、役場の会議室で、ミナとリントンとジャービスと話をして、後日、農民に対するアドバイスをまとめてくれることになった。差し当たって害病が広がらないように、ユーリカ油の散布の仕方なども教えてくれるという。
「ユーリカ油はたくさん使いますから、効率よく撒く必要があるでしょう。そのやり方も書いておきます」
「本当にありがとうございます。助かります!」
ミナは心の底からありがたいと思った。自分が言うよりも、学者の指導ということであれば、農民も耳を傾けるだろう。
「いやいや、私のほうもうれしいことです。今までも村を回って指導はしてきたのですが、あまり真剣に聞いてもらえないんですよ…。うるさがられることが多くて…。でも、ここは定期便事業があり、農民も真剣に収穫のことを考えているようなので、指導を受け入れてもらえると思うと、やりがいがあります」
ルータンはそう言って、ニコニコしていた。
「はい、村全体で収穫量を上げるために努力していきたいと思っております。ぜひ、今後もご指導をよろしくお願いいたします!」
ミナは心の底から感謝し、指導を願った。
ルータンの指導の告知はリントンに任せて、ミナは休みを取り、カイルと街に出かけた。
約束どおり、カイルを食事につれていくためだ。
「ね、カイル。お父さんのこと、話して。冒険者だったってヨーカに聞いたわ」
草色のドレスを着て、ミナは歩きながらカイルに話しかけた。雨季も終わり、光指す木漏れ日の中の街道をゆっくりと歩いていた。
「うん…。父さんはすごい冒険者だった…」
カイルはめずらしくすらすらと話してくれた。
「俺が5,6歳のとき、俺も冒険者になりたいって言ったら、すごく真剣にいろいろな魔物について細かく教えてくれた」
「そうか。だから、カイルは魔物に詳しいのね」
「そう。魔物討伐はまず知識を学ぶことが大切なんだ。父さんがくれた本が一冊あって、それに魔物の特徴や弱点が書いてある。父さんがそこにたくさんの書き込みをしていて、かなり詳しいんだ。それがあるから俺は魔物の弱点がわかる」
(レイはその本を読んでいないんだわ。だから、蛇系の魔物にピッターがあればいいって言ってたんだ。そのとおりにしていたら、私、溶けていたわよ)
ミナはマーマギルのことを思い出した。
「それは貴重ね。…お父さん、何かスキルとか魔法とか使えたの?」
「う~ん…。並外れた索敵能力かな。父さんは、トーチがなくても魔物を感知できた。あれはかなり便利なスキルだな。俺にはそれがないけど…。ま、今はトーチを持っているから、父さん並みになったかもな」
「へぇ…。そうなんだ」
ミナはカイルがトーチを欲しがった理由が一つわかった。
「カイルのお父さん、会ってみたかったな…」
そう言うと、カイルはミナを見て、フッと笑った。
「きっと、家族を守ることに真剣な人だったんだと思う。魔物の毒からも害虫からも」
ミナが続けると、カイルは遠い空を見上げるようにして言った。
「ああ、…そうだな」
ミナが横目でカイルを見ると、彼は幸せそうな顔をしていた。しばらく歩いて、カイルが唐突にこう言った。
「ミナは父さんに少し似てる。やるとなったらとことんやるところとか…。遠くばかり見ているところとか。村を守りたいとか。人の言うことを聞かないところとか…」
「なにそれ! 最後のは余計」
そう言ったあと、ミナはため息をついた。
(私、まだ親の言うことを聞かない娘をやってるみたい…。はぁ…)
街ではいつものように、仕入れの調査ができそうな飲食店を選び、そこで食事をする。
食べながら、ひとつひとつ材料を確認する。それから調理場をうかがう。ただカイルと食事に来たわけではない。これも仕事の一環なのだ。
そんなミナに、カイルは「またか」という目をしていた。
「ミナはほんと落ち着きがない。目の前のもの、見てないだろ」
カイルのお小言だ。
「目の前のもの? カイル? お皿? ちゃんと見てるわよ」
「いや、見てない」
「そう?」
なんのことだかわからない。ミナは首を傾げた。
見てないと言えば…。
「あ、そう言えば、カイル、あの子のこと見ていなかった」
「誰?」
「ほら、あのルノワール…じゃなくて、庭で花の手入れをしていた女の子」
「…ああ…」
カイルはフォークをおいて、目を落とした。
「カイル、あの子が嫌いなの?」
「ああ、嫌いだ」
「ふうん…」
カイルは間髪入れずはっきり言う。
「あの子はカイルのこと、好きだったみたいだけどな…」
「あいつの気持ちなんかどうでもいい」
「あ、そう。ま、そうかもね」
身も蓋もないとはこのことだ。
しばらく黙って食べていたが、カイルが再び口を開いた。
「ミナは、前の世界で…その…結婚相手とか、いたか?」
「いない」
ひとこと言って、ムスッと野菜のかけらを口にした。
仕事がおもしろくて、結婚なんか考えたこともなかった。なにしろ、忙しくてデートの時間もなかったのだ。アイと話しているだけで、寂しくはなかったし。
そのきっぱりとした答えっぷりがおもしろかったのか、カイルは笑い出した。
「だよな。ミナはそういうことに興味がなさそうだ」
「だよなって…。もてないってわけじゃないからね! …たぶんだけど」
「”たぶん”…なんだ」
クスクス笑い出す。
ミナはバカにされた気がして、一応反論しておくことにした。
「だって…。学生のころは必死に勉強していたし、就職した後も必死に仕事をしていたし…」
ミナが12歳のころ、まだ日本ではほとんど無名だった天才実業家イーロン・マスクが火星移住計画をぶち上げた。ミナはそれを父親から聞いて、とても興奮したのだ。
火星のインフラを作り上げるというイーロン・マスクの計画に自分も参加することができたら…。あの日からミナはアメリカで勉強し、火星でインフラ整備に携わる仕事をしたいと思っていた。ミナの父は家電メーカーの営業部長で、祖父はその家電メーカーの重役だった。企業経営の素質があるだろうと思い、MBAを目指したのだ。
それが今、役に立っている。火星じゃなくて異世界で。
(火星も異世界も似たようなものか…。いや、火星より異世界のほうが水と酸素があるだけマシ?)
一人で考え込んでいたが、目の前を見るとカイルがまだ声を立てず笑っている。ミナはむすっとして、ひとこと言ってやることにした。
「言っとくけど、私、カイルより年上なんだからね! こっちの世界に来たら見かけはなぜか若返っちゃったみたいだけど。本当はヨーカと同い年なんだからね!」
「えっ、ほんとか? 28ってこと?」
ちょっと驚いた顔のカイル。ミナはしてやったりと、うれしくなってフフフと笑った。
「そうよ。少しは年上と思って敬いなさい」
「えっ…28まで結婚していないってこと? 相手もいなかったってこと?」
驚きようが激しい。カイルにしては感情表現が豊かだ。
「そこ…?」
失敗した。さらにバカにされることを言ってしまったと、ミナは悟った。
カイルはその言葉を無視して続けた。
「向こうの世界ってさ、ミナのこと、どう思ってるんだ? 消えちまったって思ってる?」
「死んだって思っているんじゃない?……ま、5階の窓から落ちちゃったし。普通死ぬよね…」
「死んだと思ってる? …でも、ここで生きてる?」
「そう。なんか変よね。アンドリオン様は神隠しだって思っているようだけど」
「ふうん………」
カイルはしばらく深く考え込むように黙っていた。
「てことはさ。父さんもどこかの世界で生きているってことがあるかもってこと?…」
ミナはハッとして顔を上げた。
「そうかもね! だって、私がここで生きているんだから…」
そんな可能性があると思うと、二人で幸せな気分になってきた。
「そう。きっと、どこか不思議な世界に移動していて、若返って人生を楽しんでいるかもよ」
ミナの言葉にカイルも笑った。
「若返っているなら、きっとうまくやってるな」
最初は2人でムスッとしていたが、最後はにこやかに食事が終わったのだった。
もし、身内で亡くなった人がいて、残念だなって思う時は、こうやって、別の世界で幸せに生きていると思うこと。これ、大事。
次回、やっともう一人の重要人物、大商人が出てきます。
やっと話が少し早く進みます。
お待たせして申し訳ありません。つい、シリアスに商売を考えてしまって…m(__)m
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