第24話 カイルの不機嫌
アメリカで働いていたミナは、なぜか異世界に来てしまった。そして、なんとか生活力を身につけようと、野菜買い取り事業をする商会を作った。
ブリア領主の息子、アンドリオンの出資を受けられることになり、ミナは絶対にこの事業を成功させると決意した。
一方、ミナの危険を救ったカイルだが、最近なぜか不機嫌で、ミナはそのことを気にしていた…。
初めてお読みになるかたは、下に用語集があります!
夕食の準備を手伝いながら、ミナは揺り椅子にいるカイルを横目で見る。
魔物に襲われて以来、カイルは不機嫌そうで、あまりしゃべっていなかった。
(私のこと、怒っているのかな…)
ミナはちょっと心配だ。
夕食のときにカイルに話しかける。
「ね、カイル。明日は私、休みなの。だから、一緒に街に買い物に行かない?」
隣に座って食事するカイルに、ミナは買い物に行く提案をした。
「私の帽子とカバンと、カイルのマント、買わなくちゃね」
カイルは頭を傾けて、ミナの顔を見た。
「うん…」
そう言って、けだるそうにパンを食べていた。
ミナは心の中でため息をついた。
(うかつな行動をして、迷惑かけたから、カイルにちょっと嫌われたのかな…)
ちょっと胸が痛い。
次の朝、ミナは若草色のドレスでカイルの前に現れた。肩には手編みの白いレースのケープを掛けている。ピンクの糸のレースの花をあしらっている。それだけでとてもおしゃれだ。
この草色のドレスに合わせて、ミナが少しずつせっせと編んだものだ。
カイルはそれを見て、少し表情が変わる。
「よく似合ってる…」
カイルはこの色の服が好きなのだ。彼のご機嫌が直ったのを見て、ミナはちょっとうれしくなった。
午後の明るい日差しの中、二人は村の道を歩いた。
花盛りの季節だ。道の脇の黄色いマーガレットのような花の群生や、百日紅に似た小さな花をつける木の並木道。家々の庭も丹精込めた花が咲き乱れている。
こんなに美しいなんて知らなかった。ミナにとっては初めての春の村だ。
ある家の庭先で、しゃがんで花の世話をしている娘が、二人の足音を聞いて立ち上がった。
「カイル!」
その娘は庭を囲む白い柵にやってきて、笑顔でカイルに挨拶した。
カイルは振り向きもせず、そのまま通り過ぎた。
娘はがっかりとした顔でカイルの背中を見送る。それから、ミナを見た。
「ねえ、ちゃんと挨拶しなくていいの?」
ミナは小声でカイルに言った。
カイルは何も言わず、ミナの手を掴んで、前だけを見て歩いた。
(なに、この態度…。あの子とケンカ中?)
ミナはちらりと振り返った。
ルノワールの絵のような可憐な娘だった。
ピンクの頬に大きな茶色の目。ブロンドの髪の毛を一つに束ねて、”くるりんぱ”でふんわりさせて、背中に垂らす。
「あの子、かわいいわね…」
この半年でヘアカラーがすっかり抜けて、黒髪に戻ってしまったミナには出せない雰囲気である。
すると、カイルがミナをじろりと見た。
「ミナはあんなふわふわした子がいいって思うのか?」
「うん。…かわいいじゃない?」
「ふん…。かわいいだけじゃ意味がない。なんにもできないさ」
カイルは不機嫌そうに言った。
「そ、そうなんだ…」
カイルが何を思っているのか、ミナにはよくわからなかった。
タンブリーにつくと、久しぶりに市場をぶらぶらと歩いた。
帽子とカバンをカイルに見立ててもらって決める。それから、マントを売っている店に行った。冒険者向けの皮のマントを選び、ミナが支払って店を出る。
カイルにマントを渡しながら、ミナが言う。
「カイル、ごめんね。これで許してください」
そう言って、カイルにちょこんと頭を下げた。
「なに謝ってんだ?」
カイルはきょとんとしながら、首を傾げた。
「え? 私のせいでカイルに迷惑かけたし…。最近、カイルは狩りに行ってない。マントないからでしょ?」
「マントがないから狩りに行っていないわけじゃない。今はユーリカの世話が必要な時期で、畑が忙しいから手伝っているだけだ」
「そ、そうか…」
しばらく黙って街を歩いていたが、カイルが口を開いた。
「ミナはそのうち、街に住むつもりなんだろ?」
「えっ、…うん。たぶん」
「ふうん…」
またしばらく黙って歩く。
「なんで?」
「なんでって…。その方が…便利だから?」
ミナは今まで田舎に住んだことがない。元の世界でのことだが。だから、自動的に街に住もうと思ってしまうのだ。たぶん、それだけの理由なのだろう。便利な都会にいつもいた。
だから、最初から店もないような村にずっと住むイメージがなかったのだ。
「ふうん…」
またカイルは黙ってしまった。
「ミナのもともと住んでいたところって、どんなとこ?」
だいぶ経って、またカイルがぼそりと聞く。
「う~ん…。こことは全然違う世界なの。こんなに歩かなくてもいいし、お店も山ほどあるし。なんでもあるって感じかな…。タンブリーよりもずっと大きいの。お父さん、お母さんもいたし。友達もいた…」
カイルがミナの顔を見た。「なんでもある」というのが不思議そうな顔だ。
「でも…。カイルはいなかったよ」
ミナは微笑みながら答えた。
(うん。あのままあの世界にいても、カイルみたいな人はいないと思う)
「当たり前だろ」
フフンと言った顔でチラリとミナを見て答える。
カイルはもっと何か言いたそうにしたが、それ以上言わなかった。
いつものように、仕入れの調査ができそうな飲食店を選び、そこで食事をする。
食べながら、ひとつひとつ材料を確認する。それから調理場をうかがう。ただカイルと食事に来たわけではない。これも仕事の一環なのだ。
そんなミナに、カイルは「またか」という目をしていた。
「ミナはほんと落ち着きがない。目の前のもの、見てないだろ」
カイルのお小言だ。
「目の前のもの? カイル? お皿? ちゃんと見てるわよ」
「いや、見てない」
「そう?」
なんのことだかわからない。ミナは首を傾げた。
見てないと言えば…。
「カイル、あの子のこと見ていなかった」
「誰?」
「ほら、あのルノワール…じゃなくて、庭で花の手入れをしていた女の子」
「…ああ…」
カイルはフォークをおいて、目を落とした。
「カイル、あの子が嫌いなの?」
「ああ、嫌いだ」
カイルは間髪入れずはっきり言う。あの子とのあいだになにかあったらしいが、ミナは聞かなかった。
「あの子はカイルのこと、好きだったみたいだけどな…」
「あいつの気持ちなんかどうでもいい」
「あ、そう。ま、そうかもね」
身も蓋もないとはこのことだ。
しばらく黙って食べていたが、カイルが再び口を開いた。
「ミナは、前の世界で…その…結婚相手とか、いたか?」
「いない」
ひとこと言って、ムスッと野菜のかけらを口にした。仕事がおもしろくて、結婚なんか考えたこともなかった。なにしろ、忙しくてデートの時間もなかったのだ。
AIのアイと話しているだけで、寂しくはなかったし。
そのきっぱりとした答えっぷりがおもしろかったのか、カイルは笑い出した。
「だよな。ミナはそういうことに興味がなさそうだ」
「だよなって…。もてないってわけじゃないからね! …たぶんだけど」
「”たぶん”…なんだ」
クスクス笑い出す。
ミナはバカにされた気がして、一応反論しておくことにした。
「だって…。学生のころは必死に勉強していたし、就職した後も必死に仕事をしていたし…」
(いや、でも同じ仕事をしていても、ボーイフレンドがいる人はいるのに、なぜ私は誰ともつきあわなかったのかしら?)
一人で突っ込みを入れる。
目の前を見るとカイルが声を立てず笑っている。ミナはむすっとして、ひとこと言ってやることにした。
「言っとくけど、私、カイルより年上なんだからね! こっちの世界に来たら見かけはなぜか若返っちゃったみたいだけど。本当はヨーカと同い年なんだからね!」
「えっ、ほんとか? 28ってこと?」
ちょっと驚いた顔のカイル。ミナはしてやったりと、うれしくなってフフフと笑った。
「そうよ。少しは年上と思って敬いなさい」
「えっ…28まで結婚していないってこと? 相手もいなかったってこと?」
驚きようが激しい。カイルにしては感情表現が豊かだ。
「そこ…?」
失敗した。さらにバカにされることを言ってしまったと、ミナは悟った。
カイルはその言葉を無視して続けた。
「向こうの世界ってさ、ミナのこと、どう思ってるんだ? 消えちまったって思ってる?」
「死んだって思っているんじゃない?……ま、窓から落ちちゃったし。普通死ぬよね…」
「死んだと思ってる? …でも、ここで生きてる?」
「そう。なんか変よね。アンドリオン様は神隠しだって思っているようだけど」
「ふうん………」
カイルはしばらく深く考え込むように黙っていた。
「てことはさ。父さんもどこかの世界で生きているってことがあるかもってこと?…」
ミナはハッとして顔を上げた。
「そうかもね! だって、私がここで生きているんだから…」
そんな可能性があると思うと、二人とも幸せな気分になってきた。
「そう。きっと、どこか不思議な世界に移動していて、若返って人生を楽しんでいるかもよ」
ミナの言葉にカイルも笑った。
「若返っているなら、きっとうまくやってるな」
最初は2人でムスッとしていたが、最後はにこやかに食事が終わったのだった。
この女の子へのイライラが、あとで役に立ちります。
人生、何がヒントになるかわからない。
次は、このお話の大物の登場人物、大商人バンリオルの登場です。
用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業している。のちのブリア侯行政顧問
カイル …ミナを助けてくれた冒険者。今は騎士団で訓練を受けている。
タンブリー … ブリア領主の住む街
ユーリカ …消毒用の薬草
アンドリオン … ミナが住むブリア領主の息子
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