第23話 アンドリオンの決断
アメリカで働いていたミナは、なぜか異世界に来てしまった。そして、なんとか生活力を身につけようと、野菜買い取り事業をする商会を作った。その事業に出資してもらおうと、領主の息子アンドリオンを尋ねる。
アンドリオンはミナの知識の多さを不思議に思い、音楽でミナを試し、確かに特殊な娘だと確信した。そして、出資する決意をするのだった…。
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(驚いた…)
アンドリオンは人知れずパニックに陥っていた。立場上、こんな様子は見せられない。さっさとミナと侍女を出ていかせたのは、一人になりたかったからだ。
ミナのハープシコードは確かにそれほどうまくはなかったが、しかし、弾けるということ自体が稀なのだ。ハープシコードは一番高価な楽器で、この国の中でも領主級の館にしかないはずだ。それを弾いたのである。
いや、それでもまだ疑うことはできる。どこかの領主館で働いていて、そこでハープシコードの知識も覚えたとも言えるだろう。
しかし、まったく聞いたことのない曲調だったのが驚きというよりもショックだった。
それは、まぎれもなく自分の知らない世界があり、そこから来た娘だという証明だ。それに恐怖を感じたのだ。
神隠しの不思議さをおもしろがっていたさっきまでとはまったく異なる心境だった。
まるで、世界にぽっかりと穴が開いて、別の世界が見えているようだった。
アンドリオンはブルッと震えた。
(いや、少し落ち着こう…)
娘が望んでいることをもう一度思い起こした。
(農業の効率化…娘が望んでいるのはそれだけだ)
そう思うと、少し落ち着いた。国に敵対するわけでもなく、陰で害しようとするわけでもない。
あの娘が本当に農業の効率化を望むなら、それをさせればいいことだ。
それは税収につながり、富国強兵につながる。領地だけでなく国にとって重要なことだ。
(父上に報告を…)
アンドリオンはベルを鳴らし、侍従を呼び寄せた。
「父上にお会いしたい。先ぶれを…」
* * *
ミナは退屈だった。この部屋に連れてこられて、すでに2時間近く経つ。侍女はお茶を運んできたが、何も説明しない。仕方がないので、窓から中庭を見て城を歩く人を観察しながら時間をつぶしていた。
突然ドアがノックされ、侍女が入ってきた。
「お待たせいたしました。アンドリオン様がお呼びでございます」
そう言って、侍女はミナを案内した。アンドリオンの執務室である。
そこには、いつもの3人の他、2人の少し年上の男がいた。
「ミナ、待たせたな」
アンドリオンが座ったまま言った。ミナは立ったまま、話を聞く。
「紹介しよう。こちらが財務部のガナス」
男の1人が立ち上がり、一礼をした。
「そしてこちらが農産部のリントンだ」
別の男が立ち上がり、一礼した。
「この2人が君の補佐につくことになる。そして、私がこの事業の責任者だ。
君は私の直属になってもらう。つまり、私以下3人のチームだ。必要なことがあれば、この2人に言うといい。
この2人はこの事業の専属だから、仕事を指示して割り振ることができる。
彼らを通して、私に進捗を報告しなさい」
「えっ…」
ミナは耳を疑った。アンドリオンは企画書を受け入れて、自分がその責任者となるということか。
「ミナ、必ずこの事業、成功させよ。領主様もお望みだ。よいな」
「は、はい!」
驚いた。こんなにもスムーズに受け入れてもらえるとは思ってもいなかった。
「あ、ありがとうございます! 命に換えましても成功させてご覧に入れます!」
それはミナの本心だった。一度死んでしまったのだから、ここで成功させなければ、もう人生の意味がないような気がした。そのくらい、やり遂げたくてたまらなかった。
「今日はもう遅くなってしまったようだ。また明日にでもこの2人と打ち合わせをすると良い。次の出荷はいつだ?」
「はい、3日後でございます」
「そうか。では明日の朝から、村役場で打ち合わせを始めるとしよう。任せたぞ、ガナス、リントン」
「は、お任せを!」
それぞれに返答して、一礼をした。
* * *
次の朝、新たに村側の一員として働く2人が役場にやってきた。2人とも官僚の制服を着ている。深緑色の上着に黒いベルベットのリボンを結んでいる。
「改めてご挨拶いたします。財務部のガナスと申します。この度はミナさんと共に大事業の運営を仰せつかりました。よろしくお願いいたします」
ガナスは30歳くらいの、しっかりとした実績のありそうな財務官だ。
「私は農産部のリントンです。この事業に関われることを光栄に思います」
リントンはガナスよりも少し若く、28歳くらいだろうか。少し愛嬌のある顔立ちで、ブロンドの巻き毛をしていて、少し興奮気味の顔をしている。
「ミナです。ありがとうございます。でも…。お二人とも、わたくしのような村娘とお仕事をしていただけるというのは、大変うれしいのですが、あの…大丈夫でしょうか。わたくしの指示なんて…」
ミナは少し心配だった。領地の官僚ともなれば、ある意味エリートだ。それが村娘の指示を受けながら仕事をするというのは屈辱的だと思うのではないかと思ったのだ。
「とんでもございません。アンドリオン様はミナさんを大変評価していらっしゃいます。
そもそも、私はまだまだ下の部員でして、今までアンドリオン様と直接お話ししたことがなかったのですが、昨日、呼び出されまして、大変期待され、驚いているのでございます」
ガナスが言い、リントンと顔を見合わせ、二人で頷いた。
「まあ、そうなのですね。よかったです。お二人にも気持ちよくお仕事をしていただければと思います。そもそも、わたくしはこの世界の…、この社会の仕組みがよくわからないまま動いておりますので、お二人のお力をどうぞお貸しください」
そう言って、ミナは丁寧な礼をした。
「もちろんです。なんとかこの事業を成功させて、我々も昇進したいと願っております」
リントンもうれしそうに言った。
「ミナさんがお帰りになった後、アンドリオン様はこの事業の将来性を熱く語っておられました」
「え、そうなのですか?」
ガナスの言葉に少し驚く。
「はい。税収が格段に上がる可能性があると」
「あ、なるほど。そこですね!」
やはり領主一族なのだから、領地の繁栄をいつも頭に入れているだろう。
「今まで、野菜には課税できなかったのです。それがこの定期便事業で可能になります。これは、これまで見過ごされていた部分です」
リントンが説明した。
「そ、そうなのですね?!」
ミナはそんなことを考えていなかった。そもそも野菜には課税できない、ということを知らなかったのだ。
なにしろ、まだ1年もこの世界にいないので、この世界でどのように税が支払われるかなんて、考えてもいなかったのだ。
「農民の税は穀物で支払われます。農民は市場で野菜を売っても、それを把握できないので、課税されません。
しかし、商会を通して売られるとなると、商会の利益が増えるわけですから、間接的に野菜に税金が掛けられることになります」
ガナスが替わって続けた。
「な、なるほど…。そういうことですね…!」
ミナはやっと理解した。自分が思っている以上に、これは領地の役に立つらしい。
このモデルをあちこちの村で運用すれば、領地全体ではかなりの税収増なのだ。
ミナは少し安心した。領主の息子のただの気まぐれな判断ではないようだ。
「では、こちらが村側の作業のリストとなります」
ミナは1枚の紙を差し出した。領主が後押ししてくれるので、紙をケチらなくてもよくなかった。
「さしあたって重要なのは、荷馬車の発注と、木箱の発注です。木箱は領地の紋章を入れて、大切に扱ってもらうようにしたいと思います」
「なるほど。わかりました。それは私がやりましょう」
リントンが言った。さっと仕事を請け負ってくれるので、とても助かる。
「財務部としては、予算の申請をしましょう」
ガナスが言った。大きな金額が動くので、銀行口座のようなものを作るらしい。
「あと、重要なのは、こちらの体制をプライク商会に報告に行くことです。
この事業を成功させるには、プライク商会がどの程度営業を広げられるかということと、それに対して農民がどれだけ対応できるか、という点が重要です。このバランスが悪ければ、うまく回りません」
「おっしゃる通りですね」
3人の認識が一致した。
こうして、リントンとミナが農家を周り、参加を募り、野菜の見通しを立てる。そして、ガナスが工房や商会との交渉をするという役割分担となった。
2人ともタンブリーの街に住んでいるため、1頭立てのバギーに乗ってきている。日本風に説明すると、人力車に1頭の馬がついているような馬車だ。
これは2人乗りなので、どちらかが動くときには、ミナも乗ることができる。タンブリーの街までは小一時間で着く。
(よし! これで足は確保した!)
ミナはそれがすごくうれしかった。
やっと、領主との関係が構築されました。
ミナが「天才官僚」と呼ばれるようになるのは、まだ先のこと。
このアンドリオンとの二人三脚で、ミナはブリアを救います!
用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業している。のちのブリア侯行政顧問
アンドリオン … ミナが住むブリア領の領主の息子
プライク商会 … ミナが野菜の買い取りを依頼している商会
タンブリー … ブリア領主の住む街
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