第22話 異世界から来た証明
真剣に説明するミナ。でも、アンドリオンは他のことが気になって…。
半月後、馬車工房の親方は約束通り設計図を書いてくれていた。
それを持参して、ミナはガルベルトと共にブリア城へと向かった。
今日のドレスはピンク色だ。オレンジ色のドレスは林を走ったせいか、少し傷んでしまったので、裾にリボンをあしらうなどして、傷みを補正中だ。カイルが3着買ってくれたことが本当にありがたい。
…パンプスはもう捨ててしまった。
「先日は申し訳なかったな。ミナさんの帰りのことに全く気づかなくて」
馬車の中で、ガルベルトが謝罪した。
「いいえ。私のほうこそご心配をおかけして申し訳ございませんでした。軽い気持ちで予定を変えてしまったのを反省しております」
ガルベルトにうっかり者だとばれてしまったのが恥ずかしい。
今日こそは、定期便の投資の返事がもらえるのではないかと期待が高まる。胸が少しだけ高鳴った。2週間の間にアンドリオンもしっかりと企画書を検討する時間があったはずだ。荷馬車の予算に納得ができれば、良い返事がもらえるかもしれない。
前回通されたアンドリオンの執務室に行く。そして、ミナは荷馬車の設計図を大きな机に広げた。
「ほう…。これはおもしろいな。詳しく説明せよ」
テーブルに身を乗り出して設計図を見ているのは、アンドリオンだけだ。取り巻き二人は座ったまま、腕組をしている。
「はい。こちらは一台の馬車に木箱を48箱積むことを考えた仕様になってございます。2頭立てで運ぶ最大の量でございます。横から見て6列にして、各列に4箱を並べます。それを2段に重ねます。各列には木箱が倒れないように枠が取り付けられています。
馬車の両脇に扉をつけ、両脇どちらからも開きます。そして、奥が取り出しやすいように列ごと手前に移動できるコロがついています。車輪には楕円バネを取りつけます。
人が乗る馬車には取り付けられていますが、荷馬車には通常取り付けられておりませんので、これを取り付けることで、揺れを吸収して傷みを防ぎます。
また、雨の日の対策として、扉が屋根代わりになり、荷下ろしで野菜が濡れないようになります。それから御者席は…」
ミナは各仕様の目的を細かく説明した。
「以上でございます。何かご質問はございますか?」
ミナは一気に説明した。顔を上げてアンドリオンを見ると、彼はミナを不思議そうに見ていた。
「あの…アンドリオン様?」
ふふっと彼は笑い、しばらく黙っている。
「この仕様は君が考えたのか?」
「はい。そうでございます。わたくしも2カ月ほど実際に荷馬車に乗り、使い勝手を考えました」
「ふむ…」
アンドリオンは、まだ黙っている。
「なかなか面白かった。女がこのように設計図を説明するのを初めて見たな」
「はあ…」
(そこ?! あれだけ一生懸命説明したのに、聞いてたのかな?)
ミナはちょっとムスッとして、「ご質問はございませんでしょうか」ともう一度言った。
「ああ、ここの部分だが…」
アンドリオンは思い出したように設計図を指さした。
「なぜ2段なのだ? 3段にすればもっと詰めるであろう。木箱の高さはそんなに高くないぞ?」
「はい。ごもっともでございます。ですが、馬2頭では、積み荷は500キロが限度です。それに馬車の本体の重さがあり、人間が二人が乗りますので」
「一人ではだめなのか?」
「御者と…わたくしが乗る予定でございます」
「なぜ君が乗る必要がある? 御者だけで十分ではないか?」
「わたくしがこの事業の責任者ですので、積み荷をしっかりと確認する責任がございます。プライク商会で顧客からのフィードバッ…ええと…意見や要望を聞かなければいけません。
次の購入量の注文と調整、野菜の種類の変更などを確認します。もう一人、職員が増えましたら、交代で確認をしたいと思っております」
「ふむ…。君は責任感が強いようだな」
「もちろんございます。商いをしようとする者には当然のことだと思っております。参加する者たちの信用と財産がかかっておりますので」
「そうか…」
アンドリオンは座った。ミナとガルベルトも座るように勧められる。
「企画書は検討させてもらった。荷馬車の価格を考えると、あの投資額が高すぎるというわけでもない。それは理解した…だが…」
「はい? 何かご不明な点でも?」
ミナが首をかしげると、アンドリオンはテーブルに身を乗り出し、片肘をついた。
「どうにもわからぬことがあるのだ」
「はい、何でございましょう?」
「君のその知識だ。いったいどこから学んだ? どこで教育を受けたのだ?」
「それは…。わたくしは遠い国の大学に行きまして…。そこで学んだのでございます」
「どこだ?」
それを聞かれると困るのだが、答えるしかない。嘘を言うよりも、本当のことを言った方がいいだろう。
「アメリカという国でございます」
「な…なんと…!」
アンドリオンは2人の取り巻きと顔を見合わせた。
「初めて聞く名前だ。それはどこにある国なのだ?」
為政者としては、自分の知らない国があるというのは不穏なことなのだ。
「はい、それが…。実はわたくしはその国からさらわれて、ここに連れてこられたようなのです。ですが、いったいどのように連れてこられたか、まったく記憶がないのでございます」
「ほお~? …なんと面白いことを言う…」
「神隠しということか?」
「神隠し? ずっと前に神隠しに会った娘がいたという記録は読んだことがあるが…。消えたのではなく、現れたというのは記録がないと思うぞ」
アンドリオンが言うと、ロエルとラッシェンが神隠し案を出してきた。
(神隠しか。いいアイデアじゃない! それで、それ以上追及しないとくれたらいいんだけど…)
「ふむ…。記憶がないのではしかたがないが、大学にいたことは覚えているのだな」
「はい。記憶がないのは、連れてこられた経緯だけでございます。向こうの国にいたとき、仕事をしすぎてついふらりと倒れました。そのあと、気が付くとエルノー村付近の草原にいたのでございます」
「ほう。それは不思議な…」
アンドリオンは少し遠くを見て考えていたが、別の言葉に興味を抱いた。
「向こうでもすでに働いていたのか。どのような仕事をしておったのだ?」
「それは…ある種の器具の再利用を促す仕組みづくりを考えておりました」
「ほう? 再利用とは?」
「はい、例えば…馬車のようなものは、ときどき、新しいものが考え出され、進化します。すると、古いものを使っている人々が新しいものを買います。
そして、古いものは安く売られます。それはだいたい個人間とか、一つの店舗内で行われますが、それを工房に戻してしっかりと作り替えれば、古くても安心できる品質となります。
それを国全体の仕組みにできれば、馬車に限らず、必要なところに必要なモノが効率よく回るようになります。そのような仕組みを作る仕事をしておりました」
「なるほど。合点がいった」
アンドリオンは非常に興味を持ったようで、ふむふむと頷き、ニヤリと笑った。
「ガルベルト。お前はもう下がってよい」
「は、かしこまりました。しかしながら、ミナを村に送り届ける役目がございますので、しばらく控室で待たせていただきますがよろしいでしょうか」
「いや、必要ない。ミナは私が送り届けさせる。だから、安心するがよい」
「は…」
ガルベルトはミナを見た。さっき、急に予定を変えるのは良くないという話をしていたのだが、上司がこう言うのだから、その通りにするしかないだろう。
ミナも少し不安な顔をしたが、ガルベルトを引き留めることはできない。
「ガルベルトさん、あの…うちに連絡をお願いできますか?」
「はい、ミナさん。ドナオンに伝えておきます」
「よろしくお願いします」
アンドリオンはミナを連れて棟を移動した。二人の取り巻きはついてこない。代わりに、侍女が一人、ミナに付き添った。女性の客には侍女の方がよいと思ったのだろう。気配りができる人らしいとミナは思った。
案内されたのは、敷地の中央に立つ塔のある高い建物で、これは領主一族の居城である。
「あの…。どこに行くのでしょうか?」
「心配するな」
アンドリオンは説明しなかった。
すたすたと城の中に入り、二階に上がると、中央の大きな広間に出る。その奥にもう一部屋があり、そこに入っていく。
高い天井。壁際に弦楽器や管楽器が丁寧に並べられている。そして、いくつかの椅子と、譜面台。部屋の中央には、黒く磨かれた木製の卓。
「ここは音楽室ですか?」
「素晴らしいだろう?」
竪琴のような楽器、木琴のような楽器。ギターのように弦をはじく楽器。フルートのような管楽器。いろいろな楽器が並んでいた。
「素晴らしいですね…。でも、なぜここへ?」
ミナは彼が何をしようとしているのか、意味がわからなかった。
彼はバラバラに並べられた椅子の一つに座り、微笑みながら言った。
「私はな、人の育ちを見極めるのに音楽が重要だと思っている。なぜなら、知識は人に聞くこともできるし、本でも学べるが、音楽は実際に楽器がなければ身につかないからだ。つまり、音楽をたしなむかどうかは、その人間の暮らしてきた環境を映し出す鏡だと思っている」
ミナは暴論だと思ったが、それは現代と比べてのことであって、この世界では確かにそうなのかもしれない。教養は貴族のものであり、貴族は音楽を自らの品位のあかしだとしているから、彼の理論も間違いではないだろう。
「ミナ、ここにある楽器の中で、何か演奏できるものがあるかい?」
こ、困った~。ミナが弾けるのは、たった一曲。ピアノで「カノン」が弾けるのみだ。あとは、学校で吹いた笛、ピアニカ。だが、もう忘れてしまったし、そんなものは貴族の証明にならない。
焦って見回したが、部屋の隅で布がかけられた大きな台に目が行く。
おそるおそるそばに行くと、確かにそれはピアノらしかった。さっと布を取る。
(よかった…)
ピアノだ。ミナは椅子に座り、フタを開けると、とりあえず音を確認した。簡単な和音を引いてみる。
(ちゃんと調律してある…)
アンドリオンは足を組んでゆったりと座り、ミナがすることを見ていた。侍女は彼のそばに小さなテーブルを置き、飲み物を用意する。
(とりあえず、少し指慣らしをしたら、弾いてみるか)
和音をアルペジオで何度か弾き、そのままミナが弾ける唯一の曲、「パッヘルベルのカノン」を弾き始めた。子供の頃、家にあったローランドピアノで何度も弾いた曲だ。長い間弾いていなくても、すぐに思い出せる。
音楽室に、なめらかなピアノの音が流れ始めた。
アンドリオンは最初は微笑んでいたが、ミナがメロディーを弾き始めるとまじめな顔になっていく。
(この娘は…)
アンドリオンの頭の中で、大きな驚きと深い確信が生まれていた。
(確かにただ者ではない…。教養は本物か…)
彼にしてみれば、村娘だと思っていたミナがピアノで、アンドリオンが聞いたこともない曲を弾くのだ。それはこの国の歌でも、吟遊詩人が歌う異国の歌でもない。まったく異なる旋律なのだ。それは、神隠しで連れてこられたというロエルの説を受け入れるに十分だった。
(神隠しで来ただと? なぜこの国に現れた? なんのために…)
ミナは何度か繰り返し演奏したが、5分ほど弾いて、やめた。
「いかがでございますか? わたくしの知識の証明になりましたでしょうか」
そして、椅子から立ち上がって、アンドリオンにまっすぐ向き合った。
「わたくしは音楽を学びませんでしたので、見よう見まねでございます。わたくしの好きな曲を一曲だけ覚えただけなのです。これでご容赦くださいませ」
そう言って、一礼した。
「あ、ああ…」
夢から覚めたような表情で、アンドリオンは深い思考から戻ってきた。
「十分だ。もう下がってよい。しばらく待っているがよい」
そう言って、彼は侍女を呼び、ミナを下がらせ、顔をそむけた。
「あの…?」
ミナは問いかけたが、アンドリオンは黙って何かを考えこんだままだ。
その人を拒絶する雰囲気に、「企画書の返事はいつくれるのか?」と聞くことができなかった。
侍女はミナを案内し、またもとの棟にある一室に連れて行った。塔の移動だけでも、結構な時間がかかる。それだけここは広い。
(私はちゃんと、今日中に家に帰れるのかしら?)
そんな心配を胸に、ミナは知らない部屋で一人、アンドリオンを待つのだった。
神隠しでもなんでも理由はいいので、ここの世界から来たのではないということを示しておくと、あとがラクになります…。
さて、やっと権力者と仕事をする段階にやってきました。とはいえ、まだまだミナの全力ではないのですが。ミナがのちに、天才行政官としてこの国で名をはせる、第一歩に近づきます!
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