第21話 カイルの父の後悔
アメリカで働いていたミナは、なぜか異世界に来てしまった。そして、なんとか生活力を身につけようと、野菜買い取り事業をする商会を作った。その事業に出資してもらおうと、領主のところに行ったのだが。つい街で長居をしてしまったミナは、街道を一人で帰ってはいけないと言われたのに、一人で帰ってしまう。すると、魔物に襲われて…。
初めてお読みになる方は、下に用語集があります。
話は少し時間をさかのぼって、その日の午後。
ガルベルトはミナを市場付近で降ろした後、一度馬車で村役場に戻った。しばらくするとドナオンがいたので、ミナはタンブリーで馬車を降りたことを伝えた。
ドナオンはそれを聞いたときには気づかなかったが、少し経ってから、誰もミナと一緒にいないことに気づいた。
ヨーカが慌てる。
「ミナったら、きっと帰りのことを忘れているに違いないわ。あの子、仕事に夢中になるとそういうこと、忘れちゃうのよね」
そんななりゆきで、カイルはミナを迎えに行くことになった。
(まったくあいつは無知だから…)
カイルは薄暗くなる街道を早足で進んでいく。
(もし、街で待っているとしたら…教会かな。いや、迎えが来るとは思わないか。ミナのことだから絶対に一人で帰ろうとする…)
すでに日が落ち、かなり薄暗い。カイルはトーチを起動した。これがあれば、100メートル以内の大きな動物や魔物は察知できる。トーチの魔石はすでにセイルフェンのものと取り替え済みだ。
街道にはもう誰も歩く人はいない。しかし、林の中から動物のうなり声や突然何かが走り出す音が聞こえる。小動物たちが襲われているのだろう。
街道を3分の1ほど進んだところで、トーチに反応があった。かなり大きな魔物だ。
(この大きさと動きは…おそらくマーマギル…)
カイルはこの魔物が一番嫌いだった。やっかいな蛇のような魔物だ。自らを変色させ、林に紛れる。そして、目を見た相手を麻痺させる魔法を放つ。そして、毒を吐きかけ、敵を倒すのだ。そして、倒れた敵を飲み込む。
しかも、毒があるから魔石は取れない。ただ襲われ損になる魔物だ。
「だれか! 助けて~!…」
ミナの声だ!
カイルは全速力で走った。うっかりあれを見たり、ピッターで攻撃したりすれば、毒にやられる。ミナがあれに対処するには、逃げるしかない。
(走れ! ミナ!)
「ミナ!!」
小道を抜けた先に、ミナの待ち望んでいた男が現れた。
「下がれ!」
彼はマントを盾にするように左に構える。そして、右手で剣を持ち、身を下げた。
シャーッという音とともに、毒のしぶきが飛ぶ。それをマントで防ぐと、吹き終わったその瞬間を狙って魔物を下から薙ぎ斬る。
ミナはカイルの後ろから、その魔物が蛇のような魔物であることを見た。その胴がカイルによって斬り飛ばされたが、まだ頭部が毒を吐きそうにぴくぴく動くのを見た。
あれはレイが前に話していた毒を吐く蛇型魔物…!
太さは丸太ほどあり、長さは3メートルほどだ。黒っぽい色をしているので、暗い林の中では見えなかったのだ。
カイルがマントを脱ぎ棄てて、ミナの手を引っ張って、魔物から走って逃げる。
「ミナ、走れ!」
ミナは走ろうとしたが、もう走りすぎて、足がふらついてしまう。カイルに半分抱えられながら魔物から離れ、しばらくすると、カイルはミナを放した。
彼はトーチを見て、周囲に動物も魔物もいないことを確認した。
「何もいない。少しは休めるな」
息を切らして涙目のミナを立たせて、水筒を差し出した。
「ほら、水を飲め」
ミナは黙って水筒を抱えて、水をごくごくと飲んだ。
「カ、カイル…」
グズッと泣きそうになったが、カイルが怖い顔でにらんでいた。
「まだ林を抜けてない。泣くな!」
ビシッと怒られて、ミナはヒクッと引きつりながら歯を食いしばって涙を抑えた。
「ご、ごめんなさい…」
水筒をカイルに返して、また歩き出す。
「ほら、掴まれ」
カイルは左腕を差し出して、ミナは彼の左腕にぎゅっとしがみつきながら、なんとか村まで帰ったのだった。
* * *
カイルはミナを連れて家に戻ったが、玄関には入らず、そのまま裏の納屋に向かう。
気配を感じてヨーカが出て来る。
「カイル、無事? ミナは?」
「ああ、無事だ。アレが出た。毒を浴びたから、二人とも身体を洗ってくる。食事そのあとだ」
「…わかったわ」
安心して、彼女は扉を閉めた。食堂の明かりが窓から漏れている。
カイルは納屋の鍵を開けて、ミナを連れて入っていった。いくつかのランプを付ける。それから囲炉裏に火を入れ、お湯を沸かし始めた。
納屋の中はけっこう広い。そして、いろいろな道具が壁に並び、魔物の素材があちこちに吊り下げられている。
「ミナ、その服、脱げ」
「えっ?!」
「靴も。ほら、そこに布が何枚かあるだろ? 脱いで、それを着てろ。服は消毒するから」
そう言いながら、カイルも皮鎧や服を脱ぎ始めた。
「あ、あの…。下着は脱がなくてもいいよね?」
「ああ」
カイルは腰にバスタオルを巻くように布を巻いた格好で、せっせとお湯を沸かし、それからユーリカ油を持ってくる。
ミナは言われたとおりに服を脱いで下着になった。下着と言っても、現代に比べたら何も恥ずかしくない恰好なのだが。用意された布で身体を包むと膝まで隠れた。
「どうするの?」
「これから消毒だ」
ぬるいお湯を桶に入れて、ユーリカ油を混ぜた。
「ほら、ちょっと来い。ここに座って」
水はけの穴がある土間で、ミナを低い丸椅子に座らせた。
「髪を洗うから、髪をほどいて、頭を下げろ」
「うん…」
言われたとおりにするしかない。頭を差し出して、髪を下ろす。頭からザ~とぬるいお湯を掛けられて、頭をユーリカ油でごしごし洗われた。
「あの魔物の毒は強いんだぞ。そして、あいつはあちこちに毒をばらまく。ミナはあの林を抜けてきたときに、毒を浴びたかもしれないだろ? すぐに洗い流さないと、後で発病するぞ。だんだん手足が溶けるように崩れるんだ」
「こ、こわ~い…」
「まったく。バカすぎる。街で待っていればよかっただろ? アンモダリ教会とかで」
それは思いもつかなかった。カイルが迎えに来てくれるなんて思いもしなかった。
「そっか…。バカだった…」
濡れた髪を布で包み、顔を布で洗い、それからカイルはミナの足を洗い始めた。
「草に毒が残っている場合、足に触れるかもしれないから、足は一番危ないんだぞ」
「ん…」
(この世界の危険性、全然わかっていなかった…)
初めて会ったときはミナの足を見て、少しうろたえていたくせに、今は子供の足を洗うように何も考えずに洗ってくれる。
「カイル、狩りから帰ってくると、いつもこうやってユーリカ油で洗っているんだよね…」
「ああ、毒を家族に持ち込むと大変なことになるんだ。うちは小さいのが4人もいるしな」
「そっか…」
ミナは本当に反省した。知らずに帰っていたら、家族を危険にさらすところだった。
「あの魔物には、ピッター、撃てなかった…」
カイルはミナが残念そうに言うので、にらんだ。
「バカ。もしピッターで頭を攻撃していたら、毒が飛び散って、お前、死んでたぞ」
「えっ、そうなの?!」
「それに、目を見たら麻痺する魔法をかけられる。だから、後ろを見ずに全力で逃げるのが正解なんだ。あいつは左右に動くのは素早いが、前方に走るのは人間より遅い」
「そっか…。じゃ、良かったんだ…」
「魔物に不用意に立ち向かうなよ」
「うん…」
足と髪の毛を布で拭いてくれて、カイルはミナを立たせた。
「この服、消毒しておくからな。もういいから部屋に戻れ。靴は履くなよ」
「うん。わかった。……カイル、本当にありがとう。…そして、ごめんなさい」
ミナは深々と頭を下げた。
カイルはそれを見て、クスッと笑った。
「髪の毛、そうやっていると、ミナは子供に見えるな」
おろした長い黒髪をカイルに見せたのは初めてだった。
「ん…。私って、本当に子供だった…。反省しています」
そう言って、ミナはうつむきながら納屋を出た。
着替えて濡れた髪を布で包んで食堂に戻ると、もうみんな食事が終わっており、ヨーカだけが待っていてくれた。
「ミナ、食事、食べる?」
「うん、カイルが来るまで待ってる」
かなりしおれた声で返事をして、ミナは元気なく椅子に座った。
「カイルに相当怒られたんでしょ?」
ミナは顔を上げた。ちょっと怒られたけど、そんなに感情的に怒られたわけじゃない。
「ん~。いろいろ注意された…。家族に毒を持ち込むなって」
「ふふ。仕方ないわね…」
ヨーカは少しうつむき、深いため息をついて、話し始めた。
「カイルの上にもう一人女の子がいたの。私の妹ね。でも、3歳のときに亡くなった。父さんも冒険者だったのよ。
ある日、父さんが魔物の毒を持ち込んでしまって…。少しの毒でも、子供には大変な毒だった。
それで、それからは父さんも狩りの後には必ず消毒に気を付けたわ。
毒のある魔物を見なくても、草や木に毒が付いているかもしれないからね。
カイルが生まれたのはそのあとね。
うちにユーリカがあるのは、妹が死んでから父さんがせっせと植えたのよ。普通は、この地域では育たないんだけどね。土壌を改良して、やっと育つようになったの」
「そうなんだ…。知らなかった。ユーリカってそういう意味だったのね」
「父さんは5年前に亡くなった。病気だったけどね。カイルは小さいときから父さんに狩りの仕方を習っていたわ。剣を鍛えられたりね。レイはちっとも興味を持たなかったけどね」
「そうか…」
そんな話をしているうちに、カイルが戻ってきた。
彼の髪の毛もまだ濡れていた。
「カイル。迷惑かけてごめんなさい」
ミナはもう一度頭を下げた。
「カイルのマント、弁償するね」
上目遣いでカイルを見ると、カイルはムスッとしたままミナを見ていた。
「ミナは放って置いたら、あっという間に死ぬな」
「冒険者よりよっぽど死ぬ確率が高いわよね」
料理を運んでくれたヨーカも同意して笑った。
「そ、そっか…」
(私、危機意識がなさすぎるんだ……)
こうして、ミナは「一人で街道を歩くな」という意味がやっと身に染みた。
とんでもない目に遭ってしまったミナ。つい仕事に夢中になりすぎて…。
で、領主の息子アンドリオンはミナの案を受け入れるのか?
用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業している。のちのブリア侯行政顧問
カイル … ミナの恋人、諜報員で、元冒険者
ヨーカ … カイルの姉
ガルベルト … エルノー村の村長
ドナオン … カイルの義兄
タンブリー … エルノー村に近い領主の街
トーチ … 索敵の魔法具
レイ … カイルの弟
ピッター … 銃のような魔法具
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