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第20話 領主の息子と恐怖の夜道

トップに立つ人は、決断が速い。

迷っていたら、仕事が進まない。

そんな典型的な経営者脳の貴族、出てきました。


「アンドリオン様、失礼いたします。エルノー村の二人をお連れ致しました」

 案内係はそう言うと、二人を部屋においていった。


 侍従らしき人がやってきて、中に連れて行った。そこには大きなテーブルがあり、3人の男が書類を見ながら座っている。部屋の奥には執務机と椅子がある。


領主の部屋よりも一回り小さく、歴代領主の絵の代わりに風景画がいくつか遠慮がちにかけてあり、壁の真ん中を占めているのは、大きな地図だった。


 3人の男の1人が顔を上げた。

「ああ、わかった。下がって良い」


 そう言うと立ち上がり、訪問者の前に歩いていく。残りの二人の男もそのタイミングで立ち上がり、直立した。


「ガルベルト、役目ご苦労」

「は、アンドリオン様」


 ガルベルトはアンドリオンを当然知っている。なにしろ、彼の上司にあたるからだ。3カ月に一回は村の運営状況について報告に来ている。


「で、こちらがおもしろいお嬢さんかな?」

 アンドリオンはミナを見て興味深そうに言った。


「ミナ・クロエにございます」

 ミナは一礼した。

 彼はミナが見る初めての貴族の若い男だった。ふわりとしたプラチナブロンドの髪を肩まで垂らし、緑の瞳をした22歳の若者だ。鋭い目と鼻筋が美しく、さすがに気品がある。


 紫のモールの縁取りのあるアイボリーの立て襟の上着に細身の紫のリボンを結んだ襟元。

上品な服装だが、ボタンは留めず、動きやすさを重視しているようだ。


 黒い瞳と黒い髪の野性的なカイルとは対照的だとミナは思った。


「こちらに座りたまえ」

 そう言って彼は席に戻り、他の2人も座った。計5人が席に着く。


「ガルベルトの面接の依頼書を読んだが、兵を増やせる提案をしてくれるのだって?」

 アンドリオンは首を傾けてクスッと笑った。

「えっ、こんな村娘が?」

 と男の1人が言う。少し背の高いひょろっとした男だ。


「ロエル、父上がおもしろいと言っているのだから、そんなにバカにしたものではないだろうよ」

「ブリア候は物珍しいものがお好きだから…。いや、もしかするとアンドリオンに…ってことかな?」

と、もう一人の男が言った。少し粗野な風貌だが、強さを感じさせる。


さすがにミナはその意味がわかってカチンときた。

「ラッシェン。失礼だよ」

 アンドリオンはおもしろそうに笑いながら、粗野な男を形だけ叱った。


ミナはその言葉よりも、アンドリオンの「兵を増やせる」という言葉に違和感を覚えたが、そこは無視することにした。人手を農業から他に回せるのは確かだし、この世界では、それは重要なことなのだろう。ミナが考えることではない。


「こちらが企画書になります。ご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 ガルベルトが見守る中、ミナはもう一度企画書の一つ一つの項目を指さしながら、説明をした。


「ふうむ…。だいたい理解したが…。この予算は高すぎる気がするな。内訳をみると荷馬車が一番高いようだが、通常よりも高い金額になっている。これはなぜかな?」


 さすがにアントリオンは荷馬車の相場がわかるようだ。


「はい。こちらは、木箱を積んで走るための専用の荷馬車となります。そのため、少し見積もりを高くしているのです」

「専用の荷馬車? なぜ普通の荷馬車じゃだめなのだ?」


「荷馬車にはできるだけ衝撃を緩和する装置を付け、さらに積み込みやすい構造にします。

そうすると、野菜の傷みが減り、一台で運べる数は2倍になります。

廃棄率を下げ、御者の人件費も下げることができるのです」


「なるほど…。その設計図はあるのかな?」

「はい。今ここにはございませんが、頭の中にございます。すでに荷馬車の職人と相談をしておりますので、可能な設計でございます」


「なぜこの企画書の中にないんだい?」

「それは…、紙が足りませんでした」

「紙が足りない?」


「紙は貴重品です。ですから、わたくしには何枚もの紙を買うのは難しかったのです。許可をいただけたら、その後、荷馬車職人と相談して設計図を書き上げることができます」


「ふむ…」

アンドリオンはあきれたのか、少し顔を上に向けて、値踏みするように見下ろした。


「ロエル。大型の紙を10枚持ってこい」

「はっ」


 ロエルは壁際の戸棚の引き出しから、ミナが使っている紙の4倍の大きさの紙を10枚持ってきた。相当な貴重品だ。


「これを持っていけ。荷馬車がわからなければ、許可も出せぬ。話はそれからだ」

「わ、わかりました。ありがとうございます」

(こ、この人、あなどれない…)

「あ、企画書はおいていけ」


 そう言って、アンドリオンと取り巻き二人は元の仕事に戻っていった。

 ミナはもらった紙をくるくると巻きながら、アンドリオンの素早い対応に舌を巻いた。


 

 城から出ると、ミナはガルベルトに市場に近い場所で馬車を下ろしてもらった。

 せっかくタンブリーに来ているので、そのまま荷馬車の工房に寄るのだ。

 もらった紙の束が傷つかないうちに、これで設計図を書いてもらわなくてはならない。


 市場に来るチャンスに何度か立ち寄り、専用の馬車の構想を考えてもらっていた工房の親方に紙を渡して事情を説明した。


 本来、設計図を書くだけでもかなりの費用が掛かるのだが、領主の嫡男からの依頼であること、高価な紙が提供されたことで、親方は快く設計図を描いてくれることになった。

 これで受注できれば、親方としては文句ないからだ。領主関連の仕事ができれば、工房の箔が付く。


 小一時間、親方と設計に関しての話をして、ミナは工房を出た。設計図が完成するのは半月後だ。

それまではアンドリオンとの話は続けられない。その間にしておくことはなんだろう? 


 ミナは市場周辺の常設店舗をみつけると、そこでの価格を調べるため、店主と客のやり取りを観察したり、店主と話したりして、市場調査をしていた。太陽はすでに南西に傾いている。


「あっ!」

 ミナは大慌てで市場に戻った。市場にはもう露店はなく、すべてが撤収した跡だ。


「どうしよう! 私、村に帰れない?!」


 ミナはすっかり忘れていたのだ。馬車を下ろしてもらったら、後は一人で帰らなければならないが、その算段をしていなかった。


市場に村の誰かがいれば、一緒に帰れると思ったが、もうみんな帰ったあとだ。


(明日は出荷の日だわ。今日、帰らないわけにはいかない)

 ミナは大急ぎで村への街道に向かった。もしかすると、誰かがまだ街道を歩いているかもしれない。


 カイルが言っていた。春になるといろいろな獣や魔物が出やすくなるから、薄暮の時間には気をつけろと。


 走っても走っても、街道には誰もいなかった。歩いて2時間だから、ミナの速度では走ってもそんなに早くは着けない。


(一人で帰ると、カイルに怒られる…)

 そんなことを思いながら、ミナは走った。


(こんなときに限って、パンプスなんて履いてるし! なんて運が悪いのかしら…)

 愚痴っても仕方がない。まだ半分も来ていないと思うのだが、かなり薄暗くなってきていた。


 前に人影が見える。もしかすると、村人? それとも?

 ミナは躊躇した。村人ならばある程度信用できるが、そうでなかったら? 

 村人だって、クルムのようにミナに敵対的な人もいる。

 そんな人だったら? 声をかけるべきか、かけないべきか? 


 少なくとも、前を歩く人がいるならば、動物や魔物が出たときには少し安心できるだろう。後ろだけ注意すればいい。


 ミナは100メートルほどの距離を取りながら、その後ろをついていった。もう走る必要はなかった。

 一応、ピッターを出して構える。いざという時にはこれで逃げなければならない。

しばらく後ろをついて歩いていたが、ミナは自分が大きな間違いを犯したことに気づいた。


(道が違う!)


 この街道は途中で別の村へと続く分かれ道があった。彼らはその分かれ道に入ってしまったのだ。後ろをついていけば大丈夫と思ったために、分かれ道に気づかず、ついてきてしまった。


 ミナは慌てて逆方向に走り出した。大丈夫。そんなに元の道へは離れていないはず。

 とはいえ、どんどん日が暮れる。そのほうが危険だ。


 ミナは林の中に人ひとり分の幅の細い道をみつけた。

 これは林を突っ切って、エルノー村の街道に向かう近道なのだろう。

 思い切ってその道を走り出した。ここを突っ切ったほうが早い。

 薄暮に目は慣れてきたから、今なら走り抜けられる! 


「大丈夫。できる、できる! 無事に抜けられる!」

 走りながら唱える。自分を勇気づけないと怖くてたまらない。

 自分の失敗だ。なんとか乗り越える! 明日の出荷に不在だなんて、そんなことは絶対にできない!


 自分をバカだと怒鳴りたかったが、今はそれどころではなかった。

 林をあと少しで抜け出せるところまで来たとき、後ろからザザ~と音がして、何かが近づいてくるのがミナにもわかった。


「なに?!」

 ぞっとしながら振り向き、ピッターを構える。


 しかし、よく見えない。

 ピッターは対象を目視して攻撃を放つので、目視できなければ撃てないのだ。薄暮の時間にこの林は暗すぎる。木々の影が重なって輪郭が取れない。しかも…動きが早すぎる!


(なんてこと! ピッターが使えない…)


 ミナは攻撃をあきらめてさらに走った。もう少しで林を抜ける。そしたら、もう少し明るくなって目視できるだろう。それしかない。


 後ろで唸り声がして、小動物が悲鳴を上げながら飛び跳ねる様子が音でうかがえる。魔物が動物を襲ったのだろうか。さらにミナに近づいてくる音がする。


――ザザザザ…――


この暗がりではどうにもならない。

(やばい! 本当にやばい! どうしよう…)


 振り返れば躓きかねない。息が切れて、もう走れない。でも、走らなきゃ…。

「だれか…助けて! (…カイル…)」

 かすれた声で思わず叫んだ。

 

だが、出口はまだ見えなかった。だんだんと暗闇が視界に広がって行った。


つい夢中になってしまって、帰る時間を忘れてしまいました。それで、明日の仕事の責任が取れない。

大失敗! 

慌てれば慌てるほど、悪い方向に行ってしまう…。

ミナ、この世界に来て初めての大ピンチ……!!


よかったら、ブックマーク、高評価、お願いいたします。泣いて喜びます!

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