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第19話 村長も驚愕の巨大な投資額

異世界に来てしまったミナ。MBAのキャリアはパーに…。ミナは起業して、農民から一括して野菜を買い取り、商会に運ぶ「定期便事業」を始めた。しかし、品質を保つためには、資金が必要だ。そこで領主様に会うことに…。


ミナ …主人公

ガルベルト …エルノー村の村長

カイル …ミナを助けた冒険者

ヨーカ …カイルの姉

 ゾーラとクリムラに野菜の判別を依頼してから、質の管理は少しできるようにはなったが、完ぺきではない。出荷農家による味の良し悪しや廃棄量の多寡などがまだ不透明だった。


 品質を管理するには、最終の納入先のフィードバックが必要だ。ここで誰の農産物を受け取ったかがわからなければ、品質管理はできない。


(これはトレーサビリティーの問題ね…)


 日本のスーパーなどの野菜売り場では、農家の名前と写真がついた「私がつくりました」と書いてある札を見かけることがある。あれがトレーサビリティーだ。


 一番良いのは、村の木箱から移さないことなのだ。少なくとも、日本の野菜市場だって、段ボールのままで売られる。だから、生産地がわかる。


(でも、それには木箱が大量に必要だわ)


「うう~ん…」

 ミナはうなった。お金がかかる。しかも、これから出荷を増やしたいのだから、木箱はもっと必要になるのだ。


「少なくとも200個…。費用が大変だわ。これ村に言っても無理かもね…」



 翌日、ミナは村役場を訪ねた。帳簿と、木札にまとめた出荷記録を抱えている。今日は村長が出勤する日なのだ。


 村長室では、村長と副村長ジャービスが書類を広げていた。

 ミナが入ると、二人は顔を上げる。


「どうした、ミナさん。ずいぶん真剣な顔だな」

 村長ガルベルトはミナに砕けた話し方をしていた。


「はい。村長にご相談があります」


 ミナは深く一礼してから、帳簿を机の上に置いた。


「今の定期便ですが、品質管理を強化したことで、不良品は減りました。ただ、その分、人手も時間もかかっています。そして……このやり方のままでは、これ以上の拡大は難しいと判断しました」


 ミナは一息おいて、話をつづけた。


「品質管理をしっかりとやるには、木箱がさらに必要なのです」


「木箱か? 今のままでは足りないと?」


「はい、足りません。少なくとも、200箱ほど…」


「うう~ん…」

 村長は椅子に深く腰掛け、顎に指をかけたまま、天井を見上げてしばらく黙っていた。


「……ミナさん。これはもう、村だけで抱える話ではないな。一度…」

 村長はミナを向いて、ゆっくりと言葉を切り出した。


「一度、村の統治者であるアンドリオン様にお会いしに行かないか?」

「え……?」


「資金の話だけではない。村の統治者のアンドリオン様が知らぬまま進めるには、規模が大きくなりすぎているように思う…」


 副村長も頷いた。


「ミナさんは、村の繁栄のこと、未来の取引のやり方などを考えているようだ。これはもう領主の領分だろう。

 私はあくまでもこの村の運営を預かっている役目。実務のレベルだけで考える範囲を超えている。

 少なくとも直接の統治者アンドリオン様にお伝えしたほうがいい」


 ミナは目を丸くした。

「アンドリオン様? そのかたはどちらにいらっしゃるのですか?」


「タンブリーだ。領主様のご長男でいらっしゃるから、領主様のお城にお住まいだ。タンブリー周辺の12の村の所有者であるアンドリオン様に正式にお話を通すべき段階だろうな」


 ミナは自分の胸の鼓動を感じていた。興奮が少しずつ現実となる。

「私が貴族にお会いする? ま、まさかそんなこと…」

 

 何かの間違いではないか?


 そう思う一方で、

(そうよ。そこに話をしないと埒が明かない)

 …と思う自分もいるのだ。


「ぜひ、一度お会いしたいです」


 ミナは自分の言葉に自分で驚いていた。最初にアンドリオン様の名を聞いた時には、会うのは無理と即却下したのに。


(でも…、領主の息子ならまだ若そうだし、なんとかなるかな?) 


 村長は、穏やかに笑った。

「では、私から取り次ごう。準備はいいな、ミナさん」


 ミナは、はっきりとうなずいた。

「はい。隙のない企画書を持参いたします!」



 その1週間後、城へ向かう馬車の中で、ミナは背筋を伸ばして座っていた。

 カイルが買ってくれた淡いオレンジ色のドレス。その上に、ヨーカが仕立ててくれた紺色の上着を羽織っている。


(うん……悪くない)

 派手すぎない。貧しすぎない。「商人」であり、「村の代表」でもある服装だ。

 

 村長ガルベルトと一緒に馬車に乗っている。馬車の中で、何度も何度も企画書を見直す。数字の間違いはないか、見通しは甘くないか。


 ガルベルトは向かいに座り、いつもより少し背筋を正していた。


 さすがに緊張しているのだろう。村長にとっては領主の息子は上司なのだが、気軽に会える相手ではない。しかも、報告ではなく投資のお願いだ。


「ミナさん」

 村長が、低い声で言った。


「アンドリオン様はまだお若いですが、かなり有能な方です。話の筋が通っていれば、きちんと耳を傾けてくださるお方です」


「はい」

 生まれて初めて、この世界の絶対的な権力者に会う。


 それがいったいどういうことなのか、ミナにはまだわからなかった。

 


 馬車は市場を通り過ぎ、タンブリーの北側へと進む。

 大きなお屋敷が並ぶ通りをしばらく走った後、馬車が止まり、重い鉄の門がゆっくりと開く。


 ここがブリア候カリディオン・ローガンの居城で、近くで見ると想像以上に大きかった。


 威圧感というより、積み上げてきた時間の重みを感じさせる建物だ。正面の3階建ての建物は、馬車が通り抜けられるように中央部がアーチ形になっており、そこを潜り抜けると、練兵もできる広い広場があり、その先にいくつかの建物が左右半円形に並び、その中央部には高い塔のある城がある。


(すっご~い。村とは全然違う…)


 城のほうではなく、半円形に並ぶ建物の一つの前で、馬車を降りた。


 すると、案内役が現れ、二人に告げた。

「アンドリオン様はまだご不在です。その前に、領主様がお会いするとのことでございます」


(えっ…)

 二人は顔を見合わせる。ガルベルトでさえ領主様に会う機会はほとんどない。二人とも冷や汗をかき始めた。


 そこから、案内役に導かれ、二人は広い廊下を進む。


「領主様は執務室でお待ちです」


 板敷の床を進むと、途中から大理石貼りになり、ミナの靴音がやけに大きく響く。村娘にはあるまじき音だ。ミナは少し恥ずかしかったが、二階に上がると絨毯が敷かれており、ミナは安心した。


 案内役は二階の突き当りの部屋に二人を通した。扉の前の衛兵が扉を開け、室内にいた侍従が後を引き継ぐ。


 そこは100平米くらいの大きさで、正面には領地の紋章が描かれた大きなタペストリー、左右の壁には歴代領主の肖像画が並んでいる。それだけでもかなり重厚な雰囲気だ。


 農民の娘が来るような場所ではないだろう。


入り口に近いところにソファーが二つと長椅子、テーブルがあった。奥には重厚な机と椅子があり、その椅子に風格のある男が座っている。


 派手な装いではないが、地位の高さが感じられる織りの良い布と、ジャボと呼ばれるヒラヒラの二段フリルの襟元、その中央には金細工で縁取られた大きな赤い宝石が輝いている。


 年のころは50代で、ミナの両親と同じくらいだろう。赤みを帯びたたくさんの巻き毛が細い金の輪で抑えられている。顎髭が顔の輪郭を縁取る。


「領主様、エルノー村の行政官を務めております、ガルベルトにございます」


 村長が片膝を折り曲げ、右腕を胸に置き、深く頭を下げる。


「こちらは、今回の定期便事業を立ち上げたエルノー村のミナ・クロエでございます」


 ミナもスカートの端を持ち上げて、一礼した。


「ミナ・クロエでございます。お目にかかれて光栄でございます、領主様」


 自分の声は、思ったより落ち着いていた。胸の鼓動は速いが、逃げてはいない。


「おもてをあげよ」

 ミナが顔を上げてすっと立つ。領主は、ミナをじっと見た。服装、姿勢、目線――すべてを測るように。


「……ほう、若いな」

 それが、最初の言葉だった。


「はい」

 ミナは照れ笑いのように小さく笑った。この若さはチートなので、言い訳をしたいのだが、やめておいた。そして、ミナは言葉を続けた。


「ですが、村のために役に立ちたいと思っております。すでに、村と街を結ぶ定期便は稼働しております。今日はそれを発展させるためにご相談をさせていただきたく…」


 領主の眉が大きく動き、机に右ひじをつき、顎を右手のこぶしに載せてミナをもう一度よく眺めた。


「ほう」

 そして、にやりと笑った。


 何かおかしなことを言っただろうか。ミナが言葉を止めて待っていると、

「村娘とは思えぬ堂々とした態度であるな。これは驚いた」

 と領主はおもしろそうに頷いた。


「は。恐れながら、ミナは生まれながらの商人かと思うほど、商いの知識がございます」

 ガルベルトが冷や汗をかきながら、口をはさんだ。


「ほう。なにやらエルノー村でおもしろいことを始めたという報告を得ておる。私も興味があるので、それを聞かせてもらいたい」


 領主は2人に長椅子に座るように言い、自らもソファーに座った。


「話すがよい」

「はい。ありがとうございます」


袋から数枚の紙を取り出した。

「こちらが企画書にございます」


「企画書?」

「はい。定期便事業計画の案でございます」


 ミナはそれらを並べた。

「まず、この案の目的をお話しいたします。現状では、農家が直接市場に出向いてそれぞれが個別に農産物を販売しております。


 村の8割の農家は市場で販売しています。市場は天候に左右されますので、廃棄量も多くなります。


 また、タンブリーの街の発展に伴い、若者は村を離れていく傾向がございます。それで、村は今、人手不足となっております。つまり、人手も農産物も無駄の多い構造になっているのでございます」


 領主は少し目を見開いた。


「わたくしの考えておりますのは、人手を効率よく回し、農産物の廃棄量を減らし、さらに、村人に競争原理を持ち込んで、農産物の量と品質を高めるということにございます」


「なんと。人手と農産物を効率よくまわすとな? 競争原理? すると、農産物の量が増えると申すか」


「はい。現在、バラバラに市場に運ぶ労力を減らせば、その仕事から解放された者が畑で働けますし、他の仕事につくこともできます。


 農産物を一括で買い取ることで村全体の農産物の品質管理ができますし、出来具合を競わせて、より良い品質のものには高い値で買い取ることができれば、農家は農業に力を入れるでしょう。


 その結果、収穫量も増えます」


「ふむ…」

 領主はあごひげを撫でながら、遠くを見て考えているようだった。


「そして、この仕組みがいったん出来上がれば、領地全体にこの仕組みを採り入れることができます。すると、領地全体の農業の効率がよくなり、その分、収穫量が上がるでしょう。


 それは税収を上げます。領主様にとっても利益になると思われます」


「領地全体にこの仕組みを採り入れたいと…?」


「はい。わたくしの頭の中には、そのような絵がございます。しかしながら、わたくし一人では微力でして、行き詰まっております。最初の大きな投資が必要なのでございます」


「すでに定期便がまわっておるのであろう? なんの投資が必要なのだ?」


「はい。競争原理のかなめは品質管理です。品質管理は長期にわたる作業です。


すぐには結果が出ませんが、収穫量を上げるためには必要な作業です。

 品質を管理することで、農業の意味は変わるでしょう。


 ただ食べ物を作ればいいわけではなく、おいしいもの、丈夫なものを作った農家が正当に評価される仕組みがあれば、みな頑張るでしょう。


 そのためには評価する仕組みが必要です。そこで、領主様、アンドリオン様のお力をお借りしたいのでございます」


 ミナはテーブルに広げた紙の1枚を指さした。


「今必要なのは、大量の木箱です。これを顧客と農家の両方に貸し出します。これができれば、品質管理が可能となります。

 ただ、木箱を損傷されたりなくされたりしないようにするために、領主様のお名前をお借りしたいのです。領主様のお墨付きの事業であれば、おいそれと木箱をなくしたりしないでしょう」


「なるほど。これはおもしろい」


「必要な投資額はおよそ1万1000ポル。これは、専用の荷馬車一台と、木箱400個、専用の職員二人を雇う費用です。専用の馬車は農産物の傷みを減らすために必要です。そして、試算ですと12か月後から黒字になる予定です」


「な、なんと…」


 声を上げたのはガルベルトだった。とんでもない金額を言い出したと思ったのだろう。


「ふむ…」

 領主は特に驚きもせず、企画書を見ていた。そして、1枚を手に取ってよく見る。


「この書類はよく書けておるな。文字もうまいし、計算もできておる。なかなか賢いとみえる」

「恐れ入ります」


 ミナはほっとした。一応、伝えるべきことは伝えた。あとは企画書をよく読めば、試算の根拠がわかるはずだ。


「さて、農産物の収穫量や品質が上がると、どんな良いことがあるかな?」

領主はソファーに深く座り直し、ミナを見つめながら聞いた。


「はい。さきほど、税収が上がると申し上げました。

 農業は国の根幹でございます。どんなに人が生まれようが、食べ物なくしては育ちません。


 農業の効率が良ければ、1万人でしていたことを7000人でできるようになるでしょう。

 残りの3000人は別の仕事をすることができます。


 治安を守る者やモノの流れにかかわる者は国の安全や発展のためには必要なものですが、それ自体は何も生産しません。


 農業が発達してこそ、それらに従事する者を養え、国の安全、国の便利さが生まれます。つまり、新しい産業が生まれる余地になるのです」


「ふむ。なかなかの慧眼であるな」


 領主はニヤリとして、満足したようにあごひげを撫でた。

「まあ、よかろう」


 そう言うと、領主は指を動かし、そばに控えていた侍従を呼んで何かを言いつけた。それから案内係を部屋に入れ、ミナとガルベルトを別の部屋に案内するように言いつけた。


「なかなかおもしろい話であった。下がるがよい。そろそろアンドリオンも戻っておるだろう」

そう言って、領主は机に戻り、ミナとガルベルトは部屋から出た。


「では、こちらにお越しください」

 そう言って、案内係は建物を出て、2人を別の棟に案内していく。


 ミナはガルベルトに近づいて、こそこそと話した。


「領主様がわざわざお話を聞いてくださったということは、この話を気に入ってくださっているということですよね?」

「はあ、そのようだな」


 ガルベルトは喜ぶ余裕がない。自分の予想を超えた大きな金額を聞いて、冷や汗をかいている。

「ミナさんのその度胸…いったいどこから来るんだい…?」


 普通の村娘が考えたこともないような大きな金額を領主に提示できるという度胸が、ガルベルトには理解できなかった。


 大きすぎる金額は危険だ。


(とんでもないことにならなければ良いが…)

ガルベルトにとって、そう祈るのが精いっぱいだった。


これは、ひとりの女性が経済の知恵で国を侵略から守るという壮大なお話です。長い話となりますが、ぜひお付き合いください。


次回は、ミナの良い上司?となる(かもしれない)時期領主アンドリオンとの出会いです。


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