第2話 エルノー村のカイルの家
やっと、住む場所をみつけました…。
こんな、何もないところに来たら、脳がバグります。アメリカのシリコンバレーから、中世へ…。
最初は遠慮がちなミナですが、……実は気がかなり強いです。まだネコかぶっています。
ミナはカイルの服装を観察した。
カイルは飾り気のない服装をしていた。厚手の生成りのシャツの上に、濃い茶色の革の胴着を着込み、腰には幅広の革帯を巻いている。胴着は何度も修繕された跡があり、左脇の縫い目は色の違う糸で補強されていた。
脚には濃紺のズボンを履き、膝から下は革のブーツで覆われている。それも履きならしているようで、あちこちが擦り切れている。
どこをどう見ても…コスプレとはかけ離れていた。
かなり歩いたのに、いつまで経っても目が覚めない。
もう異世界だと思うしかなかった。
カイルにとって、ミナはなにもかも初めて見るものだった。つやつやした布の、足丸出しの服装も驚きだが、カイルの目には、ミナは村では見たことがないほど美しく映った。
村娘には見たこともない、目の周りの化粧。緑の宝石のピアス、頭の後ろにつけている豪華な髪飾り、さらには右の薬指にきらめく石のついた金の指輪。
まるで貴族のようだが、貴族というには現実感がない。
(いったい何者なんだろう? 本当に……人間? もしかして、人間じゃない?)
そこからして疑問だった。
背の高い草むらに埋もれて倒れているのを手を掴んで起こしたとき、草原から浮きあがって生まれたようだった。まるで、不確実なイメージだったものが手を握ったときに現実化したようだ。
(妖精?…)
そんな言葉がふと浮かんだ。
普通の人間ではないのは確かだと思った。それが不安な気持ちにさせるが、なんとなく、ミナのことはていねいに扱わなければという気にさせられるのだ。
「あの…」
「ん?」
カイルが横を向く。
「ここ…どこ?」
「ここはエルノー村のそば」
「エルノー村……ってどこ?」
「……タンブリーの近く」
「タ、タンブリー……? タンブリーって……?」
「………ブリアの一番大きな街」
会話がまったくなりたたない。
何を聞いてもわからない。知らない地名だけが返ってくる。
「あの…」
「ん?」
「私、どこから来たのかわからないの…」
「え?」
「…で、どこに行けばいいかもわからないの…」
「え?」
「……どうしたら……いいかな?……」
カイルはしばらく黙っていた。どう答えていいかわからないのだろう。それはミナも同じなので、二人でしばらく黙っていた。
「草原の前はどこにいたんだ?」
カイルはやっと、次の言葉を思いついた。
「……あの……私の国。こことはまったく違う世界。立ち眩みがして、目の前がまっくらになって、…窓から落ちたのかと思ったら、いつの間にかあの草原にいたの」
「ふうん………」
カイルは意味不明だと思っているのだろう。しかし、ミナも意味不明なのだから、これ以上説明できない。
カイルはまたしばらく黙っていた。
そして、何かを思い出したようにしゃべりだす。
「魔法でさ、転移っていうのを聞いたことがあるな。使える魔法使いはいないって言うけど……」
「てんい?」
「遠い場所から一瞬で移動するやつ。……たぶん、それかもな」
カイルは自分で納得したようだった。
そして、またしばらく黙る。
「あの…今、夏かな?」
「ああ、夏の終わりだ。暑いだろ?」
「う、うん…。暑い」
そう言って、マントを脱ごうとすると、カイルは慌てた。
「だめだ! 足を見せるな」
「えっ? 足、見せちゃ、ダメなの?」
「……」
カイルは黙って眉をしかめた。
「ダメだ。そろそろ人里だから、絶対に足を見せるなよ」
「え………」
自分が足を見せてはいけない人魚のような、人間ではない者のように感じた。
確かに、遠くに屋根が見えてきた。暑いけどしかたなく、マントを足が隠れるほど巻き付けた。
「行くところがないんだったら…とりあえず、うちに来るか?」
「うち?……」
どんな家なんだろうと思った。一戸建て? アパート?
「あんたが遠くから来たってことはわかる。そんな服、見たことないもんな」
とカイルは言った。
「どうせ帰れないだろ? しばらくうちにいてもいいぞ」
「う、うん。…そうさせてください」
ミナはどんなうちなんだろうと考える余裕がないことに気づいた。選べる立場ではない。冷暖房完備なんて、絶対無理だと思った。
「うちは農家なんだ。13人で暮らしてる。だから、1人くらい増えてもかまわないと思う。部屋、空いてるしな」
カイルはミナが心配していることを推測したのか、独り暮らしではないことを強調した。
「ほんと? よかった…。助かります…ありがとう……」
ミナの顔にやっと笑顔が浮かんだ。
ミナは、これは救いの手だと思った。
いったい誰が自分をこんな場所に転生させたのか知らないが、森に置き去りにされてはすぐに死ぬのだから、ある程度の生活の世話はしてほしいものだ。
カイルはその何者かが用意した救いの手なのかもしれなかった。
さっきの怪物はガークと呼ばれる魔物で、若い個体だということだ。ゴリラと人間の間のような生き物で、魔物と言っても、若い個体が魔法を撃つことはほとんどない。
あの草原には魔物が出ることはほとんどなく、迷い込んだのだろうということだった。
ミナは話半分に聞いていた。
(魔物って本当にいるのかな…)その程度の認識だ。
まだ本当にここが異世界なのか夢なのか、よくわからないのだ。
森を抜けると、家々が見えてきて、やっとカイルの住むエルノー村にたどり着いた。
エルノー村は人口2000人足らずで、人口10万人の城塞都市タンブリーの近くにあるとのことだった。
ミナはパンプスで舗装されていない道を一時間以上歩いたのは初めてで、かなり疲れてしまった。
着いたのはエルノー村の裏手で、できるだけ人の通らない道をカイルは選んでいた。
ミナは家々を観察する。
村の建物はほとんどが木造で、一部にレンガが使われていた。ガラスらしき半透明の小さな板が何枚かはめ込まれている窓も一部にはあるが、ほとんどの窓にはガラスがなかった。
村には何人かの大人と子供たちの姿があった。ミナはその服装を観察していた。
確かに、カイルと同じようなコスプレ…いや、服だった。ボタンが首元に一つのシャツに、皮のベスト、頑丈そうな布の吊りズボン。
女性は裾の長い無地のスカートに少し柄の入った生地のゆったり目のブラウス、それに肩掛けをしている。
子供たちはくすんだ色合いの地味な布でのワンピースで、かぶったり紐で閉じたりする、簡単な服だった。なるほど、それらはひざ丈のスカートで、確かにミナのスカートは子供の服に見えただろう。
(やっぱり、本当に異世界…かな……)
現実を受け入れざるを得なかった。
一軒の家の、庭の囲いの前にたどり着いた。
「あ、カイル! お帰りなさい! 早かったね!」
8歳くらいの女の子が洗濯物を竿から降ろしながら、カイルに笑顔を向けた。女の子の服は他の子よりもおしゃれで、柄物の生地を使い、左右の腰にリボンがついていた。服を見ると、その家の豊かさがある程度わかる。
女の子の周りには、4,5歳の男の子が二人で遊んでいた。
「ああ、スージャ。ただいま」
「カイル、お客さん?」
「ああ」
カイルは簡単な返事しかしない。スージャはきょとんとした表情でミナを観察していた。
「ただいま~」
カイルはドアを開けて、家の中に声をかけた。ミナを連れてきたので、誰かに出て来てほしいのだが、誰もいない。二人は中には入らずに、玄関で待っている。
そこへスージャが洗濯物を抱えて後ろから入ってきて、奥の方に入っていった。小さな男の子たちも、それぞれに洗濯ものを持ってスージャに続く。
「母さん、カイルがお客さんを連れて帰ったよ」
奥の方でスージャの声がした。ミナが想像するよりも、この家は大きいらしい。出てきたのは、カイルよりも少し年上の女性だった。
「カイル、お帰り。どなたなの?」
カイルはミナのマントを外して、背中を押して中に入れた。
女はミナを見て一瞬息をのむ。
「ヨーカ、この子を頼む。俺は納屋にまわるから。身体を洗ったら、すぐに戻るよ」
そう言って、カイルは中に入らず、外を歩いて行った。カイルがヨーカと呼んだ女は唖然としたまま、ミナを上から下まで見ていたが、ハッとして、やっと動き出した。
「さ、とにかく中に入りなさいな」
ヨーカはミナを家の中に引き入れた。
ミナは家の中を見回した。扉からすぐのその部屋は、かなり大きな食堂だ。大きなテーブルが中心に置かれ、椅子がたくさん並んでいる。窓際にはベンチがある。柱には大きな時計もあった。
「ちょっとここに座っていてね」
ヨーカはミナに椅子を勧めた。
「あ、あの…」
ミナは話しかけようとしたが、ヨーカは慌てたように遮った。
「ちょっ、ちょっと待っててね!」
そう言うと、ささっと食堂を出て、ドタバタとどこかに行った。
(あの人、カイルの奥さんかな?…)
ミナにはよくわからなかったが、仕方がないので、周りを見回した。
(カイルもどこかへ行っちゃうし…)
椅子には手作りの毛糸の敷物が座布団代わりに敷かれ、それが部屋にカラフルな色を添えていた。天井からはドライフラワーがあちこちに下げてある。
ドライフラワーの香りなのか、かすかにミントのような香りがする。
窓には全部ガラスがはめられ、この村の中ではきっと裕福な家なのだろう。
しばらく、誰もいない広い食堂で一人だ。昔、親のお出かけにおいて行かれたときの寂しさを思い出して、不安になった。
ヨーカはすぐに戻ってきた。手に何かの薄い布を持っている。
「これ、上から腰に巻いて」
それは巻きスカートのようなものだった。ミナは、自分のスカートの短さをヨーカが気にしているのだとわかった。素直にその巻きスカートを上から巻き付ける。
「もうすぐカイルが戻ってくるから、ちょっと待っていてね。お茶、用意するわね」
そう言って、ヨーカはまたどこかに行った。
(はぁ…)
ヨーカはすぐに戻ってきて、薄いお茶をくれた。ほうじ茶のような味だ。そして、そばに座る。
なんと声をかけていいかわからない、と言った哀れみの表情だ。
ミナは、自分のことを何かひどい目に遭った娘だとヨーカは思っているらしいと気づいた。
(スカートが短いし、とんでもない目に遭ったと思っているのかも。いや、とんでもない目に遭ったけど…)
しかし、すぐにヨーカはまったく別の表情になって、ミナに顔を近づけ、ミナの若草色のスーツを見つめ始めた。
「これ、すごく良い生地ね。なにかしら? 絹?」
それは艶がある生地なので、この世界では珍しかったのだろう。ただの化繊なのだが。
「それに、きれいな色。貴族しか着ないわ、こんな色…。なにこれ? きれいなボタン。花の絵が彫り込んである。金属?…」
ヨーカはミナの顔よりも、服を観察していた。すごく興味を持ったようだった。
そこへカイルがやっと戻ってきた。ミナの隣にドサリと座った。もう皮鎧をつけておらず、着替えたのか、袖を巻き上げたシンプルな生成りのシャツだ。肩に届く黒い髪の毛は濡れており、ミントの香りがする。
「カイル、訓練に行ったんじゃないの?」
「いや、途中で魔物に出会ってさ…。ガークだから大したことないけど、念のため」
そんな話をしていた。
「ヨーカ。この子はミナって言うんだ。森でみつけたんだ。なんか、神隠しにあった貴族の娘みたいなんだ。…たぶん」
カイルがいい加減なことを言った。
ヨーカは目を見開いて、ミナを眺めた。ヨーカが思ったような体験はしなかったようだが、どちらにしても悲劇だろう。
「突然ここに来たから、どこに帰ったらいいかわからないんだってさ。…でさ、ミナをしばらく泊めたいんだけど、いいかな?」
カイルが言ってくれて、ミナはホッとした。
「え? ああ、ごめんなさい。カイルが言うなら、いいわよ。部屋はあるし…」
うっかりすると心ここにあらずになってしまう思いを引き戻し、ヨーカは現実的になった。
「あ、あの…。すみませんが、よろしくお願いします。私、行くところがないもので…。私ができることは働かせていただきます」
そう言って、ミナは頭を下げた。
「あ、いいのよ。大丈夫よ。わかったわ。家事でもしてもらえるなら助かるし、しばらく泊まってもいいわよ」
ヨーカはミナに同情をしていた。
こんな貴族の娘が家事なんてできるのか…とけなげに思っていた。
ヨーカはミナを連れて、家の奥へと向かった。この家は玄関と食堂を中心に、コの字になっており、中庭を囲むように居室が並んでいた。さらに奥には畑が広がり、納屋や馬小屋があるようだ。
「昔は20人もいたんだけどね。今は13人しか住んでいないから、部屋がいくつか余っているわ。…ここを使ってちょうだい」
ヨーカはにっこりして言った。
ミナはいろいろ聞きたいことがあったが、あまりにも疲れていたので、とりあえず黙ってニッコリしておいた。
ヨーカはリネン類と自分の服を持ってきて、ミナがそれに着替えるように勧めた。
「食事の時間になったら、呼びに来るわね」
そう言ってヨーカはドアを閉めて出て行った。
この部屋には窓にガラスはなかった。使われていない部屋には取りつけないのだろう。
ミナは部屋の壁に掛けられた小さな鏡をみつけ、自分の顔を覗いた。鏡はくすんでいて、ゆがみもあったが、驚いたことにミナは10歳若返っているように見えた。
(私、28歳だったんだけど…。どう見ても、高校生の頃の顔に戻ってる…)
それも驚きだったが、自分の髪の毛にも驚いた。ヨーカが悲劇を想像するのも無理はない。
怪物と戦ったせいか、巻き上げていた髪は半分崩れて、まるで山姥のようだった。髪の毛と顔のアンバランスがひどい。スカートは指摘したくせに、髪の乱れを指摘しなかったカイルにもあきれた。
髪の毛を指櫛で整えながら、改めて自分がいくつかのアクセサリーをつけていることに気づいた。これは、この家に泊めてもらうお礼になりそうだった。他に財産などないのだから…。指輪もピアスも、ミナが3年間の仕事で得た給料を奮発して自分の誕生日に買ったものだった。髪飾りは普通のアクセサリーだけど。
少なくとも自分が無一文ではないことに気づき、ミナはかなり安心した。安心したら、眠くなってしまった。
ミナは身体をかなり揺すられて、眠りから起こされた。髪の毛を梳かして服を着替えたら、そのままベッドに寝てしまったのだった。疲れ切っていたのだ。
「お姉ちゃん、起きて。もうご飯ができているよ」
起こしてくれたのはスージャだった。髪の毛をまとめて巻き込んで整えると、スージャに連れられて食堂に行く。
驚いたのは、そこに13人全員が集まっていたことだ。そのにぎやかさはまるでランチタイムの学生食堂のようだった。
スージャと一緒にいた男の子たちが二人と、赤ちゃんが二人ほどいた。
ヨーカがミナを簡単に紹介し、ヨーカとカイルの間に座らせた。この13人はみんな家族なのだろうが…。
「いらっしゃい」
「遠慮なくね」
といくつか声を掛けられたが、それだけだった。みんな、あまりミナに関心を持たなかった。こういう一時的な客はよくあることなのかもしれない。
それとも、ヨーカがあまり追及求しないでと言ったのかもしれない。それよりも、料理や子供たちの騒ぎのほうに気が取られているように見えた。
黙ってカイルのほうを向くと、カイルが察したように、いろいろと説明をしてくれた。
話しながら、料理を大皿から取り分けて、ミナの皿においてくれる。
カイルが意外にも気が利いて優しいので、ミナはすごく安心した。
カイルの話すところによると、ヨーカはカイルの8歳上の姉だということだ。
少し年配の女性二人は、カイルの母と叔母だ。姉ヨーカの一家が5人、叔母の息子の一家が4人、そしてカイルの弟。合わせて13人。
大きなテーブルの反対側に座っている若い男性がカイルの3歳年下の弟レイ、17歳だ。寡黙なカイルと違って、レイは甥にあたる小さな男の子たちとしゃべりながら楽しそうに食事をしていた。
どこの村でも大家族は当たり前だそうだ。ほとんどが農家であるために、集団で暮らす方がラクだからだ。どこの家にも15人前後の人が住んでいると言っていた。独り者も、どこかの家に間借りして暮らすので、村には大きな家ばかりなのだ。
「うるさくてびっくりするだろ?」
カイルは少し笑った。ミナのことを貴族か妖精の何かだと思っているので、貴族の家ではこんなうるさい食事風景はないだろうと思ったのだ。
「ううん。大学の学生食堂みたい」
と、ミナはクスッと笑いながら言った。
「大学…」
カイルはその言葉の意味を味わうように言った。
一方、ミナはその言葉を口に出したとたん、少し悲しくなった。そして、うつむいてしまった。
(もうあの世界には帰れない。途中で仕事を投げ出してしまうなんて…。ああ、あの企画書…、誰か引き継いでくれただろうか…。私のキャリアが…。頑張ったのに…)
そんなことを考えていると、カイルが心配そうにミナの顔をのぞき込んだ。
「ミナ、疲れたなら、食事を部屋で食べるか?」
ミナはハッとして、顔を上げた。カイルの気配りに少し驚いた。冒険者をやっているような男がこんな気配りをしてくれるとは思わなかった。
「あ、ごめん。ちょっと前の暮らしを思い出しただけ。ありがとう。カイルは優しいのね」
思わず「カイルは優しい」と言葉にしていた。
カイルは少し照れたのか、下を向いて「ならいい…」とだけ言った。
(前って、たった半日前のことなのに。なんだかずっと遠い世界みたい…)
ミナは自分の意識があの世界から遠ざかってしまっていることに驚いていた。
おなかが満たされてくると、だんだんと現実が見えて来る。
これは夢じゃないんだ…。
見知らぬ人たち。
見慣れない世界。
すべて無駄になったキャリア。
………
ミナは途方に暮れていた。
まだまだ、やっと異世界について、住む家がみつかったところ。
窓にガラスを入れることさえ、普通じゃない…。
現代は単身住まいが多いけど、昔は大家族で暮らしてた。
そこには、いろいろな助け合いがあったんです。
次回は、やっとこの世界の経済に出会うところ。市場のシーンです。
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