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第18話 トレーサビリティーの問題発覚

クルムの八つ当たりをミナが一喝! ビシビシ!のミナ…

 しかし、先に動いたのはミナだった。


 ミナは素早く動いて、倒れたクルムピッターを向けた。

 一瞬、森の音が止まったように感じられた。クルムの表情が凍り付く。


「これ、武器だってわかるわよね? 私だって自分の身を守れるわ。きっとあなたのお兄さんも自分の身を自分で守ろうとしたでしょうよ」


 クルムは倒れたまま、目を見開いた。ミナが何を言おうとしているのか、わからなかった。


「いい? 自分の身を守るのは自分なの。全力で自分を守るのよ。それに失敗したら死ぬだけよ。それが嫌なら冒険者なんかやめればいい。自分で危険に飛び込んだんだから、それくらいの責任を持つことよ」


 クルムは驚いた顔で固まった。


「あなたはカイルが憎いんじゃない。ふがいない自分が憎いんでしょ。カイルをねたんでいるだけでしょ。その悔しさを人にぶつける暇があったら、訓練すればいい。未来が見えたって、それが死ぬ未来ばかりじゃ意味がない。生きる未来をつくるには結局は実力なのよ」


 クルムは両肘を立てて少し身体を起こし、無言でミナをにらんだ。ミナもにらみ返す。

「自分だけお兄さんの死を悼んでいるフリをして、カイルに怒りをぶつけるのはやめてちょうだい。彼があなたのお兄さんの死を悼んでいないとでも思うの?」


 ミナはそこまで言って、ピッターを下げた。


「あなたはただのわがままな子供よ。実力がないくせに、カイルと同じものが欲しいだけでしょ。そんな子供じゃ、お母さんが悲しむ。お兄さんの代わりになってお母さんを喜ばせるくらい、成長することね!」


 そう言いながら、数歩歩き、カイルの腕をつかんで引っ張るように歩き出す。倒れたクルムの横を何もなかったかのように通った。


 クルムばかりか、カイルもあっけに取られていて、台車ごとミナにずるずると引きずられるように歩く。

 クルムは立ち上がりもせず、呆然として二人の姿を見送った。


 カイルはしばらく黙って歩いていたが、家が近づくと「ふふっ」と笑った。


「なに?」

 ミナが振り向く。

「いや…。なんか、俺も説教されたみたいだった…」

「そう?」

「で、……ミナに守られたみたいだった」


 そう言って彼はまた笑った。


                    * * *


 ゾーラとクリムラに野菜の判別を依頼してから、質の管理は少しできるようにはなったが、完ぺきではない。出荷農家による味の良し悪しや廃棄量の多寡などがまだ不透明だった。


 以前、ドナオンが言っていたように、野菜の味には違いがあり、それらが同じに扱われるという問題を解決する必要があった。でなければ、農家が積極的に参加しようと思わないだろう。


「うちの野菜を、あそこの野菜と同じに扱われるのは嫌だ」

 そう言いだす農家が出るから、今まで結局この事業は進まなかったのだ。


 逆に、同じ値段で買ってもらえるなら、品質が悪くてもいいと考えて手抜きをする農家が出て来るかもしれない。ミナがいた元の社会では社会主義国家が陥った問題だ。村全体の品質が落ちては元も子もない。


 だから、品質による価格設定は必要なことだろう。それがあれば、農家は品質を上げるために努力する。


 プライク商会では、毎回運ばれる20箱の野菜を5か所に卸していた。ミナたちが運んだ木箱からプライク商会の倉庫の大きな箱に移され、そこから各顧客に運ばれる。

 つまり、誰の農産物かわかるのは、荷馬車の中までなのだ。


 ある日、ミナはプライク商会の倉庫からさらに運ばれて行く野菜に、ついていくことにした。そこでわかったのは、顧客はさらに、プライク商会の大型木箱から自分の食糧庫に移すということだ。それは野菜にとっては傷む原因となる。


 品質を管理するには、最終の納入先のフィードバックが必要だ。ここで誰の農産物を受け取ったかがわからなければ、品質管理はできない。


(これはトレーサビリティーの問題ね…)


 日本のスーパーなどの野菜売り場では、農家の名前と写真がついた「私がつくりました」と書いてある札を見かけることがある。あれがトレーサビリティーだ。


 ミナが大学を卒業するころには、ブロックチェーンを使ったトレーサビリティーが盛んで、野菜のそばにあるQRコードを見ると、海外からの商品もどのようにここにたどり着いたかがわかるようなシステムができあがっていた。消費者はどこで獲れたものがどこでどう加工されたかを見ることができ、安心して商品を選べる。


「はあ…。あんなのは無理としても、うちの村の商品がどこで食べられているかくらいは、知らなきゃね」


 一番良いのは、村の木箱から移さないことなのだ。少なくとも、日本の野菜市場だって、段ボールのままで売られる。だから、生産地がわかる。


(でも、それには木箱が大量に必要だわ)

 5日に一回納入されるので、木箱の回収には時間がかかる。少なくとも、木箱は出荷する木箱の2倍の量が必要になる。ミナはせっせと計算を始めた。

「うわ~。これじゃあ、1日20箱の出荷で2コースだと木箱が100個は必要ってこと? うう~ん…」


 ミナはうなった。お金がかかる。しかも、これから出荷を増やしたいのだから、木箱はもっと必要になるのだ。

「4コース月24日だとその倍で200個…。費用が大変だわ。これ村に言っても無理かもね…」


 別のやり方をするならば、部分的に味見をすることだ。いわゆる視聴率調査のようなもの。一部だけを調査して、それで全体を推測するというやり方だ。 

 しかし、それでは不満が出るだろう。

「たまたま、まずいのに当たっただけ」と言われてしまったら、こちらも反論できない。


「う~ん…、できれば木箱ごとの移動が一番いいんだけど。だいたい、野菜を入れ替えって、効率悪いし、傷むし、廃棄率が高くなるんだよね…」

 ミナは悩んでいた。


 まだ初期だから回っているが、これからどんどん大きくなると、ミナと役場の一人二人では回らない。大きな事業にしたいのに、そもそも予算がないのだ。村の荷馬車や馬を借りられているのはありがたいが、こういう大きな事業にはそもそも初期投資が必要なのだ。


 翌日、ミナは村役場を訪ねた。帳簿と、木札にまとめた出荷記録を抱えている。今日は村長が出勤する日なのだ。


 村長室では、村長と副村長ジャービスが書類を広げていた。

 ミナが入ると、二人は顔を上げる。

「どうした、ミナさん。ずいぶん真剣な顔だな」

 村長ガルベルトはミナに砕けた話し方をしていた。

「はい。村長にご相談があります」


 ミナは深く一礼してから、帳簿を机の上に置いた。

「今の定期便ですが、出荷の量や廃棄量はこちらに書き留めてあります。品質管理を強化したことで、不良品は減りました。ただ、その分、人手も時間もかかっています。そして……このやり方のままでは、これ以上の拡大は難しいと判断しました」


 ミナは一息おいて、話をつづけた。

「前にもこのような一括販売を考えたことがあると聞きました。そのときは品質の問題で反対者が出たと聞いています」


「ああ…」

 副村長のジャービスが顎を撫でながら言った。

「この村の農家は、兼業農家もあれば、専業農家もあるし、熱心に作っているところもあれば、ただ量を増やそうという農家もある。それを同じに扱うのは無理がある、ということで、反対者が出て、計画倒れになったんだ」


「はい。やはり、良い品質の農産物を高く評価するのは、結局のところ、村を豊かにするためには大切なことだと思うのです」

「ほう?」

 ミナの言葉に、村長のガルベルトは眉を動かした。


「農産物を高く評価すると、村が豊かになると?」

「はい、もちろんです。品質が高いものを生み出せば評価されるとわかれば、農民は少しでも良いものを作ろうとして、せっせと努力をします。すると、品質だけでなく、量も増え、全体的に農村は豊かになるのです」

「ほう…。なるほど。確かに」

 ガルベルトは少し遠くを見て、目を細めた。


「それで、品質管理をしっかりとやりたいのですが、それには木箱がさらに必要なのです」

「木箱か? 今のままでは足りないと?」

「はい、足りません」

 ミナは、木箱が必要な理由を述べる。トレーサビリティーがなければ、消費者の評価が得られないのだと説明した。そのために必要なのが木箱なのだと。

「月に600箱を安定して扱うには、最低でも200箱分の木箱が必要になります」

 副村長が眉をひそめた。

「それは多すぎるのでは…? 木箱は安くはないぞ」


「はい。それは理解しています。そこで、お願いがあるのです。

 私はこの仕組みを、きちんと完成させたいのです。村のためでもありますが……それだけではありません。このやり方は、他の村でも使えます。いえ、未来は必ず、この仕組みが当たり前のことになる日が来ると信じているのです。ですから、投資家を募りたいと思います」


「と、投資家? それはいったいなんですか?」

 副村長が目を見開いた。

「新規事業にお金を貸す人…ということかな?」

 村長がミナの言葉を言い換える。


「はい。簡単に言えば、未来の利益を信じて、今お金を出してくれる人です。この事業の将来性を信じてくれる人だけが、お金を出してくれることになるでしょう。そういう人が必要なのです」


「う~む…」

 村長はうなった。ジャービスは意味がわからず、村長の顔とミナの顔を交互に見ている。

「正直、投資の話は聞いたことはあるが、私はよく理解できていないんだ。商業には詳しくないのでな…」


 ミナは深く頷いた。確かに役人にはなじみのない話だろう。

 村長は椅子に深く腰掛け、顎に指をかけたまま、天井を見上げてしばらく黙っていた。

「……ミナさん。これはもう、村だけで抱える話ではないな。一度…」

 村長はミナを向いて、ゆっくりと言葉を切り出した。


「一度、村の統治者であるアンドリオン様にお会いしに行かないか?」

「え……?」


「資金の話だけではない。村の統治者のアンドリオン様が知らぬまま進めるには、規模が大きくなりすぎているように思う…」

 副村長も頷いた。


「ミナさんは、村の繁栄のこと、未来の取引のやり方などを考えているようだ。これはもう領主の領分だろう。私はあくまでもこの村の運営を預かっている役目。実務のレベルだけで考える範囲を超えている。少なくとも直接の統治者アンドリオン様にお伝えしたほうがいい」


 ミナは目を丸くした。

「アンドリオン様? そのかたはどちらにいらっしゃるのですか?」

「タンブリーだ。領主様のご長男でいらっしゃるから、領主様のお城にお住まいだ。タンブリー周辺の12の村の所有者であるアンドリオン様に正式にお話を通すべき段階だろうな」

 ミナは自分の胸の鼓動を感じていた。興奮が少しずつ現実となる。

「私が貴族にお会いする? ま、まさかそんなこと…」


 アウェイだと嘆き、妖精だとあきれられている自分が、エルノー村を支配する権力者に会う? 何かの間違いではないか?

 そう思う一方で、

(そうよ。そこに話をしないと埒が明かない)

 …と思う自分もいるのだ。


「ぜひ、一度お会いしたいです」

 ミナは自分の言葉に自分で驚いていた。最初にアンドリオン様の名を聞いた時には、会うのは無理と即却下したのに。

(でも…、領主の息子ならまだ若そうだし、なんとかなるかな?)

 村長は、穏やかに笑った。

「では、私から取り次ごう。準備はいいな、ミナさん」

 ミナは、はっきりと頷いた。

「はい。隙のない企画書を持参いたします!」


                  * * *


 その1週間後、城へ向かう馬車の中で、ミナは背筋を伸ばして座っていた。

 淡いオレンジ色のドレス。その上に、ヨーカが仕立ててくれた紺色の上着を羽織っている。丈は腰までで、動きやすい。装飾は控えめだが、仕立ては良い。膝には企画書の入った袋。


(うん……悪くない)

 派手すぎない。貧しすぎない。「商人」であり、「村の代表」でもある服装だ。


 役場から帰った日の夕食の時間にミナが「タンブリーのお城に行くことになった」と言うと、全員が一瞬静まるほど驚き、そのあと大騒ぎとなった。

ヨーカとマティアが大騒動したのは、着ていく服だ。ドレスはカイルが買ってくれた春物がある。その中で淡いオレンジ色のドレスにしたのは、ビジネスの話にはオレンジ色がよく似合うと思ったからだ。

ヨーカがつくった上着も仕上がっている。

靴は…。もともとミナが履いていたパンプスがある。あれはドレスに隠れて目立たないが、普通の娘ではないことがチラリとわかるだろう。アクセサリーの類はないが、農民なのだから、不要だろう。


「あとは帽子と…バッグね!」

 ヨーカは大騒ぎしながら自分の部屋に戻り、ミナに帽子とバッグを持ってきた。色はグレーなので、とりあえずどんな色にも合うだろう。バッグは書類が入る大きさの袋で、教会で買ったものだから、太陽神の絵が描かれている。これなら貧しくても失礼にはならない。ミナはそれらを借りることにした。


 そんな大騒ぎでなんとか整えた身なりで、村長ガルベルトと一緒に馬車に乗っている。村長専用馬車で、しっかりとした二頭立ての箱型馬車だ。歩く速さの荷馬車と違って自転車くらいのスピードだ。これなら、タンブリーのお城まで小一時間で着くだろう。


 馬車の中で、何度も何度も企画書を見直す。数字の間違いはないか、見通しは甘くないか。

 いまさら書き直すこともできないから、ミスがあったらおしまいなのだが。

少なくとも、力強く主張できるように、いろいろな質問の答えを用意しておかなければならない。


 ガルベルトは向かいに座り、いつもより少し背筋を正していた。さすがに緊張しているのだろう。村長にとっては領主の息子は上司なのだが、気軽に会える相手ではない。しかも、報告ではなく投資のお願いだ。


「ミナさん」

 村長が、低い声で言った。

「アンドリオン様はまだお若いですが、かなり有能な方です。話の筋が通っていれば、きちんと耳を傾けてくださるお方です。ただし――」

「はい」

「感情論は好まれません。“善意”ではなく、“理由”を求められます」


 ミナは静かにうなずいた。

(大丈夫。わかってる。私はあっちの世界でプレゼンをいくつもこなしてきたんだから…)

 投資家は厳しい。意地悪なほど弱点を突く。それは当たり前だ。大金を出すのは彼らなのだから。


(でも…)

 生まれて初めて、この世界の絶対的な権力者に会う。

 それがいったいどういうことなのか、ミナにはまだわからなかった。



ミナがクルムに言った言葉は、投資をしようとする人には必須の心得。

自分の身は自分で守れ! それができないなら、投資の世界に踏み込むな!

人のせいにするんじゃない!


ここで、次回からお貴族様、登場です。

少しずつ、世界が広がっていきます。


まだまだ、ミナが本格的に活動するのは遠いですが、…ブックマーク、よろしくお願いします!

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