ミナとカイルはエルノー村に戻る。そして、今後の報告を……
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください
初めてお読みになる方は、下にあらすじと用語集があります!
ボリックはそれらの声をなだめる。
「どのような仕組みかは後で詳しく説明しよう。その前に、これがもたらす効果だ」
ボリックは説明を始めた。
「簡単に言うと、これは利用者が預けたお金を、別の支店で払うという約束の証書だ。お金は移動せず、手形だけが移動する。支払う商会は自分の保管分の金で払う。そして、その帳簿上のやり取りを、定期的に清算して、最終的にはその差額の現金だけを動かす、ということだ。これにより、大幅に現金の移動が減ることになる」
幹部たちは「ほう……」とため息をつく。
「なるほど。お金を一人ひとりの商人が持って歩くのではなく、商会と商会の帳簿上のやり取りになるということですな。すると、その差額の金だけを移動すればよいと。
……とすると、実際の現金の移動はどれくらい減るでしょうか?」
フレーゲルは恐る恐ると言った様子で尋ねた。
「我々の試算では、動かすお金はおそらく10分の1ほどになると思われます」
ネザルが答える。
「ほう? そんなに?」
「ならば、もう大きな現金箱は不要ですな!」
幹部たちは驚きの表情で顔を見合わせる。
「もちろん、これは取引の多い商会同士だから可能です。小さな商会では、手間の方がかかるでしょう」
「ふむ。少なくとも、コブルーとドラーハー間では、これは大きな利益を生むでしょうな。船の上で金を持つのは、大金でなくても危険が大きい」
フレーゲルは力強く頷きながら言った。
「し、しかし……。紙では偽造や詐欺などの問題が起こるのではありませんか?」
幹部の1人が言う。
「確かに。信用を失えば、これはただの紙切れになる」
とフレーゲルも言う。
「もちろん、その可能性はあるだろう。……しかし、何もしなければ、盗人に狙われ続けるだけなのだ」
ボリックは重々しく言った。
「そして、血が流れることもある」
全員、シーンと黙り込んだ。血を流すのは盗賊や護衛だけではなく、商会員たちも他人事ではないのだ。
「ミナさんは言った。『どちらの危険を選ぶか』なのだと。完全に安全な代替案などない。少なくとも、危険が少ないほう、損が少ない方を選ぶ、というやり方で進むしかない」
ボリックは言った。そして、一息おいて、続けた。
「……この決断で、我らの商いは変わる。うまく行けば、未来はもっと安全になるだろう。その可能性があるなら、私はそれに賭けたいと思う。その夢を見たいのだ」
幹部は皆、その言葉に息をのむ。
現金を盗賊に盗まれる心配のない世界。それは想像もできない理想郷だ。
それを夢見ることができなければ、たどり着くことすらない。
そして、この手形方式は、少なくともその夢を見せてくれるものなのだとボリックは確信していた。
「これをバンリオルとトガリアの、ドラーハーとコブルー、そしてタンブリーと王都の各支店で採り入れることにしよう。それで、どれくらい、現金の移動を押さえられるかを見てから、全国に採り入れるとしよう」
「王都まで……」
誰かからため息のような言葉が漏れる。
「どうかな? トガリア」
ボリックはアルソーとネザルを見る。
「なるほど。スラーラのドラーハーからアラゴンキア王都までの安全な商いの道の構築ですな」
ボリックの言葉に、ネザルが頷いて同意する。
「賛成です。トガリアも参加します」
アルソーは力強く言った。
ボリックは大きく頷いた。
「では、細かい手形の仕様を説明しましょう」
皆姿勢を改めて、真剣にボリックの説明に聞き入るのだった。
会議が終わると、バンリオルのタンブリー支店からボリックとアルソーは、外で待っていたジオルダンを伴って、タンブリーのブリア城のミナの執務室を訪れた。
「まあ、皆様、おそろいで。何かの会合でもございましたの?」
ミナがニコニコして迎え入れた。
「えへへ」とジオルダンは頭をかいて照れながら言う。
「ねえちゃん、騎士になったんだってな。おめでとうな」
「まあ。ありがとうございます。ジオルダン」
ミナは嬉しそうに微笑んだ。
「ねえちゃん」と呼び掛けてもニコニコしているミナが、ジオルダンは大好きでたまらない。
(今日はあいつもいねぇし。いくらでも呼び放題だ!)とニタニタしていたら、アルソーにつねられた。
「イデッ」
「ジオルダン。ここでは『ミナさん』と……」
小声でアルソーが言う。
「チ~。イテェだろ……」
うるさいお目付け役がそばにいた。
「で、今日伺いましたのは……」
ボリックがふたりを尻目に話し出す。
「先日、お話しいただいた手形の件ですが、すでにコブルー・タンブリー間では開始してから、2か月が経っております。今回、ドラーハーでちょっとした事件がございまして、それを機に、ドラーハー・コブルー間でも始めることにいたしました。そして、王都までつなげます」
「まあ! それは素晴らしいですわ! これで、国際間の取引が手形でできる、ということですね!」
「はい。そうなります」
ミナは目を輝かせた。
「そうですか。早く五大商会全部が手形取引で、安全になっていくとよいですね……」
「はい。そう願いたいですな」
とボリックも頷いた。
ミナはふと思い出して、ボリックに言った。
「そうそう。……お聞きおよびとは思いますが、先日、ドラーハーに持っていただいた秤ですが、次はスリマラビヤに持っていく予定がございます。またご協力いただければと思います」
「承知いたしました。ドラーハーからも、もうすぐ秤の注文が来るでしょう」
「ええ。共通の規格。手形での取引。だんだん、自由港らしくなってまいりました。皆様のおかげですわ!」
ミナは心の底から各商会の協力に感謝した。
「次は何をお考えですかな、ミナさん」
ボリックはミナが新しいことを提案するのが楽しみで仕方がない。
「うふふ。いろいろと考えておりましてよ」
ミナは裏で、職安制度や郵便制度を動かしている。貯水池事業も完成待ちだ。
そして、自由港としては、もっと他国とのつながりが必要だ。少なくとも、今は3つの国とつながった。これをどんどん広げていかなければならない。
山ほどの案が頭の中をひしめき合っていた。
そして、ブリアを一刻も早く名実ともにワモワ海一の港にすることに全力を尽くす決意を新たにするのだった。
第143話 ふたりの帰郷
若草宮に戻ると、客が待っていると侍女のシオーヌが告げた。
「カイルね?!」
ミナは嬉しそうに二階へ上がっていく。
「カイル、お帰りなさい」
ミナはカイルを抱きしめる。
「ああ、ただいま」
ミナはジオルダンとカイルが同じ船で帰ったことは知らない。
「ジオルダンが来なかったか?」
「ええ。来たわ。さっき会ったとこ……。なんで?」
カイルは「チッ」と不機嫌になる。
「言ったろ? あいつは変態だから、気をつけろって」
「だって、ジオルダンとふたりっきりで会うことはないのだから、大丈夫よ。ボリックさんも一緒だし」
ミナはクスッと笑う。
「ミナは変態の意味、わかっていない……。頭の中が変なんだぞ。いやらしい空想ばかりで……」
そう不機嫌にしながらも、カイルはミナにキスした。
「それ、嫉妬?」
ミナが笑う。
「んん……嫉妬……なのか?」
カイルがよくわからなそうに聞く。
「そんなことより、ミナ。ミナが来てから丸3年だぞ。一度、エルノー村に帰らないか?」
「えっ、エルノーに? みんなに会いに行くの?」
「そう。ミナは騎士になってから、まだ帰っていないだろ」
「そうね。報告したいわね。カイルは帰ったの?」
「ああ。俺は帰った。9月の初めにな」
騎士に叙任されたのは8月の半ば。そして、今は9月の終わりだ。もう収税の時期は過ぎて、村も落ち着いた頃なのだ。
「じゃあ、あさってなら時間があるわ。日帰りになるけど……」
「うん。それでいい」
そして、翌々日、ミナは大きな箱を持ち、護衛騎士ゾーイの操る馬車に乗って、カイルとふたりでエルノー村に向かう。
ミナはカイルの買ってくれた服を着ていたし、カイルも今はほとんど着ない、白いキナリのシャツを着ていた。こんな庶民っぽい服装のふたりでは騎士のゾーイに御者を頼むのは気が引ける。
ふたりは村の役場で馬車を降りた。夕方にまた迎えに来てもらうことにする。
村役場でカイルの義兄ドナオンに挨拶する。後で家に戻ってくるだろう。
カイルと並んで村役場から家まで歩く。村の荷車を借りて、箱を運んだ。
「ひさしぶりね。ふたりでこうやって、家まで歩くの」
「ああ」
今では、こうしてのんびりと歩くこともなかなかなくなってしまった。いつも護衛がいたり、馬車に乗っていたりする。
(そうか。もう3年なのか。3年で私、成長したかな……?)
生活は変わった。豊かさも変わった。中身もちゃんと成長していたい。
そんなことを考えているうちにカイルの家にたどり着く。
洗濯ものを干しているカイルの姪スージャがいる。
「ただいま~」
ミナが声をかけると、スージャは少し止まって、それから笑顔になった。
「カイル……とミナ? お帰り!」
洗濯物をつかんだまま、近づいてくる。
「元気にしてた?」
ミナは少しかがんでスージャの顔を覗き込んだ。
「うん! 母さん、呼んでくる!」
洗濯物をカゴに戻して、スージャは飛び出した。
家の中に入ると、カイルの姉ヨーカや母ゾーラ、叔母クリムラ、その嫁マティアが出て来る。
「まあ、ミナじゃないの?!」
ゾーラが特に喜んでくれて、ミナをハグした。
「久しぶりねえ。しばらくは村役場で会っていたけど……」
そうなのだ。今年の3月1日から定期便事業はなくなって農民支援制度になったので、ゾーラとも2月までしか会っていなかった。半年ぶりだ。
「でも、あなたは変わらないわね」
とゾーラはとんとんと背中を叩いて微笑んだ。
ミナは久しぶりに家を歩き回った。
キッチンは使い勝手よく作り替えられている。鍋釜も丈夫な高級品に変わっている。
ガラスが食堂だけでなく、全部の部屋の窓にはまっているし、部屋には大きな鏡もある。ランプも高級品だ。椅子やベッドも良いものに変わっていた。
庭には子供用のブランコがあり、立派なベンチも置かれている。いろいろな設備が整っているのだ。
「カイルが仕送りしてくれるからね。うちは村一番の裕福な家ね」
ゾーラがうれしそうに笑った。
ミナがカイルを見ると、嬉しそうにほほ笑んでいた。
「母さんのために、レンガの家を建てる予定なんだ」
とカイルが言った。
昼になると、午前中の配達が終わった弟レイも、役場のドナオンと共に昼ご飯に戻ってきた。
「おお?! ミナじゃん! 久しぶり!」
レイも半年ぶりだ。
みんながそろったところで、ミナは大きな箱を開ける。
それは、この1年の間に貯めたいろいろなお土産だ。タンブリーでみつけたもの。王都でみつけたもの。たくさんのものを買い集めては、貯めていた。なかなか村に届けることができなかった。
一つひとつのお土産を一人ずつ渡した。
子供たちにはおもちゃや人形。文字を覚えるための絵本。家族でできるゲーム。大人には財布、煙草ケースや帽子、美しい彫りの入ったかみそりや櫛。色石のペンダントや髪飾り。どれも一流品だ。
それから、いくつかの女性向けの布地。これが重かった。ヨーカがこれでみんなの服を作るだろう。
それらをあげて、ミナは満足した。
「で、ミナ。今は騎士の身分なんだって?」
ヨーカが首を傾けて、笑っている。
「そう。カイルと同じ日に、レオスト殿下から叙任していただいたの……」
ちょっと恥ずかしそうに言った。
「たいしたもんだ!」
とドナオンが言う。
全員がうんうんと頷き、笑顔になっている。
「ありがと……」
カイルを振り向くとカイルはしたり顔で、顎でミナを促す。「あれを言え」と顎で言っているのだ。
「うう……ん」
ミナは恥ずかしくてなかなか言えない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます! 感謝感謝です。
この小説は、読みながらいつの間にかビジネス感覚が身につくという、世界初の機能小説です。よかったら、ポイントをつけて応援してくだると嬉しです! よろしくお願いします。
---今までのあらすじ---
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で認められ、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とするためにブリア官僚として働く。王都でも数々の施策により、天才官僚と呼ばれるようになり、騎士位を与えられた。ミナの目的はコブルーで使われる秤を国際基準にすることだ。そして、できる限り安全な商取引ができる環境を整えることだ。ありとあらゆる手段を使って、ミナはそれにまい進していた。
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クリスタル・ハート・カフェ
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用語集
ミナ … 主人公。ブリア侯行政顧問で、王都では天才行政官と呼ばれる。見かけは18歳くらいだが、中身は…。
カイル … ミナの恋人で、バンリオルの諜報員、私兵。23歳
ジオルダン … 元海賊で、今はトガリア商会の会長にして、私兵
ボリック・バンリオル … バンリオル商会の代表で、ミナの支援者
フレーゲル … バンリオル商会大番頭
ネザル … トガリア商会財務担当
アルソー … トガリア商会参謀で、実質の会長




