第16話 初めての苦情の対処
誰だって体験する、最初の失敗。…まして、ミナは一人で、上司もいない。
こんなとき、どう考えるかで、成功体質かどうかが決まる! それを決めるのは自分!
最初の6回の試験運行は問題なく終わった。
ミナが何度も足を運んで10軒の参加者たちと打ち合わせをした成果だ。季節はだんだん暖かくなる。冬野菜から春野菜へと変わっていく時期だ。
道中の安全も今のところ問題ない。いつもミナはピッターを持っている。スカートにピッター用のポケットを取り付けて、いざとなったらすぐに抜き出せる工夫をしている。
カイルの指導を受けて、レイとミナはいろいろな動物や魔物が来たときのピッターでの対処法を学んだ。
荷馬車に乗る時はいつもピッターを構えている。そして、念のために鍬などの武器になりそうな農機具も載せている。
レイに言わせると、「鍬なんか持っていてもなんの役にも立たない。それ、お守り?」ということだが。
お守りでもなんでもいいのだ。「自分の身は自分で守る!」という気概が重要だとミナは思っている。これは合気道の達人だったおばあちゃん譲りなのだ。
(アメリカにも魔物はいたし、普通の日本人よりも危険に対処してきたんだから…)
ミナの頭の中では、暴漢も麻薬中毒者もすでに全部魔物扱いだ。
4月になって、4軒の新しい参加者が入ることになった。
農産物の種類も増えるので、運ぶ木箱の数が増える。
プライク商会もいきなり多数の顧客の獲得はできないから、徐々に量を増やしていくというのは、両者にとっても必要なことだった。
月に6回となっていた回数を、さらに増やす。月12回だ。コースを2つに分け、元のコースを白組として、別に赤組を作った。各農家で2箱ずつ出してもらう。
白と赤の両方に参加する農家も6軒あった。それだけ収穫量が多いということだ。カイルの家もその一つだった。
ミナにとっては、季節の変わりは大きな問題だった。
なにしろ、この世界で初めての春だった。相変わらず自分がアウェイであることを思い知らされる。
出て来る野菜もめずらしいのだ。日持ちするもの、と指定しているので、根菜、豆類、それから果物だ。新しい野菜を荷台に詰めて、レイと一緒に運んで行った。
荷馬車の御者台で、レイがだいぶ慣れた手つきで馬を扱う。
もう二人とも防寒のマントは来ていない。レイの茶色の巻き毛が風に揺れていて、ミナはちょっと見とれた。大人っぽいカイルと違って、レイはまだみずみずしい高校生のようだ。
「ねえ、レイ。春に起きそうな危険ってある? たとえば、春に出てきやすい魔物とか。あと、天気とか」
「ん? ミナ、そんなこと、わからないの?」
「うん…。私、この国のこと、よく知らないんだ…」
「そっか。ミナはどこかの国のお嬢様だったもんな」
(お嬢様じゃないけど、この国を知らないのは確か…)
「そうだな…。ま、魔物はやっぱり、温かくなるといろいろ増えるね。蛇に似た魔物がいてさ。あれは本当に出くわしたくないな」
「この道にも出ること、あるの?」
「俺は遭遇したことはないけど、マティアが見たことあるって言っていたな。でも、ピッターがあれば、なんとかなると思う」
「ふうん。…他には?」
「天気は、…そうだな。春にはときどき強い風が吹いてさ。荷馬車でも前に進みにくいこともあるよ」
「そうか。じゃ、ちょっと早めに村を出た方がいいのね。変な人間はどう? 野盗とか」
「野盗は季節に関係ないけど、よっぽどの飢饉でもなければ、野菜の荷馬車を襲ったりしないよ。農産物はやっぱり夏には弱いから、その対策は必要かもしれないな」
「腐りやすいってこと?」
「そう。ま、根菜扱っていれば、それほどでもないけど、果物や葉物なんか暑くて溶けることがあるよ。筵が必要なんだ」
「そっか」
ミナの知らないことは多い。だから、いろいろな情報を収集しておかないと、問題が起きたときに対処できない。
赤組コースの一回目の出荷をして、プライク商会に届けた次の日だった。馬でやってきたトージャーが村役場に駆け込む。
担当の副村長ジャービスが何事かと慌てて対応した。ミナが呼ばれ、3人で話し合いをすることになった。
ミナは何があったのか血相を変えて飛んできた。何かミスでもしただろうか…。
「今回納入していただいたアマイモですが…」
トージャーは額を抑えながら、顔をしかめて話し始めた。
アマイモは冬から春の初めに収穫する芋で、通常はシチューにする。もう終わりの時期なのだ。
「こちらをご覧ください」
トージャーは芋を会議室のテーブルに並べた。ミナがよく見ると、その芋はすべて、スが入っており、中に空洞がある。
「これはあきらかに不良品でしょう。こういう品質のものが20キロばかり紛れ込んでいました。こちらでの品質チェックが甘いと思われます」
トージャーはピシリと言った。ダメなものはダメという、容赦ない態度だ。さすが、ベテラン商人だ。
「も、申し訳ございません!」
ミナは思わず頭を下げた。トージャーは追及を緩めない。
「アマイモはもう終わりの時期ですから、多少のことは見逃せますが、今回、ほとんど二箱分がこのような状態でした。これは見逃せません。農家が増えたのはよいですが、不良品が増えたのでは困ります。うちの信用がなくなります。
顧客から来た苦情は、こちらでなんとか予備のアマイモを出して事なきを得ましたが、信用は確実に落ちました。こちらとしても、原因を追究しないことには、今後の取引は続けることができません」
ミナは震えあがった。
うちから出荷するときには、それぞれの木箱で運ぶから、どれをどこの農家が出したのかはわかる。しかし、プライク商会の倉庫につくと、それらは別の木箱に移されるので、どれがどこに農家から出た分かはわからなくなる。だから、不良品を出した農家が特定できない。
「申し訳ございません。今後、どのようにすればよいか、少し考えさていただき、明日、わたくしのほうから、御社に改善策を報告をさせていただきます」
* * *
「ミナ、ご飯だよ~」
その夜。スージャがミナの部屋の前に呼びに来る。ミナは食事の時間になっても部屋から出られなかった。それでスージャが呼びに来たのだ。
「ん、ごめん。あとで食べる……」
スージャは食堂に戻っていった。
ミナは悔しくて涙がにじんで、どうしていいかわからなかった。品質管理をしていたつもりだった。でも、できていなかったのだ。そして、それを指摘されても、どの農家の責任かを追及できない。これは完全に自分のミスなのだ。
(悔しい…。信用を失ってしまう。どうしたらいいの?)
スが入った野菜を見分けるノウハウが自分にはない。だから、見逃してしまったのだ。野菜を扱っているのに、自分は野菜の目利きではない。これは大きなミスではないか。
(大失敗…)
ミナはかなり落ち込んで、ベッドにうつ伏して悔しがる。
(スが入った野菜なんて、野菜に詳しい人なら見分けられるはず。他のものより少し軽いとか、少しシワがあるとか…。それを見分けられなかった私が悪い…。だって、野菜のこと、何も知らないんだもん…)
農家がわざとそういう野菜を持ち込んだのかどうかわからなかったし、最終的にどこが持ち込んだ野菜が不良だったのかわからないシステムも不十分だ。自分の力不足だということを痛感して、ミナは自分に自信を失った。
「逃げたい…。もう帰りたい…。知らないことが多すぎる…」
そうつぶやく。
(いや、ダメよ。なんとかこれを克服しなきゃ)
涙ににじんだ目で、ミナはもう一度考えた。
「私がこの世界にいる意味はなに?」
いつも考えている原点に帰る。
「私がやりたいことをするんじゃない。この世界が私に望んでいることをするのよ。それはこの世界の流通システムを変えること。だったら、やりなさいよ。もっとできるはずだわ!」
ミナは力強く声に出して自分に言い聞かせた。
「できる。できる。できるとしたら?」
声に出して何度も繰り返す。
「たった一度の失敗でやる気をなくすんじゃないの! 厳しく怒られたことを恨みに思うんじゃないの! ちゃんとやればいいだけでしょ! それがプロってもんでしょ?」
自分で自分を叱る。これも心理学で学んだやり方だ。「人に怒られたくないなら、先に自分で自分を叱れ!」なのだ。
「経営のプロになるために大学行ったんでしょ? 親に高いお金、出してもらったんでしょ? だったらやれよ! やれるでしょ? 逃げるな!」
何度も自分と対話する。
「親にお金」という言葉で、涙があふれる。
(そう。親に出してもらったお金、無駄にしてしまった…)
アメリカに留学に行くために、何千万円も親に出してもらったのだ。それなのに、あの世界であっけなく死んだことを申し訳なく思う。だったら、なおのことこの世界でそれを生かさなければ。
「逃げない。私は前に進む! 私はこの世界が私に望むことをやると決めた!」
バシン!とパンチのポーズで言い切る。
「スージャ、ミナは? 呼びに行ったの?」
「行ったよ。でも、食事、あとで食べるって」
スージャが母親のヨーカに報告する。
「どうしたの? 落ち込んでいるのかしら?」
ヨーカが言う。
「ああ、今日、プライク商会のトージャーさんが来ていたな。苦情を言っていたらしいな。村長も困っていたよ」
ヨーカの夫、ドナオンが酒を飲みながら言う。
「そうなの?」
子供たちが騒ぐにぎやかな食堂で、大人たちが集まって話している。
「ちょっとカイル、様子を見てきなさいよ。泣いているのかもしれないし」
「別にそんなこと、必要ないだろ? 泣きたいなら余計一人でいたいだろ?」
「冷たいわね」
ヨーカはじろりとにらむが、カイルは気にしていないようだった。
「レイ、あんたじゃ無理か」
「俺、商売のことなんか、全然わかんねーし」
「なに、この子たち。役に立たないわね~」
ヨーカは弟二人に大げさにため息をついた。
「ほっとけば、どうせそのうちシャキッとした顔で出て来るさ」
とカイルが達観した様子で言う。
「そうなの?」
「…たぶん。ミナはそんなに弱くない」
少しして、ミナがやってきた。ドスドスと音を立てて歩いてくる。シャキッとした顔というより、決意に満ちた顔だ。
「あ、ミナ。ごはんよ。もうみんな終わったとこだけど」
ヨーカがちょっと安心してミナに声を掛けた。
「あ、ありがと。ごめんなさい、遅れて。あの、ゾーラとクリムラにお話があるのだけど…」
ゾーラとクリムラはお茶を飲んでいたが、「何かしら?」と顔を見合わせた。
ゾーラとクリムラとミナの3人で食堂の端に移り、ミナが話し始めた。簡単に状況を説明する。
「私、野菜のことを知らなさすぎるんです。それで、今回、品質の悪い野菜を見逃してしまいました。ですから、お二人に野菜の品質管理をお願いしたいのです。お二人なら、良い野菜、悪い野菜を見分けられるでしょう?」
ゾーラとクリムラは再び顔を見合わせた。そして、二人でニマリと笑った。自分たちを頼ってくれたミナに、二人ともうれしく思ったようだ。
「もちろんよ。そういうことなら、私たちに任せてちょうだい」
能力を認められて、二人で満足して何度も頷き合った。
「よし、これで解決できる! 絶対に乗り越えるの!」
(ヨッシャ!)とばかりにガッツポーズをしてから、ようやく食事を食べ始めたミナを、カイルがクスッと笑って眺めていた。
(ほら。ミナは強い)
夕食を食べながらも、ミナは考え続けた。
(Checkの部分が甘かった。野菜の知識がなくて、甘すぎた。二度と同じ間違いをしない! ええ、しませんとも! 経費はかかるけど、最初に大切なのは何よりも信用だわ!)
ミナは悔しい体験から、新しいActを見出した。
こうして、各戸から野菜を受け取る時に、ゾーラとクリムラの二人の厳しい品質チェックが行われるようになったのだ。
2人は見違えるように生き生きとして、その能力を発揮して、早朝の仕事をこなしていた。
(はあ…。問題は解決したけど、損益分岐点は遠ざかった…)
いつになったら生活費が稼げるのか、まだまったく見えなかった……。
一度や二度の失敗にくじけて、泣いてやめるくらいなら、最初からやるな……!
…というのが、ビジネスの厳しさ。
でも、ミナは自分を叱咤して頑張ります! そのために学んだMBAと心理学じゃないか!
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