王太子はゼビルスを敵視して、ミナにも嫌味を……
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で認められ、ブリア侯行政顧問となり、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。ミナは、国家銀行案で王都の銀行を救い、街道を舗装するための商会の案を出し、王弟レオストの問題を解決した。レオストの長男ゼビルスは、ミナを連れて舞踏会に出ることにしたが……。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
第124話 ゼビルスと王太子
商務庁での会議が片付くと、ミナはゼビルスに農民支援制度をレオストの所領であるラッスル公爵領に採り入れるための指導をした。今回の王都訪問の大きな目的の一つは、これだった。
「父上からだいたいの仕組みをお聞きしております。そこで、私なりに仕組みを考えたのですが、これで合っているかどうか、お教えください」
ミナはゼビルスが提出した事業の流れを書いた書類の文字を追った。
「だいたいは良いと思いますわ。でも、ひとつ、足りないものがございます」
「欠けているもの? それは何でしょうか」
「野菜の検査官です。質の悪い野菜は引き取るわけにはいかないので、野菜を農民から受け取る際に検査が必要なのですわ」
「なるほど…」
「その品質は、記録しておいて、次の年からは等級付けをします。それにより、表彰するのです。……
まずは小規模で採り入れて、それから全体に広げるのがよいかと思います」
「はい。わかりました。ありがとうございます!」
少なくとも、ブリア以外の領地でおこなわれるのはラッスル公爵領が初めてだ。ここでうまく行けば、他の領地にも広がるだろう。
そしたら、ミナではなくゼビルスが教えられる。
そうすればミナはいちいち王都に来なくても良いので、これはミナにとっても好都合だった。
* * *
その夜、王都の貴族街にあるグラディコ公爵邸は、灯火に照らされて輝いていた。
大広間から続くテラスの大理石の階段の上には大きな門灯が並び、庭には色とりどりのランプが吊るされている。
今夜は、若い独身の貴族たちのための舞踏会だった。
王立学院を卒業したばかりの若者や、貴族の子弟たちが集まり、社交と交流を楽しむ場である。
馬車が次々と門をくぐり、絹のドレスや礼服をまとった若者たちが邸に入っていく。
その中に、一台の黒い馬車が静かに止まった。
扉が開き、先にゼビルスが降りる。
「どうぞ」
手を差し出した。ミナはその手を取り、ゆっくりと馬車から降りた。
今日のミナは、深い青のドレスを着ていた。黒の刺繍やレースがあり、ミナの黒髪を彩る左右の大きな青いリボンとよく釣り合っている。ミナは平民の官僚なので、あまり目立たないようなドレスを選んでいた。しかし、それが逆に凛とした知的な気品を醸し出す。ゼビルスは思わず少し見とれた。
「とてもお似合いです」
「まあ。ありがとうございます」
ふたりは並んで階段を上がり、広間へ入る。
そこではすでに音楽が流れ、若い貴族たちが談笑していた。大きなシャンデリアの光が宝石をきらめかせている。色とりどりの女性のドレスがとても華やかだった。
「これは壮観ですわね」
ミナは周囲を見回した。
「王都の若者が一番集まる舞踏会ですから」
ゼビルスが少し誇らしげに言う。
ここは貴族の婚活の場でもあるのだ。
そのときだった。
「おや?」
背後から声がした。
「珍しい顔がいるな」
振り向くと、数人の若い貴族が立っていた。
その中央にいた男は、明らかに他の者よりも華やかな衣装を着ている。金糸の刺繍の入った上着。堂々とした姿勢。そして、どこか人を見下すような視線。
ゼビルスが静かに言った。
「……王太子殿下」
アルーストの長男、クルスト王太子だった。まだ学生の17歳で、ゼビルスよりも2歳下だ。ふたりはいとこ同士に当たる。
周囲の若者たちは一斉に頭を下げる。王太子はゆっくりと近づいてきた。
「久しぶりだな、ゼビルス」
「ご無沙汰しております」
ゼビルスは礼をとった。身分はクルストが上だ。
王太子はちらりとミナを見た。
「ほう」
口元がわずかにゆがむ。
「もしや…これが噂の女か?」
周囲の若者たちが少しざわめく。
「銀行だの港だのと、王国を振り回している平民の女だと聞いたが」
ゼビルスが少し顔をこわばらせた。
「殿下、女性に対して失礼かと…」
ゼビルスは少し震えながら言った。
ミナはその言葉に驚いた。王太子に意見したのだ。普通ならば黙っているところを、わざわざミナのために意見した。ミナはその勇気に感動した。
王太子は続ける。
「ゼビルス、お前の趣味は良くないようだ」
「……」
「身分の低い女を選ぶとは。よほど他に女がいなかったと見える。さもありなん」
周囲でくすっと笑う者もいた。
それは、ゼビルスが幽閉された王弟の子だということを意味していた。こうやって、過去のことを何度も思い出させる嫌がらせだ。
だが、ゼビルスは何も言わない。
ミナはここでは一番身分が低いので、自分から声を掛けてはいけないのだ。頭を下げたまま、ドレスをつまみ、膝を軽く曲げている。
まずは声をかけていただかなくてはいけない。そこで、首を傾げてちらりと王太子を見て、アピールしてみた。
「なんだ。女。何か言いたいことでも?」
「はい。お声をかけていただき、ありがとうございます。自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「お前のことは知っている。ミナとかいう、平民の行政官であろう」
「はい。ミナにございます。今回は王弟殿下のお招きにより、王都に参上いたしました。国王陛下にはよくお声をかけていただいております。どうぞ、お見知りおきを」
ミナはよく通る大きな声で言った。「自分は王族に招かれているのだぞ」というアピールをしたのだ。
「……ふん」
王太子はそれ以上言えず、取り巻きを連れて去って行った。
国王陛下の名前を出されてはそれ以上言えない。貴族の世界では、親子間でも身分が先に立つ。
(よし、勝った…!)
ミナは心の中でにんまりした。
王太子が去るのをふたりで見送って、隅に行ってふたりで座る。
「申し訳ございません。ミナ殿。王太子が来ているとは知らず…。嫌な思いをさせました」
ゼビルスは申し訳なさそうに言う。
「うふっ。ご心配いりませんわ。わたくしは平民ですし、この場が場違いであることは存じております。『王国を振りまわす女』というのは誉め言葉と受け取っておきました」
「え? アハハ。おもしろいことをおっしゃいますね」
ゼビルスは笑った。
「でも、わたくしをかばってくださり、王太子に注意してくださったこと、感謝いたします」
そう言って、ミナは頭を下げた。
「いえ、あまりお役に立ちませんでしたが…」
ゼビルスは少し照れた。
きりりとした意志の固そうな顔立ち。まじめな性格。女性の名誉を守ろうとする勇気。
ミナはそんなゼビルスにほれ込んだ。
ミナは王太子クルストの言葉を思い出す。
「よほど他に女がいなかったと見える。さもありなん」
つまり、今ゼビルスには決まった婚約者がいないということだ。
1年前のあの暗殺未遂事件では、ゼビルスはアンドリオンと同じ立場だ。嫡男であれば、父親の犯した罪の責任を取らされ、父親と共に処刑される。
だから、婚約者がいたとしても、破談になったと十分に考えられる。巻き添えになっては困るからだ。
そして、「珍しい顔がいる」と王太子は言っていた。つまり、ゼビルスはこういう催しに来ることがなかったようだ。父親が許されても、まだ次の結婚相手を探す気にはなれなかったということなのだろう。
それならば、エカーリアにぴったりの相手ではないか。
父親が似たような立場にあれば、逆にそれを引け目にする必要がない。
(こんな方が、エカーリア様のお相手になってくださったら…)
心の中でゼビルスとエカーリアをくっつける作戦を考え始めた。
「ゼビルス様、機会がございましたら、ぜひブリアにお越しになって、実際に農民支援制度をご覧になってくださいませ!」
と少し唐突に言ってしまった。
もしふたりがくっつくならば、エカーリアを農民支援策で教育した甲斐があるというものだ。ふたりの会話が弾むだろう。
「え、ええ。そうですね! 考えておきます」
ゼビルスも嬉しそうに言った。
(うふふ……)
ミナの楽しいたくらみが始まった。
(それにしても……王太子のゼビルス様に対する敵意……)
ミナは王太子のことを考えた。
(まあ、しかたがないか。彼にしてみれば、ゼビルス様は自分の父親を殺そうとした人の息子だものね。王太子にしてみれば、なぜレオスト殿下が処刑されなかったのか、疑問に違いないわ……)
と、ミナは王太子の気持ちも少し察するのだった。
父親同士は和解しており、もうわだかまりはないようだ。どちらも真剣に国を守ろうとして意見が食い違っただけだと理解したからだ。
(とすると、そのうちにあのふたりにもそれが伝わるに違いないわ……)
ミナは楽観的であった。
ミナ、次はブリアに帰ります。
この小説は、読みながらいつの間にかビジネス感覚が身につくという、世界初の機能小説です。よかったら、ポイントをつけて応援してくだると嬉しです! よろしくお願いします。
用語集
ミナ … 主人公。ブリア侯行政顧問で、王都では天才行政官と呼ばれる。見かけは18歳くらいだが、中身は…。
ゼビルス … 王弟レオストの長男。レオストはミナの支援者
農民支援制度 … 農民から野菜を一括で役場が買い上げる制度
暗殺未遂事件 … ブリアの扱いで対立した国王アル―ストと王弟レオストが互いを亡き者にしようとし、レオストが罠にはまってつかまった事件
エカーリア … ミナが仕えるブリア領主の妹




