天才技師がブリア領に売り込みに……
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で認められ、ブリア侯行政顧問となり、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。王弟レオストは王都にミナを呼び、街道の問題を解決してもらおうとした。ミナは通行税をやめるという大胆な策を出した。反対する官僚たちを長官カルドゥスが抑え、少しずつ解決に進み始めた。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
そんな話をされているころ…。
ミナはひと仕事が終わったので、王都の様子を見に、ゾーイとフリーゼを連れて出かけていった。
行先はブリア出張所だ。それは王城から少し離れた商人街の一角にあった。
石造りの二階建てで、表には小さな看板が出ている。
――ブリア領 王都出張所。
出張所の後ろにはブリアから派遣された官僚たちの簡素な宿舎がある。本来、ミナの身分ではここに泊まるべきで、前回はここに泊ったのだが、それではレオストにとって不都合なため、王城内のコラル宮に泊る許可を与えられた。
事務所の中では書記官たちが机に向かい、書類を書いていた。商人が訪ねてきたり、役人が手紙を持ってきたりと、朝から人の出入りが多い。
ミナは所長室を訪ねる。
「こんにちは。ケルトン所長」
ミナが最初に彼に会ったのは、暗殺未遂事件のときだ。バンリオルを訪ねてきたケルトンにバンリオル邸で出会っている。あの時は、彼は領主を救うために奔走していたのだ。
「あ、ミナ殿、こんにちは。王都にいらっしゃったのですね」
「ええ。今回は王弟殿下のお招きで、一人で参りました。王城内に泊っております」
ミナが言う。
「王弟殿下の?! …ミナ殿はいつも、すごい人に会っていらっしゃいますよね…」
ケルトンはたまに王族に会うが、あまり話したことはない。
「本日は、今、何かお困りのことはないか、お尋ねにまいりました」
とミナは言った。
「ああ、困っていることですか…。もちろん、いろいろありますが…。たとえば、人手が足りないとか、法務手続きが遅いとか…。資金調達の問題とか、ええと…」
そのとき、扉をノックする音がした。
「失礼します」
若い書記官が顔を出す。
「所長、例の男がまた来ました」
「例の男?」
ケルトンは顔をしかめた。
「ああ……あの船の男か」
「船?」
ミナが顔を上げる。
ケルトンは少し困ったように笑った。
「はい。先日もやってきたのです。船の設計図を買ってくれと言うのです。一度断ったのですが…」
ミナの目が少し輝いた。
「え、船の設計図?」
「はい。それがまだ学生なんですよ。造船技師だと言っておりますが……まだ卒業してもおりませんので、どうにも怪しくて」
ミナはすぐに言った。
「わたくし、お会いしたいですわ!」
「え?」
「その方に会わせてください」
ケルトンは驚いた。
「ですが……ただの売り込みかもしれません」
「それでもかまいません」
ミナは立ち上がる。
「船の話は聞いてみたいです。お部屋を貸していただけますか?」
しばらくして、その男が応接室に通された。
18歳くらいの男だった。
(ほんと、若い…。まだ学生って言ったっけ)
ミナも見かけは人のことを言えない若さなのだが。
日焼けした顔、つぎのある粗末な上着。腰には巻物が差してある。男は部屋に入ると、少し驚いた顔をした。
「……あれ?」
目の前にいるのが若い女性だったからだ。
ケルトンが紹介する。
「こちらはブリア侯行政顧問、ミナ殿だ」
男は慌てて頭を下げた。
「は! し、失礼しました!」
ミナは笑った。
紹介が終わるとケルトンは仕事に戻っていく。
「船の設計図をお持ちだと聞きました。ぜひお見せいただきたくて」
ミナの言葉に、男は腰の巻物を取り出した。
「はい……これです。……あの、船のこと、おわかりなのですか?」
そう言いながら、机の上に広げる。そこには船の図面が描かれていた。
「いいえ。全然……。でも、興味がありますの。……これは……三角帆?」
細長い船体。2本のマスト。そして三角形の帆。ミナはそれを細かく追った。
「はい」
男は嬉しそうに言う。
「一番にその特徴に気づいてくださったのなら、きっと船がおわかりですね! これは俺が……私が改良したマストと帆の形です! マストは2本! このように斜めに帆を張って……。この帆なら、風に逆らって進めます」
「風上に……?」
「はい」
男は熱っぽく語る。
「普通の船は追い風でしか進めません。しかしこの帆なら、風を横から受けて進めるのです。ジグザグに進めば、風上へ行けます」
ミナは昔のことを思い出した。西海岸に住んでいた時、ヨット遊びに行ったことが何度かあるからだ。
そのとき、ヨットの得意な友人が教えてくれた。ヨットは風上にも進めるのだと。ミナはそのときまで知らなかった。
「揚力を使うんだよ」とその友人は言った。
「ヨットに揚力?」とミナはそのとき、すごく印象深かったため、今でも覚えている。
ミナは揚力とは上に働くものだと思っていた。それは間違いで、風の流れに対して直角に働くものなのだ。飛行機は揚力を垂直方向に使うが、ヨットは帆で生まれる揚力を水平方向に利用する。
その力を船底で受け止め、横滑りを避けることで、船は風上へ斜めに進むことができる。
「でも、それはかなりの訓練と技術が必要では? 小さな舟ならばできるでしょうが、大きな船では難しいでしょう」
ヨットでも難しかったのだ。大型船に揚力を使った航行は難しそうだった。しかもマストが2本では。船を知らないミナでも、そのくらいは想像がついた。
「はい…。みんなそう言います。で、でも…。帆の角度を操作しやすくしてあります! ほら、ここに!
確かに訓練は必要ですが、訓練すればちゃんと風上に進めるというのは、とても大きな利点だと思うのです。帰りの航路や日程を自由に選べるようになるのですから」
「なるほど…」
ミナはまだその価値がよくわからない。しばらく図面を見つめる。
そして顔を上げた。
「この船、小さそうだけど…川専用? ワモワ海に出られますか?」
男は子供のように笑顔になった。
「もちろんです! 外海に出られます! そのために、帆を細かく調整できるようになっています。だから、嵐にも今まで以上に耐えられるはずです」
「ふうん…。で…」
ミナは男の顔を見た。男の名をまだ聞いていないことに気づいた。
「あ、私はキトーと申します。王立技師養成所の学生です」
「キトーさん、あなたはなぜ、このブリアにこの案を持ってきたのですか?」
「いや…。実はすでにあちこちに持って行ったのです。港や河岸を持つ領地とか、船を持つ商会とか。でも、どこも相手にしてくれませんでした。
まあ、いくら向かい風でも前に進めると説明しても、信用してもらえません。
私は貧乏な平民の学生でして、推薦もなにもありませんし…。でも、ここは平民でも評価してもらえるのではないかと…。
あ、ミナ様のことは噂で聞いていました! ブリア領主は身分に関係なく、優秀なかたを取り立てていらっしゃるとか…」
「うふ。なるほど…」
ミナが平民の女性であるのに行政顧問をしていることが知れ渡っているのだろう。
ミナは少し考えた。これはおそらく価値がある発明なのだろう。しかし、船のことはミナにはよくわからない。
「う~ん…」
ミナは迷った。だが、その日の夕方にはバンリオル邸に行くことになっている。バンリオルが王都にいるという知らせが来たからだ。彼の意見を聞いてみたかった。
そして、正直に今の気持ちを言うことにした。
「わたくしは、この設計図の価値がよくわかりません。ですが、すごく興味があります。ですので、今ここでお返事できません。造るとしても予算の工面をしなければなりません。
ですから、少しお時間をいただけますか?
もちろん、その間に他のところに売り込みに行っていただいてもかまいません。それでよろしければ、またご連絡したいと思います」
「は、はい! よろしくお願いします。……ですが……あの……」
「なんでしょう?」
彼はもじもじして言った。
「言いにくいことなのですが……。この設計図を担保に、お金をお借りできないでしょうか……」
「まあ、そんなにお困りなのですか?」
「はい。お恥ずかしいですが、平民の身では、この王都で生活していくことはなかなか……困難でして。学費は奨学金をいただいているのですが、生活費が足りず……」
「そうなのですね。この設計図を担保にすれば、あなたはこれをもう売り込みに行けませんよ。それでも良いのですか?」
「それを形にしてくださることを願うしかありません。私にはもう、後がないのです……」
キトーは俯いて言った。
「もしお金を返せなければ、この設計図の権利はブリアに移ります。それでもよろしいのですね?」
ミナはさらに念を押す。
「……それでも構いません。誰かが信じてくれなければ、この船は一生図面のままです」
「わかりました。では、とりあえず3日待っていただけますか? 3日間預からせていただき、その分のお金をお貸しいたします。3日後また、この時間にお越しいただければ、そのときにお返事いたします」
「わ、わかりました! ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」
そう言って、キトーは思い切り頭を下げた。
第116話 バンリオルの忠告
その後、ミナはバンリオル邸に行く。
「ボリックさん、お久しぶりです」
タンブリーのバンリオル邸であってから、もう1か月半だ。
「ああ、ミナさん。ようこそお越しくださいました」
ミナを応接室に迎え、お茶を出す。
「まあ、素晴らしいお庭ですこと!」
ミナは秋のタンブリーのバンリオル邸の素晴らしいバラ園を思い出す。そのときの美しさに勝るとも劣らない春の庭だった。その庭を眺められる場所にテーブルがあった。
「ええ。ありがとうございます。こちらの庭はもう100年も前から手入れしているのですよ」
バンリオルの本拠はこの王都フリストルなのだ。
「今回は、レオスト殿下のお呼びだとか」
「はい。そうなのです。殿下もいろいろお困りのようで…」
「ほう。それでミナさんの手を借りたいということですか?」
「はい。わたくしにできることはあまりございませんけど」
そう言って、ふふっと笑った。
「カイルも王都に?」
「いえ、残念ですが、彼は今、外洋に出ておりまして、まだ帰れぬのです。一度外洋に出れば、今は西風の季節なので帰りが遅くなりますからな」
「まあ、そうなのですね? カイルが海に…」
ミナは今まで、カイルが船に乗ることを想像していなかった。そして、バンリオルが言った意味を考える。
「それは、カイルが東に行ったので、西風の季節では帰りが遅くなる、ということでしょうか?」
「ええ、その通りです。まっすぐには帰って来られません。…ミナさんは船に乗ったことは?」
「ございませんわ」
この世界では、なのだが。
「ま、船は危険も多いので、私も今はほとんど乗らないのですよ。昔、修業時代はよく乗りましたが…」
「そうなのですね…」
ミナはキトーが言っていた言葉を思い出した。
「航路や日程が自由に選べます」
これはすごく価値があるものなのだろう。
「そう言えば、今日、船の設計図を預かりましたの。わたくしはよくわからないのですが、なんとなく、その技師は優秀であると感じたので、それを担保にお金を貸そうかどうか、考え中なのですわ」
「ミナさんはおもしろいことに首を突っ込まれるのですね。その設計図、拝見しても?」
「ええ、もちろん。ぜひご意見をお願いしたいですわ」
フリーゼが設計図を持ってくる。
バンリオルは設計図を広げてみる。
「ふむ…。これはなかなか…」
しばらく細かく仕様を読んでいる。
「ここの形は…ふ~む…」
バンリオルは船の底の部分をしばらく見ていた。その部分はキールと書かれていた。
そして、顔を上げると感想を述べた。
「操舵はかなり難しいようですな…」
「そう思われますか?」
「ええ。帆を部分的に動かすようです。乗組員が少し多めに必要となりますね」
そして、また顔を図面に近づける。
「なるほど」
「でも、……」
バンリオルは図面から顔を上げた。
「使い方次第かもれません」
「使い方?」
「これは速度を重視した船です。偵察船や伝令船には向いておりますな。衝角がないので戦うのは難しいですが、この構造ならば、軍の伝令船の方がよさそうですね」
「なるほど…。この船は風上にも進めますものね」
「ミナさん、そこにお気づきなのですね?」
「いえ、設計士が風上にも進めると言っていましたので」
「確かに。これは……マストが2本なので商船としてはまだ小さいですが…。まあ、この大きさでも、荷次第では商船にできますな」
「そう思われますか?」
「ええ。思います。
ただ、乗組員が多いということは、それだけ経費が掛かるということです。船倉はその分小さくなります。
熟練者でなければ操舵できないなら、船乗りの給料は高くなります。
しかし、速い分、寄港は減りますし、日程も少なくて済みます。その兼ね合いがうまく行けばいいのですが。
商船として採算が合うものにするには、運ぶ荷は限られますな」
「なるほど…。つまり、小さくて高価なものを運ぶしかない、ということですね?」
「そうです。すると、この形の船は高価なものを載せている、と海賊にバレバレですな」
そう言うと、バンリオルは笑った。
(だとすると、やっぱり軍の偵察船向きかな…?)
ミナはレオストの顔を思い浮かべるのだった。
「ところで、ミナさん、お気をつけくださいよ」
「え、なんでございましょう?」
バンリオルの言葉に不穏なものを感じる。
バンリオルの懸念とは……?
よかったら、ポイントをつけていただけると嬉しいです。
派手なお話ではありませんが、よく考えて書いています。応援してくださるとうれしいです。
よろしくお願いいたします。
用語集
ミナ … 主人公。ブリア行政顧問。見かけは18歳。中身は…
ゾーイ … ミナの護衛騎士
フリーゼ … ミナの侍女
レオスト … 王弟で、ミナの支援者
バンリオル … 大商会で、代表ボリックはミナの支援者
カイル … ミナの恋人で、バンリオルの私兵




