第14話 初めての契約書
ビジネスの語源は、「忙しいこと」なのだ。
細かい作業がたくさんあり、どれひとつ抜けても回らない。
成功したいなら、指示待ちで働くのをやめて、自分の「ビジネス」を持て!
「まあ、素敵なドレスね! カイルが買ってくれたんだって?!」
ヨーカやマティア、ゾーラとクリムラ。女たちがミナの周りに集まってきた。夕食の前の時間に、ミナが若草色のドレスを着たのだ。
春物なので、まだ少し早いのだが部屋の中なら寒くない。
「うわ~。すごい高級品じゃない」とヨーカが生地をじっと見ながら言った。
ふんわりした肩のパフスリーブ。ひじから先は細くつめてあり、丸い布のボタンが並ぶ。首元には共布の幅広のリボン。そして、胸の上部には細かなタックが入っている。
「カイル、奮発したわね。私もこんど買ってもらおうかしら」
「買わね~」
カイルが窓際の揺り椅子に寝転がって、すかさず返事をしている。
「うん、よく似合ってる。そういう色、村じゃ、なかなか着ないわよね。お金持ちのお嬢様の着る色だわ」
とヨーカが褒める。
「商会との打ち合わせにちゃんとした服がいるだろうって、カイルが…」
「気が利くわね。まだ子供かと思ったら」
ヨーカがクスクスと笑った。
「うわ~、ミナ、きれい」
スージャがやってきて、ミナの服に触った。後ろに二人の男の子たちもついてきた。
「手、汚れてない?」
慌ててヨーカが聞く。
「よ、汚れてない」
スージャは手を引っ込めて、手を確認した。ニマッと笑って、また触る。
「でも、商会と仕事するときに着るなら、上着が必要ね。任せて。私が上着を作ってあげる」
「え、ほんとう?」
「うん、ちょうどいいのがあるわ。仕立て直しを頼まれているんだけど、それを回せばいいわ。ま、中古だけどね。紺色の上着よ。テーラードカラーに細い白の縁取りがあるの。色もいいわ」
ヨーカが楽しそうに言った。
「ありがとう、ヨーカ!」
ミナはすごくうれしかった。みんながミナを応援してくれているようで、とてもありがたかった。
ミナは契約が決まる前にもあちこちの農家を回って、定期便の説明をした。
まだ成果が出ていないから、みんな及び腰なのだが、うまくいけば参加したいかどうかを確認していたのだ。
北区を中心に回っていたが、次は東区を回ることにした。南区はクルムがいるので、一番後回しだ。
今のところ、潜在的な参加者は結構いるように思われた。もし、試験運行が成功すれば、参加者は増えるだろう。とはいえ、まだ取引業者の返事は来ない。契約がなければどうにもならないのだ。
東区から北区に帰る途中、ミナはアスレチック場に続く道を歩いていた。
アスレチック場というのは、ミナの勝手な呼び方だ。訓練場と言う方が正しいかもしれない。そこで何やら音がする。誰かが訓練をしているようだ。カイルがいるのかもしれないと思って、ミナはこっそりと近づいて行った。
そこにいたのは、クルムだった。
(彼もやっぱり冒険者?)
彼は剣を持っていたが、この村では男が剣を持っているのは、アメリカで市民が銃を持っているくらい普通だ。いつも腰に差しているかどうかは別だが。それでも、こんな訓練をするのは兵士志望者か冒険者くらいなのだ。
(お兄さんが亡くなったって言っていたし…。リネットさんが参加したいってことは、男手が少ないってことだよね。それで、彼が冒険者ということは…)
母親はできるだけ、危険な仕事をしてほしくないだろう。それでも、彼は冒険者を目指しているのだろうか。
クルムは剣を振り回し、揺れて飛び込んでくる木切れを交わしながら、それを叩ききっていた。木切れが弾き飛ばされ、地面に転がった。クルムはそれを見下ろし、歯を食いしばった。汗が流れおちる。
ミナは彼に見つからないように、そっと去るのだった。
* * *
「やっと、商会本部の了承を得ましたが、最終確認をさせていただきたいと思います」
トージャーがわざわざ村の役場に来て、村長と副村長、ミナと最終的な詰めをする。
「こちらの取り決めで間違いはないでしょうか」
貴重な紙を使って、トージャーがまとめた条件が書いてあった。それをみんなで一つ一つ確認していく。最終的な合意がなされ、やっと契約書にサインをする段階になった。
副村長が何やら装置を持ってきた。その台の部分にミナ、トージャー、村長の登録証が3つ並べられ、そこに書かれた文字列が読み込まれる。すると、文字が現れる。この装置は暗号を解読するための装置なのだ。そして、本人であることが確認できると、契約書にサインして、契約が成立した。
「こちらがお持ちいただく書類となります」
村長がトージャーとミナにそれぞれの契約書を手渡した。
これで契約完了。やっと試験運行を開始できるのだ!
(こ、これがこの世界で初めてもらった契約…!)
これでビジネスができる。やっと自分らしく生きられる!
そのことが嬉しかった。
* * *
冬の2か月が過ぎ、肌寒い春となった。
最初の定期便は、まだ事業と呼ぶには心もとないものだった。まずは必要なものをチェックしたり、傷み率を確認したりする必要がある。
「最初の6回だけ、様子を見るためにやります。明日はその第1回目です。もちろん、買い取りは正式にしますので、明日から収益が発生します」
前日の説明会でミナは言った。
農家は前日の夕方に、農産物を保管庫に置きに来る。当日の朝、雨だと困るからだ。道はぬかるみ、荷車で野菜を運ぶのに時間がかかる。
逆に前日の夕方が雨でも、次の朝には運べる確率は高い。保管庫には鍵があるから大丈夫だろう。役場のそばには保安員の宿舎もある。兵士ではないが、保管庫の番人の役には立つだろう。
農産物の質の確認、量は木箱を単位にすること、そして、底に藁を一定量敷くなどの説明をする。販売の代金は村を通じて支払われるから、これは村人にとって安心材料だ。
農家たちは顔を見合わせて、ほっとしたようにうなずいた。
レイはこの一か月で、役場の荷馬車を何度か操り、御者の自信が付いたようだ。タンブリーの街でプライク商会の倉庫に農産物を引き渡すまでの決まった道だから、そんなに難しくはない。馬は扱い慣れているのだから。
「レイ、荷馬車の確認をしてね。車輪がずれていないかとか、ねじが緩んでないかとか、ホロが破れていないかとか。途中で動けなくなったら大変だからね」
「お、おう。わかった」
レイはせっせと荷馬車のあちこちを確認し始めた。荷馬車のことを少し学ばなければならない。多少の故障なら直せるくらいにならなくては。
その夕方に、ミナはレイとともに野菜を引き取り、数量や質を確認した。10軒で20箱が最初の荷となる。
次の朝8時前に、荷馬車に木箱を積んでいく。1頭でも運べる量だが、練習を兼ねて、2頭立ての荷馬車だ。レイと役場の男性職員と、カイルも手伝ってくれた。ミナが荷台に上げるには少し重すぎる。カイルがいなくなったら、男性二人で積む作業をすることになる。
「よし、出発だ!」
ミナはレイの隣に乗り込む。まだ寒いので、二人とも防寒用のマントを着ている。
「うん! レイ、よろしくね」
「おう、まかせとけ!」
「気を付けろよ」
カイルが見送る。彼もこのあと狩りに行くのだ。
レイが鞭を当てると、荷馬車がゴロゴロと音を立てて動き出した。
……無事にタンブリーの街にたどり着けるのか、まだ保証はなかった。
ビジネスで一番大切なこと。それは、「責任を持つこと」。
一人が失敗すれば、あとの二者に迷惑がかかる。
次回は、その最初の失敗をしてしまいそうな……?
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