どうしても成り立たないことがあるとき
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で認められ、ブリア侯行政顧問となり、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。ミナと領主アンドリオンはフレスタを訪れた。かつてアンドリオンを殺そうとした子爵の娘、マーギナは、父は無罪だと言い、村の洪水の責任を取ってほしいとアンドリオンに訴えた。そして、自分には結婚したい水利技師がいたが、子爵を継いだために結婚できなくなったと嘆く…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
でも、水利技師がいたのなら、あの洪水の危険性に気づいたのではないかとミナは思った。
「その方は今はどこに?」
と、ミナはマーギナに尋ねる。
「でも…彼はもう、バッカレーに戻りました。わたくしが当主となってからすぐでございます」
マーギナは悲しそうにうつむいた。
「そうなのですね…」
ミナはアンドリオンのほうを向いて言う。
「領主様、もしそのかたに何か大きな功績があれば、騎士以上の身分を授けることはできますか?」
「功績男爵という地位がある。しかし、それは国王がお決めになること。私ができるのは推薦までだ」
「推薦はできるのですね?」
「ああ、できる。それなりの功績があればな」
「もし、男爵になれば、子爵と結婚できますか?」
「まあ、周囲の反対はゼロとは言えぬが、かなり減るであろう」
ミナはうふっと笑った。
「だが、その者は本当に子爵との結婚を望んでいるのか? それを今一度確認したほうがよかろう。妻が自分よりも身分が高いというのを嫌がる男もいるだろう」
「それはそうですね…」
ミナとアンドリオンはマーギナを見た。
「そ、そんなことはございません! あの方はわたくしの力になりたいとおっしゃってくださったのです」
焦ったようにマーギナが言う。
「そ、そうですか…。ならばよかったです」
「ミナ、功績を上げると言っても、そんなに簡単なことではないぞ。簡単なことで男爵位などあげては、他の者が納得せぬだろう」
「はい。おっしゃるとおりでございます」
しかし、一度、水利技師として功績があったなら、かなりの実力者なのだろう。見込みはある。
とはいえ、まだ貯水池が可能かどうかもわからない段階なので、その話はそこまでとなった。
翌日、ビルガン村に向かうことにして、その夜は子爵邸に泊まる。突然の訪問なので、子爵は歓待の用意もできず、恐縮するので、部屋でアンドリオンとミナは一緒に簡単な夕食を取った。
3月の半ばの夜は暖かかった。月明かりの下の子爵邸の庭には薄紫の花をつける木がいくつか植えられていて、幻想的な美しさだ。
その庭を眺めながら、酒のグラスを持ち、アンドリオンはミナに言う。
「君も身分があったほうが良いだろう? どう思う?」
そばのソファにゆったりと座るミナは少し首を傾けて言った。
「わたくしは身分など必要ございません」
まったく欲しくなさそうな、きっぱりとしたその言い方にアンドリオンは少し驚いた。
「なぜだ? 身分があるほうができることが増えるであろう?」
「ですが、身分をいただいたら、平民とは結婚できなくなるではございませんか」
身分は結婚に直結する。結婚前の身には問題が大きい。
「なに? 君は平民との結婚を考えているのか?」
「もちろんでございますわ。そのうち結婚すると思いますが、わたくしのまわりはほとんど平民でしてよ。わたくしが身分を持てば、候補の範囲が狭まるではございませんか」
そう言うと、アンドリオンはミナの座る長椅子の隣に座った。
「ま、まさか君は…」
少し怖い顔をして、ミナに詰め寄る。
「な、なんでございましょう?」
ミナは少しアンドリオンから身を離す。
「……バンリオルと結婚するつもりではあるまいな」
「ま、ボリックさんとですか? さあ? なぜそうお思いになるのです?」
「あんな素晴らしいドレスを買ってもらっておいて、あの者にその気がないなどと誰が信じる?」
アンドリオンはずっとドレスの値踏みをしていたのだった。
「あれは、『お礼』としていただいたのですわ。わたくしとの結婚など考えていらっしゃらないと思います」
ミナは目を逆三角にして答えた。あのドレスでそんな想像をされているとは思わなかった。
「君に男の心がわかるとは思えんな…」
アンドリオンは少しバカにしたように言った。
(ま、失礼な)…と思ったが、たぶん当たっているのだろう。眉をしかめたが、ミナは反論しなかった。
「…では、カイルと結婚するとか?」
ミナはドキリとしたが、顔には出さなかった。
「ま、…それはあるかもしれません。あの…、カイルとは一緒に暮らしていましたし、私を何度も助けてくれていますし。一番身近な男性ですわ」
そう言って、にこりとした。後でカイルと結婚する布石を打つのは今だ!と思った。うっかり、ちょっと照れたかもしれないと思って、目が泳いだ。
「………」
アンドリオンはそのまま黙ってしまうのだった。
「なにか問題でも?」
「いや…。なんでもない」
「ご安心くださいませ。結婚しても、アンドリオン様がお望みの限り、行政顧問は務めさせていただきます」
「そうか…」
そう言って、長椅子を立ち、窓から外に目をやった。満月を少し過ぎた月が東の天に上っている。
アンドリオンは侯爵。二番目に高い爵位だ。もともと結婚相手はかなり狭い範囲でしか選べないのであった。
彼は酒を一気に飲み干すと、大きなため息をついた。
(わかってる…。ミナを妻にするのはもともと無理なのだ…。
たとえ正妻にできたとしても、侯爵夫人にしてしまえば、彼女は檻の中の鳥だ。
それでは、あの自由な翼が折れてしまう…)
ミナを得るのは絶望的なのだ。それは最初に父にも言われたことだ。
「なあ、ミナ…」
アンドリオンは月を見ながらミナに声を掛けた。
「はい。なんでございましょう」
「どうしても成り立たないことがあるとき、君ならどうする?」
「どうしても成り立たないこと?……そうでございますね…」
曖昧過ぎてよくわからない質問だが、ミナはそれ以上聞かなかった。
アンドリオンが言いたいことは少しわかった気がした。彼もまた身分に縛られているのだと。
(どうしても成り立たないこと…)
ミナが初めてこの世界に来たとき、すべてが崩れ去った。今まで培ってきたキャリアもすべて消えた。常識も通用しなくなった。
そのことを思い出した。
ミナはそこで、今まで思っていた人生の目的、「自分の力が最大限に生かせることをする」から、「この世界が自分に望むことをする」に変えたのだ。
すると、自分の小さな頭で考えるのではなく、高い視座で考えられるようになったと思う。
そして今では、その生き方が自分に馴染んでいた。
「どうしても成り立たないことがあるときは、おそらく、視座が低いのです。ですから、それは視座を上げよ、という未来からの意志だと思います」
「ふむ…。視座を上げる…とは?」
アンドリオンは少し振り向いてさらに尋ねる。
「きっと…。価値観を変えるべきか、それとも人生そのものの目的や意味を変えるべきなのだと思います。そうすれば新しい道がみつかるでしょう」
なんとなく口をついて出たのがその言葉だった。
アンドリオンはしばらく考えた後、小さくつぶやいた。
「……人生の目的や意味を変える、か」
ミナのいる世界の世界観を想像していただければ幸いです。
これらの問題点が、後でミナにも降りかかります。
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用語集
ミナ … MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。
アンドリオン … 若きブリア領主
マーギナ … フレスタに住むシューマイル子爵。父はアンドリオンを暗殺しようとして罰を受けた
ティルダス … ブリア内バッカレー領の城下町
バッカレー … フレスタのある領地の名
フレスタ … バッカレー領の町
ビルガン村 … 洪水が起きて死者を出したフレスタ内の村
バンリオル … 大商人でミナを支援している
カイル … ミナの恋人でバンリオルの私兵




