カイルの自信と深い満足
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で認められ、ブリア侯行政顧問となり、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。ミナを愛するカイルは、ミナにふさわしい男になるために、大商会バンリオルの私兵として自分を磨いていた。カイルが極秘に調査中、突然相棒のフライアがさらわれた。それを追って船に上がると…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
バンガは何が起きたのかわからなかったが、とっさに身をかがめてナイフを構えた。倒れた男は腹を蹴られたようで、そのまま気絶した。
侵入者の男がいるのは分かったが、出口は月明かりの逆光で誰だか見えない。ランタンは小さく、出口までは照らさない。
「誰だ!?」
バンガが声を張り上げる。しかし、侵入者はしずかだった。殴り倒した男を片手で引っ張り上げて、バンガに向かって投げつける。それを避けようとして、バンガはうっかりナイフを落とす。そこへ侵入者がバンガに殴りかかる。
フライアには何が起きているかわからなかった。積み荷が邪魔をして様子が見えなかった。船には通常、当直が残っている。仲間同士の争いなら、さらにひどい扱いを受けるかもしれない。ぶるぶると震えた。
バンガは侵入者の拳を避け、殴りかかろうと腕を伸ばしたが、手首をつかまれただけで軽く投げ飛ばされ、倒れた腹を思い切り蹴られた。「グッ」と血を吐きながらも落ちたナイフを拾い、また立ち上がろうとする。
が、その足をすくわれ、また倒される。バンガの手からナイフが宙に飛んだ。侵入者はそのナイフを宙で奪い、バンガの肩を突き刺した。
「グオッ」と声を上げてバンガが床に縫い付けられる。
それから、侵入者はフライアの前に置かれた積み荷を乱暴にどけた。
「フライア…」
(カ、カイル?)
フライアは目の前にいる男に驚愕した。カイルだ。どうやってここに来れたのか? こんなに早く?!
緊張がどっと解けて、思わず涙があふれた。
「よかった。やっぱりここだったか」
トーチで3人がいる場所を見ただけだ。フライアがいる確証はなかった。
カイルは自分の短剣でフライアの縄を切った。そして、さるぐつわを外す。
「カイル!」
思わず抱きついた。
(…なんで?!)
「なんでここがわかったのか」と聞きたかったが、唇が震えて言葉が出ない。奇跡のようだった。
カイルも安心して抱きしめる。
「怪我はないか。ひどいこと、されなかったか?…」
フライアがカイルの肩で、首を何度か縦に振る。涙で顔がべたべただ。カイルの身体は濡れて氷のように冷たかった。
カイルはホッとした。
(…絶対に何も失うものか…!)と心の中で誓った。
「当直が来ないうちに脱出する。奴らが乗ってきた舟がある。あれに乗るぞ」
そう言ってカイルはフライアの手を引っ張り、船倉を出た。
後ろからバンガがうめき声をあげる。
声を出されたら、そのうちに当直がやってきて、ふたりを追うだろう。
甲板に出て、小舟にフライアを先に下ろすと、ロープを外す。しかし、かなり固い。焦ると余計に外せない。
なんとか力任せに外すと、自分も飛び降りる。船体が揺れる。
(奴らに気づかれる?!)
急いで全力で漕ぎ始めた。オールが水をパシャパシャと叩く。
船の窓をランタンが動くのが見える。船乗りたちの騒ぎ声がかすかに聞こえる。一人の船乗りが甲板に船腹に身を乗り出して小舟を見た。残りは船倉に行ったのだろう。
そのときには、小舟は船からかなり離れていた。追いかけて来るには奴らも小舟を出すしかない。それには時間がかかる。
フライアは小舟にしがみつき、身をかがめて震えていた。まだ危険は去っていなかった。
波止場に着くと、ロープで固定してフライアを引っ張り上げる。
脱ぎ捨てた服を着て、革袋を取り戻す。
「走れるか?」
フライアは頷く。震えているのは寒さのせいかまだ残っている恐怖のせいか、わからなかった。奴らが追ってこないうちに、できるだけ早くここを立ち去るべきだ。
カイルはフライアの手を掴んで、宿舎へと走って行った。ここまで逃げれば、とりあえずは安心だろう。
宿舎に戻るとすぐにフライアに毛布を掛け、暖炉に火をつけて、身体を温める。
今すぐ守備隊に駆け込むこともできる。だが、まずはフライアの命の方が先だ。
「フライア、来い」
暖炉の明かりでやっと気づく。
「殴られたのか?」
目の周りや頬が腫れていた。その顎を持って暖炉の光のほうに向けた。
「うん…。あいつ、知っているやつだった…」
真っ青な顔で震えているフライアは、いつもとまったく別の女に見えた。
カイルは自分の荷物からユーリカの瓶を取り出す。洗面用の水盤に水を注ぎ、布を濡らして、それにユーリカを少し付けた。それをフライアの顔に当てた。
「復讐だって…」
唇を震わせてぽろぽろと泣き始める。
「奴隷にするって言ってた…」
言葉にするとまた恐怖がよみがえる。ぶるぶると震えが止まらない。
「泣くな…」
そう言ったとたん、つい最近、「いつか泣かす」と言った自分の言葉を思い出す。目の前の顔はそんな冗談でさえ苦しく思えた。
「悪かったな…」
なんとなく謝った。
「バカ…。なに謝ってるの…。ほんとにバカ」
フライアが布で涙を拭いて憎まれ口を言う。
カイルは少し安心した。
フライアには憎まれ口がよく似合う。
もうしばらく憎まれ口を我慢しようと思った。
カイルも身体が温まった後、濡れた服を着替えて、フライアを宿舎に残して支店長の待つ事務所に行き、証拠の品を渡す。そして支店長と共に港湾守備隊に連絡し、とりあえず船が出航できないように手配した。
必要な手配を終えると、宿舎に戻ってフライアが暖炉のそばで寝ているのを確かめる。その身体をベッドに移動して寝かせてやる。そして、自分もしばらく死んだように眠った。
* * *
次の日は港湾局守備隊詰所で事情徴収だ。バンリオル支店長と同行しているので問題はなかった。
今ややつらの最大の罪はフライアの誘拐と奴隷売買未遂だ。そして、次が香木抜き取りの窃盗だ。やつらを尋問すれば、一味が捕らえられるだろう。
「人を売ろうとした時点で極刑だ」
と、港湾監察官は言った。
「それにしても…」
監察官はカイルを見て、言葉を続ける。
「まだ若いようだが、よくあの二人を相手にして倒せたな」
フフッとカイルは笑う。
「ああ。あいつらはどんなに強くてもただの船乗りだろ? 俺はバンリオルの私兵だ。戦闘訓練を受けたプロなんだよ」
あの程度の奴らはカイルの敵ではない。バンリオルの私兵以前に、もともと腕のいい冒険者だからだ。カイルは10歳のときから魔物相手に実施訓練をしてきた。魔物に比べれば船乗りたちの動きは格段に遅いのだ。
「そ、そうか…」
凄みのある顔でそう言われると、警備隊長もおののいた。
隣でフフンとフライアが笑う。「坊やのくせにえらそうに」と言いたげだ。
その意味がわかって、カイルがフライアをにらむ。
(ま、もういつものフライアだ)
そう思うと安心した。
スラーラでの仕事はこれで終わりだ。
ふたりはのんびりと市場を歩いた。少し歩くたびに元気のいい売り手がふたりに声をかける。見たこともない果物だ。その呼び声を聞きながら、異国情緒を楽しんだ。
そして、屋台で焼き鳥と、パタに似た地元の平たい焼きパンを買い、市場のテーブルに座って食べた。
フライアはフードを深くかぶり、顔をできるだけ隠している。青あざがひどいからだ。それを見ると、カイルは少し胸が痛む。しばらく黙って焼き鳥を食べていた。
今日の潮風は少し暖かい。カラフルな旗がひらめく。カモメが少しうるさい。遠くでドラが鳴る。
「帰りの船は3日後ね」
「ああ。それまでは休暇だな」
少し遠くに目線をやり、フフッとカイルは笑う。何かを企んでいる顔だった。
「何か予定あるの?」
「ああ。俺は魔物狩りに行くんだ」
「え?! 魔物狩り? 物好きね」
「俺を誰だと思ってる? 冒険者だぞ。アーガリアにしかいないバーズっていう魔物がいるんだよ」
「あはん。…まだ冒険者のつもり? 『バンリオルの私兵だ』ってえらぶってたくせに」
「あれは表の顔、冒険者は裏の顔だ」
「表も裏もないでしょ。身体は一つなんだから。ダメよ。やめておきなさい。アーガリアの魔物の特徴、知らないでしょ? 危険だわ。何かあったら旦那様が困る」
「……そうだな。図書館でまず魔物の情報を学んで…」
「ムリったら。そんな短期間で学べるわけない」
(…やっぱうるせぇ…)
やっぱり姉のヨーカを思い出す。言い方がそっくりなのだ。カイルはため息をついた。
「旦那様が困る」
フライアのその言葉が頭の中で響いた。
(そうか。俺はもう、バンリオルの私兵の主軸ってことか…)
フライアがそう認めているのが心地よかった。
バンリオルの私兵となってすでに一年と三カ月が過ぎた。順調な成長だと自分でも思う。
昨日の夜は突然すべてを失う恐怖があった。だが、今はすべてが手に戻ってきて、評価されている。
フライアが焼き鳥を食べているのを見ると、すべてが元通りなことに安心する。
(ま、勝ったな…)
そう思うことにして、うんうんと頷く。そして、ニマリと笑った。
「なに笑ってんの?」
焼き鳥の串が飛んできて、額にぶつかり、頭の上にのっかった。
いつものフライアだった。
第二部 おわり
次回から第三章「進化する王国」が始まります。ミナが王都で評判を上げます!
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用語集
ミナ … MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。
カイル … 元冒険者でミナの恋人。今は大商人バンリオルの私兵
フライア … 先輩のバンリオルの私兵で姿を消す魔法が使える
バンガ … フライアを襲って船に連れ去ったアーガリア人
トーチ … 索敵用の魔法具
ユーリカ油 … カイルが育てている薬草の万能薬
バンリオル …大商会。代表のボリックはミナを支援している。
スラーラ … ミナたちが住む対岸のアーガリア大陸の国
パタ … 野菜を入れて焼くお好み焼きのような食べ物
旦那様 … バンリオル商会代表のボリック




