一方、バンリオルは黙っていない。反撃準備開始
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で認められ、ブリア侯行政顧問となり、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。ミナを支える大商人バンリオルは、奴隷を使う商法のルーガン商会に取り付け騒ぎを仕掛けられ、あわや倒産というところまで追い詰められたが、ミナの提案した国家銀行案によって助けられた。バンリオルはルーガンの残党に報復を始める…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
第96話 詐欺師レンダの提案
2月の半ば。王都はまだ寒い。
薄暗い酒場の隅の六人掛けの席に、4人の男と1人の女がひっそりと座っていた。空気は湿って重かった。
他の席ではいろいろな話に花が咲く。
「でよ、俺はレオスト様に言ったんだ! 『金は?』ってな! そしたら、レオスト様がよ…」
酔っぱらった男がうれしくてたまらないというふうに、顔を真っ赤にして涙声で言う。
「『金は十分に用意されている。それを王様が保証するとおっしゃっておられるのだ』だってよ…。俺、こんなにうれしい日はなかったぜ。俺の一言に王弟レオスト様がよ…」
その男は男泣きに泣く。
「また始まったぜ。ガーゼルの自慢話だよ…」
テーブルを囲む男たちが苦笑いしている。
「何べんおんなじ話をするんだよ」
と、別の男が笑う。
「うるせぇ! 王弟殿下と対話できたなんて、一生に二度とねえ。俺はもう思い残すことはねぇ…」
「お前、死ぬのかよ。堂々と死んで来い!」
ワハハと周りの男たちが笑う。
その会話を壁際の男たちが忌々しそうに聞いている。
「くそ…。なんでこうなった?」
50代の大柄な男が吐き出すように言った。
「旦那様は明日には死刑だ」
「くそ…」
みな悲痛な思いで、酒を煽る。
「ここにいても、もうできることはない…」
30代の小柄な男が言う。
「虚言を言うものは処罰するって言われたからな…。もう酒場でルーガンやバンリオルの名は出せないぞ。俺たちもこのままじゃ危ない。要注意人物として名前を上げられているからな」
「じゃ、どうするんだ?」
「逃げるのか?」
女が答える。
「どこへ? 逃げる場所なんてもうないわ。復讐するしかないのよ。考えなさいよ。次の手を」
「金は…?」
小柄な男が女に聞く。
「金がなきゃ、復讐もできないんだよ」
「だったら、バンリオルから盗めばいい」
女が言う。
「簡単に言うな。どうやって? 今は警備がきついぞ」
男たちはそこで止まった。皆、顔を下に向けて黙り込んだ。
逃げ場を探す獣の集まり――そんな空気だった。
そのとき、扉が開く。2月の冷たい外気が流れ込み、男が1人入ってきた。
背丈は190センチ。布が帽子から垂れ下がる黒いシャペロン帽をかぶり、顔の下半分には無精髭。黒い切れ長の目だけが静かに周囲を測っている。
ぐるりと酒場を見回すと、迷いなく奥へ歩き、隅の5人の席で止まった。
「席、空いてるか?」
誰も答えない。男は勝手に座る。
女が自分の酒のグラスを手元に引く。
「あんた、誰の紹介?」
「紹介はいらない。俺はあんたたちを知ってる。そして、儲け話を持ってきただけだ」
数人の男が沈黙したまま手を腰にやる。短剣の位置を確認している。
「まあ、聞け。話を聞くだけなら、損はしないだろ? 俺のことはレンダと呼べ」
「ふん。偽名臭いな。何の用だ?」
「俺はな、俺のために死んでくれるやつらを探しているんだよ」
「な、なに?!」
「お前たち、知ってるだろ? 海上保険ってやつだ」
レンダは海上保険の説明書をテーブルに広げて見せた。
「ああ、もちろん知ってるさ。俺たちは交易商の…」
「バカ!」
女が若い男の頭をぶっ叩いた。
レンダはその様子を見て、フフッと笑いながら言った。
「船が沈むと金がもらえるってわけさ。だから、その船に乗ってくれて、死んでくれるやつを探してる」
「な、なんだと…・?!」
「あんたら、金が欲しいんだろ? だったら、この話は悪くないぜ」
「俺たちが誰だか、なんでお前が知ってる?」
レンダはニヤリとした。
「あんたら、取り付け騒ぎの前に、さんざんルーガンとバンリオルの噂してたろ? だからわかったのさ。あんたらはバンリオルに復讐したいやつらだってな。酒場を5軒ハシゴして、やっとみつけたぞ」
5人は青ざめた。逃げるべきか、迷っている。
「安心しろ。俺はそんなことどうでもいい。ただ、金が欲しいだけだ」
「か、金?」
「あんたらの復讐劇に乗ったところで、金はもらえねえ。だから、それには乗らない。俺は金が欲しいんだよ。それも大金がな」
レンダはそう言って、にやりと笑った。
大柄な男が女を見た。男はルーガンの元大番頭のドルク。女はその愛人のレディアだ。
「……続けろ」
レンダは給仕を呼んで、酒を頼んだ。そして、その酒が来るのをゆっくり待つ。腕を組んで、貧乏ゆすりのように片足を動かす。その間、ニタニタしていた。
給仕が酒のグラスを置いて去ると、身を乗り出して、ひそやかな声でこう言った。
「…俺が計画しているのは、保険金詐欺だ」
誰かが鼻で笑う。
「は? そんな古臭い手…」
レンダは視線だけで黙らせた。
「ふん。成功した例があるか? 簡単なようで難しいんだよ。なんでかって言うと、結局、荷は積まなきゃいけねえ。船は沈まなきゃいけねえ。乗組員は死ななきゃいけねえ。誰がそんなこと、わざとやりたい?」
5人はつばを飲み込む。
「だが、死にたいやつっていうのは、いるもんだ。…あんたらみたいなやつがな」
テーブルの上に小さな革袋を出す。レンダはそれを振って見せた。中で銀貨が触れ合う重い音。
「俺は知ってるぜ。あんたらは会長を助けたかったんだろ? 最初から悪いやつらじゃない。でも、結局はバンリオルに負けた。そして、この国ではもう堂々と生きられない。
だったら、死んだふりして、名前を消せばいい。あんたらの登録は抹消される。そしたら、どこの国のやつにでもなって、バンリオルにまた復讐すればいいさ。俺はその先は知らん」
「…船はあるのか?」
大柄な男、ドルクが聞いた。
「ああ。ある」
「なんであるんだ? 沈む船を誰が貸す?」
「盗んだ船さ。だから、沈んで保険金が出れば、晴れて自分の船を買える」
「な、なるほど…」
「いや、待て。盗んだ船で保険がかけられるわけないだろう」
小柄な男がつっこむ。
「あは。俺一人でやっているとでも思うのか? 仲間がいるんだよ。そいつらがうまくやる」
レンダは黒い瞳を光らせた。抜け目のない男のようだ。
「……ふん。つまり、保険屋に…ってことだな?」
レンダは黙ってゆっくりと首を縦に振る。
「積荷は俺が用意する。表向きは高価な輸出品だ。保険金の額を高くするためにな。そして、航海中に沈没する」
「……事故ってことか」
「海賊船に襲われるんだよ。証人も用意する」
レディアが低く聞く。
「で、保険金は誰が受け取るの?」
「もちろん俺たちだ。お前たちには分け前をやる。分け前は七対三。七が俺ら。三がお前ら」
「なぜだ?」
「こっちは船を沈めるんだぜ。盗んだものって言っても、船は船だ。それに荷もな。経費ってやつがかかっているんだよ」
ドルクが沈黙する。この答えは彼にとって現実的だった。
レディアが腕を組む。
「で、私たちはどうやって生き残るの?」
「簡単だ」
レンダはグラスを持ち上げて、初めて酒を飲んだ。目を閉じて、うまそうににっこりする。
「海賊船に移ってもらう」
「な、なに?!」
「心配するな。そっちも雇ってる。アーガリアにでも連れていってもらえ」
「金はいつ支払うんだ?」
「海賊船に乗った時に、支払ってやるさ」
「支払えるのか? 保険金が出る前だぞ?」
「ああ。支払える」
レンダはきっぱりと言い、にやりと笑う。
「俺たちには大物の後ろ盾がいてな。海賊ともわりと仲のいいお仲間だ」
「なに…?!」
5人は顔を見合わせる。
「それはもしかして、元海賊のトガ…」
「おっと。それは口にしないほうがいいぜ」
「信じられん…」
「ま、俺は死んでくれる乗客の集団を探すのが仕事でな。今までも何回かはみつけたが、結構苦労する。だから、あんたらが迷うってのもわかるさ。
中途半端な返事じゃ、途中で逃げ出しちまう。だから、迷うんならやめろ。時間の無駄だ。
今すぐに返事しろとは言わねえぜ。だが、長くも待てねえ。明日返事しろ。いいか?」
「……」
「明日またここだ。じゃあな」
革袋の金をおいていき、レンダは立ち上がった。
「待って!」
レディアが慌てたように叫ぶ。
「なんだ? 質問か?」
「何人乗れる?」
「あんたらだけじゃないのか? …ま、荷を調整すれば、20人は乗れるだろうさ。だが、その分死人が増えても、保険金は増えねぇぜ。保険料が高くなるからな。それでもいいなら、何人でも乗せてやるさ」
「船が出るのはいつ?」
「7日後だよ。コブルーからだ。ここから3日かかる」
そう言って、レンダは出て言った。5人はそのまま酒場に残る。
レンダはしばらく街を歩くと、別の酒場に入っていく。
ここもにぎわっていて、騒がしい。
奥の二人席に座り、しばらく一人で酒を飲む。頼んだ焼き鳥が出て来る。それをうまそうに貪り食った。
しばらくすると、マントを着た薄い茶色の髪の小柄な女が入ってくる。
そして、左右を見回し、奥にいるレンダを見つけると、まっすぐ歩いてくる。
そして、当然のように前にドサリと座った。
「あいつら…」
女はそう言いながら、男の酒を勝手にごくごくと飲んだ。
「フライア。それ、俺の酒」
フライアは無視する。
「乗るわよ。この話。なんと16人だってさ」
食べかけの焼き鳥も勝手に食べる。
「食うな。俺の焼き鳥だ。俺をなんだと思ってる?」
「ふん」
そう言って、流し目をしながら指をなめると、男の無精髭の頬をその手で撫でた。
「無精髭のカイル」
にやりと笑った。
バンリオルで諜報員としての訓練を受けているカイル。
いろいろな技ができるようになってきました…。ルーガン残党はどうなる?
用語集
ミナ … MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている
レオスト …王弟。バンリオルを救う案を発表した
バンリオル … 5代続く大商会で、代表ボリックはミナを支援している
フライア … バンリオルの私兵の女で姿を消すことができる
カイル … ミナの恋人で、バンリオルの私兵




