初めての競売。大声が飛び交うはずが…
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で認められ、ブリア侯行政顧問となった。ミナはブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。しかし、ブリアは長年の侵略で金を使い、資金が足りない。そのため、ミナが村で一人で始めた農協の仕組み、「農民支援制度」を領地全体で採り入れるこにとなった。やっと準備が整い、初の競りが行われたのだが…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
第93話 市場の新時代
3月1日からは、ミナの定期便事業はブリア領全体の農民支援制度となるため、その準備がミナを待っていた。今はブリアも忙しい時期なのだ。
ミナは王都からタンブリーに戻り、次の日にアンドリオンの執務室に行き、報告に行った。
彼のまわりには官僚たちが何人か座っている。
「あの…。ただいま帰りました」
「ミナ。遅いではないか。王都で遊んでおったのではあるまいな」
まるで、思春期の遊び盛りの子を叱る親だ。
行く前も、この忙しい時期になぜ王都に行くのかと、さんざん言われた。
「まあ。とんでもございません。王都では大変なことがございましたのよ」
「なんだ。大変なこととは?」
「取り付け騒ぎにございます」
「な、なに?!」
周りにいた行政官たちの中にも驚きの声を上げるものがいる。
「で、その銀行は?」
「バンリオルでございます」
「な、なんと…?!」
「で、どうなった?!」
口々に問う。
「はい。なんとか1日で済みました。王弟殿下が国王陛下の王命を銀行の前で発表なさり、それで収まったのでございます」
「本当か? で、原因はなんなのだ?!」
「はい。ただの噂でございます。バンリオルを恨みに思う商会がしかけたのですわ」
「な、なんと…」
皆絶句する。
「商いの世界とは……おそろしいな」
「はい。でも、おかげで、わたくしがご提案させていただいた国家銀行の案が通ることになりました」
「な、なんと…?」
アンドリオンは驚く。その話を聞いたとき、ブリアの財務部は皆がほぼ無理だろうと言っていたからだ。
「で、国が銀行の支払いを保証する、とレオスト殿下が発表なさったので、民衆は安心して、騒ぎは収まったのです」
「君は運がいいのだな…」
「わたくしの運ではございませんよ。わたくしのための案ではございませんから。商会や国のための案なのです。つまり、今回はバンリオルの運の良さですわ」
「なるほど。確かにな」
官僚たちも頷いていた。
「それより、役人のほうは教育できましたか?」
「ああ、できている。なんと、エカーリアが役人の教育を担当していてな。ちゃんとできているようだ。あさってから各所に回る予定だ」
アンドリオンはうれしそうに笑った。
* * *
その昼に、アンドリオンはエカーリアとミナを昼食に誘った。
「ミナさん、わたくし、新しい役人たちの教育の担当をさせていただいております!」
「ええ、エカーリア様。素晴らしいですわ。ご一緒に、細かく業務を書き出しましたものね」
「はい。細かく書き出してみると、どこで何を言うべきかなどがわかり、しゃべる内容を演劇の語りのように作り、それを皆に言うように言ったのでございます。すると、皆よく覚えてくれました」
「まあ、エカーリア様。それはとても良い案ですわ!」
「はい。そして、互いに役柄を替えて、農民の役、役人の役を交互にやり、いろいろな質問に答えられるようになりました」
「それはすごいです! お見事ですわ」
エカーリアがここまでできるとは思わなかった。
これはロールプレイング研修だ。現代でもよくやる訓練である。エカーリアはそれを自分で考案したのだ。
ミナがエカーリアの教育を始めて、すでに半年だ。しかし、今まで引きこもっていたとは思えないほど、順応している。
それは、ミナが心を直す修正を施したからだけではなく、父と兄が処刑されるかもしれないという大きな恐怖がエカーリアを変えた。
無力なままでは許されない、自分も守る側にならなくては、と自分で決意したからなのだ。
「ミナ。私にもそういうことを言ってはくれないのか?」
「なんですか? アンドリオン様は何をお聞きになりたいのです?」
「私も頑張っているぞ。褒めるがよい」
「まあ…。アンドリオン様。まだお若いのに、領地全部を見通して、それを采配なさるなんて、本当にご苦労様ですわ。統治の難しいこの地をよく治めておられます。おかげさまで、農民支援策が進んでおりますわ」
ミナはそう言って褒めておいた。
「もうよい。…君にそう言われると、自分が幼く思える…」
アンドリオンはムスッとする。
「…難しいお年頃なのでございますね」
そう言ってクスッと笑う。
「ミナ。君は本当は私よりもずっと年上であろう? その見かけにもう騙されぬぞ」
アンドリオンがじろりとにらむ。
「ま…。何をおっしゃいますやら…」
(ば、ばれた? 実は6歳上ってこと…)
ミナの目が泳ぐ。
「絶対そうに違いない」
アンドリオンは確信するのであった。
* * *
3月1日。農民支援制度が始まり、初の競りとなる。
まだ夜の冷えが残る早朝。ブリアの空は白く曇り、東の空が赤く染まり始める。城下は、すでに目を覚ましていた。
馬車だまりを備えた広々とした敷地に、屋根だけの建物がある。
中には何層にもなった巨大な木製の台が組まれている。それは観客席だ。その向かい側には山ほどの木箱や穀物袋が所狭しと置かれている。
役人たちが中央に机を並べる。秤が三基設置される。
山ほどの木箱の中身は旬の野菜だ。検査官が分量を確認する。
それらには次々と、「開始値」と分量、等級が書かれた木札がつけられる。
農民の申請ではなく検査官が正しく計った分量と等級。役人が仕切る競り市ならではの確実性だ。
農民たちは観客席のまわりに集まっていた。緊張している。ざわめきが低い。
「本当に売れるのか…」
「値がつくのか…」
「商人たちはこんな朝から来るのか?」
中央広場の市場は朝8時に開く。周辺の常設店は朝9時からだ。それらの時間より前にこの競りは行われるので、商人たちはこの競りに間に合わなければ商品が買えない。
しかし、続々と荷馬車が集まり、商人たちが集まってくる。
厳しい目つきで商品の値踏みを始める。木箱の中身をじっくりと見て回る。そして、気に入ったものの番号を控えている。そして、どれをどれだけ買うかと今試算中なのだ。
ミナは、端に置かれた領主とその側近のために並べられた椅子に座り、その様子を見ていた。
(私の始めた事業がこんなにも本格的なものに成長した…)
それはミナにとって、胸がどきどきするほど心躍る光景だった。
隣に座るアンドリオンも興奮しながらその様子を見ていたが、ミナを振り向いてにっこりと微笑む。
太陽が昇り始めた。
会場に置かれた小鐘が一度鳴る。
高い音が広場に広がると、商人たちは値踏みをやめて観客席に座る。
競り市の責任者であるイソールズ卿が立ちあがった。
イソールズは中央の台へ上がる。
そして、集まった商人たちや農民たちに言う。
「ブリアはこれから、新しい制度を発足する。その名は農民支援制度。農民たちの負担を減らし、農作物を適正な価格で販売する仕組みである。
本日よりブリア領の農産物は、役場が農民から直接集め、公開競りにより取引される。参加できるのは認可を得た商会。そして、その見物は誰でもできる。
公開の場で農産物は一番高い値を付けたものに落札されるであろう。こうして、適正価格がつけられるのだ。その代金は、農民に正当に分配される」
イソールズは集まった聴衆をぐるりと見渡す。そして、右腕を高く上げ…。
「では、競りを始めよ!」
そう言って、腕を勢いよく下ろした。
カン、カン、カン!
鐘が三回鳴る。
競り人が叫ぶ。「第一品目! 春青菜、等級1、3箱! 出品者254 開始値――!」
誰もが最初に声を上げるのは誰かと注目する。しかし、その緊張の中、声を上げるものがいない。何人かの商人が前に出て野菜をチェックするが、声を上げない。
(え、誰も声を上げない…??)
ミナはドッと恐怖が襲う。
本来は大声であふれるはずの競売が……静寂?!
まるで、ミナの頭がカンカンと叩かれたように、ショックで全身が固まった。
何事も、初めて行う時は、思わぬ展開に…。ドキドキのミナ、どうする?
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
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用語集
ミナ … MBAを取得したあと、異世界に来て、自由港を作り上げようとしている。
ブリア … ミナが住む領地で、長年侵略に悩んでいる
タンブリー … ブリアの城主が住む中心地
アンドリオン … ミナが住むブリア領の若き領主
レオスト … 王弟。国王アル―ストの弟
ボリック・バンリオル … 大商人にして、諜報部を持つ
エカーリア … アンドリオンの妹。元引きこもり
イソールズ卿 … アンドリオンの補佐官




