「王の剣」トガリアの初仕事
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、ブリア領を侵略から守るため、ブリア侯行政顧問として、コブルー港を自由港とする構想を立てる。ミナを保護する大商人バンリオルは、ルーガン商会の残党に取り付け騒ぎを仕掛けられ、あっという間に国全体の崩壊の危機に発展した。ミナの「国家銀行」案を国王は承認し、王弟レオストを銀行に派遣する。ミナたちは合気道を使って民衆を追い払い、やっと銀行に戻る。王弟レオストの「国家が支払いを保証する」という発表で、民衆は安心し、取り付け騒ぎはやっと収集したのだが…。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
第92話 アルソーの情報
その夜もミナはバンリオルの館に泊まった。バンリオルはきのうの報告を受けに昨日の夜遅くまで、そして今日の朝は早くから銀行に詰めていた。
ミナはさすがにのんびりしたくて、朝からゆっくりとお茶を飲んでいた。
お茶を飲み終わったら、ブリア宿舎に戻るつもりだ。
「ミナ様、お客様でございます」
使用人のメルサがやってきた。
「え、わたくしにですか?」
ここにいることを知っている人は思い当たらないのだが…。
「はい。トガリア商会の者だとおっしゃっています」
「まあ、そうですの?」
ミナは玄関広間に降りて行った。
そこにいたのはアルソーだ。
「アルソー!」
ミナは笑顔で近寄った。
「ミナさん」
「どうしてわたくしがここだとわかったの?」
「あはは。そのことも話したいんだけど、バンリオルのだんなに話があってな。向こうは大変そうだから、俺が行くと警戒されるかもしれないだろ。だから、あんたと一緒なら、だんなに会えるかもって…」
「ボリックさんに話があるのね。でも、彼は今忙しそうだけど、急ぎの話?」
「そうだ。すごく急ぎなんだ。昨日の件で情報を提供したい」
「わかった! ちょっと待っててね。馬車を…」
「いや、馬車ならもう用意してあるから、あんたが乗り込んでくれたらいいよ」
「そうなの? わかった。ちょっと待ってて。メルサ、荷物をまとめてくれる?」
そう言って、上に上がって、着替えてマントを着る。荷物を持って、このままブリアの宿舎に帰る準備をした。そして、アルソーとともに馬車に乗った。
館から銀行までは、馬車でほんの数分だ。
今日は王都も普段通りに戻り、商店は普通に店を開け、客は優雅に買い物をしている。いつもの調子を取り戻していた。
「きのうは大変だったな」
「きのう、あなたもあのあたりにいたの?」
「いたもなにも…。あんたが大立ち回りしたの、見たぜ」
「えっ?!」
「アハハハ! あんなおもしろいもの見たの、初めてだよ!」
「やだわ。はずかし…」
ミナは両頬を手で包んで顔が赤くなるのをごまかした。
「いやいや、海賊顔負けの迫力だったぜ。あのバンリオルが小者に見えたってのが策だよな。ジオルダンも後で笑い転げてたよ」
おもしろそうに笑うアルソーをにらむ。
「もう~。で、話は他にあるのよね?(その話をしに来たんなら許さないから…)」
「ああ、重要な情報だぜ」
ふたりは銀行に着いた。ミナはニキールを呼び出し、ボリックに取り付いでもらいたいと伝えた。
応接間で少々待たされた後、バンリオルがやってきた。
「やあ、アルソー」
バンリオルはアルソーに手を差し出し、握手を求めた。
「君の情報のおかげで、心の準備ができましたよ。感謝します」
「いやいや。遅すぎただろ? …でも、結局、すごいこと、やっちまったよな。さすがだ」
「王国が流動性提供を保証するってやつですな。まったくありがたいことです」
「で、今日はそっちの件じゃないんだ。渡したいのはこれだ」
そう言って、アルソーはカバンから、1枚の紙を取り出した。
そこには、いくつかの名前と住所が書いてある。
「これは?」
「今回、うその情報を流して、取り付け騒ぎを起こしたやつらの名簿だ」
「えっ?!」
バンリオルとミナは同時に声を上げた。
「そんな名簿をどうやって…?」
バンリオルは驚愕の様子でアルソーを見た。
「噂ってのは、だいたい酒場で広まるもんだ。それも、突然じゃない。数日かけてゆっくりと噂を流す。だから、俺たちは最近、酒場でバンリオルとルーガンの名前がよく出て来ることに気づいていたのさ。
それで、わざとその話に乗ってみた。そしたら、取り付け騒ぎを起こそうとしていることがわかったのさ。
で、昨日、馬車で銀行の付近にもどってきただろ? そこを狙うことも推測できた。酒場では馬車の紋章の話をしていたからな。
だから、昨日、取り付け騒ぎが始まると、うちの商会員を民衆の中に混ぜておいたんだ。そしたら、案の定、あの女が民衆を誘導した」
「あの女?」
「あんたらが馬車を降りた後に、女が怒鳴ったろ?『あれがバンリオルだ』ってな。あの女、誰だと思う?」
「え、誰ですか?」
「あれは、ルーガンの大番頭の女だよ」
「え、そうなのですか…」
バンリオルはショックを受けた。
「そして、こいつとこいつは元番頭…。こいつはその部下で…」
そこには5人の名前があった。
昨日の騒ぎでわざと騒ぎ立てる怪しいやつをトガリアの商会員たちが跡を付けたのだ。そして、居場所を突き止めた。
「これで全部かどうかはわからねえし、こいつらもまあ、証拠はいまのとこ、ないからな。だけど、こいつら、このままでは収まらねえかもしれねえぞ」
「うん、そうね」
ミナも同意する。
「これは助かる。こいつらを監視すればいいですね」
バンリオルは安心したように笑顔を見せた。
そして、表情を険しいものに変える。
「こちらもこのままでは終わらせませんよ…」
そこにはバンリオルの強い意志が隠されていた。
トガリア商会のアルソーがバンリオル商会を助けるのは、トガリアもバンリオルと同じく「王の剣」となったからだ。これはトガリアの初仕事となる。
王国を揺るがす取り付け騒ぎを起こしたルーガンは、バンリオルとトガリアの共通の敵となった。
「ま、話はそれだけだ。で…、さっきも話してたんだけど、昨日のミナさんの立ち回りがすごくてさ~、大笑いだったよな!!」
「またその話する…」
アルソーにつられてバンリオルも笑い出すので、ミナは小さくなってしまった。
「あっという間に男3人を投げ飛ばしたのもすごいけど、『お下がりなさ~い』って扇だけで、ビシビシ人をよけさせてんの! マジ笑った」
「ごめん…。もうやめて」
ミナは恥ずかしくて涙目だ。アルソーはバンリオルとさんざん笑った後、「じゃ」と軽い挨拶で帰って行った。
「はあ。とにかく、よかったですね。要注意人物がわかれば、手を打てますね」
「はい。助かりました。あれもこれも、ミナさんのおかげですよ」
バンリオルはそう言って心の底から感謝した。
「あの、国家銀行という案…。本当にすばらしいです」
バンリオルはそれを天から降りてきた女神の策のように感じていた。今回は、まだ暫定案だが、その導入の一歩となった。
「いえ。わたくしこそ、ボリックさんに陰ながら助けられていること、ちゃんと存じておりますわ。直接にはおっしゃいませんけど」
ミナは微笑んだ。
それから、銀行から帰ろうとしたが、「あ、馬車が…」と気づいた。
「ああ、馬車をご用意しますね。お待ちください」
ミナは国家銀行の案はカルドゥスに任せることにして、セグリオと共にタンブリーに帰ることにした。
(王都に来てもう二週間。そろそろ帰らないと、アンドリオン様に叱られる…)
ミナには重たい上司なのであった。
時は2月の初め。3月には農民支援策が始まる。その前にすることがいろいろとあるのだ。
ミナがこの世界に来てから、2年半が過ぎたころだった。
(農民支援制度…。これが私の実質的な初仕事。これを成功させなくちゃ…)
まだまだミナの官僚としての実績はあるとは言えない。
自由港はまだ赤字だし、農民支援制度はやっと仕組みづくりが始まったところで、まだ利益はない。
(先は長い。まだまだ始まったばかりだわ…)
この長い旅をやり遂げられるのか…。
ミナはときどき、自分がやり始めた仕事のあまりの壮大さに、押しつぶされそうな気がするのだった。
バンリオルの反撃が始まる…?!
優秀な私兵を持つバンリオルが、このまま黙ってはいない!
…その前に、ミナのブリア領地巡りが始まります。
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用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。ブリア領主にブリア侯行政顧問に任命される。合気道が得意
ボリック・バンリオル … 大商人でミナの知恵を高く評価している
トガリア商会 … ミナの味方の商会
アルソー … トガリア商会の参謀。バンリオルを慕う
ジオルダン … トガリアの代表
ニキール … バンリオルの番頭
ルーガン商会 … 奴隷を使うことを許容する商会。




