バンリオルの心遣いと、カイルの愛の告白(第87、88話)
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で起業する。ミナの賢さに気づいたブリア領主アンドリオンはミナを行政顧問に迎えた。ミナは、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。そして、王府に国家銀行案を提案。また、ミナを守る大商人バンリオルに、トガリア商会の二人を引き合わせた。すると、トガリアのアルソーは「ルーガン商会が復讐を企てている」と予告したのだった。
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
「あんたは大商会。当然銀行も持っている。銀行はもろいもんだ。信用という目に見えないものを壊すのは、ビードロの花瓶を壊すのと同じくらい簡単なのさ。俺が言うのも釈迦に説法だろうがな」
アルソーは険しい顔で言った。
「…ええ。気をつけてはいるのですが…。人の噂はなかなか阻止できませんな」
バンリオルはそう言って、顔を曇らせた。
「だな。これは準備するしかねえぞ」
ミナも心配そうにバンリオルをみつめる。
「準備ね…。わかったわ。ありがとう、アルソー」
「なんでねえちゃんが『ありがとう』なんだ?」とジオルダンが不思議そうだ。
「もしかして、…ボリックさんと結婚する予定とか?!」
「違うわよ! ボリックさんにはいろいろお世話になっているの。
ブリアがなんとかやっているのだって、ボリックさんが王様にとりなしてくれたりしているからなのよ。詳しくは言えないけどね」
今回、金融部に国家銀行の話ができたのも、バンリオルのつてがあったからだ。
「あは、そうか。ねえちゃん、俺も嫁さん募集中だから、候補に入れてくれよな」
「アハハ。わかった。考えとく」
そう言って、ミナは笑った。
こうして、4人の会談は終わった。
――ルーガン商会が何を狙っているのか、まだミナにはわからなかった。
第88話 永遠の愛の土台
帰りの馬車の中でバンリオルとミナは黙り込んだ。
「もちろん、うちの者もルーガンには気をつけているのですが…」
まずバンリオルが言う。
「銀行を狙うと言うと…」
ミナもアルソーの言葉を思い出して言った。
「しかも、暴力ではないと言っていましたわ。だとすると…」
バンリオルは顔を上げて、眉にしわを寄せて結論を言った。
「あれしかありませんな」
「やはりあれですか…」
ふたりは腕を組んで、「う~ん…」と唸った。
ふたりが恐れているのは、銀行の破産の噂だ。取り付け騒ぎを起こすのは、こういう時の常とう手段なのだ。嘘であろうと、そんな噂が出れば、誰でもお金を引き出そうとするものなのだ。
「対策と言っても、これは難しいことです」
「とりあえず、各地の現金を集めておく?」
「ふむ。それも罠のような気がしますが…。王都の誰かに借りると逆効果になりそうですし…」
「うーん…」
ふたりとも頭をかかえた。
その夜、ミナはバンリオルの邸宅に泊まることになっていた。ミナがカイルと話せるようにと、バンリオルが気を利かせたのだ。
外にいる間は常に護衛だから、話をするわけにはいかない。だが、バンリオルの邸宅内なら護衛はいらないので、そこでミナと話ができるだろうという配慮だ。
ミナが与えられた部屋は、暖炉で温められていた。前と同じに、ピンク色のベルベットのカウチがテラスに向かっておいてある。分厚いカーテンは閉められて、部屋は暖かい。
ミナがカウチに座ってまだ考え込んでいると、カイルが入ってきた。
「カイル!」
ミナは抱きついた。
「ああ、ずっと待ってたわ。カイルと話をするの」
「ああ、俺も」
「カイル、すごい出世よね。王城に連れていってもらえるなんてね」
ミナはカイルの短くなった髪の毛を耳の上で少しつまむ。それを見てカイルが微笑む。
それから二人でカウチに並んで座った。
「髪を切ったら前よりももっと大人びたわ」
「俺、大人だから。もう22だって言ったろ?」
「まだ22歳でしょ。私はもう…」
ミナは自分の年を言おうとして、「うっ」と口を閉じた。実質30歳ではないか?!
高校生くらいのときには、「30になったらおばさん」と思っていた。その年にいつの間にかなっている。ただし、見かけはなぜかほとんど変わらないのだが。
「ミナは見かけが変わらない。やっぱり妖精?」
「それって、天然っていう意味ね?」
ミナがにらむ。カイルは楽しそうに笑う。
そして、ミナの手をそっと握った。
「1年前にさ、王都に行く前に納屋で話をしたろ?」
「うん」
「…あのとき、納屋で俺が言った言葉、覚えているか?」
「う~ん。カイルが『ミナとずっと一緒に暮らしたかった』って言ったわ」
ミナはその言葉が少し嬉しかった。でも、その時はそれを言えなかった。過去形だったからだ。
しかし、その言葉はずっと胸の奥に大事にしまっていた。
「そう。それから?」
「で、私が『未来、まだあるでしょ?』って言った気がする。カイルはもう未来がないみたいな言い方だった」
「ああ。あのとき、俺はもう未来がないと思ってた。領主から王族を襲う命令を受けたんだぞ。
もう死ぬか、一生逃げ回って生きるしかないと思った。
……でも、バンリオルに助けられた」
「え、王族を襲う命令…? それ、レオスト殿下の…あの事件のこと?」
「ああ。ミナも知っているだろ? だから、ブリア領主が謹慎させられただろ。
あのとき、あの暗殺事件を失敗させたのは、バンリオルだ。そして、バンリオルが部下に俺をそこから引き離すようにって…。
王都のバンリオル邸でミナに会う前だよ。それがなかったら、俺は逃亡者になってたか、悪く行けば処刑されてたな」
ミナは少し青ざめた。ブルッと震える。今まで聞いたことがなかった。
ミナは、王太子アルーストに呼ばれたあの夜を思い出す。
あのときは、バンリオルはまったく知らない様子だった。
実は、あれはミナのための完璧な演技だったのだ。
あのとき、彼はすでに王太子がレオストに襲われることを知っていて、その件からカイルを引き離し、暗殺そのものも阻止したということだ。
(ボリックさんがカイルを助けてくれた…)
その言葉をミナはかみしめた。カイルがバンリオルに拾われたことは知っている。その場にいたからだ。だが、そもそもその前に彼がカイルを助けたとは、聞いていなかった。
「カイル…。よかった…」
彼の肩に頬をあてた。
(ううん…。それだけじゃないわ…)
ミナは当時のことを思い出した。
ミナはなぜあのとき、バンリオルがミナを王都に誘ったのかがわかり始めた。
バンリオルはミナがアンドリオンの仕事をしていることを知っていた。そして、これからブリア領主が王太子暗殺に失敗して、嫡男アンドリオンもろとも処刑されることを知っていた。
彼はあらかじめミナを血なまぐさい事件から遠ざけようとしていたのだ。
カイルと同じ時期に王都にいたのは、偶然ではなかった。
そして、今いるこの部屋に通された。
この部屋のクローゼットにはミナのために用意されていたドレスがあったのが不思議だった。
(あれは全部私のためだったんだ……)
ミナは改めてバンリオルの先読みの能力と、ミナに対する思いやりに感動した。
カイルはミナの肩を抱きながら、言葉を続ける。
「納屋で、未来がないって思っていた俺に、ミナがなんて言ったか覚えてるか?」
「う…んと。『二人で進化すれば、きっと未来はある』かな? よく覚えてないわ」
「うん、そんな感じ。進化したら一緒にいられるって言った」
「そっか」
「だから、俺は進化することを目指したんだ」
「そう…。たった1年で全然変わったのね」
「マナーを学んで、言葉遣いも学んで。髪も切って…。もう冒険者の雑なやり方をやめて、型にはまって生きることに決めた。不自由に感じても、それが進化だとわかった。バンリオルを見ているとそれがわかる」
「うん。カイルの一番苦手そうなことよね」
ミナはカイルがかなり苦労したであろうことを想像する。
カイルは苦笑いした。
「ああ、苦労した。反発心が出てきたり、ぶち壊したくなったり…。よく考えたら、俺はバンリオルの働きのカケラもできていないってのが真実なのにな。
自分が相当傲慢な奴だって気づいた。
『なにえらそうに反発してるんだ』って、毎日自分で突っ込み入れてた」
「それ、いい気づきね」
ミナはクスクス笑う。
「やっぱり?」
カイルは素直に認めた。
「でも、すごい努力だと思うわ!」
それは心からの称賛だ。
「そう思う?」
「うん、思う」
「俺は進化したか?」
「進化した。すごくした」
「ミナと一緒に暮らせる?」
「うん。暮らせるわ」
「ずっと?」
「うん…ずっと…」
カイルの顔が近づいてきたのに気づく。思わず目を閉じる。
そして、カイルがミナの頬を持ち上げてキスをした。それは優しくて長いキスだった。
初めてでもないのに、ミナはドキドキする。ずっと待っていたかのように。
「ん…」
「ミナ、俺はミナにふさわしい男になるから、待っていてほしい」
「カイル…。それ、いつまで? 長いと待たないから(私、30だし…)」
「う~ん。あと1年。バンリオルの護衛として自信がつくまで」
「あと1年ね。わかった…」
ミナは目を閉じて、再びカイルのキスを受けた。ぎゅっと彼を抱きしめる。
ミナの言葉をしっかりと受けとめてカイルが進化したことが、本当に嬉しかった。
(カイル以外の人と結婚するつもり、最初からないけどね…)
そんなことを思いながら。
(でも、それを言うと進化しなくなるといけないから、言わないわ)
うふふ、と心の中で笑う。
「愛とは相手を成長させること」
ミナが教わった大学の、心理学の先生の言葉を思い出す。
「甘えさせてくれることでも、そのままの自分を受け入れてもらうことでもありませんよ」
と、祖母のようなその先生は微笑みながら言った。
「相手が進化した姿を願う。自分も共に進化する。それが永遠の愛の土台です」
と先生は言った。
大人になってからの成長とは身体のことでも昇進のことでもない。精神の進化そのものだと。
その言葉の意味が今はよくわかる。
カイルが冒険者のままなら、ふたりの世界は分かれてしまっていたことだろう。
ミナは王族にも会う立場の官僚。
それに対して、カイルは一匹狼の狩人。
それでは同じ価値観を共有できない。
最初は愛し合っていても、価値観を共有できなければ愛は短期間で終わってしまう。
そして、「どうして愛は終わってしまったの?」と嘆くのだ。
精神の進化は永遠の愛をつかむために必要なことだ。
(カイルと二人で、この世界で成長できる…)
それがミナに永遠に続く幸福を予感させた。
暖炉の爆ぜる音は、ここではやさしいつぶやきのようだった。
ルーガン商会がバンリオルに復讐する日はすぐにやってきた…!
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用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。ブリア領主にブリア侯行政顧問に任命される。
ボリック・バンリオル…大商人でミナの知恵を高く評価している
アルソー… トガリア商会の参謀
ジオルダン…トガリア商会の現会長。元海賊。
ルーガン商会 … 奴隷を使うことを許容する商会。それに反対するバンリオル商会を攻撃し、代表が逮捕された
カイル…ミナを助けた冒険者で家族同然。今はバンリオルの私兵
レオスト…王弟。ブリア領主と結託して王太子暗殺を試みた
アルースト…今は国王。かつてブリアを割譲しようとした王太子




