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参謀アルソーの智謀と度胸 (第85、86話)

MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で起業する。ミナの賢さに気づいたブリア領主アンドリオンはミナを行政顧問に迎えた。ミナは、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。そして、高級宿の入札会を開催した。その際に、ミナは隣国イルマランが金融侵略を仕掛けていると知り、その対策を王府の金融部に提案するのだった。

一方、ミナを思うカイルは大商人バンリオルの護衛として、進化していた…。


このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!


初めてお読みになる方は、下に用語集があります!


「かしこまりました。

 ミナはカルドゥスに向かって、もう一度説明する。


「現在、銀行はすべて、商会として活動する商業銀行です。しかし、ここに国がつくる銀行があるとします。その銀行は、商業銀行のための銀行となります。つまり、商業銀行の親でございます。


 子に通貨が足りないという状況になったとき、親が子に通貨を貸し出します。

 すると、子は安心して、客に対応できます。客もまた、子の後ろに親がついているとなると、安心して子の銀行にお金を預けたままにするでしょう。


 この仕組みがあれば、通貨を全部動かすことはなくなりますので、通貨危機は生じにくくなるのではないかと申し上げたいのでございます」


 カルドゥスの目が光った。


「そなたは通貨危機を回避できる方法を述べているのだな? それはつまり…国家そのものを銀行にするということか?」


「はい。さようでございます。これを仮に『国家銀行』と呼びましょう。これは通貨危機をある程度回避できるやりかただと、わたくしは考えているのでございます」


 ミナはあえて、現代で使われている「中央銀行」という言葉を避けた。


 これは国家との関連がわかりにくいからだ。国立銀行という言葉も違う。他の銀行とは種類が異なることが明確にならない。


 徴税権と通貨発行権、法的支配権がある国家がつくるからこそ、他の銀行にはない力があるのだ。その点がわかりやすいように、国家銀行と呼んだ。


 カルドゥスが低く言う。

「……それは、王国の信用そのものを担保にするということだ。失敗すれば、国家は破綻する」


「はい。ですが――それをしなければ、商人が先に破綻いたします。すると、国家も破綻するでしょう」


「むむ…。商人を守れと?」


「商業は国の根幹。血液の流れと同じです。商人を守れば、国もまた守られるでしょう。コブルーはそれを目標としているのでございます」


「うむ…」

 カルドゥスは眉間にしわを刻み、しずかに俯き、考え込むのだった。


 官僚たちも腕を組み、うつむく者、宙を見て考える者。皆真剣な表情になった。


「これは…金融の革命となるのか…?」

 カルドゥスは思わず言葉をもらす。


 誰も微動だにせず、カルドゥスの言葉をかみしめていた。


「……この話は、いますぐには返答できぬ。しばらく私が預かろう。財務庁で検討してみることを約束しよう」

「はい。よろしくお願いいたします」


 もう言って、ミナはそこで引き下がった。


 真剣に考えてもらえるのかどうかはわからない。しかし、すぐにできるものではないことも承知している。辛抱強く祈るしかない。


「ふむ…。国家銀行とな…」

 目を閉じてカルドゥスは黙り込んだ。


 暖炉の爆ぜる音が不穏な気持ちにさせる。それがしばらく部屋を支配した。



第86話 トガリアの参謀



「はあ~。私は緊張しましたよ…。なんとか終わりましたな。いや~、すごい案でした。私にはもう何が何だか…」


 そう言いながらセグリオはミナを伴って、王城を歩いていく。二人の護衛付きだ。


「わたくしも正直、かなり緊張いたしましたわ」

 ミナの本音だ。自分が場違いな存在であることは承知している。


 その日の夕方からは、商人たちや商務官たちの交流会が王城で催される。それに向かうところだ。


 サロンにはすでにたくさんの人が集まっている。あまり女性はいない。

 ミナは扇を口元に当て、周りを見回す。


 セグリオの周りには、元同僚や知り合いの商人たちが集まる。自分はどうしようかと思っていると、横から声を掛けられた。


「ミナさん」

 バンリオルの声だ。

「ま、ボリックさん…」


 そう言いながら、彼のほうを振り向くと、りっぱな衣装に身を包むバンリオルがいた。そばには番頭のニキールがいる。


「お久しぶり…」

 と言いながらバンリオルの後ろに控えているもう一人の男性に目がいった。

「え…?」


 バンリオルは勝手にミナの手を取って、貴婦人に対する挨拶をしながら、少し笑っていた。ミナが何に驚いているのかわかっているからだ。


「カ、カイル?」

 バンリオルの後ろにいたのは、カイルだ。もちろん、護衛としてそばにいるのだが、驚いたのはその見かけだ。


「あの、ボリックさん、これはカイルですよね?」

 目を真ん丸にして、ミナはバンリオルに尋ねる。

「あはは。そうですよ。お身内をお忘れですかな?」


 カイルが黙っているのは、彼はあくまでも護衛だからだ。ここでは護衛は余計な挨拶はしない。

 だが、ミナを見て、楽しそうに声を出さずに笑っている。


 カイルは見かけがまったく違っていた。長めの髪の毛は短く整えられ、ウエストを絞った上質な生地の紺の長めの上着を着ており、その分たくましい体つきが感じられる。


 どこから見ても立派な護衛騎士だ。サロン内では武器は携帯禁止なので、剣は持っていない。まるで、貴族の1人と言われても納得するくらい、馴染んでいた。


「カイルには、こういう場所にもついてきてもらえるよう、マナーを学んでもらいました」

 バンリオルは笑顔で言った。


「すごいです! 全然別人みたいだわ。進化したみたい!」

 そう。彼は進化したのだ。ちょっと照れている表情が、まだ昔のカイルの面影を残しているだけだ。


「まあ、こちらにお座りください」

 バンリオルがミナを案内して、ソファに座らせた。彼は隣に座る。そして、バンリオルの後ろにニキールとカイルが、ミナの後ろにはミナの護衛が立った。


「ミナさん、コブルーの入札会では、なんとも大変なことがあったようで…。うちのコブルー支店のものが、そのすばらしい采配に感動しておりましたよ」


「まあ、とんでもございません。わたくしはふたりの先輩官僚に助けられたのですわ!」

 ミナもあの落札会のことを思い出す。


「最後にはトガリア商会の者に助けられたのです。そのお話はご存じですか?」

「ええ! 聞き及んでおりますよ。モーガダイが攻めてきた…という話ですな。後で、モーカドールが地団太を踏んだ話も漏れ伝わってきておりますよ。あれは傑作ですな!」


 バンリオルは声を上げて笑った。

「やっぱり? そのままだまされてくれればよかったのですけど。そううまくはいきませんね」

 ミナは扇を顎に当てて、宙を見る。しかし、さすがにモーカドールは戻ってくることはできなかったようだ。


「トガリアというのは、最近急に大きくなった商会でして。なんでも、天才的な戦略家がいるとのことです」

「まあ。あのかた、有名なのですね。アルソーというかたですよね?」


「そう、ご存じですか? アルソーと言いましたな。あの男の話は、最近、商人の間では半ば伝説になっております」

「伝説…?」

 ミナは静かに問い返した。


 バンリオルは少し声を落とした。

「価格操作を仕掛けられて、仕掛けた商会を逆につぶした話をご存じですかな?」

「いいえ…」

「ではお話ししましょう」


 それは二年前。トガリア商会が扱っていたアーガリア大陸南方香料の価格が、突然暴落した。理由は単純。ある大商会が市場に大量放出したのだ。明らかな価格操作だった。

 

 供給を一気に増やし、価格を下落させる。ライバルをそこで困窮させ潰した後に、それを安値で買い戻す。商人なら誰でも知っている、ライバル潰しの古典的な手口だ。


 狙われたトガリアは、在庫を大量に抱えていた。普通なら破産である。



「だがアルソーは慌てなかった」

 バンリオルは指を一本立てた。


「まず彼は、暴落した香料をさらに買い集めました」

 ミナは目を見開いた。

「え…? 値下がりしているのに?」

「ええ。しかも借金までして」


「それでは破滅では…。貸す方も貸す方ですけど」

 ミナはその点にあきれた。

「そう思いますよな。一隻しかない船を担保に差し出したというから、恐ろしいではありませんか」

 それは、必ず勝つという自信だ。


 バンリオルはゆっくり続ける。


「だが彼は買い集めた後――ある噂を流した。『南方航路で疫病が発生した』。もちろんうそではありません。実際に小規模な感染はあったのです。

 しかし、それは輸送停止になるほどではありませんでした。ところが商人は恐れます。

『船が止まるかもしれない』『供給が止まるかもしれない』

 うわさを聞くと誰もが先に動きたいのですよ。するとどうなると思います?」


 ミナは小さく息を呑む。

「ええと……買いが殺到する?」


「その通り」

 価格は急騰した。暴落前の三倍。いや…四倍。


「そしてアルソーはどうしたと思います?」

 バンリオルは笑う。

「全部売った…ですか?」

 ミナが微笑む。


「ええ。彼は勝ったのです。

 そして、こう言ったそうです。

 『価格を操る者は“供給”しか見ていない。俺は“恐怖”を見る』ですと」


 ミナは思わずつぶやく。

「う~ん。さすがです。市場は感情で動きますからね」


 ミナは現代の「恐怖指数」を思い出す。株価の上下は恐怖で生じるから、上下の動きを「恐怖指数」と呼ぶのだ。


「ええ」

 バンリオルは深くうなずく。


「価格を操作した商会は、安値で買い戻すつもりだった。だが市場が慌てて買いに走ったため、買い戻せなかった。その結果、価格操作を仕掛けた側が破産したというわけです」


「……それはもう戦いですね」

「そう。剣を抜かずに勝つ戦いです」


 少し間を置いて、彼は付け加えた。

「そして恐ろしいのはここです」


ミナが顔を上げる。

「アルソーはその疫病の情報を――香料を買い始める前に予測していたのです」

「え…?」


今回ミナが王都に来た理由は、一つは金融対策の提案。もう一つは、コブルーの危機を救ったトガリアのジオルダンの表彰。次回はその「王の剣」の地位授与です。


用語集

ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。ブリア領主にブリア侯行政顧問に任命される。

カルドゥス… 王府の財務庁金融部の部長

コブルー…ミナが自由港にしてブリアを守ろうとしている港

セグリオ… 王都から派遣された商務官僚、ミナの同僚

ボリック・バンリオル…大商人でミナの知恵を高く評価している

カイル…ミナを助けた冒険者で、今はバンリオルの私兵

トガリア商会… コブルー宿の入札に現れた、元海賊の商会

モーガダイ…東の国で、傭兵船団を持つ

モーカドール…入札に来ていた隣国イルマランの商会。通貨操作を企てていた


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