井戸に水はあるが汲みだす桶がない…(第85話)
MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で起業する。ミナの賢さに気づいたブリア領主アンドリオンはミナを行政顧問に迎えた。ミナは、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。そして、高級宿の入札会を開催した。しかし、その途中で侵略者が港を襲うという事態になり、会場は大騒ぎとなった。その際に、ミナは隣国イルマランが金融侵略を仕掛けていると知り、その対策を王府に訴えることとなった…
このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!
初めてお読みになる方は、下に用語集があります!
ミナは財務庁金融部長のカルドゥスに対策を訴える。
「お金がない」という言葉には二つの意味がある。
帳簿の上では十分な資産を持っていても、すぐ支払うための通貨が手元になければ支払えない。これは井戸に水はあるのに、桶がないのと同じだ。
もう一つは、帳簿の上でも資産が足りないこと。これは、そもそも井戸に水がないということだ。
後者は経営の問題だが、前者は金融システムの問題なのである。
経営の問題は本来、国が介入するものではない。
だが金融の問題は放置すれば国全体を巻き込む。逆に、国が解決しなければ、国自体が信用を失う。
通貨攻撃という戦いかたがある。これは、剣の戦いではなく、通貨不足にして国の信用を落とし、国を滅ぼそうとするやりかただ。
井戸でたとえれば桶を奪うことだ。資産という水があっても、汲みだすことができなくなれば資産がないとみなされる。
そして、通貨という桶を生み出せるのは国の特権なのである。つまり、解決できるのは国しかいない。
今のところ、イルマランのそのような行為に気づいたら、逆にアラゴンキアになだれ込んだイルマランの通貨であるマラ通貨を売り、キア通貨を買い戻すということで対応するしかない。
現代ではこのために外貨準備という貯金をしている。これは国際通貨であるドルを一定量、ダムの中に貯めておくことだ。これで水量を調整するのである。
だが、国際通貨がないこの世界ではこれはかなり難しい。すべての国の通貨をプールすることなど不可能だからだ。
また、キア通貨を買われたからと言って買い戻そうとすると、キア通貨はどんどん高くなる。
すると、どの国もキア通貨が十分に手に入れられず、アラゴンキアの商品が売れなくなる。こうして、結局は井戸の水まで干上がってしまうのだ。
日本でも円高の時期が続いた時には、輸出産業は苦しんだ。井戸の水がぎりぎりの量しかなかったのだ。
「そのようなことは歴史上、何度も起きておる。仕方がなかろう。各商会がそれに耐える通貨量を持つしかないであろう」
カルドゥスはため息まじりに付け足す。今までもこの問題でさんざん苦労してきたことを思い出したに違いない。
「剣を使った戦いと同じこと。時には殺せるが、時には死ぬ。商人も戦士も同じであろう」
ミナは大きく身を乗り出した。
「そこを何とかしたいのでございます」
周りの官僚たちがざわつき始める。
「たとえば、…たとえばでございますが、そんな状況のときにも必ず支払いを約束する仕組みがあれば、商会は全額を引き出そうとせず、今必要な量のお金だけを引き出すでしょう。
つまり、銀行の支払いが減ります。すると、一度に大量の通貨を用意する必要がなくなります。すると、通貨危機が起きにくくなります。
このような仕組みができないでしょうか?」
「なに? 今なんと申した? 必ず支払いをすると約束するから、支払いが減る? 意味がわからぬ…」
たとえば、1万ポルを受け取るという取引をした商会があるとすると、その1万ポルの金をどうするだろう?
その商会は、今日必要な金を取り出し、残りを再び銀行に預けるだけだ。つまり、実際に動かすのは1万ポルの金ではなく、ほんの一部なのである。
逆に、1万ポルの現金を持っていけと言われると、そのほうが損をする。この時代には輸送する費用、安全に保管する必要がバカ高いからだ。
かつて、中世の大商人メディチ家はそのことに気づいた。そして、現金を動かさず、帳簿上で商売をすることを始めた。これは天才商人のやり方なのである。
しかし、これが成り立つには、「井戸にはいつでも水がちゃんとある=預かっているお金をいつでも引き出せます」という証明してくれるところが必要なのである。
これがない場合、利用者は納得せず、銀行に殺到し、自分の金を全部引き上げようとする。これが「取り付け騒ぎ」だ。これでは通貨危機がなくても銀行は干上がる。
ミナが言いたいのは、現代の中央銀行の制度だ。
国が中央銀行をつくり、一般の銀行、つまり商業銀行がもしお金が足りなくなった時に、中央銀行が商業銀行に貸し出す。
すると、商業銀行はいつでも利用客にお金を支払える。すると、利用客は安心して、通貨を全額動かそうとはしなくなる、つまり取り付け騒ぎは生じにくくなる、ということだ。
つまり、中央銀行の役目は、商会が安心して銀行にお金を預けたままにできるための最後のダムなのだ。
「絶対的に信用できる銀行が一つあり、その銀行が他の銀行を守ります。すると、商会は通貨を動かさなくても、取引はできるでしょう」
とミナは現代の金融システムを頭に思い浮かべて言った。
これは、井戸に水が無い銀行を救うのではなく、桶が無い銀行を救うためである。
「それはそうかもしれぬ。だが、絶対に信用できる銀行など存在せぬであろう?」
カルドゥスは意味がわからないとばかり、首を振る。
「絶対的に信用できる銀行とは、国がつくる銀行です。倒れることを許されない銀行と言った方が正しいかもしれません。
国には徴税権があり、通貨発行権もございます。国は通貨を生み出せるのです。
法的な強制力もございます。一般の銀行はそうではありません。ですから、国の銀行は誰もが信頼できるでしょう」
「徴税権があるから、国が銀行をつくれば信頼できると?」
カルドゥスはカッと目を見開いて、その言葉に注目した。
自分がまだよく想像できない、何かの価値があると見出したのだ。
「むむ…。すまぬがもう一度最初から説明してくれぬかな」
カルドゥスは真剣に聞き始めた。
「必ず支払いをすると約束するから、支払いが減る?」
ミナが発案する対策を、金融部官僚たちは理解ができず…。
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用語集
ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。ブリア領主にブリア侯行政顧問に任命される。
セグリオ… 王都から派遣された商務官僚、ミナの同僚
イルマラン … 西の隣国
アラゴンキア…ミナの住むブリア領のある国
キア通貨…アラゴンキア国の通貨




