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剣を使わない、新しい戦争… (第83話)

MBAを取得し、アメリカで働いていたミナは、異世界で起業する。ミナの賢さに気づいたブリア領主アンドリオンはミナを行政顧問に迎えた。ミナは、ブリア領を侵略から守るため、コブルー港を自由港とする構想を立てる。その第二段階として、外国商人が泊まれる高級宿の入札会を開催した。しかし、そこに来たのは一癖も二癖もある商会ばかり…。ミナは自分が甘すぎることを知った…。


このお話は、ミナがブリア領の行政顧問となり、ブリアを侵略から守るため、自由港を作り上げるという壮大なお話です。長いお話ですが、よかったら、お付き合いください!


初めてお読みになる方は、下に用語集があります!

 第83話 モーカドールの野望


 次に呼ばれたのは隣国イルマランのモーカドール商会である。


 扉が開いた瞬間、入ってきた男は意外にも静かだった。


 年齢は50前後。灰色の衣。装飾は少ない。だが、布地は明らかに上質だった。そして、コインを加える鷹の紋章のあるベレー帽をかぶっている。


 指には太い指輪が一つ。宝石はついていない。ただの金の輪だ。それにしては少し大きいのだ。台形になっているように見える。


(あれは…魔道具?)

 タンブリーの魔道具店で見たような気がした。何をするものだったっけ…。よく思い出せないが、ミナは直感した。


(きっとあれは、声を録音する魔道具。言質を取ろうとしているのだわ)


 ミナは書字板にそのことを書き、セグリオとバラントンに示した。

 二人は同時に頷く。


 男は丁寧に礼をした。

「モーカドール商会代表、エルバンと申します。本日はお時間を頂戴し、光栄に存じます」


 声も静かだ。だが、温度がない。


「どうぞ、お掛けください」

 ミナが勧めると、男は音も立てずに座った。椅子に身体を預けない。背筋がまっすぐだ。


 セグリオが話を始める。


「エルバン、そのほうの案によると、この宿には両替商と貸金庫があるようだが…」

「はい。ございますな」


「これはどういうことだ? 両替商の許可は出しておらぬ。コブルーにすでにある両替商をここに入れるとでも?」


 コブルーには当然、許可を得た商会の両替商がある。


「いえ。それはもちろん、イルマランからの両替商にございます」

「ふむ…」


 セグリオはゆっくりと言った。

「そなたは知らぬはずはあるまい。異国の両替商が開業するには、厳正な許可が必要であると」


「は、…もちろん存じております」


「ではなにゆえに、この宿の入札に両替商があるのかな?」


「もちろん、許可を申請するつもりでございます。しかし、なにぶん、建物を作るのに1年半の時間がかかります。両替商の許可は1年半以内にはいただけるかと」


「ほう…。なるほど」

 セグリオは頷き、バラントンを見た。


 バラントンが言葉を引き継ぐ。

「確認だが、この宿には必ず両替商を入れたいということなのだな? それもイルマランの業者に限ると?」


「は、そのとおりにございます」

「しかし、許可が下りるとは限らぬぞ。出なかった場合はどうする?」


「出るまでお待ちいたす所存でございます」

「ほう…では、なんとしても、イルマランの両替商を出店させるということなのだな?」

「さようにございます」


 バラントンは大きく頷く。そして、またセグリオと顔を見合わせる。

(これは脅しですぞ…)

 と小声で二人がこそこそと言う。


 ミナがエルバンに尋ねる。


「エルバン、あなた方の目的は両替商を出店することであり、宿は二の次なのですね?」


「いえ、もちろん宿も出したく存じます。ご提案のとおり、各国が交流できる宿は、必ずや商人たちの活動に役立つでしょうから」


 セグリオが鋭い目をしてエルバンをにらむ。

「ふむ。通貨の両替の際の手数料を下げるつもりではないか? さらに、イルマランに有利な為替比率にするつもりであろう」


「そ、それはもちろん、その時の為替相場に応じて…。あくまでもイルマランの商会のためにと…」

 エルバンは言葉を濁した。


「為替比率はイルマランに有利にし、手数料を下げる。それが長く続けばどうなる?」

 エルバンは一瞬だけ笑った。ほんの一瞬。唇の端がわずかに動いた程度だ。


 セグリオはバラントンを見た。

「コブルーの両替商は倒産ですな」

 とバラントンが答える。


「いやいや、そこまでは…。イルマランの商会のみにしかそのような特典はいたしませんので」

 とエルバンは身を引きながら両手を振る。


「イルマランの商会のみの特典のようにおっしゃるが、多くの商会は他国にも支店を持つ。イルマランの支店を本店にすれば、どの商会もその恩恵を受けるということではないか。


 つまり、このコブルーの利益はイルマランに持っていかれるということですな」

 バラントンが追い打ちをかける。


 ミナもハッとした。それは、このコブルーが望んでいることだからだ。


 各国の商会の本部をここにおくことでコブルーを守ろうとしている。それが自由都市だ。そのやりかたに気づいたのか、それとも先にやろうとしていたのか、イルマランは自国の銀行にさまざまな特典を用意して、各国の商会の本部をイルマランに置かせようとしているのだ。


 コブルーにイルマランの両替商を置けば、コブルー港の特典を実質的に乗っ取ることができるということだ。


「いやいや、そこまでの意図はございません…」

 エルバンは無表情をやめて、苦笑いをする。


(ふむ。読めたぞ)

 セグリオは唇だけで二人にそれを表現した。そして大きく頷いて、エルバンに言った。


「少々お時間をいただけますかな? こちらの打ち合わせが終わったら、お呼びいたしますので、待合室でお待ちください」

 エルバンは素直に立ち上がる。


「かしこまりました。では、お呼びをお待ちしております」

 そう言って、一礼して部屋を出て言った。



 3人はほぼ同時にため息をついた。

「これは…我々の手に負えぬのでは? どう思いますかな、セグリオ卿」


 とバラントンが言う。セグリオは王都の商務部官。バラントンはブリア領の領主補佐官。どちらも金融を多少は理解するが、金融部官ではない。


「まったくそのとおり。あなたも気がつかれましたか、バラントン卿。もちろん、今は宿の入札なのですから、単に断ればよいだけですが、イルマランが金融侵略を掛けようとしているのは見て取れました。


 ここで我々が『両替商は出店禁止』と言えば、彼らはひそかに金融侵略を始めますぞ」


 ミナは驚いた。そんな裏の意図が隠されているとは思わなかった。ただ、両替商を出されたくないなら、落札させなければ良いだけの話ではないようだ。


「金融侵略は剣より遅い。だが確実だ。気づいた時には――国が他人のものになっているのですよ」

 と、セグリオはミナに向かって諭すように言う。


「あの…。たとえばどのようにするのですか?」

 ミナはよくわからない。


「たとえば、アラゴンキアの通貨…キア通貨を大量に買うということですよ」

 とセグリオが説明してくれる。


「もしかすると、もう始めている可能性も…」

 バラントンも顎をなでながら訝しむ。

「なるほど。それで為替操作をする可能性があるということですね?」


 ミナにも少し理解できた。現代社会にもそれはあったことだから。


「そのとおり。為替操作とは、人間で言えば、血流を操作できるようなものです。ほかにも、ひそかに金融侵略を仕掛けるにはいろいろな手があります。両替商を出店できなくとも、港は支配できます」


「そうなのですね…」


「ですから、入札を拒否するのは簡単ですが、それでは裏で金融工作をされかねない」


「ふむ。ということは、…宿を許可して、イルマランが両替商を出店できる可能性を残しておくということですな? 忌々しいことこの上ないが、わざと相手にドアに足を挟ませておかせると…」


 セグリオも唇を噛みしめながら同意する。


「ドアに足を挟む」というのは、昔は訪問販売でよくあったと噂に聞く、強引な押し売り商法のことだ。断ろうとする相手にドアを閉めさせないやり方だ。


「そのとおりです。相手が足をドアに挟もうとするなら、逆にその挟んだ足を動かせないようにするのです。そうすれば、裏工作はしますまい。一番危険なのは完全に締め出すことです」


 確かに、国際間で一番怖いのは、相手を完全に締め出すことだ。おそろしい相手ほど、完全に締め出すことは危険なのである。


現代にもあると言われる通貨戦争。金融の操作は、血液を止めることに等しい。

コブルーは、その血液を勢いよく流れさせることでブリアを守ろうとするが、逆にそれを止められてしまうと…。


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用語集

ミナ … 主人公。MBAを取得したあと、異世界に来て起業する。のちのブリア侯行政顧問

セグリオ… 王都から派遣された商務官僚

バラントン … ブリア領主から派遣された補佐官

タンブリー … ブリア領主の住む街

コブルー …アラゴンキア国ブリア領の港


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