エンディング後の世界
灰色のガレキの山の上に、少女は立っていた。
「あははっ、おっかしいな~」
少女は乾いた笑い声をあげながら、あたりを見渡す。
少女の目に映っていたのは、見慣れた白い壁で覆われた塔でも、記憶の端にある中世風の木造建築でもなかった。
少女の周りには、もはや記憶の彼方となった灰色のビル群が広がっていた。
いや、正確には記憶にあるものと少し違う。
ビル群は風化し、ヒビ割れ、または倒壊していた。
おそらく、この都市が放棄されてからもう何十年も経っているのだろう。
崩壊した現代風の都市。
そこは、少女がこれまでいた世界とはまるで違う。
彼女の世界は変化していた。
「――なにも、変わってない。そっか。なにも変わらなかったんだ。ははっ」
自嘲するように、少女は乾いた笑みを漏らす。
たとえ見える景色が大きく変わっていても、彼女に言わせれば何も変わってなどいない。
突然、少女のすぐそばのビルが大きな音を立てて崩れる。
彼女は首だけをひねってそちらを見る。
そこには、現代都市には到底似つかわしくない存在がいた。
そこいたのは、一軒家くらいの大きさのイノシシのような化け物だった。
化け物は少女をその目にとらえると、鼻を鳴らして突進の準備を始める。
化け物にロックオンされた少女だが、そんなことは気にも留めずに、どこかで見た覚えのあるやつだな、なんて考えていた。
そして思い出す。
そいつはかつて彼女が初心者だったころ、それなりに苦戦して倒したボスモンスターだった。
そう、モンスターだ。
なぜこの世界にもモンスターが?
なんて、考えずともわかる話だ。
少女が今いるこの世界は、ゲームの中の世界なのだ。
たとえ地獄を乗り越えても、たとえラスボスを倒しても、たとえログアウトしたとしても、それは新たなるステージへの切符に過ぎない。
少女の世界は、何も変わってなどいない。
イノシシが突進をはじめ、少女の死の刻限が迫りくる。
しかし彼女が動じることはない。
アニメの中から飛び出してきたかのような見た目をした少女は、ゲームのような動きでトンっと跳ぶ。
モンスターの突進をかわしながら、手にした短剣で一刀二刀。
それだけで、勝負はついた。
断末魔をあげながら、モンスターは透明になって消えていく。
その様子を少女――ハートは静かに見つめていた。
「――ほんとうに、クソゲーにもほどがある」
――デスゲーム開始から100年。
ゲームは、未だに終わっていなかった。
♯
「ふんふんふ~ん、ふ~んふんふ~ん」
ガレキを踏みながら、ハートは崩壊した都市を歩く。
楽しそうな声音で鼻歌を歌い、今にも踊りだしそうなほど足取りは軽い。
その姿は、かつて『ロストアドベンチャー』を冒険していた時を彷彿とさせる。
唯一違うのは、その目が全く笑っていないということくらいか。
「うーん。それにしてもこのマップ、どういう世界観なんだろうね~」
崩れた都市群にはところどころ日本語が書かれていたうえ、いくつか見慣れたチェーン店の看板も見かけた。
その様はまるで、本当に100年間放置され続けた日本のようだった。
しかし、日本というにはおかしなところも多い。
モンスターの存在もそうだが、何より顕著なのは"塔"の存在だ。
「けっこう歩いたと思うんだけど、意外ととおいね~」
ハートの視界の先には、スカイツリーくらい高い塔が映っていた。
もっとも、あまりの大きさに遠近感が狂わされるので、本当にスカイツリーほどの大きさなのかはわからないが。
ハートは現在、あの塔を目指して歩いていた。
なぜかというと、ハートが目覚めたときにこんなアナウンスがあったからだ。
――ゲームクリアおめでとうございます。皆様、まずはあれらの塔の内の一つを目指してください。
「ははっ。いやだけど、とりあえず目指してみるかな~。ほかのプレイヤーに会えるかもだし」
運営の思い通りになるのは癪だが、他のプレイヤーには会いたい。
もしかすると、他のプレイヤーなどいないのかもしれないが。
いいや、もしかしなくともそうなのかもしれない。
先ほどから会うのはモンスターばかりで、人の気配などカケラもしない。
この世界にたどり着いたのは自分だけで、他のプレイヤーはまだあの世界にいるか、あるいはまた別の世界に――
遠くのほうで、ビルが崩れる音がした。
自然崩壊か、それともモンスターか。
音はだんだんと近づき、やがて眼に見える範囲のビルも倒れていく。
これはモンスターの仕業だろう。
音から察するに、モンスターは次々とビルをなぎ倒しながらこちらに向かっているらしい。
「……ははっ。ほんっとしつこいな~」
ハートは短剣を構え、敵に備える。
音はどんどんと迫り、ついにはハートの目の前のビルもなぎ倒される。
ガレキが舞い、視界が煙色に染まる。
しかし、ハートにとって煙は大した障害にはならない。
視界不良の中でも、ハートの眼はしっかりとその敵を捉え――武器を降ろした。
まるでトラックのような勢いで、ハートに何かがぶつかってくる。
ハートはそれをよけようともせずに、そのまま衝突した。
「コ・コ・ちゃー----ん!!」
「ぐえっ」
懐かしい呼び方で、安心するような声で、その人はぶつかってきた。
重装鎧に身を包み、肉付きの良い体をし、ハートよりも二回りは背の高いその女性。
女性の勢いは強く、ハートはそのまま押し倒されてしまう。
「ココちゃんココちゃん!あー、ココちゃー--ん!」
「レイちゃん、重い」
その女性――エイこと〈あ〉はハートをつぶれるほどの強さで抱きしめ、全体重で押しつぶしていた。。
STRの差からハートにはエイをどかすことができず、割と本当にダメージを受けそうだった。
しかし、エイはどこうとしない。
まるで離してしまえばすぐに消えてしまうものを抱えるように、エイは力いっぱいハートを抱きしめていた。
「……ウゥッ、よかった。生きてて、よかった……」
「……レイちゃん」
エイが顔を離し、ようやく2人の目が合う。
エイはグズグズに歪んだ表情でハートを見ていた。
この体に体液を分泌する機能はないが、あったのならば、きっとエイの顔は涙と鼻水でベチャベチャだっただろう。
「ごめんね。ずっと、一人にさせて。助けてあげられなくて、ごめんね」
「気にしてないよ」
「うわー--んっ!ココちゃん!」
「もうー。泣き虫だな、レイちゃんは」
エイはハートの胸に顔をうずめ、ワンワンと泣き始めた。
涙は出ずとも、彼女は確かに泣いていた。
そんなエイをなだめるように、ハートは目の前の頭を優しくなでた。
どれくらい時間が経っただろうか。
エイがようやく泣き止んだ。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、その、とりあえずどいてくれない?」
「わわっ、ごめん!」
自分がハートを押しつぶしていることに気が付き、エイは慌てて立ち上がる。
ハートも遅れて立ち上がり、両者は顔を合わせた。
「じゃ、改めて。久しぶり、レイちゃん」
「うん。久しぶり、ココちゃん」
親友同士、実に30年ぶりに交わした笑顔だった。




