エイ②
「まずは、どこに向かおっか?やっぱり、あの塔?」
「うん。そうだね」
ハートと合流したエイは、2人で塔を目指すことにした。
まずはハートが歩き始め、次にエイが歩みを――しかし、エイはその場から動こうとしない。
エイの目はあわただしく泳いでおり、何かを迷っているかのようだった。
「どうしたの?」
「あ、あのね、ココちゃん……。その――」
その時エイが迷っていたのは「ハートに30年前の話を聞くかどうか」だった。
ハートが言うには、30年前に夜明けの探索者の誰かがハートの背中を押して転移トラップを踏ませたらしい。
あれだけの実力者がそろっていた戦いで、初歩的なミスが起きるとは考えづらい。
そして、あのダンジョンの恐ろしさは全員が身に染みてわかっていた。
つまり、あそこでハートの背中を押すということは、本気でハートを殺すつもりだったということに他ならない。
だが、いったい誰が?
あのギルドは、ハートが好きで集まってできたようなものだ。
事実、ハートを失ってギルドは崩壊してしまった。
それだけ、ハートの存在は大きかった。
だというのに、いったい誰がハートを殺そうとするのだろうか。
エイとしては、ハートの言ったことは全く信じられなかった。
しかし、ハートが嘘を言っていないことは幼馴染であるエイが一番よく分かっている。
だからこそ、わからなかった。
一体あの日、何が起きたのか。
ハートはそれについてどう思っているのか
もっと少し詳しい話を聞きたいと思った。
だが――
「ううん、やっぱりなんでもない」
「――?そう?ならいいけど」
エイには30年前の話を切り出すことができなかった。
色々とあったが、エイはあの3人のことを今でも大切な仲間だと思っている。
仲間を疑うような真似はしたくなかった。
それに、ハートにしてみれば、エイだって自分を殺そうとした容疑者の一人だ。
ハートは誰も恨んでいないといったが、心の奥底までそうなのかはわからない。
もしもそこを掘り返してしまえば、またハートを失ってしまうかもしれない。
エイはそれが、たまらなく怖かった。
ハートはエイのそんな態度をさして気にした様子もなく、塔への歩みを再開する。
エイもまた、ハートに並んで歩き始めた。
「レイちゃんは、わたし以外のプレイヤーにはもう会った?」
「うん、何人かね。みんな、近くの塔を目指すって言ってたよ」
「そっか。じゃあ、歩いてるうちにその人たちには会えるかもね」
「どうだろう。最後に人に会ったのはもう何日も前だし、もうこの辺にプレイヤーはいないかも」
「え!?何日も前って、ここに来てからそんなに時間たってるの?」
「う、うん。そうだよ」
「えー、わたしはまだ1日もたってないのに」
「私は2週間前に来たんだけど。うーん、個人差があるのかな」
こうして話していると、ハートは昔と全く変わらないように見える。
前に会ったときの、あの乾いた笑みはいったい何だったのだろうか?
「あ、そうだ!チャットで連絡とればいいんじゃない!?」
「それが、この世界では遠距離通信は使えないみたいなの」
「あー、そうなんだ」
「近くでなら通信できるんだけどね。あとは、この世界だと転移結晶が使えなかったりするよ」
「ふーん。まあ、そりゃそうか」
転移結晶を使って前の世界の街に移動できたのならよかったのだが、さすがにそれはできないらしい。
その後もいくつか軽い情報交換を済ませると、ふと思い出したようにハートが言う。
「ところで、レイちゃんはなんでわたしのいる場所が分かったの?」
「え……?いやいや、偶然だよ!偶然!」
「ふーん」
どこか慌てた様子のエイに、ハートはさして興味なさげに返事をする。
その会話がそれ以上続けられることはなく、別の会話へと――
「きゃあああぁぁぁ!」
突然、女性の悲鳴が鳴り響いた。
2人は一瞬顔を見合わせ、視線だけで言葉を交すと、次の瞬間には駆け出していた。
悲鳴の先には、巨大なモンスターに襲われている女性がいた。
その2本の足が生えた大岩のようなモンスターは、またしても見覚えのある相手だった。
「エリアボス!?こっちの世界にも出るの!?」
前の世界では特定の地域に一体だけ現れるモンスターだったが、この世界にもいるのか。
足をあげて女性を狙うモンスターの前に、エイはその体を割り込ませる。
盾を構えてモンスターの一撃を防ぐ。
エイによってバランスを崩されたモンスターに、ハートが空中から追撃する。
「ココちゃん!この人は任せ、て……」
エイは、ハートの様子を見て思わず二の句を告げなくなってしまう。
ついさっきまで、昔と変わらない姿を見せてくれていたはずなのに。
なのに、どうして急に。
「――あはははははは!あっははは!いがいとかったいね、きみ」
ハートが、また、笑っていた。
狂ったように、笑っていた。
哭いてるみたいに、笑っていた。
「ココ、ちゃん?」
エイは、そんな笑い方をするハートを見たことがなかった。
笑っているはずなのに、まったく楽しそうじゃない、そんな笑い方。
前に会った時の乾いた笑いともまた違う、痛々しい笑い声だった。
呆然と見つめるエイを無視して、戦況は動く。
ハートのステータスは速さと幸運に特化しており、攻撃力は低い。
それゆえ、レベル差はあっても火力が足りない。
特にこの敵は非常に硬く、数発で決め切るのは難しい。
――だがだからといってそれは苦戦の要因にはなりえない。
ダメージが通りづらいのならば、その分だけ攻撃し続ければいいだけの話だ。
ハートはその身軽さを生かして三次元的に駆け回り、モンスターを翻弄し続けた。
「なっ、えっ、え!?ハート?あの探索者の?どうなってるスか……!?」
エイの後ろで座り込んでいる女性は、突然の展開に目を丸くしている。
しかし、女性が状況を把握するよりもよほど早く、決着はついた。
「あははっ、きえてよ。『飢鳥転進』」
モンスターは攻撃行動に移ることすら許されずに、透明になって消えてしまった。
♯
「自分は、『樹永』という者っス。助けていただき、ありがとうございますっス」
助けられた女性――樹永は礼儀正しく頭を下げた。
そして、2人を怪訝な顔で見つめる。
「それで、その、お二人は何を……?」
樹永の視線の先には、ハートに膝枕をするエイの姿があった。
戦闘終了後、エイがハートを抱き込み、その頭を無理やり自分の膝の上に乗せたのだ。
「うーん?きえりんもここで寝る?」
「きえりん……いえ、遠慮しとくっス」
「もったいないねえ。レイちゃんの膝、おっきくてきもちいいのに」
うへへ、とハートはエイの柔らかな膝の感触を楽しんでいた。
そんなハートを、エイは心配そうに見つめる。
「ココちゃん。落ち着いた?」
「ふぇっ?なにが?」
「……ううん、なんでもないよ」
無自覚なのか、とぼけているのか。
少なくとも、もうあの笑い方はしなくなったので、良しとしておこう。
やがてハートは起き上がり、樹永にしっかりと向き直った。
「いやー。しかし、ハートさんが生きていたって話、本当だったんっスね。死んだんだと思ってたっス」
「え!?ちょっと待ってよ!わたし死んだことになってたの!?」
「30年も音信不通だったからね」
「あー、まあ、そりゃあそっか~」
自分が死亡扱いになっていたことを知り、驚くハート。
ハートにしてみれば、塔から出てまだ1日も経っていないので、周りの状況など全く分からなかった。
「お二人はなにかこの世界について知っていることとかないっスか?」
「わたしはきたばっかだから役に立たないと思うな~」
「私もあんまり詳しくは……」
「お二人でも何も知らないってことは、やっぱりあの塔に向かってみるしかないってことっスかね」
「そうだと思いますよ。それ以外に目印もないですし」
3人はその後もいろいろと情報を交換し合ったが、特に新しい話はでなかった。
「じゃ、しばらくは3人であの塔を目指すってことで」
「うん、それがいいと思う」
そんな風にハートがまとめ、エイも賛同したが、しかし樹永が待ったをかける。
「いや、自分みたいな足手纏いにしかならないやつが一緒に行くのは申し訳ないっス。きっとお二人だけの方が早く着くし、危険も――」
「まあまあ、そういうのは言いっこなしだよ。ほら、旅は道連れ、よそに花咲けって言うでしょ?」
「ココちゃん。それを言うなら“世は情け”だよ」
「あれ、そうだっけ?」
足を引っ張りそうで申し訳ないと言う樹永に対し、ハートはそんなことは気にしないと言う。
ハートにとってみれば、人が一人増える程度大した手間ではないのだ。
「それにさ、一緒に行く仲間は多いほうが楽しいじゃん」
「……っス。お言葉に甘えさせていただくっス」
こうして、塔を目指す仲間は3人となった。




