第九十話 憎悪
妖魔に転じてしまったルチアは、ヴィオレットに斬られた。
しかも、固有技で。
その直後、ルチアは、妖魔から、元の姿に戻った。
なぜ、戻ったのかは不明だ。
何が起こったのか、カイリも、アマリアも、見当もつかない。
ルチアは、そのまま、仰向けになって倒れかけた。
「ルチア!!」
ヴィオレットが、ルチアの元へと駆け寄り、ルチアを抱きかかえて、しゃがみ込んだ。
「ヴィオレット……」
ルチアは、意識が、もうろうとしながらも、ヴィオレットの方へと視線を向ける。
呼吸は、弱弱しく、今にも、命が消えかけているように、ヴィオレットは、思えてならなかった。
「ごめんね……」
「私の方こそ……ごめん……」
ルチアは、ヴィオレットに謝罪する。
申し訳なく感じていたのだ。
ヴィオレットに辛い思いをさせてしまったと、自分を責めていた。
だが、ヴィオレットも、謝罪する。
ルチアを殺す事でしか、救えなかったのだから。
「お願い、自分を、責めないで……。これで、良かったんだよ……」
「ルチア……」
ルチアは、ヴィオレットに懇願する。
これは、ルチアが、望んだことだ。
自分は、消えるべきなのだと。
ヴィオレットは、ルチアの心情を読み取り、心が痛んだ。
複製されたとはいえ、目の前にいるルチアは、間違いなく、本物だ。
共に過ごしてきたルチアと、変わりないのだから。
「自分の事、知ってから……辛かった……。眠っている間も……」
ルチアは、自分達が、複製された存在であると知ってから、苦しんでいた。
眠っている間も、ずっと。
存在してはならないと思うと、許せなかったのだ。
自分を生み出したコーデリアの事が。
だが、コーデリアも、自分も、殺すこともできないまま、時が過ぎていった。
それは、ルチアにとって、長く、苦しい時間だっただろう。
「私は、何のために……生まれてきたのかなって……」
眠っている間、ルチアは、葛藤してきたのだ。
なぜ、自分は、生まれたのか。
何の意味があるというのだ。
ただ、替えとして、生み出され、最後には、自分の魂が、神様に捧げられるというのに。
それも、世界を壊す魔神へと。
ルチアは、そんな事、望んでいなかった。
だからこそ、頼んだのだ。
ヴィオレットに、自分を殺してもらうようにと。
「ごめんね、ヴィオレット、辛い思い、させて……」
「大丈夫だ。気にするな」
ルチアは、再度に、ヴィオレットに謝罪する。
ヴィオレットを傷つけてしまったと、思っているのだろう。
だが、ヴィオレットは、穏やかな表情を見せる。
心情を悟られないように。
最後は、安らかに眠れるようにと。
「ヴィオレットに、伝えたい事が……あるの……」
「なんだ?」
ルチアは、ヴィオレットに話す。
伝えたい事があるというのだ。
ヴィオレットは、優しく問いかけた。
ルチアの最後の言葉を聞くために。
「あのね……本物の、ルチアは……い……」
残酷だった。
ルチアは、全てを、言い終える前に、光の粒となって消滅したのだ。
それにより、ヴィオレットには、伝えられなかった。
ルチアは、何を言おうとしていたのだろうか。
本物のルチアの何を伝えたかったのか。
誰にも、わからないであろう。
消滅してしまったルチアにしか。
「ルチア……」
ヴィオレットは、涙を流した。
複製された偽物とは言え、ルチアを殺してしまったのだ。
二度も。
自分の意思だったとしても、ヴィオレットにとっては、辛い事だ。
それゆえに、ルチアは、何度も、謝罪したのだ。
アマリアに傷を癒してもらったカイリは、立ち上がり、ヴィオレットから、目を背ける。
もし、自分が、ルチアを殺していれば、このような事にはならなかったのにと。
ヴィオレットは、体を震わせた。
怒りや悲しみが混ざり合った感情を抱きながら。
「ああああああああああっ!!」
ヴィオレットは、叫んだ。
声が枯れるのでは思うほど。
怒りや悲しみをぶつけるかのように。
やはり、カイリが、推測した通りになってしまった。
ヴィオレットの心は、壊れかけていた。
二年前から。
それが、一気に、砕かれてしまったのだ。
ルチアを殺してしまった事によって。
「ルチア、ごめん……」
ヴィオレットは、涙を流して、謝罪した。
もう、ルチアに、伝える事はできない。
それでも、謝罪するしかなかったのだ。
カイリとアマリアは、ヴィオレットの元へと歩み寄った。
辛くなったのだろう。
自分を責めるヴィオレットを見ているのは。
「ごめんなさい、ヴィオレット……」
「私が、ふがいないばかりに……」
アマリアは、ヴィオレットに謝罪する。
自分を責めているのだろう。
もし、自分が、ルチアを元に戻せていたら、別の未来があったのではないかと。
カイリも、拳を握りしめた。
自分のせいだと、責めながら。
「違う、お前達のせいじゃない……」
ヴィオレットは、首を横に振る。
カイリとアマリアを責めているわけではないのだ。
なぜなら、誰が、この悲劇を生み出したのか、ヴィオレットは、知っていた。
いや、気付かされたと言った方が、正しいのであろう。
「コーデリアのせいだ……」
「ヴィオレット……」
元凶は、コーデリアだったのだ。
コーデリアと彼女の母親のせいで、複製されたルチアの運命は、狂ってしまった。
コーデリアが、もし、ルチアを目覚めさせなければ、ルチアは、死ぬ事はなかった。
と言っても、また、長い間、苦しむことになるかもしれない。
それでも、救いの道はあったかもしれないのだ。
複製され、消滅してしまったクロスとクロウも。
「あいつだけは……」
ヴィオレットは、拳を握りしめ、体を震わせる。
ついに、抑えきれなくなっていたのだ。
コーデリアに、対する憎悪が、増していくのがわかる。
自分も、そして、ルチア達も、コーデリアと彼女の母親に狂わされたのだから。
「殺す。絶対に!!」
ヴィオレットは、改めて、決意した。
それも、形相の顔で。
コーデリアを殺す事を。
感情が、爆発してしまったのだ。
ヴィオレットは、今まで、感情を押し殺していた。
心が、壊れないように。
だが、もう、耐えられなくなったのだろう。
ルチアを二度も、殺してしまった事で。
ヴィオレットは、ゆっくりと、立ち上がった。
「行くぞ、時間が惜しい」
「でも……」
ヴィオレットは、先に進むことを提案する。
もう、時間がないのだ。
ヴィオレットも、いつ、妖魔になるか、わからない。
ゆえに、早く、決着をつけたかった。
だが、アマリアは、躊躇してしまう。
進めば、ヴィオレットが、傷ついてしまうのではないかと、懸念して。
すると、カイリが、優しく、アマリアの肩に触れる。
アマリアは、驚いて、カイリの方へと視線を向けた。
カイリは、ゆっくりと、首を横に振ったのだ。
止めても、無駄だと、わかっていたから。
「わかった。行こう。ヴィオレット」
「ああ」
ヴィオレット達は、先へ進んだ。
コーデリアの元へと。
途中、帝国兵が、襲い掛かってきたが、ヴィオレット達は、全て、殺した。
妨げとなるのであれば、殺す事も、厭わない。
これも、コーデリアを殺し、帝国を滅ぼすためであった。
だが、アマリアは、ヴィオレットが、帝国兵を殺す度に、自分を責めているように、思えてならなかった。
ヴィオレットを心配しているのだ。
「アマリア、心配するな」
「え?」
「いざとなったら、私が、この手で、コーデリアを殺す」
「……」
カイリは、アマリアの不安を取り除くように、語る。
ヴィオレットに背負わせるつもりなどなかったのだ。
カイリは、コーデリアを殺すつもりなのだろう。
弟してではなく、暗殺者として。
それでも、アマリアは、心が痛んだ。
カイリに、そんな事をさせたくなかったから。
ヴィオレット達は、先へ進む。
だが、どういうわけか、女帝の間から、遠ざかっていった。
「女帝の間にはいかないんですか?」
「あいつは、女帝の間にはいないはずだ」
「なぜ……」
アマリアは、問いかける。
違和感を感じたのだろう。
なぜ、女帝の間に、向かわないのか。
コーデリアが、いるかもしれないのに。
カイリ曰く、コーデリアは、女帝の間には、いないとのこと。
なぜ、そう言いきれるのだろうか。
アマリアは、思考を巡らせるが、見当もつかなかった。
「魔剣を手に入れるためだろう」
「魔剣を?」
「私達を確実に殺すためにな」
ヴィオレットは、カイリの代わりに、答える。
コーデリアは、魔剣を手に入れる為に、地下室にいるのではないかと、推測しているようだ。
アマリアは、体を硬直させる。
魔剣は、手にしてはならないのだ。
ヴィオレットさえ、暴走させてしまうのだから。
だが、コーデリアは、魔剣を欲しているらしい。
ヴィオレット達を殺すために。
ゆえに、ヴィオレット達は、コーデリアがいると思われる地下へと向かっていた。
「ついたぞ」
ついに、地下へ入り、魔剣が置かれてある部屋にヴィオレット達。
ヴィオレット達は、地下にたどり着いた途端、立ち止まっていた。
なぜなら、コーデリアの後姿が見えたからだ。
最後の標的であるコーデリアが。
「コーデリア……?」
アマリアは、思わず、コーデリアの名を呼ぶ。
すると、コーデリアは、ゆっくりと、振り向いた。
それも、微笑みながら。
ヴィオレット達が、来るのを待ちわびていたかのようであった。
「あら、やっと、ここまで、たどり着いたのね」
ヴィオレット達に、嬉しそうに、語りかけるコーデリア。
まるで、喜んでいるかのようだ。
再会を果たしたかのように。
自分を殺しに来たとわかっていながらも。
「待ってたわ。ずっとね」
コーデリアは、無邪気に微笑んでいた。
その笑みは、愛らしさを感じられない。
むしろ、恐ろしく感じるくらいであった。




