第七十七話 互いを思い、互いを傷つける
コーデリアは、部屋でワインを飲んでいる。
何かを待ちわびているかのように。
ただ、一人で。
だが、その時であった。
兵長が、コーデリアの部屋に入ってきたのは。
何か、話したい事があるようだ。
「コーデリア様、なにやら、ルビーエリアと王宮エリアの繋ぐ橋の近くで、物音がしたようです。おそらく、あ奴らが戦っているようですが……」
「……放っておきなさい」
兵長は、コーデリアに報告する。
帝国兵から、報告を受けたのだ。
ルビーエリアと王宮エリアのつなぐ橋の近くで、武器と武器がぶつかる音、魔法が発動された音が。
王宮エリアを警備していた帝国兵は、すぐさま、兵長に報告。
そして、兵長は、ヴィオレットとラストが戦いを繰り広げていると悟り、コーデリアに判断をゆだねたのだ。
彼らを捕らえるべきか、殺すべきか。
チャンスだったのだ。
だが、意外な事にコーデリアは、放置することを選んだ。
「しかし……」
「いいのよ、放っておけば」
「……はい。かしこまりました」
兵長は、驚き、慌てる。
まさか、コーデリアが、放っておけと命じるとは、思わなかったのだろう。
だが、コーデリアは、再度、告げた。
彼らの事は、本当に、放置するつもりのようだ。
コーデリアの命令は、絶対だ。
ゆえに、兵長は、しぶしぶ、承諾し、頭を下げた後、部屋を出た。
――だって、あの子が、ヴィオレットを殺してくれるかもしれないもの。
コーデリアは、予想しているようだ。
ヴィオレットとラストが、戦いを繰り広げている事は、わかっている。
ゆえに、ラストが、ヴィオレットを殺すのではないかと。
コーデリアは、彼に期待しているようだ。
「そうでしょ?カイリ」
コーデリアは、静かに呟いた。
実は、ラストの正体は、見抜いていた。
自分が、王宮エリアから追放した弟のカイリである事に。
ヴィオレットとラストは、死闘を繰り広げている。
彼女達が、戦い始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
少なくとも、一時間以上は、立っている気がする。
アマリアは、そんな気がしてならなかった。
だが、止める事もできず、ただ、二人の戦いを見ていることしかできなかった。
「はあっ!!」
「やっ!!」
ヴィオレットは、魔法・スパーク・スパイラルを発動する。
だが、ラストは、固有技・ナイトメア・キルを発動する。
ヴィオレットの魔法は、悪夢の中に閉じ込め、一瞬にして、消滅してしまった。
それも、いとも簡単に。
続けて、ラストは、固有技・ナイトメア・グラビトンを発動する。
ヴィオレットを悪夢の中に、閉じ込め、重力の力で、切り裂くつもりだ。
「ちっ!!」
ヴィオレットは、危険を察知したのか、後退して、よける。
しかも、ミラージュモードに切り替えて。
それでも、ラストを追い詰める事は、できない。
ヴィオレットは、焦燥に駆られていた。
「ヴィオレット、カイリ、どうして……」
アマリアは、心を痛めた。
なぜ、ヴィオレットとラストが、戦わなければならないのか。
傷つけ合わなければならないのか。
理解に苦しんだのだ。
どちらも、お互いを守りたい強く想っているだけなのに。
ヴィオレットは、ラストに、追い詰められ、ついに、膝をついた。
ミラージュモードに切り替えても、ラストは、まだ、優勢だったのだ。
「まだ、やるつもりか?」
「あたり前だ。私は、あきらめない」
ラストは、ヴィオレットに問いかける。
こんな戦いは、無意味だと言いたいのだろう。
それでも、ヴィオレットは、立ち上がった。
肩で息をしながら。
「この、わからずやが!!」
「わからずやは、どっちだ!!」
ラストは、声を荒げて、ヴィオレットに向かっていく。
ヴィオレットの動きを止めようとしているのだろう。
力づくで。
それでも、ヴィオレットも、ラストに向かっていった。
お互いの想いをぶつけるかのように。
だが、ラストは、短剣を投げつける。
ヴィオレットは、とっさに、よけるが、ラストは、続けて、固有技・ナイトメア・グラビトンを発動した。
回避することもできず、ヴィオレットは、悪夢に閉じ込められ、重力の力で体を切り刻まれた。
「ぐはっ!!」
「ヴィオレット!!」
悪夢から解放されたヴィオレットであったが、傷だらけの状態で、血を吐きながら倒れてしまう。
重傷を負ってしまったようだ。
アマリアは、駆け付け、固有技・ホーリー・キュアを発動。
ヴィオレットの傷を癒し始めた。
「もう、あきらめろ……」
「カイリ……」
ラストは、ヴィオレット達に背を向ける。
今度こそ、ヴィオレット達から、遠ざかろうとしているようだ。
アマリアは、ラストを見上げるが、ラストは、振り返ることなく、歩き始めた。
――もう、力が入らない。あいつを、助けられないのか……。
ヴィオレットは、立ち上がろうとするが、力が入らない。
ラストの固有技は、ヴァルキュリアの固有技と同等の力を持っているようだ。
それゆえに、アマリアが、固有技で、傷を癒そうとしても、回復速度が遅い。
このままでは、ラストは、王宮エリアに侵入してしまう。
なんとしてでも、立ち上がり、ラストを止めたいヴィオレットであったが、立ち上がることもできず、意識が朦朧とし始めた。
だが、その時だ。
ある事を思い出したのは。
それは、ルチアとヴィオレットが、エデニア諸島で妖魔と戦いを繰り広げている時の事であった。
この時、ルチアとヴィオレットは、まだ、ヴァルキュリアになりたてであった。
ゆえに、妖魔に追い詰められてしまったのだ。
ヴィオレットは、岩の下敷きになり、動けない状態であった。
最悪の事態だ。
それでも、ルチアは、たった、一人で、妖魔と戦いを繰り広げていた。
妖魔に追い詰められていながらも。
「もうだめだ、ルチア!!あきらめるしかない!!」
「嫌だ!!」
「ルチア!!」
ヴィオレットは、ルチアにあきらめるようにと、促す。
自分を置いて、逃げろと言いたいのだろう。
だが、ルチアは、それを拒否した。
ヴィオレットを助けるつもりなのだ。
ヴィオレットは、声を荒げた。
焦燥に、駆られているのだろう。
このままでは、ルチアが、殺されてしまうと。
「私は、あきらめない!!絶対に、助けるんだ!!」
ルチアは、あきらめようとはしなかった。
最後まで、抗い、妖魔を倒すつもりだ。
妖魔は、ルチアへと襲い掛かる。
ルチアも妖魔に向かっていった。
「やああああっ!!」
ルチアは、渾身の力で、固有技を発動する。
すると、固有技は、妖魔に命中し、妖魔は、雄たけびを上げながら、消滅した。
「本当に、倒した……」
ヴィオレットは、あっけにとられていた。
なぜなら、ルチアは、妖魔を倒したのだ。
たった一人で。
倒せないと思っていたのに。
ルチアは、ヴィオレットの元へ駆け寄り、岩に向かって、蹴りを放つ。
岩は、砕け、ヴィオレットは、解放された。
「大丈夫?」
「あ、ああ……」
ルチアは、ヴィオレットに手を差し伸べ、ヴィオレットは、ルチアの手をつかんで、立ち上がる。
怪我はすでに癒えている。
これもルチアのおかげだ。
ルチアが、あきらめずに、戦ってくれたおかげで、ルチアも、ヴィオレットも、助かったのだ。
「ありがとう、ルチア」
「うん!!」
ヴィオレットは、ルチアにお礼を述べた。
本当に、感謝しているのだろう。
ルチアは、満面の笑みでうなずいた。
その笑みは、どんな時でも、ヴィオレットの心を癒してくれいた。
だが、その笑みは、もう、見られない。
ヴィオレットが、ルチアの命を奪ってしまったから。
それでも、ヴィオレットは、前に進もうとして、拳を握りしめた。
――そうだ。あの時、ルチアは、あきらめなかった。あきらめず、私を助けてくれたんだ。
ルチアは、どんな時でも、あきらめなかった。
あきらめなかったからこそ、ヴィオレットは、助かったのだ。
ヴィオレットは、その事を思い出していた。
――なぜ、思い出したんだろうな。ルチア……。
ヴィオレットは、理解できなかった。
なぜ、今更、ルチアの事を思い出したのだろうか。
ずっと、ルチアとの思い出は、胸のうちに、押し込み、隠していたというのに。
まるで、ルチアが、ヴィオレットの背中を押してくれているように、ヴィオレットは、感じ取っていた。
――あきらめるものか……。
ヴィオレットは、歯を食いしばって立ち上がる。
激痛に耐えながら。
ラストは、ヴィオレットが、立ち上がった事に気付き、振り返った。
「まだ、立ち上がるのか?」
「そうだ」
ラストは、呆れながら、問いかける。
なぜ、立ち上がるのか。
ヴィオレットは、静かにうなずいた。
ラストの目を見ながら。
「私は、あきらめない!!」
「なぜだ!!」
ヴィオレットは、構える。
真っ直ぐな眼差しで。
ラストは、理解できなかった。
なぜ、あきらめないのか。
何が、ヴィオレットを突き動かしているのか。
「あきらめなかったからだ」
「何?」
「ルチアは、最後まで、あきらめなかったからだ!!」
「っ!!」
ヴィオレットは、答える。
あきらめない理由は、ただ一つ。
ルチアが、あきらめなかった。
だからこそ、自分も、あきらめてはならないのだ。
理由を聞いたラストは、目を見開く、まるで、心が突き動かされた気がして。
ヴィオレットは、そのまま、ラストの元へと突っ込み、ラストの顔を殴りつけた。




